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第4章 ギガンティック・ウォーズ 旅の始まり虹の彼方に

第19話 友人の告白

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 体育館C棟は、柳緑の高校では施設としてはあまり大きくない。
     法令上ないと困るので、ついでに造って置きました、と言う感じだ。
 それにC棟は格闘技スポーツをメインにしたものだから、この規模は仕方がないかも知れない。
 競技人口が圧倒的に少ないのだ。

 俺は、汗くさい胴着を粗っぽくロッカーの中にほおりこんだ。
 洗わなくても、後何日かは、持つだろう。
 今週の家事は姉の順番だった。
 姉に迷惑をかける積もりはない。

 ・・・そう思い、気を回して、黙って自分の事は自分でやってしまうと、それを見つけだして、姉は激怒するのだ。
 自分が弟の全ての面倒を見るのだと、思いこんでいる。
 その代わり、役割が逆の週になると、姉は驚くほど、弟に関わる事以外の家のことは、何一つとしてまともにしない。
 姉の使用済みの生理用品の始末だって、タイミングが悪ければ、こちらに回ってくる事もあるのだ。

「また、おまえの負けだな。俺は時々、おまえがわざと負けているんじゃないかと思う時がある。」 
 狭いロッカールームで並んで着替えているので、時々、友人・立夏の肘があたる。
 奴は本気で怒っているわけじゃない。

 本当は、立夏が言っている事は図星だったが、残念ながら奴には、それを見抜くだけの眼がないのだ。
    力がないわけじゃない。立夏には天賦のセンスと恵まれた運動神経がある。 
     だが武道を極める為の心の飢えや闘争心がなさ過ぎる。
     恵まれているが故に貪欲さにかけるのだ。

「俺がそんな失礼な事をする人間だと思ってるのか。、、ところで立夏、今度の大会、選ばれて良かったじゃないか。頑張れよ!」
 俺は今日の選抜試合の最後の相手でもあった、この友人にそう答えた。
 俺達二人は、今までの校内選抜試合で順当に勝ち進んだよきライバルってわけだ。

 でも俺は、今日の試合でもバレないように手を抜いた。
 俺は目立ちたくない。
 競技に限らず、目立って得をしたことなど、今まで一度もないのだ。
 見る奴から見れば、俺がギリギリの所で力を抜いているのが判るだろう。

 でも俺がそうする、その理由は判らない筈だ。
 だから奴らは、俺の事を『無冠の帝王』だとか、『飛猿・柳緑悟空』とか言って、俺を警戒するが、それは結局のところ、まったく意味のないことなのだ。
 俺はギリギリまで行ったら、どんな場合でも手を引くからだ。

 もちろん、俺だって最初からこんな生き方を選んだ訳じゃない。
 俺も実力を磨き、努力をすれば、どんな事でも突破出来ると思っていた時期はある。
 しかし、最後に躓くのだ。
 俺がロストだという理由だけでだ。

 ロストでない連中は、ただ運が良かっただけなのに、俺の目の前で、そのハードルを軽々と越えていく。
 いや彼らは、そこにハードルがある事さえ知らない筈だった。
 俺は怒りを溜め込み、やがて目立たず、静かに生きるようになった。
「人生とは何かを成し遂げたり、何者かになったりしないと意味がないものなのか?」という命題に早くもケリを付けていたのだ。

 ただこれだけは、言っておく。
 この話は、俺だからだ。
 姉の虹は、俺が留まった所を、血だらけになって何度も突破し次のステージに到達している。

 姉はその名の通り「虹」を掴もうとし、俺はその名の通り、辛い冬の時期を凌ぎながら、かすかな生きる喜びに満足する生き方をして来たのだ。
 それは「運命」などという大袈裟なものではなく、単に性格の問題でしかない。
     姉は「柳緑は自分の事を判ってない。ほんとは私と一緒だよ」とはいっていたが。

「いや、、つまらん事を言ったな、柳緑、。すまん。時々、俺もおまえが言ってるように、こんな世の中で格闘技に精を出してなんの意味があるのかって思う事があるんだよ。プロテクを身につければ、誰だって武道の達人になれるんだからな、、。俺だって悩むんだよ、、それも決まって、試合の前とかにな。」
 二人とも高校をもうすぐ卒業しようという年齢なのだ。
 単純に、己がやっている事に熱中しきれる程幼くはなかった。
 熱中し続ける為には、なにがしかの理屈が必要だったのだ。

 特にこの友人は、格闘技をやり続けるには、その生活環境や趣味が徹底的に「似合って」いなかった。
 二人それぞれが、スポーツという闘争から遠い所にあったのだ。

 更に言えば、この友人に至っては、なぜ彼が未だに格闘技を続けているのか不思議なくらいだった。
 彼の両親は、高名な大学教授と外交官、つまりサラブレッドだ。
 そんな両親は、いつも世界中を飛び回っていて、家を留守にする事が多い。
 だから「変な息子」が、育ってもおかしくはなかったのかも知れない。

 実際、この息子は、休日は格闘技をやるより、一人で旅に出てキャンプをやったりするのが好きなのだ。
 俺も一度だけ、この友人のカブで、二人乗りをして、湖の辺に出掛けキャンプをしたことがある。

 そこで聞いた話によると、彼が格闘技をやり始めた動機の内の一つは自分の護身の為らしい。
 確かに鍛冶屋市の現状では、自然にふれ合える筈の郊外に出ても、いくらでも危険は転がっている。
 それと恥ずかしい話だが、立夏は俺の事を何でも話せる親友だと思い、俺と一緒にいたいから格闘技を続けているらしい。
 俺が立夏の事を、俺が目立たないための半分「弾よけ」として利用している事を考えると、少し胸が痛んだ。

 ・・・でもコイツはイイ奴だ。俺なんかには勿体ない、それだけは確かだった。
     

「ああ、でも、もう一言、忘れてるぜ。俺は最後にいつもこう言ってるだろ?こんな時代だからこそって、ことさ。そこに格闘技を続ける意味がある。己だけの力で、己を見つめ、己を磨くんだ。それがプロテクで、出来るか?」
 俺は、適当にそんな事を言いながら、今度はプロテクのインナースーツを身につけ始めた。
 自分が言ったことと、恐ろしく矛盾している事は判っている。
 しかし、現実問題として、こうして日がとっぷりと暮れてしまえば、高校からの練習の帰りだって、プロテクを身につけなければ身の安全が図れないのだ。

 立夏が言うように、格闘技というスポーツ自体に、疑問を感じるのは、まさにこんな時だった。
 普通に手に入る護身用の量産型プロテクでは、「強さは投資した金額に比例する」のであって、中に入っている人間の能力はなんら意味をなさない。

 俺は、高校と大学を通して、格闘技の女性チャンピオンに何度も輝いた事のある姉も同じような事を考えたのだろうか、と一瞬思った。
 俺自身が、このスポーツを選んだのは、その姉の影響だったのだ。
 姉は、素質は俺の方がずっと上だと言っていたが、、、。

「なあ柳緑、」
「なんだ?」
 柳緑は手早くプロテクを身につけながら、立夏の方に顔を向けた。
 量産型のプロテクのいいところは、その脱着が簡単な事だ。

「今度、もし俺が優勝したら、その、、俺の事、おまえの姉さんに紹介して欲しいんだが、、」
「なんだよ、マジな顔して。紹介してやるさ。いくらでも。バブルスなんかに、内輪の優勝祝いにつき合ってくれよとか言って、一緒に飯をくいにいくってのはどうだ。」
 俺は軽い調子で答えた。
 姉の虹を、紹介してくれと言う男は山ほどいる。

「冗談で言ってるんじゃない、本気なんだよ。俺が格闘技なんかを、ここまでやってこれたのは虹先輩に憧れてきたからなんだ。同じ世界にいて、そして上り詰めたら、いつか彼女の隣の席に座れるんじゃないかって。」
 ・・・お前の年増好みは知っていたが、そんな話、今、初めて聞いたぜ。
 お前、俺と離れたくなくて、格闘技やってたんじゃないのか?
 てか、お前、俺とつるみ出してから、虹姉の事知ったんだろ?
 と色々考えたが、立夏の素直すぎる顔を見て、俺は突っ込むのを止めた。
     ああ、コイツ本当に俺の姉に焦がれてやがる。

「ああ判ってるって、、、。じゃあな、明日がんばれ。おまえなら優勝できる。」
 俺は早々に、その場を立ち去った。
 『あんな年増が好きなのか?あり得ないけど、もし間違って結婚なんかしたら大変だぞ。一生尻に敷かれる。』等というような冗談も言わなかった。
 これ以上、立夏の愛の告白を聞かされても、俺としてはどうしようもない。

 俺は格闘技専門雑誌の紙面を何度も飾った事がある姉の姿を思い出した。
 その姿に憧れ、欲望を感じた男達は、星の数ほどいたに違いないのだ。
 実際、姉が大学を卒業する間際には、彼女には、実に多くの娯楽メディア関係からの誘いがあった。
 勿論それは、姉がビジュアル面でも、女性としての魅力に溢れていたからだ。
 俺は立夏の告白に、少し誇らしげな気分にされながら、帰宅の道を急いだ。
 とりあえずは、無事に自宅に帰り着く事、それが今の俺の第一目標だった。
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