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第三章
25 安堵(S side)
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携帯電話を耳に当てながら、思わずつま先でコンクリートを叩く。一体、どれほどの時間が過ぎたのか、一向に鳴り止まないコール音に飽きてきた所で、真志は通話終了のボタンを押した。
吐き出したため息が、煙のように宙を漂っていく。
クリスマス前からだろうか、優太と連絡がつかないのだ。電話をしてもメールをしても返答がない。それにここ最近、大学でも彼の姿を見かけなかった。まだ冬休みというには少し早いはず。
何かあったな。
そう思った真志は、携帯電話をジーンズのポケットに突っ込むと、優太の家へ足を向けた。
そこは、相変わらず寂しげな場所だった。この時間帯は隣の建物の影が伸びてくるせいで、余計にそう思えるのかもしれない。
扉に近づくと冷えた空気が首筋を撫で、真志は犬のように体を震わせた。
いつものように、インターホンを何度か押すが、優太は一向に出てこない。扉ごしに聞こえてくる音で、故障などではないことが分かった。
試しにドアノブに手をかけると、あっさりと回って扉が開く。
真志は思わず眉を顰めた。
「おーい。優太いるんだろ?」
部屋の中は薄暗かった。真っ昼間だというのに、カーテンを閉めっぱなしなのだ。
視線を横に逸らすと、ベッドに寝転がる優太が目に入る。うつ伏せに寝転がったまま、こちらを見ようともしなかった。
真志の声に反応して唸ったところをみると、寝ているわけではなさそうである。
「いるんなら返事くらいしろ。あと、電話に出ないってのはどういうことだ?」
ベッドの側まで近寄って、顔をのぞき込むようにして問う。
優太はようやく首だけを動かし、真志の顔を一瞥した。
「あ……ごめん」
それだけだった。言い訳をする訳でもなく、優太はまたベッドに顔を伏せてしまった。
明らかにおかしい。いつもの彼なら、例え元気がない時でも、必死に何でもないような顔をするはずだ。
それほどのことがあったのか。あったとすれば、心当たりは一つだけだ。
真志は膝を折ってベッドの脇にしゃがみ、彼と顔の位置を合わせた。
「お前。あの中山三月って後輩と、何かあったのか?」
優太の肩が大袈裟に跳ねる。
やっぱりそうだ。優太の様子を見ていれば、こうなることは明白だった。
「……大丈夫だと思ったんだ。ちゃんと、気をつけていれば、絶対に迷惑はかけないと思ってたんだ」
優太が顔を埋めたままで、独り言のように呟くのが聞こえた。
気をつけていれば。
優太はきっと自分の想いが三月に傾かないように、気を張っていたつもりだったのだろう。もしくは、あえて彼女への想いを意識をしないようにしていたか。
真志は躊躇いがちに口を開く。
「夢、うつったのか?」
優太が微かに頷く。
「それで、向こうはお前の事情知ってんのか?」
今度は何の反応もなかった。
これはおそらく、彼女には何も伝えていない。
まるで優太を責めるように、真志の口から次々と言葉が飛び出す。
「何も伝えずに、どうしたんだ? お前、ちょっと前一緒にクリスマスケーキ買いに行くって、言ってたよな。夢がうつったのはその時だとして、まさか、そのまま逃げるみたいに別れてきたわけじゃないんだろ? お前がそこまで落ち込むなんて、珍しいじゃねえか」
「真志には関係ないだろ!? どうでも良いじゃないか、僕のことなんて!」
優太が顔を上げ、片腕を振り上げる。ガシャンと大きな音がして、ベッドの脇に置かれた時計が落下した。
正面から見つめた優太の顔は、薄暗い部屋の中で不自然なほど白く浮き上がって見える。
真志は肩で息をする彼を見つめながら、何故か少し安堵していた。声を荒らげた優太の方が、小さく声を発して、気まずそうに目を伏せる。
真志も、はっとした。こんな時にどうしたんだ。
ホッとするなんて、辛そうな相手を前にして、抱く感情じゃない。
「その、ごめん。このところ寝不足でさ。ちょっとどうかしてたみたいだ。大丈夫だから、しばらく一人にしてくれれば、大丈夫」
そう言って、優太は微笑む。その笑みは決して大丈夫だとは思えなかった。
弱々しくて、今にも泣き出しそうだ。誰が見ても、無理して笑っていることが分かるだろう。
真志は勢いをつけて、立ち上がる。
「とにかく、大丈夫だって言うからには、電話くらい出ろよ」
「あはは、ごめん。大丈夫、今度はちゃんと出るから」
「じゃあ――俺、用事あるから」
真志はそのまま、逃げ出すように優太の家を出て行った。
一月も後半に差し掛かり、ますます寒さが酷くなった気がする。
真志はコートのポケットに両手を突っ込んで、空を見上げた。
どうしても落ちつかなくて、ポケットの中で手を握ったり離したりを続けている。
やがてバスがやってきて、彼の目の前で停車した。扉が開いても一向に乗ろうとしない真志を、運転手が少し不思議そうに眺めて、バスは発車してしまう。
バスに乗りたかった訳ではない。真志はここで、中山三月を待っていたのだ。
白い息を吐きだしながら、ふと優太のことを思い出す。
落ち込んで見えたのはあの時だけで、表面上彼は普通に過ごしている。冬休み中もたまに家へと押しかけてみたが、いつものように楽しげに笑っていた。
相変わらず、表情を取り繕うのが上手い。
それでも時折優太が辛そうに見えるのは、真志がそれを分かるようになってしまったのか、それとも。
「今回は特別、か?」
彼女に夢がうつってしまった時、優太はなりふり構わず叫び、感情をぶつけてきた。
あんな風に感情を顕わにするなんて、高校のあの時以来だ。
真志は高く感じる冬空を見上げながら、優太と出会った時のことを思い出した。
吐き出したため息が、煙のように宙を漂っていく。
クリスマス前からだろうか、優太と連絡がつかないのだ。電話をしてもメールをしても返答がない。それにここ最近、大学でも彼の姿を見かけなかった。まだ冬休みというには少し早いはず。
何かあったな。
そう思った真志は、携帯電話をジーンズのポケットに突っ込むと、優太の家へ足を向けた。
そこは、相変わらず寂しげな場所だった。この時間帯は隣の建物の影が伸びてくるせいで、余計にそう思えるのかもしれない。
扉に近づくと冷えた空気が首筋を撫で、真志は犬のように体を震わせた。
いつものように、インターホンを何度か押すが、優太は一向に出てこない。扉ごしに聞こえてくる音で、故障などではないことが分かった。
試しにドアノブに手をかけると、あっさりと回って扉が開く。
真志は思わず眉を顰めた。
「おーい。優太いるんだろ?」
部屋の中は薄暗かった。真っ昼間だというのに、カーテンを閉めっぱなしなのだ。
視線を横に逸らすと、ベッドに寝転がる優太が目に入る。うつ伏せに寝転がったまま、こちらを見ようともしなかった。
真志の声に反応して唸ったところをみると、寝ているわけではなさそうである。
「いるんなら返事くらいしろ。あと、電話に出ないってのはどういうことだ?」
ベッドの側まで近寄って、顔をのぞき込むようにして問う。
優太はようやく首だけを動かし、真志の顔を一瞥した。
「あ……ごめん」
それだけだった。言い訳をする訳でもなく、優太はまたベッドに顔を伏せてしまった。
明らかにおかしい。いつもの彼なら、例え元気がない時でも、必死に何でもないような顔をするはずだ。
それほどのことがあったのか。あったとすれば、心当たりは一つだけだ。
真志は膝を折ってベッドの脇にしゃがみ、彼と顔の位置を合わせた。
「お前。あの中山三月って後輩と、何かあったのか?」
優太の肩が大袈裟に跳ねる。
やっぱりそうだ。優太の様子を見ていれば、こうなることは明白だった。
「……大丈夫だと思ったんだ。ちゃんと、気をつけていれば、絶対に迷惑はかけないと思ってたんだ」
優太が顔を埋めたままで、独り言のように呟くのが聞こえた。
気をつけていれば。
優太はきっと自分の想いが三月に傾かないように、気を張っていたつもりだったのだろう。もしくは、あえて彼女への想いを意識をしないようにしていたか。
真志は躊躇いがちに口を開く。
「夢、うつったのか?」
優太が微かに頷く。
「それで、向こうはお前の事情知ってんのか?」
今度は何の反応もなかった。
これはおそらく、彼女には何も伝えていない。
まるで優太を責めるように、真志の口から次々と言葉が飛び出す。
「何も伝えずに、どうしたんだ? お前、ちょっと前一緒にクリスマスケーキ買いに行くって、言ってたよな。夢がうつったのはその時だとして、まさか、そのまま逃げるみたいに別れてきたわけじゃないんだろ? お前がそこまで落ち込むなんて、珍しいじゃねえか」
「真志には関係ないだろ!? どうでも良いじゃないか、僕のことなんて!」
優太が顔を上げ、片腕を振り上げる。ガシャンと大きな音がして、ベッドの脇に置かれた時計が落下した。
正面から見つめた優太の顔は、薄暗い部屋の中で不自然なほど白く浮き上がって見える。
真志は肩で息をする彼を見つめながら、何故か少し安堵していた。声を荒らげた優太の方が、小さく声を発して、気まずそうに目を伏せる。
真志も、はっとした。こんな時にどうしたんだ。
ホッとするなんて、辛そうな相手を前にして、抱く感情じゃない。
「その、ごめん。このところ寝不足でさ。ちょっとどうかしてたみたいだ。大丈夫だから、しばらく一人にしてくれれば、大丈夫」
そう言って、優太は微笑む。その笑みは決して大丈夫だとは思えなかった。
弱々しくて、今にも泣き出しそうだ。誰が見ても、無理して笑っていることが分かるだろう。
真志は勢いをつけて、立ち上がる。
「とにかく、大丈夫だって言うからには、電話くらい出ろよ」
「あはは、ごめん。大丈夫、今度はちゃんと出るから」
「じゃあ――俺、用事あるから」
真志はそのまま、逃げ出すように優太の家を出て行った。
一月も後半に差し掛かり、ますます寒さが酷くなった気がする。
真志はコートのポケットに両手を突っ込んで、空を見上げた。
どうしても落ちつかなくて、ポケットの中で手を握ったり離したりを続けている。
やがてバスがやってきて、彼の目の前で停車した。扉が開いても一向に乗ろうとしない真志を、運転手が少し不思議そうに眺めて、バスは発車してしまう。
バスに乗りたかった訳ではない。真志はここで、中山三月を待っていたのだ。
白い息を吐きだしながら、ふと優太のことを思い出す。
落ち込んで見えたのはあの時だけで、表面上彼は普通に過ごしている。冬休み中もたまに家へと押しかけてみたが、いつものように楽しげに笑っていた。
相変わらず、表情を取り繕うのが上手い。
それでも時折優太が辛そうに見えるのは、真志がそれを分かるようになってしまったのか、それとも。
「今回は特別、か?」
彼女に夢がうつってしまった時、優太はなりふり構わず叫び、感情をぶつけてきた。
あんな風に感情を顕わにするなんて、高校のあの時以来だ。
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