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第三章
22 優太の秘密
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三月は思わず足を止める。
今までこのバス停で見かけたことなどなかったのに、どうしてこんな時に限って出会ってしまうのだろう。気づかれる前に、立ち去ってしまおうか。
迷っていると、真志が不意にこちらを向いた。
そして目が合ってしまう。
「……よお」
声をかけられた以上無視するわけにもいかず、三月は軽く頭を下げた。
顔を上げると、彼は無言でこちらへ視線を送っている。このまますんなりと立ち去れる雰囲気ではなかった。
三月は少し視線を下げて、彼の視線から逃れる。どうしたら良いのだろう。
居心地の悪さを感じていると、ブーツがコンクリートを叩く音が聞こえていた。真志がこちらに近づいてきている。
「寝不足か? 目、赤いぞ」
「え?」
視線を上げると、目の前に真志の顔があり再び目が合ってしまう。どうせ、からかうような笑みを浮かべていると思っていたのに、彼は不気味なくらい無表情だった。
真志はコートの襟に首を埋め、ポツリとひとりごとのように言葉を溢す。
「優太のこと、だろ?」
「え」
「だから俺は――『アイツには近づかない方が良い』って言ったんだよ」
三月は息を呑んだ。
近づかない方が良い、確かにそう言われたことはあるが、『だから』とはどういうことだ。やはり真志は、こうなることを知っていたとでも言うんだろうか。
様々な疑問が頭の中をぐるぐると巡った。身体が熱くなり、怒りとも悲しみとも言えない感情が涙腺を刺激する。
「そうです。神崎先輩のことです。だったら、どうなんですか?」
胸が、じゅくじゅくと疼くような痛い。彼の言った通りだろうと言わんばかりの態度が、どこか負けた気がして惨めだった。
反発するように、三月の言葉は刺々しさを増していく。
「先輩が、何を知っているのかは分かりませんが、放っておいて下さい! あなたには何の関係もないでしょう!? それとも、私に何か用でもあるっていうんですか!?」
すると、真志の雰囲気が変わった。不意を突かれたように、目を見開いている。視線は頼りなさげに揺れて、いつも人を食ったような態度をとる彼らしくない。何かに迷っているような、そんな表情だ。
三月は自分の苛立ちすら忘れ、真志の顔をまじまじと見つめてしまう。
「お前、理由知りたいか?」
「『理由』って、何の……」
たどたどしい一言から一変、真志は意を決したようにはっきりとした口調で告げた。
「優太が、お前を避ける理由だよ」
思いがけない一言に、三月は息を呑む。
彼の眼差しはいつになく真剣で、からかいや嘘だとは思えない。やはり彼は、優太の事情を知っているのだ。
「知りたいです」
気づくと三月は即答していた。拳をぎゅっと握って、小さく喉を鳴らす。
少し恐いけれど、知りたいに決まっている。そして、自分に悪いところがあったなら、ちゃんと謝りたい。
以前のように、優太と一緒にいたい。
そんな三月をしばし見つめて、真志は黙って深く頷いた。
真志に連れられてやってきたのは、以前、優太との待ち合わせに使った公園だった。最低限、滑り台とブランコのある小さな場所だ。
彼と最後にあった場所でもある為、三月の胸は締めつけられたように痛んだ。
寒いからか、公園には誰もいない。周囲を囲むように植えられた木々の葉も、全て枯れ落ちてしまっている。むき出しの枝が、風で寂しげにゆれていた。
彼は無言のまま、一つしかないベンチへ向かう。そこに浅く腰かけ、前かがみになって両手を組んだ。
一瞬躊躇したが、三月もその隣に座る。二人分ほどの距離を空けているのに、緊張で体が強張ってしまった。
「高校の時、アイツには妙な噂が立ってた」
唐突に話し出した真志は深く溜息をついた。彼の吐き出した白い息が、空中に霧散していく。
「『人のことを嗅ぎまわってる』とか、『人の心がよめるんじゃないか』とか。正直、周囲から気味悪がられてたところがあったな」
驚いて、三月は思わず反論するような言葉を発していた。
「そ、そんな噂、どう考えてもおかしいじゃないじゃないですか? 先輩は、そんなことするような人じゃないです」
分かってるよ、と真志が吐き捨てるように言う。
「確かにアイツは、誰かが落ち込んでたらすかさず声をかけに行くような、妙に鋭くて、その上お節介なところがあったからな」
優太の優しさは昔からだったのか。三月はどこか安堵して、肩の力を抜く。
「でも、鋭いなんて言葉じゃ片付けられないようなことが、昔からたくさん起こってたんだ。俺も聞いただけの話だが、アイツとはなんの面識もなかった女子が、自分のばあさんを亡くしたことや、その状況、さらに遺言まで知ってたらしい」
「遺言?」
「その女子が、夢に出てきたばあさんから聞いたんだと。『おばあちゃんの部屋の引き出しの奥に、丸い箱があるから開けてみろ』って風にな。もちろん、夢の中で聞いた遺言は誰にも喋ってない。それをアイツは、一字一句漏らさず指摘してみせた。まだアイツが小一か二くらいの頃だそうだ」
風一つ吹いていない公園は静かで、自分の息遣いがやけに大きく聞こえる。
詳しい状況は分からないけれど、きっとその女子生徒はひどく驚いただろうということは分かった。
「それは……本当の話なんですか?」
「何人かに同じような話を聞いたんだ。そういうことは一度や二度じゃなかったみたいだ。いくらアイツが善意で話しかけてきたんだとしても、本人しか知らないことをズバズバ良い当てられちゃ、気味悪く思われても仕方ねえよな」
三月は膝の上に乗せていた拳を強く握った。
優太はいつも優しくて、見ず知らずの他人でも思いやることができて、だから当然人気者なのだと思っていた。
その話は確かに少しショックだけれど、優太が自分を避ける理由とどう繋がるのだろう。
「まぁ、それはそれとして」
真志はそんな三月の心を見透かしたように言った。
「お前は、なんでアイツに、本人しか知らないようなことが分かったんだと思う?」
「え、そ、それは……」
噂のように人のことを嗅ぎまわってるなんて信じたくはないし、まさか人の心を読めるわけがないだろう。
そう考えながら黙っていると、真志が口を開いた。
「『他人と夢を共有できる』んだと」
「は?」
三月は目を見開き、思わず間の抜けた声を発した。
今までこのバス停で見かけたことなどなかったのに、どうしてこんな時に限って出会ってしまうのだろう。気づかれる前に、立ち去ってしまおうか。
迷っていると、真志が不意にこちらを向いた。
そして目が合ってしまう。
「……よお」
声をかけられた以上無視するわけにもいかず、三月は軽く頭を下げた。
顔を上げると、彼は無言でこちらへ視線を送っている。このまますんなりと立ち去れる雰囲気ではなかった。
三月は少し視線を下げて、彼の視線から逃れる。どうしたら良いのだろう。
居心地の悪さを感じていると、ブーツがコンクリートを叩く音が聞こえていた。真志がこちらに近づいてきている。
「寝不足か? 目、赤いぞ」
「え?」
視線を上げると、目の前に真志の顔があり再び目が合ってしまう。どうせ、からかうような笑みを浮かべていると思っていたのに、彼は不気味なくらい無表情だった。
真志はコートの襟に首を埋め、ポツリとひとりごとのように言葉を溢す。
「優太のこと、だろ?」
「え」
「だから俺は――『アイツには近づかない方が良い』って言ったんだよ」
三月は息を呑んだ。
近づかない方が良い、確かにそう言われたことはあるが、『だから』とはどういうことだ。やはり真志は、こうなることを知っていたとでも言うんだろうか。
様々な疑問が頭の中をぐるぐると巡った。身体が熱くなり、怒りとも悲しみとも言えない感情が涙腺を刺激する。
「そうです。神崎先輩のことです。だったら、どうなんですか?」
胸が、じゅくじゅくと疼くような痛い。彼の言った通りだろうと言わんばかりの態度が、どこか負けた気がして惨めだった。
反発するように、三月の言葉は刺々しさを増していく。
「先輩が、何を知っているのかは分かりませんが、放っておいて下さい! あなたには何の関係もないでしょう!? それとも、私に何か用でもあるっていうんですか!?」
すると、真志の雰囲気が変わった。不意を突かれたように、目を見開いている。視線は頼りなさげに揺れて、いつも人を食ったような態度をとる彼らしくない。何かに迷っているような、そんな表情だ。
三月は自分の苛立ちすら忘れ、真志の顔をまじまじと見つめてしまう。
「お前、理由知りたいか?」
「『理由』って、何の……」
たどたどしい一言から一変、真志は意を決したようにはっきりとした口調で告げた。
「優太が、お前を避ける理由だよ」
思いがけない一言に、三月は息を呑む。
彼の眼差しはいつになく真剣で、からかいや嘘だとは思えない。やはり彼は、優太の事情を知っているのだ。
「知りたいです」
気づくと三月は即答していた。拳をぎゅっと握って、小さく喉を鳴らす。
少し恐いけれど、知りたいに決まっている。そして、自分に悪いところがあったなら、ちゃんと謝りたい。
以前のように、優太と一緒にいたい。
そんな三月をしばし見つめて、真志は黙って深く頷いた。
真志に連れられてやってきたのは、以前、優太との待ち合わせに使った公園だった。最低限、滑り台とブランコのある小さな場所だ。
彼と最後にあった場所でもある為、三月の胸は締めつけられたように痛んだ。
寒いからか、公園には誰もいない。周囲を囲むように植えられた木々の葉も、全て枯れ落ちてしまっている。むき出しの枝が、風で寂しげにゆれていた。
彼は無言のまま、一つしかないベンチへ向かう。そこに浅く腰かけ、前かがみになって両手を組んだ。
一瞬躊躇したが、三月もその隣に座る。二人分ほどの距離を空けているのに、緊張で体が強張ってしまった。
「高校の時、アイツには妙な噂が立ってた」
唐突に話し出した真志は深く溜息をついた。彼の吐き出した白い息が、空中に霧散していく。
「『人のことを嗅ぎまわってる』とか、『人の心がよめるんじゃないか』とか。正直、周囲から気味悪がられてたところがあったな」
驚いて、三月は思わず反論するような言葉を発していた。
「そ、そんな噂、どう考えてもおかしいじゃないじゃないですか? 先輩は、そんなことするような人じゃないです」
分かってるよ、と真志が吐き捨てるように言う。
「確かにアイツは、誰かが落ち込んでたらすかさず声をかけに行くような、妙に鋭くて、その上お節介なところがあったからな」
優太の優しさは昔からだったのか。三月はどこか安堵して、肩の力を抜く。
「でも、鋭いなんて言葉じゃ片付けられないようなことが、昔からたくさん起こってたんだ。俺も聞いただけの話だが、アイツとはなんの面識もなかった女子が、自分のばあさんを亡くしたことや、その状況、さらに遺言まで知ってたらしい」
「遺言?」
「その女子が、夢に出てきたばあさんから聞いたんだと。『おばあちゃんの部屋の引き出しの奥に、丸い箱があるから開けてみろ』って風にな。もちろん、夢の中で聞いた遺言は誰にも喋ってない。それをアイツは、一字一句漏らさず指摘してみせた。まだアイツが小一か二くらいの頃だそうだ」
風一つ吹いていない公園は静かで、自分の息遣いがやけに大きく聞こえる。
詳しい状況は分からないけれど、きっとその女子生徒はひどく驚いただろうということは分かった。
「それは……本当の話なんですか?」
「何人かに同じような話を聞いたんだ。そういうことは一度や二度じゃなかったみたいだ。いくらアイツが善意で話しかけてきたんだとしても、本人しか知らないことをズバズバ良い当てられちゃ、気味悪く思われても仕方ねえよな」
三月は膝の上に乗せていた拳を強く握った。
優太はいつも優しくて、見ず知らずの他人でも思いやることができて、だから当然人気者なのだと思っていた。
その話は確かに少しショックだけれど、優太が自分を避ける理由とどう繋がるのだろう。
「まぁ、それはそれとして」
真志はそんな三月の心を見透かしたように言った。
「お前は、なんでアイツに、本人しか知らないようなことが分かったんだと思う?」
「え、そ、それは……」
噂のように人のことを嗅ぎまわってるなんて信じたくはないし、まさか人の心を読めるわけがないだろう。
そう考えながら黙っていると、真志が口を開いた。
「『他人と夢を共有できる』んだと」
「は?」
三月は目を見開き、思わず間の抜けた声を発した。
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