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第二章 ◆ 本道
第一節 ◇ 氷
しおりを挟むボクは辺りをきょろきょろしながらトキワに尋ねた。
「どうして、道が三種類もあるのかな。」
「今はまだ分からないが、それぞれの道にも意味があるのだろうな。そのことを含めて、私たちが考えなければならない問題が山ほどあるのだけは確かだ。」
「そうだね。どんなに謎がたくさんあったって、ボクたちなら大丈夫だよね。」
「そうだな。」
トキワと話をしていると、ボクたちは道の真ん中に二枚目の封筒が落ちているのを見つけた。急いで拾って封を切り、メモを読んだ。
┏━━━━━━━━━━━━┓
『閉ざされた者』
留めておくことが、
全てとは限らない。
┗━━━━━━━━━━━━┛
「留めておくことだけが、全てとは限らない……?」
これは、どういう意味だろう。
「近くに、それを表す『象徴』があるはずだ。」
ボクとトキワは、辺りを一生懸命探したけれど、どこにも『象徴』らしいものは見当たらなかった。
「ねぇ、トキワ。『留めておくこと』って、わざわざ書いてるように見えるんだけど、それって、本当は動いているはずなのに、わざと留めておいてるっていうことを表してるんだよね?」
トキワは、目をまん丸にして驚いていた。ボクの言葉を聞いて驚いているのか、それとも別の何かに驚いているのか、ボクには分からなかった。
「トキワ? ボク、何か変なことを言った?」
「あ、いや、何でもない。どうやら気のせいだったようだ。そうだな、初めから留まっているものなら『留めておくこと』なんて書いたりしないだろうな。」
トキワは何に驚き動揺しているのだろう。ボクを見て驚いたように見えたけれど……。
トキワの動揺の理由を考えていたそのとき、冷たい空気がボクの背中をスッとなでた。ボクは回れ右をして、冷気が流れてくる方向をじっと見た。ぼんやりと影らしいものは見えるけれど、辺りに湯気のようなものが立ち込めてよく見えない。
「風が吹いてくれればいいのに……。」
「同感だな。でも、どうやら期待できないようだ。」
トキワは翼を広げて飛び立つと、ボクの周りで力強く羽ばたき飛び回った。しばらくすると、立ち込めていた湯気のようなものはなくなり、それは姿を現した。
「氷……?」
姿を現したのは、金の延べ棒のように山積みにされた大量の氷柱。よく見ると、何かが氷の中でモソモソと蠢いている。
「何だ、アレは。」
ボクの肩に戻ってきたトキワは眉をひそめた。もっとも、カラスに眉があるのかどうか分からないけれど。
「ちょっと嫌な予感がする。君は見ないほうがいいかもしれない。私が見に行こう。」
トキワは、まっすぐ氷を見ている。
ボクはちょっと不機嫌になった。
「イヤだよ。ボクも一緒に旅をしているんだ。あの場所で何が起こっているのか、ボクも知りたい。そもそもこんな世界、安全だなんて思ってないよ。」
しゃがんでトキワの目をじっと見つめた。ボクの必死の訴えに負けたトキワは、仕方ないな、とため息をついた。
そのとき、何かモノが動く気配がした。驚いて顔を上げて、さらに驚いた。氷柱の山積みが、こっちに近づいている。氷柱は、道のそばでピタリと止まった。手を伸ばせは、触れられる位置だ。
「……え? これって、どういうこと?」
心臓までも凍りついてしまったのかと思うほどにゾッとした。トキワも、顔をこわばらせている。
氷の中には、カニや魚が閉じ込められていた。カニさんたちは、中でモソモソ動き苦しそうにうめき声をあげていた。お腹がギューッと押し潰されたように痛くなって、お腹をさすった。
「トキワ、お腹が痛いよ。」
「それは、お腹の痛みではなくて、心の痛みだ。」
まっすぐ氷の山を見たまま、トキワはそう言った。
「お腹じゃなくて、心……?」
お腹をさする手を、胸に当ててみた。トキワは、そんなボクに視線を移して、そうだ、とにっこり笑った。
「心が痛いと感じるのは、とても大切なことだ。」
トキワは、ゆっくりと視線を氷に戻した。
「『留めておくことが、全てとは限らない』か。」
ぽつりと言って、トキワは歩きだした。
「トキワ! あのカニさんたちのこと、助けないの?」
手が届きそうなところで苦しむカニさんたちを、ボクはどうしても放っておけなかった。あのカニさんたちを何とかして助けたかったし、トキワも同じ気持ちだって思っていたのに、トキワは歩き出してしまった。ボクには、それが理解できなかった。
「あの『象徴』に手を加えることはできない。いいか、私たちには何もできないんだ。」
「な……、なんで?」
トキワの言葉に、ボクは納得できなかった。
「だって、すぐそこにいるよ? カニさんたち、苦しいんじゃないの? 困ってるなら助けなきゃ。」
ボクが必死に訴えても、トキワは、ボクの目をまっすぐ見て首を横に振るだけ。
「彼らをあの氷から出してやることはできる。しかし、私たちがいくら助けたいと思っても、自ら出ようとしなければ新しい氷は次々につくられてしまい、彼らは再び氷の中だ。つまり、彼らが望まない限り、本当の意味で外に出ることはできない、ということだ。」
トキワは、ボクが理解できるように、できるだけ易しい言葉を選んでいる。そんなトキワの優しさは、ボクにじゅうぶん過ぎるほど届いてはいるけれど、それでもやっぱり、何かが引っかかって理解できなかった。
「トキワ、……ごめん。ボク、よく解らない。」
ボクは素直に謝った。トキワは、大事な話をしているんだ。解ったフリをするのは、よくない。
「彼らは、誰かに閉じ込められたのではない。自分で自分を閉ざしているのだ。外に出るのを望んでいるように見えてはいるが、心の奥底では、そこに留まっていたいと願っているんだ。」
トキワは、あえて易しい言葉を選ばずに話している。だから、さっきより、ずっと難しい。だけど、さっきの言葉とあわせて考えたら、トキワが伝えようとしていることが、今度は解った気がした。
「じゃあ、『留めておくことだけが、全てとは限らない』っていうのは――。」
トキワがうなずいた。トキワの顔を見て、ボクの心がほんの少し踊った。
「そうだ。彼らは、自分で自分を閉じ込めていることに気付こうとしない。おそらくあの氷は、寒ささえ我慢すれば絶対的に守られた安全な場所なのだろうが、その寒さに対処することも、慣れようとすることも、氷の中から出るなんて考えることもなく、苦しんで不満を訴えるだけ。そうすれば、絶対的に守られたまま、可哀想な自分でいられる。彼らは、自ら進むことをやめた『自分自身から閉ざされた者』たちなんだ。」
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