愛しくて悲しい僕ら

寺音

文字の大きさ
上 下
32 / 32
最終章

おまけ 未来

しおりを挟む
 継続的なアラーム音が響いて、彼女はゆっくりと目を開く。ちょうどカーテンの隙間から漏れた光が飛び込んできて、手を顔の前で覆った。
 手探りで枕もとのスマートフォンの画面を押して、アラームを止める。

 今自分が寝転んでいるのは、大人二人が寝られそうな大きなベッド。カーテンの隙間から見える景色からすると、ここは二階だろうか。
 あれ、自分の家はこんな間取りだっただろうか。
 夢と現実が混ざって、自分が今どこにいるのか分からず、ぼんやりとしてしまう。

 夢見心地で微睡んでいると、パタパタと可愛らしく慌ただしい足音が聞こえてきた。
 やがて、大きな音と共に寝室の扉が勢いよく開かれる。

「おかあさーん。あ、おきてる!」
 甲高い歓声交じりの声と共に、お腹に鈍い衝撃。三月は思わずうめき声を上げた。
 そうか、そうだった。荒療治だったが、そのおかげで彼女は、今のを思い出す。

「ゆ、幸ちゃん。急に乗ってくるのは止めてね。お母さん、びっくりしちゃうから」
「えー、だっておかあさん、おそいんだもん。おとうさんもぼくも、もうおきてるよ?」
「うん。それは、ごめんね。お母さんお寝坊さんだったね」
 自分の上で可愛らしく首を傾げる息子、三月は彼の頭をそっと撫でる。気持ちよさそうに目を細めるその子の表情は、やはりあの人に似ていた。

「こーら、ゆき。お母さんは昨日遅かったんだから、もう少し寝かせてあげなきゃダメだろう?」
 柔らかな声と共に、上に乗った重みが消えていく。息子をひょいと持ち上げ、その子と宙で視線を合わせながらが言った。

「えー、でも、せっかくようちえんもおやすみだよ。どこかあそびにいこうよ」
「それならお父さんと公園でも行ってくるか?」
「いく! さんにんで!」
「いや、だから――」

「ふふふ、いいよ。お母さんも起きるから。朝ごはん食べたら、三人で行こうか」
 思わず吹き出してくすくすと笑い、三月はベッドからはい出して言う。この二人が顔を突き合わせていると、なんだか成長の過程を見ているようで、つい笑ってしまう。

「え、そう、大丈夫? 昨日の同窓会、かなり遅くまでやってただろう?」
「平気よ。久しぶりに明美ともゆっくりお酒が飲めて、リフレッシュできたしね」
「ああ、佐藤さん……いや、今は違うんだっけ。彼女も元気そうで良かった。僕もまた会いたいな」
 はしゃぐ息子を床に下ろしながら、彼が思い出したように告げる。

「そうそう。真志が今度また集まろうって言ってたよ。前みたいに、河原でバーベキュー。車出してくれるって」
「しんじおじちゃん⁉︎ ぼく、またぶんぶんってまわしてもらう!」
 真志の遊び方、過激なんだよなぁ。彼は苦笑しながら、カーテンを開く。

 太陽の光が部屋に射し込んで、彼の淡い栗色の髪に当たり、きらきらと輝いている。ふと、その姿が、出会った頃の彼と重なった。
 なんだかとても、長い夢を見ていた気がする。
 俯いてぼんやりしていると、彼が自分の名前を呼んで心配そうに顔を覗き込んできた。

「どうしたの? やっぱり眠い? それとも何か……悲しい夢でもみた?」
 悲しい夢という単語に、思わず目を見開いた。彼の表情は心配そうに曇っている。
 三月はすぐに目を細めて、安心させるように微笑んだ。

「ううん、違うの。さっきまで見ていた夢は、今までの思い出を振り返るような、とっても懐かしくて素敵な夢だったの」
「――なら良かった。また、その夢の話も聞かせて欲しいな」
「おかあさん、ぼくも! ぼくもききたい!」
「んー、お父さんとお母さんの初めましてのお話だから、お父さんはちょっと恥ずかしいかもね」
 せがむ息子の頭を撫でながら、三月は悪戯っぽく笑う。
「え、そんな夢? あの頃はなんていうか……。やっぱり聞かなくても良いかな」
 優太は驚き、恥ずかしそうに頬をかく。

「あ」
 そして、突然何かを思い出したように声を発した。
「すっかり忘れてた。おはよう、三月」
「おかあさん、おはよう!」
 朝の挨拶。それをこうして、大切な人たちと交わし合うことができる。それが三月にとって、何よりも変え難い幸せだ。

「ええ、おはよう。幸、優太さん」
 三月の声に、優太は幸せそうな笑みを返した。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(5件)

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

たびたびすみません。
作者様のお人柄に好感を持ったのと作品が丁寧に書かれていることに感銘を受けたので、大賞の投票をさせて頂きました。
特にアイスもなかの回がよかったので、エールもお送りしました。

寺音
2023.05.31 寺音

こちらこそ、ありがとうございます。
作品を応援して下さり、とても嬉しいです!
アイスもなかは、私の母校の近くにあるお店で実際に提供されているものをモデルにしております。
思い出の味を再現できたか分かりませんが、気に入っていただけたなら幸いです。
この度は誠にありがとうございました!

解除
金色のクレヨン@釣りするWeb作家

第五話まで読ませて頂きました!
登場人物のやりとりが自然で読みやすかったです。

寺音
2023.05.31 寺音

読んでいただきありがとうございます。
自然なやりとりが書けていたようで、ほっと致しました。
この度は、嬉しい感想ありがとうございました。

解除
平本りこ
2023.05.19 平本りこ

こちらでも完結おめでとうございます!
久しぶりに読みましたが、やっぱり素敵な物語……!
前回は更新に合わせてゆっくり読みましたが、一気読みして改めて思ったのは、このお話は恋愛物であると同時に、大切な人を助けたいという思いの中で葛藤する「友情の物語」でもあったのだろうなと思いました!(一読者としての解釈です)

ラストの一話も幸せで、再読して良かったです。゚(゚´ω`゚)゚。
コンテストも応援しております!

寺音
2023.05.19 寺音

こちらこそ再読していただき、また素敵な感想をありがとうございました! 素敵な物語だと言っていただけたことがとても嬉しいです。
おっしゃっていただいたように、このお話は恋愛だけではない「愛」も描きたいと思っていたので(笑)
友情の方にも注目していただけて良かったです。
未来のお話は、悩みながらも付け足した部分でしたが、楽しんでいただけて良かったです。
改めて、こちらにもお越し下さりありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。