愛しくて悲しい僕ら

寺音

文字の大きさ
上 下
25 / 32
第三章

25 安堵(S side)

しおりを挟む
 携帯電話を耳に当てながら、思わずつま先でコンクリートを叩く。一体、どれほどの時間が過ぎたのか、一向に鳴り止まないコール音に飽きてきた所で、真志は通話終了のボタンを押した。
 吐き出したため息が、煙のように宙を漂っていく。

 クリスマス前からだろうか、優太と連絡がつかないのだ。電話をしてもメールをしても返答がない。それにここ最近、大学でも彼の姿を見かけなかった。まだ冬休みというには少し早いはず。
 何かあったな。
 そう思った真志は、携帯電話をジーンズのポケットに突っ込むと、優太の家へ足を向けた。



 そこは、相変わらず寂しげな場所だった。この時間帯は隣の建物の影が伸びてくるせいで、余計にそう思えるのかもしれない。
 扉に近づくと冷えた空気が首筋を撫で、真志は犬のように体を震わせた。

 いつものように、インターホンを何度か押すが、優太は一向に出てこない。扉ごしに聞こえてくる音で、故障などではないことが分かった。
 試しにドアノブに手をかけると、あっさりと回って扉が開く。
 真志は思わず眉を顰めた。

「おーい。優太いるんだろ?」
 部屋の中は薄暗かった。真っ昼間だというのに、カーテンを閉めっぱなしなのだ。
 視線を横に逸らすと、ベッドに寝転がる優太が目に入る。うつ伏せに寝転がったまま、こちらを見ようともしなかった。
 真志の声に反応して唸ったところをみると、寝ているわけではなさそうである。

「いるんなら返事くらいしろ。あと、電話に出ないってのはどういうことだ?」
 ベッドの側まで近寄って、顔をのぞき込むようにして問う。
 優太はようやく首だけを動かし、真志の顔を一瞥した。

「あ……ごめん」
 それだけだった。言い訳をする訳でもなく、優太はまたベッドに顔を伏せてしまった。

 明らかにおかしい。いつもの彼なら、例え元気がない時でも、必死に何でもないような顔をするはずだ。
 それほどのことがあったのか。あったとすれば、心当たりは一つだけだ。

 真志は膝を折ってベッドの脇にしゃがみ、彼と顔の位置を合わせた。
「お前。あの中山三月って後輩と、何かあったのか?」
 優太の肩が大袈裟に跳ねる。

 やっぱりそうだ。優太の様子を見ていれば、こうなることは明白だった。

「……大丈夫だと思ったんだ。ちゃんと、気をつけていれば、絶対に迷惑はかけないと思ってたんだ」
 優太が顔を埋めたままで、独り言のように呟くのが聞こえた。

 気をつけていれば。
 優太はきっと自分の想いが三月に傾かないように、気を張っていたつもりだったのだろう。もしくは、あえて彼女への想いを意識をしないようにしていたか。
 真志は躊躇いがちに口を開く。

「夢、うつったのか?」
 優太が微かに頷く。
「それで、向こうはお前の事情知ってんのか?」
 今度は何の反応もなかった。

 これはおそらく、彼女には何も伝えていない。
 まるで優太を責めるように、真志の口から次々と言葉が飛び出す。

「何も伝えずに、どうしたんだ? お前、ちょっと前一緒にクリスマスケーキ買いに行くって、言ってたよな。夢がうつったのはその時だとして、まさか、そのまま逃げるみたいに別れてきたわけじゃないんだろ? お前がそこまで落ち込むなんて、珍しいじゃねえか」

「真志には関係ないだろ!? どうでも良いじゃないか、僕のことなんて!」
 優太が顔を上げ、片腕を振り上げる。ガシャンと大きな音がして、ベッドの脇に置かれた時計が落下した。
 正面から見つめた優太の顔は、薄暗い部屋の中で不自然なほど白く浮き上がって見える。

 真志は肩で息をする彼を見つめながら、何故か少し安堵していた。声を荒らげた優太の方が、小さく声を発して、気まずそうに目を伏せる。

 真志も、はっとした。こんな時にどうしたんだ。
 ホッとするなんて、辛そうな相手を前にして、抱く感情じゃない。

「その、ごめん。このところ寝不足でさ。ちょっとどうかしてたみたいだ。大丈夫だから、しばらく一人にしてくれれば、大丈夫」
 そう言って、優太は微笑む。その笑みは決して大丈夫だとは思えなかった。
 弱々しくて、今にも泣き出しそうだ。誰が見ても、無理して笑っていることが分かるだろう。
 真志は勢いをつけて、立ち上がる。

「とにかく、大丈夫だって言うからには、電話くらい出ろよ」
「あはは、ごめん。大丈夫、今度はちゃんと出るから」
「じゃあ――俺、用事あるから」
 真志はそのまま、逃げ出すように優太の家を出て行った。




 一月も後半に差し掛かり、ますます寒さが酷くなった気がする。
 真志はコートのポケットに両手を突っ込んで、空を見上げた。
 どうしても落ちつかなくて、ポケットの中で手を握ったり離したりを続けている。

 やがてバスがやってきて、彼の目の前で停車した。扉が開いても一向に乗ろうとしない真志を、運転手が少し不思議そうに眺めて、バスは発車してしまう。

 バスに乗りたかった訳ではない。真志はここで、中山三月を待っていたのだ。

 白い息を吐きだしながら、ふと優太のことを思い出す。
 落ち込んで見えたのはあの時だけで、表面上彼は普通に過ごしている。冬休み中もたまに家へと押しかけてみたが、いつものように楽しげに笑っていた。
 相変わらず、表情を取り繕うのが上手い。

 それでも時折優太が辛そうに見えるのは、真志がそれを分かるようになってしまったのか、それとも。

「今回は特別、か?」

 彼女に夢がうつってしまった時、優太はなりふり構わず叫び、感情をぶつけてきた。
 あんな風に感情を顕わにするなんて、高校のあの時以来だ。
 真志は高く感じる冬空を見上げながら、優太と出会った時のことを思い出した。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...