辻咄（つじばなし） 異郷の旅／ダラガン

第4章 ギガンティック・ウォーズ 旅の始まり虹の彼方に

第20話 死あるいは欠落

    姉が死んだ。

　首をちぎられて、、、。
　姉のプロテクは、巨大なハンマーで叩き潰されたようにボコボコにされ、中の肉体はミートソースの状態だったらしい。
　それに比べて、あの美しいメットは傷一つなく、その中身はスプーンですくい取られたように、綺麗になくなっていた、、くそ！！！


「じゃ、、プロテク目当ての犯行じゃないと？」
    俺の虚ろな声が響く。
　まだ「姉の死への哀しみ」は、襲ってこなかった。
　ここは遺体安置室の前にある廊下だ。
　俺は、淡々と姉の死を告げにやって来た顔見知りの刑事の話を、まるで事件記者みたいな顔をして聞いていた。
　時々、姉が自分の手の届かない所にいったら、俺は狂ってしまうだろうと考えた事があったが、それが現実になった今、不思議な事に、俺にはなんの変化も現れなかった。

「、、いや、やはりプロテク強盗だろう。」
　重たい口調で答えた刑事の名前は梁武史、彼と姉とは大学の同窓生だ。
　いや今はもう、「だった」というべきなのだろうが。

「でもそれが目当てだったら、なぜメットが捨ててあるんだ、、、。」
「途中で飽きたんだろう、、、な、、。」
「飽きた？」
「ああ良くあることだ。戦争蟻症候群の一つだよ。急に欲しくなり、急に飽きる。」

「、、ぶち殺してやる。」
     感情の抜け落ちた、ただ"黒い"だけの声。
　俺じゃない、柳緑と言う名の見知らぬ男がそう呻いた。
 　離人症というやつかもしれない、、。
　全く現実感がなかったが、その「殺す」という言葉は、極めて妥当なもののような気がした。

「おいおい、、。仮にも俺は警察官だぞ。その目の前で。」
「うるせぇ！！おまえらが、一体、なんの役に立つんだ！」
　梁刑事の顔色が一瞬、真っ白になる。
　彼は姉の大学時代の同じ格闘技クラブにいた友人でもあり、姉とのつき合いは、最近も続いていた。
　虹を失って辛いのは、彼も同じだったろう。
　だが彼は、この役目を引き受け、この俺に姉の死を告げてくれているのだ。

「、、、すみません、、。で、誰にやられたんです？見当ぐらいついてんでしょう、、？」
　俺は辛うじて、俺に留まった。

「ああ、残念ながらな。おそらくNutsWaspだろう。、、つまり、今の警察では、満足に動けないという事だ。NW案件っていってな、なぜか、NutsWaspについての捜査は、途中で立ち消えになる。」
　そんな警察内部の事情なんか理解するつもりも、聞くつもりもなかった。

　俺は非日常と日常が余りにもスムースに繋がっている事に、頭がクラクラしていた。
　『プロテク強盗に遭遇しないように』と、今朝、姉に言って聞かせた街のうわさ話、、その中核はNutsWaspという怪物だった。
　それがこんな形で現実になるとは、、、。

　でもどうしてだ？
　どうしてNutsWaspは、毎回、相手に勝てるんだ？
    あれは都市伝説的存在ではないのか？
　姉は素の肉体だけでも十分に強い、それが金に糸目をつけず購入したカスタムメイドのプロテクを身につけているのだ。
　制限はあるものの、中にいる個人の力を均等化してしまう量産型を身に付けていたのとは訳が違うのだ。

　あのプロテクを付けた姉は間違いなく、ずば抜けて強い。
　下手をしたら、この鍛冶屋市で一番かも知れない。なのに。

　・・・第一、NutsWaspは、自分が着ているプロテクよりいい物を、相手が持っているからそれを欲しくなるんだろう？
　よいプロテクとは、「強い」プロテクの事だ。
　デザインだけが良くて、機能の低い高級プロテクは決して市場には出回らない。
　プロテクの強度が個人の生き死にを分けるからだ。
　そして高級プロテクは、着用者の運動能力を制限したりはしない。
　中の人間が強ければ、プロテクの性能が許す限り、それだけ強くなる。

　どうしてNutsWaspは、自分より強い相手に勝てるんだ？
　それがこの都市伝説の決定的な穴だった。
　何か新しい手段を利用して奪ったプロテクを解析し更なる強化を自分自身に加えているのか？
　だが、そちらの方の方の噂話は、余り聞こえてこない。
　その工程が判るようであれば、NutsWaspの行方はもっと前にはっきり判っている筈だ。

「本当にNutsWaspは、相手のプロテクを改装し乗り換えて行ってるんですか？高級なプロテクの中には、個々の生体反応に完全にチューニングしてあるというか、生体パスワードみたいな機能まで、ついていると聞いたことがる。姉のは…」
　そんな事など、今の俺が、いくら考えた所で何の意味もないことは判っていた。
　だが俺は「考える」ことをやめられなかった。
　俺は姉の死を受け止めない為なら、なんだってするのだ。

「、、時々だ、、、プロテク頭部の残骸が現場に残っている事があってな。視覚メモリを回収して色々と調べられる事があるんだ。そこから奴が本当にプロテクを乗り換えているのがわかる。奴は追い剥ぎのたびに強化された新型になってる…って言うのは、本当のようだ、、。後、、そうだな、両者は非常に強く闘う訳だから、その時に、お互いの装甲のコーティング塗料だとか、微細な破損片だとかが交換される。それによってでも判る。奴は奪い取ってる、、それだけは確かだ。」
　刑事は、俺の顔色を見ながら喋った。
　自分の発する言葉が、姉の無惨な死に様に再び振れないように気遣っている。
　俺をいたわってくれているのだ。

「武史は、駄目よ。あの人は私たちロストにとって、あまりも恵まれすぎの人生を生きてきた、、。いい人過ぎるの、、。」
　そう言った姉の言葉を思い出した。
    こんな良い人を軽く扱うなんて、結構、姉は自分の知らない所で悪い女なのかも知れない、とあの時は思った。
　俺は、この梁という人物のお陰で、こんな薄汚い世界でも少しは「警官」という職業を見直していたくらいなのだ。

　しかし今の俺に、いたわりは必要ない。
　悲しみが麻痺しているのだ。
　現に、わざとつまらない事ばかりを考え続けている、、心の防御反応だった。

「柳緑。言いたい事はわかる。こちらもそれで悩んでいるんだ。追い剥ぎにあっているプロテクは、必ず前の被害者のものより性能が高いんだ。NutsWaspは、どうしてそんな相手に勝ち続けられるのか、、、。ちょっとでも現在のプロテク事情を知ってる人間なら、それがいかに難しいかをな、、単純な改造でなんとかなるようなもんじゃない。」
「一時的に、相手の機能を低下させる装備を持っているとか、、。」　

「推理としてなら成り立つが、もしそんなものがあるなら、大変な事になるな。プロテク産業界が一気に冷え込んでしまうし、治安が最低の状態になる、、、。ところで悪いが、、、とりあえず虹霓さんを見てもらわないといけないんだが、、。」
「身元確認、、。人の形もない肉片をみてですか、、？頭もないんですよ。」
「ああ、、一応手続きなもんでな、、。」
「、、、判りました。」
　どうやら姉の死は、いくら俺が工夫をしても、避けようがないようだった。