辻咄(つじばなし) 異郷の旅/ダラガン

二市アキラ(フタツシ アキラ)

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第4章 ギガンティック・ウォーズ 旅の始まり虹の彼方に

第17話 姉のプロテク

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「虹姉。なんでそんなに、プロテクへ金をつぎ込むんだ?」
 姉が身につけていた、そのプロテクインナーは第二の皮膚といって良いほどに薄くて艶やかだった。
 身体表面中に設けられた小さな突起物状の外骨格用ターミナルを除けば、見た目はほぼ裸体に近い。
 いや感受性によれば、それは裸体よりエロチックだと思う人間がいても、おかしくはないだろう。

 そのインナーを着たまま、いかに肉親とはいえど立派に成人した肉体を持つ一女性が、青年期の男性の目の前で動き回るのは酷な話だった。
 柳緑はそういった照れ隠しもあって、多少、乱暴な口調で、姉の「着道楽」を揶揄したのだ。

「プロテク?又、言葉を詰めて使う。それ、やめた方がいいよ。おつむ軽く見られるよ。」
「今日び、それを外骨格型プロテクトスーツなんて呼ぶ奴は誰もいないさ。ロブとか、粋がってカッチュなんて言う奴より、よっぽどましだろ。」
「ハイハイ。それに、つぎ込むって、、私が一旦家を出たら、普通の服を着てる時間と、柳緑のいうプロテクを着てる時間と、どちらが長いと思ってるの?」
「それって、勤め先の職場によるだろうが。」
 思わず一般論が、俺の口からこぼれてしまった。
 今の時代、遠方にある通勤・通学の為の行き帰りは、確かにプロテクなしに、自分の身の安全を保障する事は不可能に近いが、まだ職場と学校と家庭内だけは安全が残されているハズだと、、。

 少し前までは、この都市も比較的安全だったのだ。
 犯罪率は高かったが、それを抑制する自警団のような「スーパーヒーロー」達がいたからだ。
 そのヒーローの中には、相手に向かって指を鳴らすだけで、その相手の存在を消し去ってしまう"ジャスティ"と呼ばれる男さえいた。

    彼等の実態はドラマに登場するような存在ではなく、並行宇宙世界からの混入者なのだが…。
    つまりコラプスの予兆が"良い方"に作用した結果だ。
 柳緑も幼い頃、"ジャスティ"の真似をして、気にくわない相手に手を突き出し、「消えちまいな」と指をパチンと弾く真似をして、姉に叱られた事がある。

 だが、人々は逆に、このスーパーヒロー達の能力を恐れて彼らを疎外した。
    疎外された彼等は帰るべき故郷を持たなかったから、おそらくはこの社会の超底辺に埋没して行った筈だ。
 結局、世界は完全な闇に戻り、それ以降、光りは戻ってこなかった。
 後に考えれば、こういった人間達の出現は、後の大規模な「コラプス」への前触れであったかも知れないのだが、その時は、世界も柳緑もそれに気付く筈はなかった。

「、、そう、柳緑は、姉さんが何処に務めてるか、判っててそんな事いうのね。」
 巡回緊急病院トレーラーの看護士の仕事のハードさは、誰が考えたって判りそうなものだが、その相手が肉親で、しかも目の前にいると、今この時の平和さに幻惑され、ついその事を失念してしまうのだ。

 最近でも西S区で、「巡回」の看護士が、プロテク装着者4名の戦いに巻き込まれて重傷を負っている。
 姉は、「彼らは現場に着くのが早過ぎたのよ。」と悔しげに呟いていた。
 現役の看護士が言うべき言葉ではないと思うかも知れないが、手負いで頭に血が上った暴走プロテク装着者に、いくら看護士であっても、並の装備で近づくという事は、戦車に素手で立ち向かうようなものなのだ。

     ギガンテックとはギリシア神話に登場する巨人族「ギガンテス」と、マルチバースインポートテクノロジーを使用した高強度プロテクトスーツ装着者をかけ合わせた俗称である。

「、、、。」
 柳緑は何も答えられなかった。
    姉には例え仕事とはいえど危険極まりない"ギガンティック・ウォーズ"に巻き込まれて欲しくなかったのだ。

 姉がフルフェイスヘルメットを取り上げる。
 ざっくりと顎の下あたりで横一直線に切りそろえた姉のサラサラの髪が揺れる。
 意志的な美しい横顔、それがもうすぐヘルメットで完全に覆われてしまう。
 まあヘルメットといっても、彼女の物は目鼻口の微妙な凹凸があるから、実質上、仮面といっていいかも知れない。

 それが一番、彼女のプロテクの中でも金がかかっている部分なのだ。
 プロテク・コントローラーとしての機能も結構高いのだろうが、そのデザインが、ずば抜けて洒落ているのは、だれが見ても判る。
 美術工芸品と言ってよいレベルに達している。
 そのテーマは、インド神のカーリーだった。
 メタリックなレッドパープルの肌をした、彫りの深い美女と猫科肉食獣のキメラ。

「でもそんなの被ってちゃ、かえって危ないんじゃないか?メット目当ての強盗がいるって話だぜ。とかさ、脱がせるのが面倒な時は、そのまま首ごと持ってちゃうらしいぜ。」
    大昔、プロバスケットが流行った頃、その有名選手が履いたバスケットシューズが人気になり、それを手に入れる為に強盗行為が起こったそうだ。
     今もそれと似た様な事がプロテクで起こるらしい。実際は相手の部分品をもぎ取りトロフィー替わりにしている。
    そのやり合いのド派手な奴を、人々は"ギガンティック・ウォーズ"と呼ぶ。
 でも首ごとは流石にないはずだ。
    それは、まことしやかに流れる、たわいもない都市伝説の一つに過ぎない。

 この朝のやり取りは、高校卒業間近の弟と、「もっともハードな職業」に従事する姉の出掛けの会話とは思えなかったが、そこには少しばかりの、お互いに対する甘えがあった筈だ。


   ・・・・・・・・・


 俺達は孤児だった。
 今、世間で流通してる言葉で言えば、「ロスト」だ。
(ちなみに俺はこのネーミングを気に入っている。変に意味深長でない所がいい。『親は子どもをロストし、子どもは親をロストした。そしてみんなは、ついでに心をロストしたんだ。』…実にストレートな表情じゃないか。)
 しかし、俺達みたいなのは、それほど珍しい存在じゃない。

 だいたいこの社会はもう、家族欠損というその状況自体になれきってしまっているのだ。
 今では成人した人間の三人に一人は、幼少期から所謂、なんらかの「欠損家庭」で育っているのが現状だ。
 もっともロストの程度や、それに居たる背景は、もちろん人それぞれだ。

 こういった背景を持つ人間は、大きくなって自分の来歴を話す時に「私はロストだから」と言えば、もうそれは「私は男だから・女だから」という言葉より、もっと幅広いコンセンサスを得ることが出来る状態になっている。
 そして社会は、良くも悪くもこの状況に対応した。
 それはそうだろう。
 成人の内、二人に一人は「完全な家族形態」を維持出来ていないのだから。

 そのような状況の中、民間で自然形成された「里親制」は、今世紀最大の奇跡とも呼ばれていた。
 「新戦争蟻症候群」の多発・発病という、余りにも悪夢的な現実を突き付けられている今、人間も時たま信じられない「良い事」をしでかすのだと、みんなは驚いてさえいるのだ。
 勿論、「里親制」のその実体は、夢のようなものではないのだが、、。

 例えば、俺の名前は リュウリ という。
 柳の葉の柳緑だ。
 二つ違いの姉の名前は ニジ 、勿論、「虹」のニジだ。
 この名前は、俺達の里親が付けた。

 虹と柳緑、これはまだ、ずっとましな方だ。
 里親が夕食にでたロールキャベツの出来がよかったからと、その日もらわれてきた子どもの名が冗談抜きで「キャベツ」になってしまった身近な例もあるくらいなのだから。
 この「里親制」のカラクリの本質は、政府からの補助金目的、又は一部の人々の「病的な善意」にある、、、。
    俺達を引き取った田中夫婦は後者だった。

 そうそう「キャベツ」の話だが、仲間内の会話が偶々、料理や野菜の話になってしまって、しかもその時にキャベツと名付けられた友人が混じっていると、話が混線するので皆は、友人の事を「そばかすキャベツ」と呼んだものだ。
 やつの顔には「そばかす」があったからだ。
    それで「そばかすキャベツ」…、酷い話だ。

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