屑星の英雄はランプを擦る/対抗狙撃戦

二市アキラ(フタツシ アキラ)

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第13話

【 反乱の連鎖 】

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 狭い階段に、低い声が響いている。

「タンザニアズ・エリアのゴミ処理の権利が手に入ったんだ、これでウチも盤石だな。」

 薄くなり始めた髪を撫で付けながらマルコサーラが、自分の後ろを付いてくるカサノバベックを振り返りもせず、そう言った。
 顔を見ずともナンバースリーであるカサノバベックが聞き耳を立てて、へりくだり、自分の話を聞くのが当然だと思っているのだ。

 彼らが向かっているのは、コレルオーネ屋敷の地下駐車場だった。
 ボス・コレルオーネと、彼らの打ち合わせはもう既に終わっている。

 打ち合わせといっても、込み入ったものではなく、コレルオーネの朝食に合わせたミーティングのようなものだった。
 すでに暗黒街のトップに上り詰めたコレルオーネには、複雑な会議など必要ないのだ。

 『全ては自分の意志通りに動く。』

 コロニー内では、滅多に手に入らない本物のオレンジジュースやハムエッグを前に、コレルオーネは朝食会の間中、終始上機嫌だった。


「兄貴の力ですよ。タンザニアズの清掃組合の連中は、なかなかしぶとかったですからね。」
「俺は、これからオジキの所へ行く、お前もついてこい。」
 二人が短い階段を下り終わって、地下駐車に抜ける狭い通路に入った時、マルコサーラが出し抜けに言った。

 マルコサーラのいった"オジキ"は、ボス・コレルオーネの相談役だ。
 組織のピラミッドの頂点ではないが、その横に位置する重鎮だ。
 そのオジキの前に、マルコサーラがカサノバベックを子分として従えて行くなら、まだ二人の順位は入れ替わっていないという周囲への証になる。
 ・・・・と、マルコサーラは考えている。


「すみません。今日は、これから用事があるもんで。」
「お前、俺が言ったことに従えないのか?」
 後ろを振り返った時、マルコサーラの形相が変わっていた。

『このカサノバベックの態度の変化は突然ではない。伏線はあった。』とマルコサーラは思っていた。

 先のボス・コレルオーネ暗殺阻止で、功を上げたカサノバベックの組織内での評価は急速に上がりつつあった。
    伝説の狙撃手ロックロウを見つけ出し、口説き落としたのはカサノバベックだ。
 今のカサノバベックがナンバー3なら、3が追い落とすのはナンバー2か1しかいない。

 カサノバベック本人は、そんなつもりはなくても、周りはそれを噂し、自分ではなく男伊達の良いカサノバベックに鞍替えしょうとする人間達もいる。
 マルコサーラは、そんな風に考える男だった。

 そしてマルコサーラは、武勲を上げた以降も普段と変わらない態度のカサノバベックに、返って苛立ちを、いや不安を感じていたのだ。
 本当は、自分よりカサノバベックが実力的に上だという事を知っていたのである。


「いや、そんなつもりは、ただこれからどうしても行きたいところがあって」

「俺の頼みより、大切な用事がお前にあるのか?」

「嫌だなぁ、もう勘弁して下さいよ」

「お前、スネーククロスを止めた事で調子に乗ってるんじゃねえか?ありゃ、たまたま親父が、あの任務をお前に振ったからそうなっただけの話だろ。俺がやってりゃ、もっと完璧に出来てる。第一、お前、農業エリアで部下を何人見殺しにした?スネーククロスに何人やられた!ああ?言ってみろや。お前がいい顔してられるのは、みんな死んだ部下のお陰だろうが。」
 その言葉にカサノバベックの顔は、こわばった。
『部下を何人見殺しにした?』の言葉がカサノバベックの抑制心を吹き飛ばしたのだ。

 農業エリアで、スネーククロスに殺された男たちは、カサノバベックが、組本部から直に預かっていた人間達だった。
 だが彼らは時を経て、カサノバベックが下した指示には、あらゆることに従うようになっていた、それ程の信頼関係が出来ていたのだ。
 そしてカサノバベックは、自分の為に彼らを動かした事は一度もない。

 農業エリアの件にしても、それは「組」の為にやった事だった。
 「組」がのし上がり安定すれば、自分についてきた彼らも良い生活が出来る、、、筈だった。

    がそこに番狂わせが起こったのだ。
    スネーククロスは老練な兵士のチームで動いていたのだ。


「もう、一度言う。今から俺について来い。」

「断ります。」

「ハァ?今、なんて言った!」

「断るって言ったんだよ、この能なしが!親父があの仕事を俺に振ったのは、あんたが役立たずだからだろ!あれは本来、あんたがやるべき筈の仕事だったんだよ。」

「この!」

 マルコサーラが右腕を大きく振り上げてフック気味のパンチをカサノバベックに叩き込もうとした。
 パンチが大振りだったのは、突発的な彼の怒りのせいだったが、それ以上に相手に対する侮りがあった。
 だが、その『どうせ格下のカサノバベックは反撃をして来ないだろう』という読みは、見事に外れた。

 カサノバベックは、左腕でマルコサーラのパンチをブロックすると、がら空きになった彼の顔面に渾身のパンチを叩き込んだ。

 マルコサーラはその場に崩れ落ちることだけは、辛うじて堪えたが、続くカサノバベックの攻撃に容赦はなかった。
 カサノバベックは脚に全体重を乗せて、それを前蹴りでマルコサーラにぶちかます。

 マルコサーラは、弾き飛ばされたように狭い通路の壁によろけていく。

 カサノバベックは追撃を止めず、再び右のパンチを放つが、それは必死の思いで首を竦めたマルコサーラ頭部の右の壁にそれてしまう。
 漆喰塗りの通路の壁の表面が、カサノバベックの拳でボコッと音を立ててへこむ。
 まともにあたっていれば、脳挫傷間違いなしのパンチだった。

 壁にそってズルズルと崩れ落ちていくマルコサーラの体側に、カサノバベックの膝蹴りが、又も容赦なく連発される。

 床にへたり込んだマルコサーラの尻の周囲に黒い染みが広がっていく。
 カサノバベックにもそれは見えている筈だ。
 だがカサノバベックは、座り込むマルコサーラを上から強く踏みつけ始めた。

 もちろん、殺す気だったのだ。



 地下駐車場への出入り口に人の気配が近づいて来た。
 屋敷下での異変に気付いたボス・コレルオーネ直下の部下たちが、駆けつけて来たのだろう。

「ベックさん!何してるんすか!」

「見てわかんねぇのか。この話の通じねぇ馬鹿をしめてんだよ!これでコイツもちっとは自分のことや、世の中のことが分かっただろうよ。」

 カサノバベックは、乱れたスーツの襟ぐりを直すと、その黒くて豊かな髪を掻き揚げた。
 顔色は、ほぼ元に戻っている。勝負は決まった…もう興奮が覚めたのだ。

 その表情に後悔は全くない。
 むしろ涼やかでさえあった。

「俺は、これから野暮用で出かける。この件で、親父が俺に話があるんなら、その後で聞く。俺は逃げも隠れもしねぇから安心しな。ただし、これから暫くは俺のことをほっておいてくれ。親父に、そう言っておけ。いいな。」

 男たちは、完全に気圧されていた。
 そのまま駐車場に進んで行くカサノバベックを、止められる人間は誰もいなかった。



 カサノバベックが駐車場に待たせてあった自分の車に乗り込む。
 入れ替わりに、マルコサーラの帰りを待っていた車から二人の部下が、マルコサーラが倒れている出入り口目がけてあたふたと飛び出して行った。

「このまま、例の場所に直行でいいんですね。」
 若い運転手がカサノバベックに問う。
    彼も又、直情型の獅子の様なカサノバベックに忠誠を誓った男だ。
   マルコサーラの部下にはいないタイプだった。
   
「ああ、そうしてくれ。、、たぶん、ロックロウはまだ生きてるだろう、、。」

 この日は、ロックロウがスネーククロスとの果し合いにのぞむ日だった。





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