愛しくて悲しい僕ら

寺音

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第二章

18「ともだち」(S side)

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「――で、あの後メールがきたみたいでさ。中山さん、ちゃんと友達と仲直りできたんだ。本当に良かったよね」
「はいはい。そりゃ良かったな」
 我ながら適当な返事だ。真志は優太の話を半分聞き流しながら思う。

 優太が口を開くたびに白い息が吐き出され、夜空に消えていく。
 氷のように冷たい風が首筋を撫で、真志は首を縮めコートのポケットに両手を突っ込んだ。公園の薄い外灯も妙に寒々しい。

 二時間ほど前、真志は突然ラーメンが食べたくなったという理由で、優太を連れ出した。
 いつもなら躊躇う優太が、珍しく積極的に誘いに応じたかと思えば。

 真志は横目で優太の表情を盗み見る。頬が赤く染まっているのは、寒さのせいだけではないだろう。
 こうなることが分かっていたなら、ラーメン屋を出た時に楽しそうだな、なんて尋ねるんじゃなかった。

 わざわざ公園に寄り道して、ベンチに文字通り腰を据えてまで聞かされたのは、中山三月というあの後輩の話だった。

「中山さんって本当に優しくていい子だよね。友達のためにあそこまで悩めるって、素敵なことだと思うよ」
 そう、中山三月は「いい子」だから、問題なのだ。
 まさかと思いながらも不安が募って、真志は冗談めかして優太に尋ねた。

「それで――お前はその中山に恋でもしたのか?」
「え? いや、真志何言ってんのさ。全く、すぐそういう話に持って行こうとするんだから」
 真志は優太がマフラーを巻き直すフリをして、こっそり表情を隠したのを見逃さなかった。
 隠す寸前、一瞬の焦りが彼の顔に浮かんだことも。

「それに、高校の時から僕に浮いた話題が一つもないことくらい、真志は知ってるだろ? 中山さんのことは、ただ純粋に凄いなって思っただけだから」
 顔を上げた優太は綺麗に笑っていた。限りなく本物に近い、作り笑い。
 案外、優太は惚れっぽい。それなのに浮いた話題がないのは、彼が自らそれを終わらせてしまっているから。

 もし優太と三月、二人の想いが通じ合ったとしたら、

「本気にすんなって、冗談だよ」
 優太の本心に気づいたとしても、すぐにそうやって何も見なかったことにする。そんな自分のことが、真志は嫌いだった。けれど自分は、ただ気づくことができるだけで、それからどうすればいいのかどうしたいのかがさっぱり分からない。
 真志はコートのポケットの中で、強く拳を握った。

「さみい、俺コーヒーでも買ってくるわ」
 逃げるように勢いよく立ちあがって、向かいにある自動販売機へ走った。目と鼻の先だが、優太に背を向けていられるのが救いだ。

 中山三月、彼女に言われた言葉を思い出す。あの時、優太と真志は『友達なのだろう』と問われた。
 確かに、一般的な基準から言えば、優太と自分は友達なのだろうと思う。けれど、はっきりとそれに頷くことができなかったのは、単なる照れなどではない。
 改めて問われた瞬間、何故か「友達」という言葉が心に引っかかったのだ。

 ポケットから手を出すと、熱が一気に冷えていく感覚を覚えた。優太は手袋をしていなかったな。
 そう思いながら真志はズボンのポケットから財布を取り出し、二人分のジュースの値段を入れる。
 コーヒーと、もう一本は迷わずミルクティーを選んだ。重い音がして、缶が二つ出てくる。

「おーい、優太……」
 二つ分の缶を手にとって振り返ると、優太が腕を組んでうつむいているのが見えた。その頭が前後に揺れている所を見ると、また眠りそうになっているのかもしれない。
 真志はもう一度声を張り上げて、彼の名を呼んだ。

「優太! お前も飲むんだろ、いつものやつ」
「へっ!? あ、ああ。うん、ありがとう真志」
 こんな寒い中で眠ってしまいそうになるほど、優太は疲れているのだ。
 だったら、無理して自分に付き合うことなんてなかったのに。
 真志は熱い缶を握り締めて、優太の元へ近づいた。欠伸を噛み殺している彼を見下ろして、口を開く。

「あのな。そんなんになるくらいだったら、夜に出て来んなよ」
「ああ、ごめん一緒にいる時に失礼だよね。大丈夫、これから家に帰ってたっぷり寝るからさ」
 返ってきた言葉が予想外で驚く。
 別に自分に対して失礼だとか、そういうつもりで言ったのではなかった。
 でも、優太は高校の時からこういう奴で、他人を優先することだけは得意だった。それは素直に凄いと思うけれど、何故か気にくわない。

「そうか」
 真志は気を取り直すように大きく息を吸い、ミルクティーの缶を優太に押し付けた。
「ほら、お前の分。おごってやるわけじゃねえから、金は払えよ」
「ありがとう。って、奢りじゃないの?」
「当たり前だ! 奢ってやる義理がどこにある」

 優太は軽くため息をついたが、素直に自分の財布を取り出して、小銭を数枚真志の手のひらに乗せた。
 その表情は何故か、嬉しそうだった。

「ミルクティーか。真志って、案外ちゃんと僕の好み知ってるよね。さすがだね」
 彼はそう言って、無邪気に笑う。
 なんとなくその言葉に頷くことができず、真志は曖昧に口の端を持ち上げ、缶コーヒーを開けた。
 

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