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第3章 草原の民の興亡

第12話 商取引

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 柳緑達が集落に入ってから二日後の朝早く、イェーガンは自ら柳緑のカブまで出向いて「商品」の検分をした。
 検分と言っても、サイドカーの座席ホールに積み込まれた荷物を一瞥しただけで、「商品」をさわりもしなかった。
 いつものようにイェーガンの側に使えていたレ・チャパチャリに花紅が小声で聞いた。
 と同時に花紅はレ・チャパチャリがイェーガンから離れるように、わざとゆっくり歩く。
    自分達の話す内容をイェーガンに知られたくなかったのだろう。

「ねえレ・チャパチャリ。爺ちゃんは、これをファイヤービーンズ幾つと交換してくれるかな?」
「イェーガン様はファイヤービーンズを使われないと思うよ。こんな場面では昔からそうだった。」

「もしかして爺ちゃん、ファイヤービーンズが貨幣の代わりになってるって事知らないの?」
「知っておられる。だからこそだ。逆にお前達に聞くが、お前達は本当にファイヤービーンズの事を信用しているのか?」
「それどういう意味だ?」
 横で二人の話を聞いていた柳緑が不機嫌そうに聞いた。

「ファイヤービーンズは、どこから来た?そもそもファイヤービーンズとは何だ?それも判らず、ただ貨幣として流通しかけているからと言って、それを使うのは危険ではないのか?もしあれが厄災の種なら、我々は厄災をありとあらゆる世界にばらまいている事になるのだぞ。」
「ふん理屈だな。ならお前は、一切、ユニバーサルフォースの世話にならないってのか?」

 柳緑はそう言ったが、指摘されてみればまったくそうなのだ。
 誰もファイヤービーンズそのものを調べたことがなければ、その流通元も知らないのだ。
 ある意味、それは全ての言語がわかるユニバーサルフォースの言語ブリッジも同じ事だった。

「、、一つだけ、教えておいてやる。ファイヤービーンズは、元来、この星では生まれないものだ。あんな石は、この星では存在しない。それはイェーガン様が長い時間を掛けて調べられたから間違いない。イェーガン様は、大地と話されるお方なのだぞ。」
「フン、言ってろ、」
 柳緑は「…なら、そうかも知れない」と言おうとしたが、出てきた言葉は違っていた。
   しかしファイヤービーンズが外宇宙の物だとは柳緑も初めて聞いた事だった。


 商品の検分後、直ぐに商談に移るのかと思われたが、イェーガンは再び柳緑達を自分のテントに招き入れ、一緒に朝食をとった。
 イェーガンが「取引」を始めたのは、彼らが食後のお茶を飲み始めた頃だ。

「なあ、柳緑。その花紅は、とても良くできているが、本当にメシをくったり、お茶をのんだりしたらもっと良いと思ったことはないかの?」
「まあ相棒としては、その方が、よりそれらしくはなりますね。でも花紅はホロですよ。細工の仕様がない。」

「だったら、柳緑。お主の持ってきた商品、その細工で支払おうか?」
「えっ?仰ってる意味が判らないんですが?」

「今、やって見せよう。」
 イェーガンはそう言うと、自分の首に掛けてある沢山の首飾りのうちの一つに手をかけ、その皺だらけの掌の中に、首飾りの石を握り込んだ。

 するとイェーガンと柳緑達の間にある土間に変化が起こった。
 土間の表面に小さな竜巻のようなものが生まれると、やがてその竜巻は、土間の土塊をすいあげ始めた。
 次ぎに竜巻と見えた空気の回転は停止したのだが、吸い上げられた土塊は、下に落ちる事もなく、それどころか空中でお互いを呼び集め、一つの形をなそうとしていた。
 出来上がったのは、「手」とそれに続く「腕」の形だった。

「花紅。今からその手を、お主に送る。来たらな、お主は、その手が自分のものになれと念じよ。」
 その後、花紅に、イェーガンが言った通りの事が起こった。
 土塊で出来上がった手が、空中を漂って花紅の元に移動すると、花紅の腕のホログラム部分にピタリと収まったのである。

「花紅、その手で、お主の側にある器を持ち上げてみい、」
 花紅はおそるおそる、先ほどまで柳緑がお茶を飲んでいた湯飲みを持ち上げてみた。
 すると湯飲みは、本当に花紅が持ち上げたように、上にあがった。

「すげー、すげーよこれ!僕、本当にカップを持ち上げちゃった!」
「どうなってる?」
「柳緑、今見せた力。お主達の世界では、テレキネシスやサイコキネシスと呼ばれておるんではないかのう。だがこれは、超能力でも魔法でもないぞ。仕掛けは、これじゃ。」
 イェーガンは自分が手に握り込んでいた石を首から外すと、柳緑達に首紐ごと、それを付きだして見せた。

「柳緑、お主のホロも、その知識がないものが見れば魔法そのものだろう?これも同じじゃよ。お主達の借物の科学がホロを生みだしたように、儂らの借物科学が、テレキネシスを生みだした。儂らのはこんなホロを投影する上に、物を持ち上げ自在に動かす干渉力を持つ。この石が力を発生させるんじゃ。」
 そう言うとイェーガンは、手に持った石のネックレスを柳緑に投げ寄越した。
 途端に、花紅の腕から、土塊がざーっと落ちた。

 石を受け取った柳緑は、それを子細に眺める。
 同時にプロテクのグローブも石の分析を始めた。

「横から見ると細かな層になった幾何学的な紋様が見えるな…。確かに、普通の石じゃなさそうだ。」
 グローブからの解答が、プロテクの手の甲にある小さなディスプレイに返ってきた。
 『分析不能、ただし集積回路構造に類似点多し』と読めた。

「儂が聖なる山から切り出して、それがそうなるように念で育てた。つまりそれが、長になる人間の力だ。」
    花紅が『もしかして?』と云うような目で柳緑を横目で見る。

    彼等が過日、野営をした巨大岩山がイェーガンの云う聖なる山ではないか?と思っているようだ。
    異なる並行宇宙が重なって存在する場合も時にはあり、その場合はそこへどのルートで進入するか?いい変えれば"方向"が重要になる。
     同じ一つの地点でも、西から見るのと東から見るのとでは全く違う存在としてあり得るのだ。

「、、これがあんたらの本当の力なんだな。だからあんたは、いつも悠然と構えてられる。」
  柳緑はそんな花紅の視線を無視して続けた。
   勿論、口に出さなくても花紅と同じことを考えている。

「石は色々な力を発揮する。空間に目に見えない強固な壁を造り出す石もあれば、遠く離れた敵を一瞬に両断する力を持った石もある。石、それぞれだ。それを儂は部族の人間達に分け与える。もちろん人によって相性というものもあれば、石の力をどれだけ引き出せるのか、という問題もある。それでも部族の人間達は、生身の時よりも遙かに強い戦士になる。皆は、精霊石と呼んでいるようじゃ。滅多に使って良いものではないから、皆がそうやって、崇め敬うのは良いことだと、儂は思っておる。」

「これを俺にくれるのか?」
「やるのではない。取引だ。」

「これに比べれば、俺が運んで来たものはガラクタだ。」
「では、生きた牛一頭で取引しようか?持ってはいけまい?それに、この石は、我が部族の人間の意志に反応する。他の異種の人間がそれをやってなるものかどうかは、わからんのだぞ。儂の読みでは、柳緑がそれを使いこなすには、相当な時間、あるいは心の鍛錬が必要だろう。むしろ花紅の方が、適性は高いかもしれん。じゃが、それが出来たなら、多くの力を引き出せるのは、柳緑、お主のほうだろう。」

「何を言ってる。花紅は俺のエコーだぞ。」
『なんだ、この爺は?俺に無理矢理恩を売りたいのか?それとも俺を、ただからかっているだけなのか?』と柳緑は思う。
    花紅は柳緑のコアセルフの別の様相だとも言えるが、かと言って柳緑と同等な訳ではない。
 
「だからこそじゃよ。お主がそれを使うには、まだ余分なノイズが多すぎる。」
「くっ。」
 柳緑が悔しそうに言ったが、それは図星だった。
 確かに柳緑の心は、精霊の力を入れ呼ぶには余分なノイズが多すぎる筈だった。
 余分なノイズがあるから、"心の病"になるのだ。

「失礼ながら、儂はこのような力を持った人間だ。巧まなくても、会った人間のほぼ全てが理解できる。柳緑、お主の過去も全て知っている。今、お主が何を抱えているかもな。だからこそ儂は、お前にこの石を送るつもりになった。柳緑、いずれこの石を使いこなせ。そしてお主が為すべき事をなせ。」

『お主が為すべき事をなせ。』ってなんだよ、勝手に他人の心の中や、未来を見通すような事を言いやがってと、柳緑は震えながら思った。
   だが不思議と、その湧き上がる感情の中に"怒り"はなかった。

「、、、、判ったよ。この取引は、これで成立だ。そして商談が終わったからには俺はここをでる。ここにいつまでもいちゃ、俺が駄目になりそうだ。」
 柳緑はそういうと、その場に立ち上がった。

「、、そうそう、さっき思い浮かんだ事がある。あんたは精霊石のマスターだ。あんたなら、とんでもないことをしでかせるかも知れない。」
   俺をからかうなら、俺からもお返しをする。と、そんな気持ちで柳緑は言った。

「とんでもない事?」
「そうさ。例えばコラプスを元に戻すとかだ。あんたの住んでた元の世界に戻すんだよ。別に、コラプスが俺達に何を迫ってるか?なんて考える必要はないんだ。勝手に、こっちの生活をぶっ壊したのは向こうなんだからな。俺達が、それを元に戻してなにが悪い。これは俺の想像だが、精霊石は、あの巨大岩山から採石してるんだろう?だったら、あの岩山毎、使えばいい。そうとう大きな事が出来るかもな。」
 最初あっけにとられていたようなイェーガンだが、やがて笑い始めた。
   
「面白い男だのう、柳緑。やはり儂が見込んだだけの事はある。お主の提案、考えてみるよ。」
  イェーガンは如何にも楽しそうに言った。
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