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第四章 ◆ 木道
第十節 ◇ 扉
しおりを挟むキラキラ輝く小さな星のようなモノが急須の口から飛び出した。
そしてそれは、弧を描きながらボクたちにまっすぐ向かって落ちてきて、トロッコの床に、コツン、と転がった。
手に取ってみると、鉄でできた鍵だった。ちょっと錆びているのは、ずっとお茶の中にあったせいだろう。
「おとぎ話にでも出てきそうな、素敵な鍵ね。」
「そういえば、さっきの手紙に『輝く世界への鍵』って書いてあったよね。」
「ああ、そうだな。そしておそらく、あの扉を開ける鍵だ。」
トキワの視線が、ボクの手の中にあるカギからトロッコの進行方向に動いた。ボクとヒマワリも、それを追って視線を動かした。
「……あんな扉、今までなかったわ。」
とてつもなく大きな扉がトロッコの進路をふさぐように立っていた。
木でできていて、美しい模様が彫られている。扉のハンドルの近くには、急須から飛び出した鍵が入りそうな形の穴があいている。
「ボクが行くよ。」
ボクはいつも、ふたりに助けられてばかりだ。ボクだって、ふたりの助けになりたい。
鍵を握りしめてトロッコを降り、落ちないように気をつけながら線路を歩いた。
目の前にそびえる扉はとても美しい。この向こうには何があるのだろう。ヘビだろうか、クモだろうか、それとも影人間だろうか……。
「君、冒険を独り占めするとは、ズルいな。」
ボクの頭の上からトキワの声が降りそそいだ。驚いて顔を上げると、翼を大きく広げたトキワの影から小さなお団子のようなウサギが、ぴょん、と飛び出したかと思うと、ボクに向かってまっすぐ落ちてきた。
ボクはあわてて手を広げて、ケガをしないように注意深く受け止めた。
「ちゃんと、キャッチしてくれると思ったわ。」
ヒマワリがボクを見てにっこり笑った。そして、ボクの目の前の扉を見すえた。
「何が出てきても大丈夫。わたしたちはいつも、あなたと一緒にいるわ。」
「その通りだ。」
トキワがボクの肩にふわりと下りた。
「忘れないでくれ。君と私とヒマワリのさんにんで、ここから脱出すると約束したのだ。この中の誰かひとりでも欠けることは、考えていない。」
――ああ、そうか。ボクは、大事なことを忘れていたんだ。
ボクは、うん、と頷いて扉と向き合った。そして、大きく深呼吸をして、鍵を鍵穴に差し込んだ。力を入れて回すと、カチリ、と鈍くて大きな音を立てて外れた。
「開けるよ。」
扉のハンドルをギュッと握った。
「なんだ、ここは……。」
扉の向こうに広がっていたのは、深い深い闇の中に大量の星をぶちまけたような光の世界。
あたり一面、幻想的で神々しい輝きに包まれていて目も開けていられない。それほどまぶしいのに、ずっとここにいたくなるような優しさとぬくもりを感じる。
「――中に入っちゃダメよ。」
ヒマワリの声が聞こえて我に返った。ボクの足が、光の世界の中にのびていた。あと少しで、すっかり中に入ってしまうところだった……。ボクは、怖くなって足をひっこめた。
「ここは、わたしたちがいるべき場所じゃないわ。トロッコで通りましょう。」
トロッコに戻ったところで、ボクは気になっていたことをヒマワリに聞いてみた。
「どうして、中にはいっちゃいけないの?」
「それはおそらく――、」
答えたのは、ヒマワリではなく、トキワだった。
「あの光の世界は、この世ではないからだろう。」
トロッコは、ゆっくりゆっくり、光の世界の中を進んでいく。上も下も、右も左も、星でいっぱいだった。
「星のような光のひとつひとつが、命の輝きなのだろう。それにしても、どれもこれも小さな光だ。そして、とても、とても弱々しい。」
トキワが、悲しそうに目をうるませた。
「君たちは、しあわせだったのだろうか。生まれ変わったときには、自分の命をしっかり生きられることを、私たちは願っている。」
光は、応えるように、ゆらゆらと楽しそうに揺れていた。
トキワは、ここに漂っている星たちのことを知っているようだった。もっとくわしく知りたいと思ったけれど、ボクは何も聞かなかった。トキワの言葉と瞳は、しあわせだったとは言えない、悲しい命を生きなければならなかった子たちだと、物語っていた。
そして、ボクがこの光たちのことを描くのは、もっとずっと後のことだ。
線路の先に、入ったときのものとはちがう扉が見えた。おそらく、あれが光の世界の出口だ。
「ふたりに見せたいものがあるの。ここからすぐのはずよ。」
ヒマワリの言葉は、いつでも力強い。それはきっと、ボクたちだけじゃなくて自分自身を元気づけるためでもあるんだと、悲しそうなヒマワリの瞳を見て思った。
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