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第1話

【 リトルジーニーと重力制御ベルト 】

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「畜生、あのフェアリーが俺の右腕を食い千切りやがったんだ。俺が奴に何をしたってんだ。俺はただ毎日、砂漠の上を重い背嚢背負って奴らの縄張りの側を行軍してただけじゃねえか。」
 カウンターに頬をつけ、酔いつぶれた老人のうわ言だった。

「フェアリーねぇ。ありゃ、どう見ても翅の生えた黒い悪魔だろう、、。」
 グラスを拭きながら退役軍人倶楽部のバーテンダーが呟く。

 老人が突っ伏しているカウンターの上には、彼に残された、たった一本の腕がだらしなく伸び、その指先にウィスキーの残ったグラスが辛うじてひっかかっている。
 その手はカウンターから、はみ出ているからグラスはもうすぐ床に落ちるだろう。
 だがそれが、何時何分に起こるのかは判らない。

 その様子を看ていたロックロウは、『丁度いい、あのグラスでコイツを試して見るか』と思った。

 追い込まれた状況の中で素早く的確に反応する、出来る、そうでなければ兵器も兵士も使えない、つまり死ぬ。
    そこが重要だ。
    運良く死なずにすんでもこの傷痍軍人のように肉体の何処かを大きく失ってしまう。
   
  『ベルトよ、今だ。とにかく動け!』

 そんな思いに呼応するかの様に、ロックロウの腹に巻いてある太いベルトのバックル部分が微かに振動した。
    ロックロウは革のボマージャケットを着込んでいるから外目からはその動きは見えない。

 だが、リトルジーニーが『このベルトには僕らの考えるような可動部分は一切ない』と言っていたのにもかかわらず、ブルブルと震える感覚が、今、確かにある。
 『マイムの言う通りバックルの中で何も稼働していないなら、自分が感じているこの感覚は、俺の錯覚、俺の首裏にあって今はベルトに繋がっているコネクタが作り出した疑似感覚という事になるが……。   いやこのベルトに関しては、そんな不可思議さえも起こり得るのか?』とロックロウは思った。

   まずベルトは、その見てくれがリトルジーニーが使っている工作用ロボット・フライディと同じように、どこか夢の玩具のような可笑しみがある。
 それに何しろこれは「重力」を制御しょうという装置なのだから、夢を叶えるのだろう。


 ロックロウは自分の意識を老人のグラスに集中した。
 その集中にベルトが連動している。


 落ちる物を真っ直ぐ上に引っ張り上げるのは、今まで何とか成功させているし、練習も重ねてきたから、そのコツも判り始めて来ている。

 問題は真上ではなく斜め方向に、コップを持ち上げられるかという事だった。
 そうしないと老人の指先に引っかかったままのグラスはカウンターの上には戻せない。

 それも素早くだ。
 もしバーテンダーが、グラスが空中をフラフラ浮かんでいるのを見つけたら、厄介な事になる。
    それが周囲の人間達にロックロックの仕業だとは気づかれる筈はないが、老人の側にいる彼があれこれ言われるのは確かだ。
 …嘘をついたり誤魔化したりするのは、たとえそれが些細な事でも疲れる、嫌だ。
   ロックロウはそういう性質だった。



 クラスが老人の指先から離れる瞬間がやって来た。
 グラスに、かかった重力を断ち切る。
 そしてその重力を反転させながら元に戻す時に、逆斜め方向にバイアスをかける。
 グラスが、カウンターの縁の上1センチの所に戻った時に重力の制御を切る。

 グラスは、ごく小さなカタンいう音を立てて無事にカウンターの上に戻った。

 『やったぜ!マイム!』
   ロックロウはリトルジーニーが嫌がる少年の本名を又、つぶやいてしまった。   

 何故、そんな事が出来るのか、仕組みは判らない。

『この世界の物理法則の中だけじゃ重力の制御は出来ないよ。特異点時空ゲートが作動する意味を考えてごらんよ。』確かリトルジーニーはそんな事を言っていた。

 ロックロウなりに理屈を考えて見たが、考えれば考える程、こんな事が出来る筈がないのに、それが出来てしまうのだから、ロックロウはもう考えるのを随分前から止めていた。
 考えるのが苦手というより、堂々巡りする事が嫌いなのだ。

『ふぅ、、それにしてもこの重力制御ベルトとやらを制御するのに、マジで毎回こんな感覚になるのか?全身が泡立つこの感覚、どうにも好きになれないな、俺、弾けちまいそう、』とロックロウは思った。

 ロックロウは、『これをロックのメダルに接続して暫く同期を繰り返す必要があるんだよ。ああそれと、ベルトはいつも腰に巻いていないと意味ないからね』とリトルジーニーが自分にベッタりくっついて距離感ゼロで言っていたのを思い出す。
    ちなみにロックとは勿論、ロックロウの"石頭"から来ている愛称だ。

 筋肉の浮き出た上半身裸のロックロウの背後に回り込んで、彼の首筋にケーブルを接続する少年。


 ちっ、ベタベタと、お前は俺に重なる二本目のスプーンかよ、、リトルジーニーは邪魔くさい相手だった。
    いやロックロウは、過去にこれ程、無条件で他人から絶対の信頼を受けた体験がなく、それに面食らっていたのだ。
   リトルジーニーことマイムは、ロックロウにとっては可愛い弟分だった。
    
 ロックロウが、酒場にいてさえ、この苦行にも似た奇妙な行為を続けているのはリトルジーニーの喜ぶ顔を見たいからだ。

・・・・

 何時もの『趣味の散歩』で出かけたコロニーの外で、猛烈な磁気嵐&本物嵐に出くわし、死にかけていたロックロウを助けてくれた人物が、引きこもりで対人恐怖症の天才オタク少年リトルジーニーだった。

 この少年は、砂漠にある自分の巣穴・マグリブから必死の思いで這い出してきて、意識を失っていたロックロウを引き摺つて彼のマグリブへと回収してくれたのだ。

 そしてロックロウはリトルジーニーによる数日の献身的な介護によって死の淵から蘇る事が出来た。

 そんなリトルジーニーが、心底の笑顔を見せるのは、特異点テクノロジーが、時々吐き散らす、奇妙でポンコツな発明品を彼が実用品に仕立て直した時だった。
 故にロックロウは、リトルジーニーが修理したこのベルトを、実用品として調整し使いこなして見せる為に、こうやって努力を重ねているのだ。


 ロックロウが、革のジャケットの下で隠すように腰に巻いているこの魔法のポンコツベルトの出処は、「闇の武器庫兵站長」と呼ばれるジェシー・ルー・リノ将軍との取引で手に入れたものだった。
 
   リノ将軍はゴールド装着者でもシルバー装着者でもない、只の人間で、一兵卒から成り上がった曲者だ。
 ベルトの出所は、軍の特異点テクノロジー専用機密倉庫だという事は判っているが、このベルトをリノ将軍が倉庫から持ち出したのは、ベルトがまともに機能しないガラクタと見なされたからだ。

 人造神グレーテルキューブが人間への関わりを停止した日から、特異点テクノロジーが人知れず産み落としていく発明品の殆どは用途不明で、それがまともに起動し、機能する確率も極めて低くかった。
 ただし、まともな物に出くわした時は、その落とし物一つで、この世界の各分野における科学的進歩を50年は早めると言われていた。
   いや正確には早めるのではなく"退化してしまった科学的技術力を復活させる"だが。

 リノ将軍は、ロックロウが自分の提示する低額の料金で依頼を受けるのは、報酬のオマケにつけたこれらのガラクタを手に入れ、それを目利きの利かない街の故買屋に高値で売り飛ばす為だろうと考えていたようだ。
 だがロックロウの真の目的は、そんなガラクタを、コロニー外の竪穴式地下シェルターに引き籠るリトルジーニーにプレゼントしてやる事にあったのだ。

 リトルジーニーは、この惑星を母星から遠隔テラフォーミングした人造神グレーテルキューブのレプリカを所持していて、それを駆使することで、こういった特異点テクノロジーの不完全な遺産を修復する事が出来、そしてその事自体に喜びを見いだしていたのだ。
 それは子供がプラモデルの組み立てに夢中になるようなものだった。

・・・・

 グゥとロックロウの腹が鳴った。

 空腹の合図だ。
    いや空腹というレベルを越えて飢餓感といったレベルに近い。

 俺の腹は、つい30分程前に平らげた人工肉のステーキと、ビールで満腹の筈なのだが?まさか、さっきのグラスの持ち上げが原因なのか?

 それにコネクタ経由でケーブルから逆流して来る重力制御ベルトの感覚が奇妙すぎるのだ。
    おまけに首の裏が妙に熱くてチリチリする。

 こんな事を続けていたら俺の身体はどうなっちまうんだ?とロックロウはカウンター席の端っこで一人、冷や汗をかいていた。
 いくらリトルジーニーの為とはいえ、それで自分が倒れてしまっては、そのリトルジーニーにも会えなくなる、、。

    ロックロウは、泣きっ面に蜂に加えて殺虫剤をスプレーされたような表情を浮かべていた。
 その様子は、砂漠の岩を削りだして作ったような風貌を持つ、赤毛の少し入り混じった怒髪天の金髪男には余りにも似合わない風情だった。





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