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第3章 草原の民の興亡

第15話 精霊石・力の発動と柳緑の帰還

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     復活した戦場に一人取り残されたが、柳緑には不思議と恐怖はなかった。
 自分に向かってくるのが、蘇った少数のレプタイルズだったからかも知れない。
 あるいは、再び、傷口を開いてしまった彼の心の傷がそうさせたのかも知れない。
 柳緑の心には殺すこと、壊すことに分厚い免疫が出来てしまっている。
    普段はそれが現れないが、こんな局面だと如実にでる。

 興奮も怯えもなにもない、ただフラットに動く物を壊す、身体が自動的にそう動いた。
 プロテクが最大のパワーを発揮する状態だった。

 それでも柳緑は、自分の今のこの状態が、先ほどの暴走よりは、ましだと思える余地があった。
 なぜなら今自分は、友が昔、旅の餞別代わりにと送ってくれたカブと一緒にいようと決めたからだ。自分一人の旅ではない。
    そして自分の為に命を投げ出してくれた男に報いないでいられる訳がない。
    この闘いには"意味"がある。
 それに、これらからの闘いの邪魔になると判断して、花紅からは精霊石を回収し、花紅を強制停止した。
 今度は、そんな判断力も残っていた。


 蘇りのレプタイルズが柳緑に襲い掛かって来た。
 動きが鈍い、これなら楽勝だと柳緑は思ったが、実際はそう上手くはいかなかった。
 レプタイルズの身体の組成が、前より強靭になっていた。
 動きは鈍いが、力は倍増している。

「駄目だよ柳緑!戦うんんじゃなく、すり抜けるんだ!カブは、ほらあそこに横倒しになってる。」
 停止した筈の花紅が、突然出現してカブのある方向を指し示した。
    過度な緊急事態に陥ると、柳緑にウェアラブルされたあらゆるプログラムがセーフティ作動するのだ。

 だが花紅が示すその方向には、問題があった。
 カブに辿り着くまでの間、蘇りレプタイルズ達の密度が高すぎたのだ。

「ちっ、こうなりゃ飛び越えてやる!」
 柳緑は助走を付けて、累々たる屍の上を走り始めた。
 柳緑は頭の中で、プロテクの脚力が自分を地上から空中に放出する放物線を計算した。
 踏み切るべき地点まで来たとき、柳緑はプロテクの脚力を限界まで解放した。

 その時、柳緑の足首を、何者かが掴んだ。
 丁度、この時、柳緑の下で蘇りを終えたレプタイルズがいたのだ。
 それでも柳緑は、跳んだ。
 それでも、レプタイルズは、柳緑の足首を離さなかった。

 結果、柳緑は横転したままのカブの手前で密集していた蘇りのレプタイルズ達のど真ん中に、落下してしまった。 

「くそ!何処までも邪魔しゃがって!また俺を、あの地獄に落とすのか!どきやがれ!」
 柳緑は自分の足首を掴んだままのレプタイルズの身体を踏みつぶすと、レプタイルズ達の包囲網の中で、ゆらりと立ち上がった。
 柳緑に引くつもりはまったくなかった。

「駄目だよ!柳緑!今度やったら、僕でも君を引き戻せない!」
 花紅がまた出現して悲鳴を上げた。
 今、花紅は最大限の危険信号を出しているのだ。
 その時、レプタイルズ達の人垣の隙間からカブの姿が見えた。
「どけ!その薄汚い手で俺の十石を触るな!」
     カブの周りにも当然ながら蘇ったレプタイルズがいる。

「どけ!と言ったらどけ!この死に損ない野郎ども!」
 柳緑が唸るように吠えた。
 その途端、レプタイルズ達の身体が柳緑を中心にするように吹き飛んだ。
 まるで柳緑自身が爆発し、その爆風と威力によって、レプタイルズたちが吹き飛んだように見えた。

「精霊石だ!精霊石が、柳緑に反応したんだ!」
 花紅がたまげたように言った。
「あっ、今だよ!今すぐカブで逃げだそう、柳緑!」
 その声で、あまりの事に何が起こったのか判らずしばらくぼんやりしていた柳緑が正気にもどった。

 柳緑はカブの側に駆け込むと、急いでその車体を引き起こし、エンジンを掛けた。
 エンジンは一発でかかった。
 一瞬、柳緑はレ・ナパチャリの遺骸を回収するという考えに取り憑かれた。

 だがそれは諦めた。
 さっきは予期せぬ精霊石の力の発動で、窮地を脱したに過ぎない。
 自分でも、どうやって精霊石の力を引き出したのかが、判っていないのだ。
 その奇跡を二度起こせないなら、レプタイルズたちとの闘いは又、同じ事の繰り返しになるだけだ。

 それに花紅が言うように、今度、あの状態に陥ったら、もう俺は帰ってこれなくなる。

「許せ、レ・ナパチャリ、、。何匹かはぶっ飛ばしてやった…。」
 柳緑はスロットルを開けた。

     ・・・・・・・・・

 千人隊の撤退に対して、蘇りレプタイルズ達の追跡はなかった。
 彼らの動きは、それ程早くない。
 彼らの騎乗する馬が、蘇らなかった事も大きかった。
 従って、千人隊は数十名という死傷者の損失で、自分たちの領土に侵入しようとするレプタイルズ軍を一応は撃退した事になる。

 蘇りの現場を見ることがなかった大勢の兵達は、この勝利に意気盛んだった。
 そして一人、敵陣の中核に切り込んで、それを霧散させたレ・ナパチャリの死は、神話化されつつあった。
 しかもその千人隊長の代替わりは、異例な事に、長付きの従者が担ったのである。
 その事には誰も意義を唱えなかった。 

 元勇者であるレ・チャパチャリは、レ・ナパチャリより強いとされていたし、千人隊の隊長は部族で最も強い者が担うという慣例に合致していたからだ。
 普通の状況であれば、長の従者が闘いに赴く筈はなく、現場での権力の移行は、副隊長に移る筈だったが、今回の場合、それが違っていた。
 もしかするとイェーガンはそこまで先を読んで、レ・チャパチャリを戦場に送ったのかも知れなかった。
 では空白になったイェーガンの従者の席は誰が埋めるのか?その経緯は後に、レ・チャパチャリ自らの口で柳緑に語られる事になった。


 カブに乗って、一人、集落に返ってきた柳緑の姿を見て、詳しい事情を知らぬ多くの人間達は、なんの感慨も持たなかった。
 集落の多くの人間達は、柳緑の従軍の事実さえ知らなかったのである。
 長の客人として迎えられていた柳緑の姿の異変と言えば、昔着ていた布の衣服がなくなり、薄い鉄の鎧を全身に着込んでいた位のものだったのだ。

 だがもちろん、一連の事情を知っている人間達にとって、柳緑の帰還は衝撃だった。
 特にレプタイルズの蘇りを間近に見た人間達のその衝撃は強かった。
 柳緑はあの蘇りのレプタイルズ達の巣窟から帰還したのだ。

 柳緑は、今は千人隊長となったレ・チャパチャリの顔をみるなり、自分がこの集落を去ることを伝えた。
 だたそれを言うためにだけ、この集落に立ち寄ったのだと。
 もちろん、レ・チャパチャリは、そんな柳緑を引き留めた。
 それでも意志を曲げぬ柳緑に、レ・チャパチャリはせめて一夜だけでも、ゆっくりテントの中で眠っていけと譲歩したのだった。


      …………………………………………………………………………


「結局、イェーガンの爺さんは顔を出さなかったな。俺は爺さんに別れをいいたかった。」
 柳緑は宿泊したテントの前に立ち、昇る朝日を見ながらレ・チャパチャリに言った。
 深い眠りを得た後、目覚めてみれば、自分が生きていることが不思議だった。
「そういうな。イェーガン様に悪気はない。今でも柳緑の事を気に入っておられる。今、柳緑に会うのが照れくさいんだよ。」
「はぁ?照れくさいだと、子供かよ。俺の顔を見ると泣いちゃうからとでも言うのかよ。俺でもそんなのないぜ。」

「イェーガン様は、そういうお方だ。かって、集落一の勇者で同時に精霊石マスターの長を務めたなどという人間はいない。どこか、おかしいんだよ。」
「ふん、随分、言うようになったじゃないか。従者の時はウンともスンとも言わなかったくせに。」

「柳緑は、イェーガン様が顔を出さないのは、自分の悪巧みが柳緑にばれてるからだと思ってたんだよね?」
 花紅が明け透けに言った。
 レ・チャパチャリは笑っている。

「悪巧みか、、言われてみればそうかも知れないな。外の世界の人間から見ればそう見えるか。私もあの時、なぜイェーガン様が、私に戦地に赴けと言われたのか、その本当の意味が判らなかった。」

「あんたが千人隊長になった事、あの時、ああいう判断を下した事は、悪い事じゃないと思ってるよ。俺はチュンガライが好きだし、彼には色々と助けて貰った恩義も感じてる。でもあの時、チュンガライが千人隊長になっていたら、間違った判断を下していたと思う。チュンガライは、頭が切れてあんな風に見えるけど本当は情が深い。自分のやる事が敵討ちにしか過ぎないと判ってても、最後にはそれをやる…。それで最後の最後の所で間違うんだ。、、でもあんたを千人隊隊長にしてしまったら、長の跡継ぎは、どうするんだ?」

「それは心配ない。イェーガン様は、私の後任にチュンガライを選ばれた。」
「えーっ!?。だってチュンガライさんは、昔イェーガンの爺様に弟子入りして首になったんでしょ?」
 花紅が驚いたように言った。

「首という言い方はどうかな?我が部族に代々伝わる慣習や伝統の事を考えると、チュンガライは長の跡継ぎとしては不十分だったというだけの話だ。彼には人を従わせる虚仮威しのような畏怖の力や駆け引き上手はないが、実力が不足していたわけではない。イェーガン様は、これからは、そこの所を変えようと決められたのだ。そうでなければ、アレが起こった後のこの世界で、我が部族は生き残れないと判断されたんだよ。権力を集中させるのではなく、分散し独立させる。精霊石マスターが、一人でなけらばならぬと言う理由は、今までの社会秩序を乱さぬ為でしかない。同じように、精霊石マスターが、長である理由もな。イェーガン様は、精霊石マスターを、一子相伝という形から、能力のある者は全て精霊石マスターに育ってあげようとされている。チュンガライも、私のように、そこそこの力を習得すれば、その時点で弟子の立場を解かれる。そうやって、精霊石マスターを、増やそうと思っておられるのだ。」

「うーん、そんな事すると、部族の中で色々ややこしい事が増えるんじゃないかな?民主主義とかな、お前ら知らんだろう。お前達、部族社会の大変革になるぞ。」
 年若い柳緑にも、その程度の事は予測出来た。

「おいおい、何を言ってる?イェーガン様が、この動きに着手されたのは柳緑、お主との会話の影響が大きかったのだぞ。」
「もしかして、あれか?精霊石の力を集めて、コラプス世界を元に戻しちまえという、あれか?」

「そうだ。だがもちろん、イェーガン様は真正面からそうしようと思われている訳ではないぞ。柳緑、お前の言った、その発想自体の事を言っているのだ。」
「今までの事に囚われず、可能性を追いかけるって事だよね。爺ちゃま、あんなに歳食ってるのに凄いよね。」
「花紅、なんだかお前が言うと、薄っぺらいな。」
 柳緑は喋り過ぎの花紅に釘を刺した。

「はは、本当に面白いな、お前達二人は。同一人物の会話とは、とても思えない。とにかくだ。我々の世界は、アレによって食い千切られた。こんな世界で生き延びるには、我々はもっと広く強くならねばならないと言う事さ。」
 柳緑はチャパチャリの言葉に軽く頷いた。

「ところで柳緑。お主、本当にここを去るのか?お主なら、ここにずっといてもいいのだぞ。」
「ああ、レ・ナパチャリがああなった以上、どんなに引き留められても、俺はここにはいられない。イェーガンの爺が、どんな凄いことをしでかすのか見てみたい気もするが、無理だ。」

「そうか。もう引き留めはせぬ。あの湖の側に、お主の鉄馬を動かしておいた。色々、積み込みたいものがあったのでな。あの側には、我が集落の倉庫があるんだ。」
「げ。そんなに沢山の土産はいらないぜ。言っちゃなんだけど、こんな原始的な集落の特産品なんて、売り物になんねえ。」

「そうじゃないさ。チーズとか、干し肉とかそんなのだよ。食料品だ。やがて風味はなくなるが、蔵出ししたばかり物だから、少しはうまさが持つはずだ。それと柳緑、お主の服だ。先の闘いで服がなくなってしまっただろう。元は私のものだが、昨夜、急遽仕立て直させた。」
「お下がりの服はどうでもいいけど、確かにここのメシは上手いよねー。柳緑、有り難くもらっとこうよ。」
    花紅が嬉しそうに言った。

「ああ、そうしよう。レ・チャパチャリ、あんたには世話になった。あんたがもし、俺の世界に生まれてたなら俺の本当の良き闘いのライバルになってただろう。…そしたら俺の人生も少しは変わってたかも知れない。、、、見送りはもういい。ここでお別れだ。湖には一人で行ける、なんたって、あそこは一番最初にあんたに案内して貰った場所だからな。じゃ。」
 柳緑は片目を瞑って、レ・チャパチャリに最後の別れを告げた。


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