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第三章 ◆ 蛇道
第一節 ◇ 蛇 ②
しおりを挟む鉄錆の道に足を踏み入れた瞬間、誰かに頭を思い切り揺さぶられたような激しい目眩に襲われた。
「おい、君、大丈夫か?」
目を開けて最初に見えたのは、美しいエメラルドだった。
ぼんやりとした意識の中で、心配そうなトキワの声が反響している。
頬に、やわらかなものが当たっている。
――ああ、これはトキワの翼だ。
ボクは夢と現実の狭間を漂っているようだった。
「君、しっかりしろ。」
徐々に意識が現実に向かっていく中で、これまでに起こったこと、今、ボクたちはどこにいるのか、これからどうするのか、どうして倒れているのか、ひとつひとつの記憶が、ボクに戻ってきた。
「大丈夫だよ。ちょっと目眩がしただけだから。」
ボクはトキワの背中をそっと撫でて微笑んだ。
「そうか、よかった。」
ボクはゆっくり立ち上がると、服についたサビを丁寧に払い落とし始めた。
「ところで……、今さら、この世界がおかしいことについてあれこれ言うつもりもないのだが……、」
脚とキュロットスカートのサビを払ったところで、トキワがもごもごと口を開いた。
「どうしたの?」
トキワは、あー、とか、えー、とか繰り返し、そうだな、とつぶやいた。説明に困っているようだ。
「まあ、とりあえず、振り向いてみないか。」
ボクは、言われるままにゆっくりと振り向いて、とてつもなく驚いた。
「えっ? そんなまさか! 普通に建ってる!」
逆さまにそびえ立っていた積み木のお城が、逆さまではなく、屋根は天を指し示し、土台部分は地面にしっかりとその脚を下ろして、正しくそびえ立っていた。
そうはいっても、鉄錆の道に足を踏み入れるまでは逆さまだったのだ。ボクは何が起こったのか理解できずに、ただただ呆然としていた。
「我々は、どうやらコンクリートの道の裏側にいるらしい。」
トキワのその言葉で、ボクはようやく回路が繋がった。
「なるほどね。つまり、コンクリートの道から見れば、ボクとトキワは逆さまに立っているってことだね。」
「実際のところコンクリートの道からは見えないだろうが、そういうことだ。そして、これまでの話から考えるに、ヘビは城の土台部分に囚われているのだろう。土台部分はアーチ状になっているようだから、そこに鉄格子がはめ込まれていると考えられるね。」
コンクリートの道の上からは、土台部分は長い四角の積木に見えた。でも実際は違った。同じ地面に立った今なら、その形がはっきりと分かる。あの場所に、ヘビが囚われているのだろう。ボクとトキワは互いの顔を見てうなずくと、ヘビに会うために城に向かった。
「来てくれたんですね。」
ヘビは、ボクたちの顔を見ると目を潤ませて笑った。
トキワの言うとおり、アーチ状になった城の土台部分に鉄格子がはめ込まれ、檻のようになっていた。
その中に閉じ込められているヘビはいかにも心細そうで、ボクたちはヘビは本当に被害者なのかもしれないと思い始めていた。
ヘビの口から出ている舌は鉄格子の中ではやわらかく細いのに、檻の外では道のように幅広く固い。なるほど、この鉄錆の道は、確かにヘビの舌だ。体の自由が完全に奪われているヘビの姿を見て納得したボクたちは、ヘビの言葉を信じるようになった。
「本当にすみません……。おふたりを、こんなことに巻き込んでしまって……。」
ヘビは上目づかいでボクたちを見た。
「気にしなくていい。私たちは君の舌を取り戻して、きっとここに戻って来る。」
ヘビは、トキワの力強い言葉を聞いて、涙を浮かべて大きくうなずいた。
「ありがとう。本当に、本当にありがとう!」
「それじゃあ、いってきます。」
ボクとトキワはヘビに声をかけると、クモがいるというヘビの舌先に向かって、鉄錆の道を歩き始めた。
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