逆さまの迷宮

福子

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第五章 ◆ 本道

第五節 ◇ 紙飛行機

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 ボクは、手の中の不思議な真珠貝を見つめた。

 何に使うのかよく分からないけれど、この世界から脱出する鍵だということは理解できる。
 大事に扱わないといけないのだけれど、ショートパンツのポケットに入れられるような大きさじゃない。だからといって手に持って歩くのも危ないし、いくらなんでも邪魔だ。

 何かないかなと見回すと、ちょうどいいウエストポーチが目に入った。ボクはそれを腰に装着し、真珠貝をその中に入れて家を出た。

「そのポーチ、あの家にあったの?」

「うん。洋服ダンスにかかってたんだ。手に持って歩くのは不安だったから、勝手に持ってきちゃった。」

「なかなかやるわね。」

 ボクは、ヒマワリを抱きあげた。気持ちよさそうに空間を飛んでいたトキワが、ボクの肩におりた。くちばしには手紙があった。ボクは、いつも通りトキワから手紙を受け取った。

「開けるよ。」

 手紙を取り出そうと封筒に手をかけると、ヒマワリがキラキラした目でボクを見つめた。

「封を切ってもいいかしら。やってみたかったの。」

 ボクが、どうぞ、と言って、ヒマワリの正面に封筒を差し出すと、ヒマワリは前歯を器用に使って封を切った。


 ┏━━━━━━━━━━━┓

    『導くもの』

    目指す世界は、
   爽やかな風の向こう。

 ┗━━━━━━━━━━━┛


 ここではない世界について書かれた『象徴シンボル』の手紙を受け取ったのは初めてだ。ボクたちは息をのんだ。

「やはり、出口はどこかにある、ということだな。」

「ええ。間違いないわね。」

「この近くに、出口まで導いてくれる『象徴シンボル』があるはずだよね。」

 ボクは、あたりを見渡した。

「そうだろうな。しかも、風と関係がある『象徴シンボル』なのだろう。」

「風といえばトキワだけど……、」

 ボクは、トキワをじっと見た。

「たとえば、ハンググライダーとか、パラシュートとか、気球とかみたいな……、」

「なるほど。風を利用する乗り物か。」

「手分けして探しましょう。」

 これまでの経験から、『象徴シンボル』は近くにあるはずだ。
 そう思って周辺を探したけれど、それらしいものを見つけることはできなかった。空間を飛んで探していたトキワでさえも。

「どこにもないわね。」

 ヒマワリがためいきをついた。

「もしかすると──、」

 そう言いながら、トキワがボクの肩におりた。

「『象徴シンボル』が姿を現すための条件が、足りないのかもしれない。」

 条件……。

「もしかして、その条件って、風かな?」

 ボクは、空間を見上げてつぶやいた。

「ありえるわね。手紙に、爽やかな風の向こうって書いてあったもの。」

「なるほど、風か。」

 爽やかな風が吹かなければ、乗り物があっても向こうに行けない。

 その答えにたどりついたとき、風がさわさわと吹きはじめた。
 ボクたちは、ゴクリと唾を飲みこんで、目をこらした。

 目の前が、蜃気楼のようにゆらりと歪んだ。その歪みは、少しずつ形を作り、やがて大きな紙飛行機となった。

 機体は真っ白で、翼はあざやかな緑色。ボクが両手を上げたくらいの高さで、大また歩き五歩くらいの幅だ。全長は、コンクリートの道幅の二倍くらい。紙飛行機の一番後ろには、小さな階段がついていた。ここから乗りこむみたいだけれど、ちょっと狭い。それでも、横向きになれば何とか通れそうだ。

「天井は無いようだ。私は上から乗りこもう。」

 上空から観察していたトキワは、紙飛行機の翼に降りた。ボクはヒマワリを抱っこしたまま、飛行機に乗りこんだ。

「待っていたぞ。」

 トキワが、翼を整えながら言った。

「座席が三つ縦に並んでいる。いちばん小さい先頭の座席がヒマワリの席だろう。そして、いちばん大きい三番目の座席が、おそらく君の席だ。」

 トキワは、三つの席を見て、フッと笑った。

「どうやら、我々のために用意されたようだな。」

 ずっと思っていたことだけど、『象徴シンボル』は、誰が用意しているのだろう。ここから脱出する前に、その謎も解決するのだろうか。

「とにかく、座りましょう。座らないと次が来ないわ。大丈夫よ。この飛行機が出口まで運んでくれるわ。」

 ボクたちは、それぞれの席についた。紙飛行機から顔が出るように座席の高さが調節されている。
 飛行機からは、ボクたちがこれまで歩いてきた道や『象徴シンボル』が見渡せた。

 氷、観覧車、牛乳、試験管、竪琴……、どれも覚えている。ハサミは美しい花とおだやかに眠っている。クモは枯れたヒマワリを見上げていた。ヘビだけは、その姿を見ることができなかった。

「どれもこれも、思い出深いな。」

 そうだね、と、ボクは『象徴シンボル』に思いをはせた。

「風よ!」

 ヒマワリの声でボクは前を向いた。正面から、これまでで一番の強風がぶつかってきて、ボクの長い髪をまきあげ、紙飛行機を白い空間に連れて行った。

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