幻界戦姫

忘草飛鳥

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70、宿敵

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 全ての諸準備を完了させるのに丸2日かかった。
 今回の作戦の主眼はユプシロンを誘き出すというものの他に、いかに被害を出さないかということにあった。
 だから徹底した補助魔法を仕掛けるとともに、炎天の騎士団の人達をベスカッチャに配置してユプシロンが出ても街の人達が犠牲にならないようにした。
 準備を始めてすぐに街は臨戦態勢に入ったのだけど、もうその緊張感が凄かった。私は戦争というものを経験したことがないけど、恐らく他国の軍隊が来て、それを街全体で迎え撃つという時も、このような異様な緊張感に街全体が包まれるはずだった。
 私はいつも通りだったけど、チーノとマルカは結界を解放するまで全く逆の様相で過ごしていた。
 チーノはよほど戦闘が好きなのか、前回殺されかけたくせに結界が解放されるまでの間、まるでクリスマスを待ち侘びる子どものようにユプシロンとの戦闘を心待ちにしているようだった。
 私からすれば狂気の沙汰だけど、本人は何が嬉しいのか周りが静まっている中ハイテンションで過ごし、その興奮をどうしても抑えられないらしく、昼間からお酒をガバガバ飲んでいた。
 それに比べてマルカは今にも死にそうな顔をして、まるで刑の執行を待つ死刑囚のように鬱々とした顔をしていた。
 ユプシロンの存在がどれだけマルカに苦痛を与えていたのかということは、結界を開けるまでの間にマルカがかなりキツい神経痛に苦しんでいたということでも分かることだった。
 特に腰がかなり痛いみたいで、たった2日の間だったけど、ひどい時には歩くのも不可能になるくらい腰が痛むみたいだった。
 そんなマルカだから食事も一切食べていなかった。水は飲んでいたけど、それもキツそうで、水を飲んだあとそれを吐き出していたのを見たりしたから、これで本当にユプシロンと闘うことが出来るのかと、私だけでなくチーノも心配していた。
 ただベルモンテで長老様が言っていたように、一度仲間になるとチーノは仲間思いな天竜人だった。
 マルカのことを気遣って、
「それあいつと闘うことがプレッシャーになってそうなってるんだろ? 大丈夫だ、結界が解けたらあんな奴すぐに私がぶっ殺してやるから」
 とそのようなことを言い、マルカに近付くとその背中をさすってあげたりしていた。それを見てチーノはやっぱり根は良いやつなんだと思った。
 そんな不安要素を抱えたまま2日が過ぎ、遂に結界を解いてユプシロンを誘導する日になった。
 朝ご飯を食べて2時間くらいしてから結界を解いたのだけど、この時がマルカの体調が一番崩れた時で、地面にうずくまったかと思うと、胃に何もないから胃液を吐き出していた。
 こんなマルカ見たことがなかったから、私は側にいて不安になった。だから、
「マルカはやっぱり人目に付かない所で休んでいていいよ。絶対に勝つから、戦勝報告だけ待ってて」
 と私は言ったのだけど、マルカは死にそうな顔をしているのに、
「大丈夫、ちょっと気持ちが悪いだけ。今回はちゃんと私自身でケリを付けたいの」
 と言ったかと思うと、無理に立ち上がろうとしていた。そんなマルカに肩を貸してチーノがこう言う。
「そうだな、今回はマルカがいた方がいい。万全な補助魔法でサポートしてくれた方が私達も闘いやすい。でもあれだぞ、お前は絶対に前線に出るなよ。あいつは魔法が効かないから、お前が肉薄してもリスクしかないんだからな」
「うん、分かってる」
 と言って無理に微笑を浮かべたマルカを見て、そんなにユプシロンの存在がマルカを苦しめるのなら、やはり今回で何とか勝負を決めなければならないと思った。
 そういう感情が自然に出て来るほど、マルカは見ていてあまりにも痛々しかった。
 炎天の騎士団の人達はユプシロンが出て来た時に街の人達を守るために各所に散っていたけど、私達はユプシロンがどこに出ても均等な時間でそこに行けるようにと中心にある屯所に待機していた。
 ユプシロンが来るのは間違いのない話だったけど、どこから来るのかいつ来るのか分からなかったから、それまで精神的に重い時間を過ごすことになった。
 早く来ればマルカを苦しみから解放してあげられたけど、一時間、二時間待ってもユプシロンはベスカッチャに現れなかった。
 お昼になって私とチーノは昼食を食べたけど、マルカは臭いを嗅ぐだけでもキツいみたいで、昼食時は、
「ちょっとごめんなさい、私違う所に行ってるわね」
 と言って、一人だけ人気の少ない所に移動して一時間くらいそこで休んでいた。
 それから更に時間が過ぎて夕方になり、今度は日が暮れた。もう今日は来ないんじゃないかと思ったところで、ゲートの近くで何かの轟音がしたかと思うと、そのあとに黒い何かが外に飛び出るようなものが見えた。
 呆然と立ち尽くし、
「何あれ?」
 と私が言うと、
「あのクソ野郎に決まってるだろっ、行くぞっ」
 と怒ったようにチーノがそう返し、お腹を押さえて苦しそうにしているマルカの肩をパンと叩いた。
「これはトゲを抜く作業だ。痛いのは最初だけで、あとは楽になる」
「うん、分かってる。チーノ」
「何だ?」
「ありがとう」
 それには答えずにチーノが空に飛び上がったから、私とマルカもそのチーノに続くことにした。そこでマルカがいつものように私達に全ステータスを向上させるダリルカをかけてくれた。
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