逆さまの迷宮

福子

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第四章 ◆ 木道

第五節 ◇ 対決 ②

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「トキワ! ヒマワリ!」

 とにかくふたりが心配だった。しかられてもいい。ヒマワリのところに行こう。そう思って階段を下りて燃えている小屋の近くまで来ると、どこからともなく美しい音楽が聞こえて、ボクは足を止めた。

 ポロン……。ポロロン……。

 音楽は、どんどん近づいてくる。もしかして……、と辺りを見ると、思った通り、さっきの黄金の竪琴が、ボクの真横に姿を現した。げんがふるえて、音楽を奏でている。

 ――ボクはこの曲を知っている。でも、今じゃない。これから出会う曲なんだ。

 そんな考えがフッと浮かび、ボクは驚いた。まるで、ボクの中にもうひとりのボクがいるみたいだ。ボクが知らないことを、もうひとりのボクは知っている。ボクにも、トキワのように前の世界の記憶があるのだろうか。

「今度は、いったい何!」

 巨大な岩でも落ちたかのような、ドーンという音と激しい揺れが木の道を襲った。土砂降りのせいでぼんやりとしか見えないけれど、くるりと輪を描いたヘタの大きなカボチャのような影が見えた。あんなところに、あんなモノはなかったから、さっきの音と揺れはあれが原因だろう。

「あれ……?」

 さらに、息ができないほどの土砂降りは、やわらかい霧に変わった。これも、あのカボチャだろうか。

 ボクは、何が起きたのかを確認しようと、あのカボチャのようなものに小走りで近づいた。

「よかった! 無事だったのね!」

 巨大カボチャに着いたのと同時に、ヒマワリがカボチャの陰から姿を現した。

「たまたま小屋の外にいたんだ。」

 ボクは、例のカボチャのようなものを見上げた。恐ろしいほどの土砂降りからボクらを守っているのは、大きな霧吹きだった。
 ボトルは緑色のガラスで、吹き出し口は金属でできているのかピカピカ光っている。どうやら、ぽってりとしたガラスのボトルがカボチャそのもので、取っ手の輪っかと吹き出し口がくるりと輪を描いたヘタに見えたらしい。

「ああ、これね。きれいな音楽が聞こえた直後に、突然出てきたの。道のど真ん中に居すわっちゃって、ちょっと邪魔だなって思ったんだけど、吹き出してくる霧があのひどい雨を防いでくれて、小屋の火事もしずめてくれたわ。」

 ほら、と、ヒマワリは小さな手で小屋をさした。

「手紙がなかったということは、『象徴シンボル』じゃないってことだよね。」

「おそらくそうね。きれいな音楽が聞こえたから、もしかしたら竪琴と関係があるのかもしれないわ。」


 オ ノ レ ヨ ク モ


 幽霊のような声が頭で聞こえた。突然出てきた霧吹きに邪魔されたことをくやしがっているらしい。

「ボクたち何もしてないのに。文句なら、霧吹きを登場させた誰かさんに言ってほしいよ。」

 そうね、と、ヒマワリはクスッと笑った。

「なかなか、いい根性しているわ。大丈夫そうね。」

 ヒマワリは道の先端まで走っていき、入道と再び向き合った。山のような入道に比べれば、ありんこのようなヒマワリだけど、背すじをのばして胸をはるヒマワリの姿は、むしろ入道より大きく見える。

「何度でも言うわ! わたしも、あの子も、トキワも、あなたの仲間にも手下にもならない!」

 ヒマワリが言い終わると同時に、真っ白でふんわりとした、降ったばかりの雪のような光がヒマワリの身体を包んだ。

「わたしは、あの子たちを守らなければならないのです。そして、あの子たちと、この世界から脱出しなければならないのです。」

 ヒマワリ……?

 ヒマワリだと分かったけれど、声も話し方も、ボクが知っているヒマワリのものと全然違う。気品があって、キリッとしていて、厳しい声だ。

「トキワを返していただきます。」


 ム ラ サ キ


 入道は、目の前にいるはずのヒマワリをムラサキと呼んだ。そして、その声は憎しみに満ちていた。

 ヒマワリを包んでいた光が、空間に吸いこまれていくように音もなく消えた。ボクはすぐにヒマワリを探したけれど、立っていたのはヒマワリなく、濃い紫色の着物を着たお坊さんだった。身長はボクと同じくらいだろうか。

 瞳がきらりと赤く光った。間違いない、バラのように赤い瞳は、ヒマワリだ。

 そういえば、お坊さんが着ているのは袈裟けさっていうんだっけ。それに、女性のお坊さんって、あまさんっていうんだよね。

 入道は、せりだした目で、ヒマワリを舐めるように見ている。欲しいという欲求なのか、目ざわりなヤツだと思っているのか、それとも――、

 そんな入道を、ヒマワリは射抜くように見ている。

「入道よ。どうしてもトキワを返さぬと言うのならば、覚悟なさい。」

 今度は、木の道が白い光に包まれた。道は、竜の頭のような形にみるみる変わった。そして、ヒマワリを乗せたまま、上へ上へと伸びていった。どんどん加速していく。袈裟の紫があわい光を放っていて、長く尾を引いている。その姿は、まるで紫の昇り竜のようだった。

 入道は、自分に向かってくるヒマワリに、さまざまな物を投げつけた。目も開けられないほどの大粒の雨、ちぎった雲、そして、槍のような雷。

 ヒマワリは、どんな攻撃もスイスイかわして、上へ上へと、まっすぐ昇っていった。そして、入道の目の高さまでくると、スピードを落として道の向きを変え、入道と向かい合った。
 間違いなく、木の道の竜は、入道の目にねらいを定めている。


 キ サ マ


 入道が、うろたえているように見えた。

「覚悟はよろしいですね。」

 ヒマワリが右手を入道にかざすように突き出す。
 その手と木の道が白く輝き、袈裟がふわりとなびいた。

きなさい!」

 竜の頭のような道の先端は、ヒマワリのかけ声とともに放たれた弓矢のごとく入道の目に向かってまっすぐ伸びていくと、マットレスにボールをぶつけたような鈍い音を立てて入道の目を射ぬいた。入道はフラフラしながらも、しつこくヒマワリに襲いかかろうとしている。ヒマワリは、入道の攻撃にそなえて身構えた。


 ポロン……。ポロロン……。


「竪琴の音楽だ!」

 降るような音楽を奏でながら、金色の光をまとった竪琴がヒマワリの後ろに姿を現した。
 そしてその直後、サビついたメリーゴーランドのようなものが道の頭上に姿を現し、入道の上にガシャンと落ちた。

「あれは……、」

 見覚えのあるものだけど、深く考えてる余裕はなかった。トキワが、ようやく動きを止めた入道の手から上空へと、放り出されてしまったのだ。

「トキワ!」

 ボクは、あわてて道からジャンプして、トキワをキャッチした。そして、ボクはそのままトキワと一緒に空間を落ちた。


 トキワ……、ごめんよ……。


 ボクは、トキワが飛べるようにと、トキワを抱きしめる手をゆるめた。うすれる意識の中で、大きく翼を広げたトキワの姿が見え、ボクを呼ぶトキワの声が聞こえた。


 ポロン……。ポロロン……。


 竪琴の音楽が、遠くで響いている。そして、あたたかくてふわふわしたものが、ボクを包みこんだ。


 ――大丈夫?


 優しい声が聞こえた。うっすらと目を開けると、燃えるように真っ赤な羽毛の中にいた。トキワは、ボクのとなりで眠っている。


 ――ああ、よかった。


 ボクは、さわやかな風と、あたたかな羽毛と、竪琴の音楽の中で、再び眠りについた。

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