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第五章 ◆ 本道
第九節 ◇ 太陽
しおりを挟む『虫めがねの象徴』を横目で見ながら、ボクは、ずっと疑問に思っていたことをトキワとヒマワリに聞いてみた。
「トキワと出会う前、幻の道を見たり景色が変わったりしていたけど、トキワと一緒に旅をするようになってからは、たぶん一度もそういうことがなかったと思うんだ。『象徴』が消えてしまうこともなかった。ヒマワリと出会ってからは、こんなに変な世界なのに、なんていうかな、不安定な感じがあんまりなくなった気がするんだ。」
「そういえばそうね。わたしも、最初のころは不安だった気がするわ。でも、確かにそうね。あるときから、感じなくなったわね。」
トキワは、ボクとヒマワリの期待に満ちた眼差しを一身に浴びている。
「……そうだな、それは、観察者が増えたからではないかと、私は考えている。」
ボクとヒマワリは同時に首をかしげた。
「観察者?」
「難しい言葉が出てきたわね。」
「存在するということは、誰かに見られているということだ。みんな経験していると思うが、この世界で気がついたときは独りだった。自分が存在しているのかどうかも不安になるほどだった。それが、君と出会って自分の存在を不安に思うことはなくなった。そして、ヒマワリと出会うことで、その認識がより強くなった。」
ボクは大きく頷いた。自分が誰なのか分からなくて不安だったのは、そもそも自分がちゃんと存在しているのかどうか、自信が持てなかったからなんだ。
ヒマワリも頷いていた。もしかしたら、同じように感じたことがあったのかもしれない。
「認識は、視覚だけではない。聴覚、嗅覚、触覚、味覚。いわゆる五感でも認識できる。さらに私たちは、思考するという方法も手に入れている。この世界は、ここにいる者たちの、そういった感覚や思考に敏感に反応するのだろう。この紙飛行機のように。」
「ということは、トキワ。『象徴』とか時計とか、この世界にあるものを認識する観察者が増えたから、安定するようになったということかしら。」
「正確に言うと、自分にとっての観察者を自分自身で増やしたから、だろうな。私の例だと、君と出会うことで観察者をひとり手に入れたわけだが、これによって自分の存在を疑わなくなった。なぜなら、私が君を見、君が私を見ることで、互いに存在を認識できたからだ。ただ、この世界そのものには不安が残る。ふたりの感覚では、不十分だからだ。だが、ヘビ、影人間、クモ、入道、シャチと、それぞれの感覚で世界を認識する者たちと出会った。さらに、認識を共有する存在のヒマワリも加わることで、この世界に対する私の認識は、強いものとなった。おそらく、君やヒマワリも同じだろう。」
もし、トキワやヒマワリと出会わなかったら、ボクはきっと、孤独と不安で気が違っていたかもしれない。トキワの声が聞こえたとき、気のせいだと無視して進んでいたら……?
たったひとつ選択が違っただけで、今と違う結果になっていたのだろう。
この景色も、違ったものになったのだろう。
ヒマワリとトキワは、さらに議論を重ねている。
ボクは、紙飛行機からの景色をぼんやり眺めた。
太陽は、『虫めがねの象徴』から少し離れたところにあった。木の道にあった月と地球が浮かんでいた『宇宙の象徴』よりも、はるかに大きい。観覧車くらいありそうだ。
「なんだか、オレンジ色のウニみたいだね。」
ボクがそう言うと、ふたりは大笑いした。
「確かにそうだな。熱も光もなければ、太陽とはいえないのかもしれないな。」
「そうね。それがないと、太陽の形をしたモノでしかないのね。ウニにも見えちゃうわけだ。」
ボクは、そうだね、と笑って、太陽を見上げた。
「この太陽のどこかに、真珠貝をはめこむところがあるんだよね。」
「シャチの言うことからすると、そうだな。」
紙飛行機は、太陽の赤道をまわるようにゆっくり飛んだ。
ボクたちは、それらしい窪みがないか目を皿のようにして探したけれど、一周してもそれらしいものは見つけられなかった。
「ないわね……。ということは、太陽の北極か南極にあるのかしら。」
「その可能性はじゅうぶんに考えられるな。」
「くぼみが上のほうだと、あこや貝をはめこむのが楽だから、できれば上から見たいな。」
ボクの言葉を受けて、紙飛行機はゆっくりと上昇し、太陽を真上から見下ろせるところで止まった。
「見やすい位置だね。」
「ベストポジションね。」
ボクたちは、目をこらしてくぼみを探したけれど、やっぱり、それらしい窪みは見当たらなかった。
「上にないということは、下にあるのかしら。」
ヒマワリの声に反応するように、紙飛行機はゆっくり下降して太陽の真下で停止した。ボクたちは、太陽を見上げてアッと声をあげた。
「窪み、あったね。」
「ああ、そうだな。だが……。」
「ちょっと、これ、どうやってはめればいいのよ……。」
太陽には、貝の形をした窪みが確かにあった。だけど、ボクが持っている真珠貝よりも、ずっとずっと大きい。どう考えても、はまらない。
トキワは、顔をしかめて首をかしげている。ヒマワリも不安そうだ。
大きすぎる窪みをじっと見ていると、あるアイディアが浮かんだ。
ボクは、ふたりに微笑んだ。
「ふたりとも、大丈夫だよ。大きいものは小さいものなんだ。だからね、ボクにまかせて。」
ふたりにそう言ったあと、ボクは紙飛行機の翼を撫でた。
「紙飛行機、ゆっくり、窪みに近づいて。」
紙飛行機はゆっくり上昇し、窪みに手が届くところまで近づいて停止した。ウエストポーチから真珠貝を取り出して窪みの真ん中あたりに押しつけると、太陽からカチッと鋭くて大きな音が聞こえた。
「君、……こっちを見ているぞ。」
トキワの視線の先に目を向けると、『虫めがねの象徴』の目がボクたちをまっすぐ見ているのが見えた。そして、紙飛行機と目の間に凸レンズが現れると、光の帯がまっすぐボクたちに向かって伸び、真珠貝をロックオンした。光が貝をしっかり捕まえているのか、ビクともしない。ボクはそっと手を離した。
貝は、光をぐんぐん吸収している。
「離れろ!」
トキワが叫ぶと、その声に反応した紙飛行機が、すごいスビードで太陽から遠ざかった。
「見て! 大きくなっていくわ……。」
光を吸収した真珠貝は、どんどん大きくなり、窪みにぴったり収まった。
そして、光の帯とレンズは消え、目は、空間のどこかをぼんやりと見る、うつろな目に戻った。
「……終わったな。」
「そうだね。」
「さて。シャチのところに戻りましょう。そして、こんな世界とおさらばしましょう!」
ヒマワリの明るい声が空間に響いた。紙飛行機は、その声に応えるように、渦巻く湖へと向かった。
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