愛しくて悲しい僕ら

寺音

文字の大きさ
上 下
21 / 32
第三章

21 がんばれ

しおりを挟む
「三月、やっぱり何かあったでしょ」
「え?」
 三月が顔を上げると、明美が眉をひそめ自分の顔を見つめていた。彼女が食べていたはずの親子丼は、いつの間にか綺麗に無くなっている。

 学食の中は学生の姿で溢れ、賑やかな声で満たされていた。学生会館の中に入った学生食堂は、ランチタイムにはいつも混み合ってしまう。その為、十一時半には明美と一緒に食事を始めたはずだが、どのくらい時間が経ったのだろうか。
 三月はしまったと思いつつも、首を傾げて明るく微笑んだ。

「え、どうして? 何もないよ」
「嘘つかないでよ。さっきからそれ、一口も減ってないよ」
 明美に指摘されて、三月は視線を落とす。手に持ったフォークで、頼んだタラコスパゲッティはぐちゃぐちゃにかき回されている。取り繕うようにそれを巻き取り口に入れるが、すっかり冷めてしまっていて美味しく感じない。

「ねぇ、違ってたらごめんね。あの、神崎先輩のことでしょ」
「そ」
 肩が大きく跳ねて、持っていたフォークが皿にぶつかり大きな音を立てる。不自然な態度は、図星だと言っているようなものだ。案の定、明美はやっぱりとため息と共に呟いた。

「どうして、分かったの……?」
「分かるよ。クリスマス前くらいまでかな、しょっちゅう先輩のことを話していた三月が、突然話題に出さなくなったんだもん。それから一度も先輩と一緒にいる所を見てないし、三月はずっと上の空だったし」
 そうか、それほどバレバレだったのか。
 三月は食事の手を止め、両手を膝の上に置いて俯く。

「喧嘩? いや、そんな感じじゃないよね。三月とあの先輩だったら、喧嘩らしい喧嘩にならないって言うか、お互い先に謝りそうって言うか」
 これが喧嘩で、はっきりどちらかが悪いと分かっている方が楽だった。明美にどう説明したら良いのだろう。優太に避けられている理由を、三月自身も分かっていないのだ。

「その……」
 言い淀んだ三月に対し、明美が小さく声を発する。
「ごめん。言いづらいことや言いたくないことだってあるよね……。私、本当に最低だったな」
 吐き捨てるように告げた明美に驚き、三月は顔を上げた。彼女は頬杖をついて、苦虫を噛み潰したような表情で、視線を逸らしている。

「あの時、私のことを慰めてくれた三月は、こんな気持ちだったんだね。そりゃ、目の前で大事な友達が悲しんでたら、なんとかしてあげたいって思うよね。あの時は、うざったいなんて言って本当にごめん」
 明美は姿勢を正すと、三月に向かって深々と頭を下げた。
 突然の謝罪に、三月は困惑して両手を大きく顔の前で振る。

「いいの。あの時は私も、明美の気持ち、考えてあげられなかったから」
 そうだ。あの出来事がきっかけで彼への想いを自覚したのだ。
 そう思い出すと、もう駄目だった。
 感情が濁流のように押し寄せて、三月の両目からは涙があふれ出す。

 明美は慌てた様子で椅子から立ち上がり、そっとハンカチを手渡してくれた。躊躇しつつも、三月はそのハンカチで顔を覆う。何かの花の柔軟剤の香りが、痛たむ心を少しだけ癒してくれた。

「何があったかは詳しく聞かないけど、神崎先輩と三月、本当にお似合いだったと思う。なんだか、見てると癒されるっていうか、本当に温かい気持ちになれるんだ。だから、このままなんて、駄目だよ。三月は先輩のこと、好きなんでしょう? 三月も諦めたくないなら、しっかりもう一度先輩と話をしてみてよ」
 諦めたくない。それは本当だ。
 でも、優太が自分と会ってくれないのに、どうすれば良いのだろう。

「誰か、神崎先輩と連絡とってくれそうな人、いないの? 友達とか、バイト先の人とか」
 友達、と言えば、思い当たるのは宮本真志だ。そこまで考え、三月は首を横に振る。
 優太と関わらない方がいいと言っていた彼だ。協力などしてくれないだろう。
 残るはバイト先。バイト先と言えば、あの喫茶店だ。あの優しそうなマスターに事情を話して、なんとか取り持ってもらえないだろうか。

 やる事が決まると、少し希望が持てた気がする。明美がいてくれて良かった。三月は涙で不明瞭な視界で親友を見つめ、口角を上げた。

「ありがとう、明美。私、頑張ってみるね」
 明美は歯を見せて、少年みたいな笑顔で笑う。
「がんばれ、三月。先輩と上手くいったら、一緒に美味しい物でも食べに行こうね」
 ついでに誰か良い人いたら紹介して。そう告げる明美に、三月は久しぶりに心からの笑顔を見せた。
 






 木枯らしが三月の頬を撫でながら通り過ぎていく。肌に直接、氷を押しつけられたような冷たさだ。
 大学へと上がるバス停の前で、三月は一人途方に暮れていた。


 優太のバイト先に行ってみよう。そう決めた後は居ても立っても居られなくなり、三月は昼食が終わるとバスに飛び乗って商店街へと向かった。ちょうど講義のない時間帯で良かったと思いながら。

 優太に会えないかと、以前もあの喫茶店を訪ねたことがあったが、彼にはあくまで店員と客という立場を貫かれてしまった。
 他にもお客がいたため、仕事中の優太を邪魔することもできず、三月は味のしないフルーツタルトを食べ、店を出たのである。
 今度は優太ではなく、直接店長さんに交渉するのだ。三月は以前の記憶を頼りに、優太がシフトに入っていなさそうで、かつお客が少ないと思われる時間帯を狙い、喫茶店を訪ねた。

 ところが、店長から返ってきたのは、優太が先週でここのアルバイトを辞めたという答えだった。

「学業やいずれ始まる就職活動に専念したいって言ってね。そう言われちゃ、引き止めるのもねぇ。神崎君、お客様からの評判も良かったから、まだまだ働いて欲しかったんだけどね」
 頬に手を当て、店長さんは残念そうにそう告げていた。
 優太の連絡先はまだ控えてあるとのことだったが、あくまでも緊急のためだ。個人的な理由で連絡を取ってもらうのも憚られる。

 念のため聞いてみたのが、店長と優太は個人的な付き合いがあったわけではないようだ。プライベートなことまでは何も分からないのだという。
 お客さんも入ってきたため、三月は諦めて喫茶店を後にした。


「どうしよう……」
 他に良い方法も見つからない。友人にも励まされ、諦めずに頑張ると言ったばかりなのに。
 三月の足は無意識に大学へと向かうバス停に向かっていた。大学に戻ったところで、何が宛があるわけでもないのだが。

 バス停はひっそりとしていて、ベンチに腰かけているのは派手な男子学生一人だけだ。喫茶店に入った時間からすると、今は十四時半くらい。こんな時間に大学に行く人は少ないのだろう。彼は重そうな黒いコートを着て、そのポケットに手をつっこんで座っている。
 なんとなくその姿を眺め、三月は息を呑む。彼の染めた金髪と、ワックスでセットした髪型には見覚えがあった。
 男子学生は、宮本真志だった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

サイキック・ガール!

スズキアカネ
恋愛
『──あなたは、超能力者なんです』 そこは、不思議な能力を持つ人間が集う不思議な研究都市。ユニークな能力者に囲まれた、ハチャメチャな私の学園ライフがはじまる。 どんな場所に置かれようと、私はなにものにも縛られない! 車を再起不能にする程度の超能力を持つ少女・藤が織りなすサイキックラブコメディ! ※ 無断転載転用禁止 Do not repost.

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...