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第3章 草原の民の興亡
第8話 草原で拿捕される
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草原はまだ続いていた。
その草原は永遠に続くように思われた。
近くにはランドマークになる様なものが何一つとしてない。
地勢的に見て、柳緑達があの巨大岩山に出会ったのは奇蹟のような出来事であったのかも知れない。
「どうもおかしいな。『コラプスマップ』が、うんともすんとも反応しないのはともかく、ここは間違いなく何かが変だ。」
「僕もそう思う。ここは地球のそれとちょっとだけズレた完全な異界なのかな?『マップ』は、元の地球世界と新しく掘り返された並行世界との位相誤差でマッピングをやってるらしいからね。そのズレがほとんどなくて、でもその実体は丸ごと異界だったら、そのせいでマップが全然反応しないっていう、そういう事も起こりえるよね。」
会話に、"その"だとか、"そういう"が何回も登場しても話が通じるのは、如何にも二人の関係をよく表している。
「確かにな。って事は、俺達を襲ってきた来た前の奴らも、期せずして異界のこっちへ紛れ込んで来た人間ってことか、、。」
「りゅうり も、あいつらの事、結構、気にしてたんだね。」
「馬鹿言うな。気にしてられるのは、俺の首が身体に繋がってるからだ。それより、あれ見ろよ。ひょっとして、あれ牛じゃないのか?」
草原の地平線上に、ゴマ粒のような点々が見え始めた。
柳緑はヘルメットのバイザーを下ろして、望遠に切り替える。
「やっぱり、そうだ。それに後ろにも、もっと一杯牛がいる。放牧?ここで牛を放牧してるのか?」
「りゅうり !前だけじゃなく、ちょっと左右に注意して!」
「え?何?」
柳緑が慌ててバイザーを通常モードに戻した途端、左右から、馬に乗った上半身裸の男達が、柳緑達に向かって駆け寄って来るのが見えた。
この距離なら反応している筈のプロテクアナライザーが、又もや沈黙したままだったのだ。
「りゅうり !逃げよう!」
「馬鹿言うな!何処に逃げる理由がある!それに奴ら、俺達を侵入者だと思ってるみたいだぞ!今逃げたら余計にヤバくなる。」
「えー、今度は僕たちが悪者なの?」
「ここで逃げたらそうなるな!それにこの草原地帯じゃ下手したら十石より馬の方が速いかも知れん!」
柳緑は覚悟を決めて、カブをその場で停車させた。
数秒後、柳緑は5頭の馬に乗る5人の男達に取り囲まれていた。
いずれの男も、上半身は裸、下半身はなめし革で作られたパンツをつけ、サンダルを履いていた。
ぱっと見た時の彼等の印象は「大きい」の一言だった。
5人とも柳緑の記憶に残っている成人一般男性の1.5倍の程の肉嵩があった。
どう見てもかなり離れた並行世界の異民族の容姿だった。
やはり此処は既に異界の中なのかも知れない。鍛冶屋市にも多民族の世界だったが、あれとは又違う。
装身具の類は、幅広の胸にあるネックレスだけで、どの男も丁度胸の中央にあたる部分に、磨き上げられた丸い石のようなものを、ぶら下げていた。
武器と思えるのは、長大なナタ状の剣を腰にぶら下げたり、中には弓のようなものを肩に引っ掛けているものもいる。
それぞれの弁髪の下の顔は、木を削いで作ったように厳つく、その下に続く上半身はボディビルダーのような過剰な筋肉で覆われている。
それは彼らが乗っている馬も同じだった。
見栄えは、柳緑の知っている馬とまったく変わりはないが、やはり全体が大きく、そして異様に筋肉が付いていた。
「お前ら、何者だ?ここへ何しに来た?」
顔に酷い傷跡のある男の口から、異国語が飛び出てきて、同時にそれを通訳する為にユニバーサル・フォースの言語ブリッジが働き、柳緑の頭に酷い頭痛が走る。
それは今までに体験した事のない酷い痛みだった。
「怪しい者じゃない。旅の行商人だ。この草原には迷い込んだんだ。そしたら、たまたまあんたらに出会った。」
柳緑がそう応えると、同時に馬上の5人の男達の顔が、ユニバーサル・フォースのせいで苦痛に歪んだが、それを口に出して、あれこれ言う人間はいなかった。
多少なりとも彼らには、破綻点とその接合についての見識があるようだった。
それに彼らは、柳緑の乗っているカブを見てもそれ程、驚かなかった。
「そんな話を簡単に信用すると思っているのか?」
最初に声を出した男が話を継いだ。
今度は、多少、柳緑の頭痛が治まっている。
ユニバーサル・フォースの内の一つである言語ブリッジは、異質の両者の間にコミュニケーションが成立し始めると、最初の内に感じる頭痛が徐々になくなって行くのが、一つの特徴だった。
もちろん、これがどうやって発生し、どう脳に作用しているのかは未だに解明されていない。
これは破綻が起こったのと、同様の現象だとされている。
ユニバーサル・フォースという名は、破綻発生後に人間が勝手に付けた名で、それは破綻を起こした存在を一部の人間達が、勝手に想像しそれをコラプスキングと呼ぶようなものだった。地面を這う蟻に自分達を踏み付けて来る靴底が何であるのか判らないのと同じだ。
しかし言語ブリッジの効果は柳緑達にはありがたかった。
これがあるお陰で、彼らの呼名の前に付く"レ・"が人間世界で云う"殿"だとか"氏"に近いものだと云う事まで直感的に判るのだ。
「待てよ、レ・ナパチャリ。こいつらは俺達がやって来ても、逃げも構えもせず、ただこうやって俺達を迎え入れたんだ。イェーガン様の元に連れて行こう。イェーガン様は、好奇心旺盛な方だ。何時も何か新しい事を知りたがっている。俺達褒められるぞ。何、怪しい動きを見せたら、その時は即刻、首を撥ねれば済むことだ。」
5人の中で、少し奥まった所にいた、短く顎髭を生やした男が、腰に付けた山刀の柄頭を軽く拳で叩きながら言った。
その仕草が自然で堂に入っていた。
戦闘力は、そうとう高そうだった。
彼らの馬具にはロープなどがくくりつけられている。
牛の放牧時などに、使うのだろう。
山刀では、プロテクを傷付ける事はできないが、こんなロープで数人の男達に、がんじがらめにされたら、、つまりこいつらと実際にやり合ったら、どうなるんだろう?と柳緑は考え始め、急いでその思いを振り払った。
闘いを避けて、この場をやり過ごすと決めたのなら、その方向で全力を出し切るべきだと、柳緑は今更ながらに思い直した。
「売り物は、僕の後ろに積んであるんだ、これだよ。」
花紅が後の座席を指さす。
「もちろん気に入らないなら、買って貰わなくてもいい。とにかく僕らに手出しはしないでくれ。本当に僕達は、旅の者なんだよ。あんたらに、危害を加えるような人間じゃない。」
花紅が馬上の男達に、いかにも哀れぽい声で訴えた。
「なんだコイツ、オンナか?いやオンナでも、こんな弱っちい奴は見たことない。」
男達の中からそんな声が上がった。
「、、判ったよ、チュンガライ。お前の言葉だ。こいつらをイェーガン様の所に連れて行こう。なにこんな奴ら、何かを企んでも、その場で一ひねりだ。」
レ・ナパチャリと呼ばれた顔に向こう傷のある男は、いかにもひ弱そうな花紅を見ながら、そう決めたようだ。
だが、馬上からはサイドカーにはライフルが突っ込んであるのも見える筈だ。
『俺なら、そんなに簡単に相手の戦闘力の目極めはしたりしない』柳緑はそう思う青年だ。
だがレ・ナパチャリは如何にも自信に溢れ、それが傲慢と見える表情を持った男だった。
そして柳緑は柳緑で、花紅の正体がホロだと知ったら、この男とは又一悶着あるのだろうなと憂鬱になっている。
何事に置いても、自分が絶対に正しいと思い込んでいる人間は、どこの世界にもいるものだ。
レ・ナパチャリはそんな顔をしている。
柳緑は移動し始めた男達に囲まれて、カブをパルパルと動かし始めた。
その草原は永遠に続くように思われた。
近くにはランドマークになる様なものが何一つとしてない。
地勢的に見て、柳緑達があの巨大岩山に出会ったのは奇蹟のような出来事であったのかも知れない。
「どうもおかしいな。『コラプスマップ』が、うんともすんとも反応しないのはともかく、ここは間違いなく何かが変だ。」
「僕もそう思う。ここは地球のそれとちょっとだけズレた完全な異界なのかな?『マップ』は、元の地球世界と新しく掘り返された並行世界との位相誤差でマッピングをやってるらしいからね。そのズレがほとんどなくて、でもその実体は丸ごと異界だったら、そのせいでマップが全然反応しないっていう、そういう事も起こりえるよね。」
会話に、"その"だとか、"そういう"が何回も登場しても話が通じるのは、如何にも二人の関係をよく表している。
「確かにな。って事は、俺達を襲ってきた来た前の奴らも、期せずして異界のこっちへ紛れ込んで来た人間ってことか、、。」
「りゅうり も、あいつらの事、結構、気にしてたんだね。」
「馬鹿言うな。気にしてられるのは、俺の首が身体に繋がってるからだ。それより、あれ見ろよ。ひょっとして、あれ牛じゃないのか?」
草原の地平線上に、ゴマ粒のような点々が見え始めた。
柳緑はヘルメットのバイザーを下ろして、望遠に切り替える。
「やっぱり、そうだ。それに後ろにも、もっと一杯牛がいる。放牧?ここで牛を放牧してるのか?」
「りゅうり !前だけじゃなく、ちょっと左右に注意して!」
「え?何?」
柳緑が慌ててバイザーを通常モードに戻した途端、左右から、馬に乗った上半身裸の男達が、柳緑達に向かって駆け寄って来るのが見えた。
この距離なら反応している筈のプロテクアナライザーが、又もや沈黙したままだったのだ。
「りゅうり !逃げよう!」
「馬鹿言うな!何処に逃げる理由がある!それに奴ら、俺達を侵入者だと思ってるみたいだぞ!今逃げたら余計にヤバくなる。」
「えー、今度は僕たちが悪者なの?」
「ここで逃げたらそうなるな!それにこの草原地帯じゃ下手したら十石より馬の方が速いかも知れん!」
柳緑は覚悟を決めて、カブをその場で停車させた。
数秒後、柳緑は5頭の馬に乗る5人の男達に取り囲まれていた。
いずれの男も、上半身は裸、下半身はなめし革で作られたパンツをつけ、サンダルを履いていた。
ぱっと見た時の彼等の印象は「大きい」の一言だった。
5人とも柳緑の記憶に残っている成人一般男性の1.5倍の程の肉嵩があった。
どう見てもかなり離れた並行世界の異民族の容姿だった。
やはり此処は既に異界の中なのかも知れない。鍛冶屋市にも多民族の世界だったが、あれとは又違う。
装身具の類は、幅広の胸にあるネックレスだけで、どの男も丁度胸の中央にあたる部分に、磨き上げられた丸い石のようなものを、ぶら下げていた。
武器と思えるのは、長大なナタ状の剣を腰にぶら下げたり、中には弓のようなものを肩に引っ掛けているものもいる。
それぞれの弁髪の下の顔は、木を削いで作ったように厳つく、その下に続く上半身はボディビルダーのような過剰な筋肉で覆われている。
それは彼らが乗っている馬も同じだった。
見栄えは、柳緑の知っている馬とまったく変わりはないが、やはり全体が大きく、そして異様に筋肉が付いていた。
「お前ら、何者だ?ここへ何しに来た?」
顔に酷い傷跡のある男の口から、異国語が飛び出てきて、同時にそれを通訳する為にユニバーサル・フォースの言語ブリッジが働き、柳緑の頭に酷い頭痛が走る。
それは今までに体験した事のない酷い痛みだった。
「怪しい者じゃない。旅の行商人だ。この草原には迷い込んだんだ。そしたら、たまたまあんたらに出会った。」
柳緑がそう応えると、同時に馬上の5人の男達の顔が、ユニバーサル・フォースのせいで苦痛に歪んだが、それを口に出して、あれこれ言う人間はいなかった。
多少なりとも彼らには、破綻点とその接合についての見識があるようだった。
それに彼らは、柳緑の乗っているカブを見てもそれ程、驚かなかった。
「そんな話を簡単に信用すると思っているのか?」
最初に声を出した男が話を継いだ。
今度は、多少、柳緑の頭痛が治まっている。
ユニバーサル・フォースの内の一つである言語ブリッジは、異質の両者の間にコミュニケーションが成立し始めると、最初の内に感じる頭痛が徐々になくなって行くのが、一つの特徴だった。
もちろん、これがどうやって発生し、どう脳に作用しているのかは未だに解明されていない。
これは破綻が起こったのと、同様の現象だとされている。
ユニバーサル・フォースという名は、破綻発生後に人間が勝手に付けた名で、それは破綻を起こした存在を一部の人間達が、勝手に想像しそれをコラプスキングと呼ぶようなものだった。地面を這う蟻に自分達を踏み付けて来る靴底が何であるのか判らないのと同じだ。
しかし言語ブリッジの効果は柳緑達にはありがたかった。
これがあるお陰で、彼らの呼名の前に付く"レ・"が人間世界で云う"殿"だとか"氏"に近いものだと云う事まで直感的に判るのだ。
「待てよ、レ・ナパチャリ。こいつらは俺達がやって来ても、逃げも構えもせず、ただこうやって俺達を迎え入れたんだ。イェーガン様の元に連れて行こう。イェーガン様は、好奇心旺盛な方だ。何時も何か新しい事を知りたがっている。俺達褒められるぞ。何、怪しい動きを見せたら、その時は即刻、首を撥ねれば済むことだ。」
5人の中で、少し奥まった所にいた、短く顎髭を生やした男が、腰に付けた山刀の柄頭を軽く拳で叩きながら言った。
その仕草が自然で堂に入っていた。
戦闘力は、そうとう高そうだった。
彼らの馬具にはロープなどがくくりつけられている。
牛の放牧時などに、使うのだろう。
山刀では、プロテクを傷付ける事はできないが、こんなロープで数人の男達に、がんじがらめにされたら、、つまりこいつらと実際にやり合ったら、どうなるんだろう?と柳緑は考え始め、急いでその思いを振り払った。
闘いを避けて、この場をやり過ごすと決めたのなら、その方向で全力を出し切るべきだと、柳緑は今更ながらに思い直した。
「売り物は、僕の後ろに積んであるんだ、これだよ。」
花紅が後の座席を指さす。
「もちろん気に入らないなら、買って貰わなくてもいい。とにかく僕らに手出しはしないでくれ。本当に僕達は、旅の者なんだよ。あんたらに、危害を加えるような人間じゃない。」
花紅が馬上の男達に、いかにも哀れぽい声で訴えた。
「なんだコイツ、オンナか?いやオンナでも、こんな弱っちい奴は見たことない。」
男達の中からそんな声が上がった。
「、、判ったよ、チュンガライ。お前の言葉だ。こいつらをイェーガン様の所に連れて行こう。なにこんな奴ら、何かを企んでも、その場で一ひねりだ。」
レ・ナパチャリと呼ばれた顔に向こう傷のある男は、いかにもひ弱そうな花紅を見ながら、そう決めたようだ。
だが、馬上からはサイドカーにはライフルが突っ込んであるのも見える筈だ。
『俺なら、そんなに簡単に相手の戦闘力の目極めはしたりしない』柳緑はそう思う青年だ。
だがレ・ナパチャリは如何にも自信に溢れ、それが傲慢と見える表情を持った男だった。
そして柳緑は柳緑で、花紅の正体がホロだと知ったら、この男とは又一悶着あるのだろうなと憂鬱になっている。
何事に置いても、自分が絶対に正しいと思い込んでいる人間は、どこの世界にもいるものだ。
レ・ナパチャリはそんな顔をしている。
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