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最終章 二頭の龍と春
第13話 ザックの過去
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初めて会った時、彼女は折れそうなほど細い体で一人、負けじとそこに立っていた。
人に寄りかかることを忘れてしまったような瞳が、とても綺麗で、でも悲しくて。
彼は思わず、目を奪われてしまったのである。
膝まで積もった雪道を、ひたすらに足を動かし分け入ってく。彼が通った痕跡は、降り続く雪によってかき消されていく。あまり寒さを感じないのは、自分の体も同じくらい冷たくなってしまっているからだろうか。ザックはふと立ち止まり、何かを懐かしむように目を細めた。
雪でできた彫刻のような、氷霜の森。周囲は冷えた空気で満たされ、吸い込むと肺すらも傷ついてしまいそうである。しかし、静寂に包まれた世界は清浄で、聖域のようだった。
ここは十数年前、ザックが自分の罪を知ってしまった場所だった。
ザックが、狩人としてようやく簡単な仕事ができるようになった頃、彼は深い山の奥の森で、迷子になってしまった。
偶然珍しい魔物を見かけ、夢中になって追いかけている内に、知らない場所へと迷い込んでしまったのである。
迷いこんだ森は、全てが純白の世界だった。木の枝も幹も真っ白な雪や霜に覆われ、本来の色を隠されている。地面には深く雪が積もり、何の足跡もついていない。高級な絨毯のようにも見えた。
生き物の気配も、風の音すら聞こえない。
雪が全ての音を吸い込んでしまったような、美しく現実離れした世界だった。
『魔物は、見失ったかぁ。それにしても、すごい場所だな……』
体格だけは成人男性に引けをとらないが、中身はまだ十代の少年だ。ザックは好奇心で瞳を輝かせながら、周囲をぐるりと見回した。
幸い、自分の足跡はまだ雪の上に残っている。これを辿っていけば、なんとか元の場所に戻ることができるだろう。
のんきにそう考えながら、ザックは美しい森をゆっくり観察していた。
『誰ダ』
その声が聞こえた瞬間、ザックは心臓を握りつぶされたような、例えようのない恐怖心に襲われた。
『ココが私の森と知って、入ってキタのか?』
声と共に、冷たい息吹がザックの全身に吹きかけられる。恐怖からなのか、その冷気で凍りついてしまったのか、ザックは指先一つも動かすことができなかった。
この声は、明らかに人間のものではない。
何者だ。
ザックは喉をならしながら、ゆっくりと顔を上げた。
淡く青色に輝く鱗、コウモリにも似た巨大な両翼、蜥蜴にも似た相貌、ユニコーンのような長い一角、そして、サファイアのような両目が冷ややかにザックを見下ろしていた。
『もしかして、氷龍、なのか……?』
遥か昔から、この地を統べていたという女王、氷龍。まさか、おとぎ話の存在が、目の前にいるのか。
ザックの背筋を悪寒にも似た感覚がはしった。なんて気高く美しい姿なのだろうか。まさか、こんなところで会えるなんて。
氷龍はザックの眼差しに嫌悪感を滲ませ、再び声を震わせた。
『ここは、人の子が立ち入ってよい場所ではない。早くここから――』
ザックを見つめていた氷龍が、不意に言葉を切った。瞳の嫌悪が憎悪に変わり、周囲の温度が一気に下がる。
『オマエはまさか、我のツガイの鱗を奪ったあの時の赤子か!?』
え、とザックは聞き返すような声を発した、つもりだった。実際には声にならず、頭の中を氷龍の言葉がぐるぐると回る。
氷龍は翼を大きく広げ、ザックに深い深い悲しみと憎しみをぶつけるように吼えた。
『オマエが鱗を奪ったから、我は、愛しい我のツガイと会うことができなくなった! よりによって元凶であるオマエが、生き残ってシマッタのカ!? なんと、なんと憎らしい。よくも、おめおめと』
おれが、氷龍のツガイの鱗を奪った。そして、おれだけが、生き残った。
何を言っているんだと思う中で、ザックの脳内にある記憶が浮かぶ。
ぼんやりとした視界の中、「良いもの」だと思って小さな手のひらで思わず掴んでしまったもの。ルビーのように紅く輝く、平べったい石のようなものの記憶だ。
育ての親のニーナたちに、自分は赤ん坊の頃、雪山で拾われたのだと聞かされていた。
まさか、まさか、赤ん坊の自分が一人でいた訳は――。
そして、その元凶は――。
氷龍の話とよみがえったばかりの記憶が、繋がってしまった。
自分の根底が、薄氷のようにひび割れて崩れていく。何も考えられず、呆然と氷龍を見上げていると、氷龍はザックの左胸の辺りを見て息を呑んだ。
『この力……オマエ、あろうことか、我が愛しのツガイの魔核を使い、呪いから生き延びたと言うのカ!?』
全身をバラバラにされたような痛みに、ザックは悲鳴を上げた。
痛い、痛いとそれだけで頭の中が満たされ、心臓がガンガンと耳元で鳴り響く。
思わず胸元に手を当てると、ドロリと生暖かい液体が手のひらに付着する。氷龍が、その鋭い爪でザックの胸元を切り裂いたのだ。
ザックは自分の傷口を見て、ひきつったような声を上げる。凄惨な傷に恐怖したわけではない。
切り裂かれた皮膚の下から、赤橙色に輝く宝石のようなものが顔を覗かせていたからである。
「お、おれのからだ、どうなって……これ、なに……?」
おれの体の中に、一体何が。
氷龍は再び前足を振りかぶって大きく吼える。
ザックはきつく両目をつぶった。
ふわりと温かい風が頬を撫でている。違和感を覚えたザックが恐る恐る目を開けると、炎のような赤色が氷龍と自分の間に割って入っていた。
蝙蝠のような雄大な両翼と、長い尾。氷龍と同じ姿形をしているその生物は、鱗の色だけが異なっていた。氷龍が震える声で、その名を呼ぶ。
『炎龍……!?』
炎龍、この存在が。
氷龍と炎龍は、何やら自分に分からない言葉で言い争いをしているようだった。ふわふわとザックの周りを取り囲んでいるのは、温かい風だ。
炎龍は自分を助けてくれたのか。どうして、おれなんかを。
決して穏やかではない両龍の叫び声を聞きながら、ザックは左胸の痛みに意識を飛ばした。
『気ガついたか、ヒトの子』
目覚めると、紅いルビーが視界一杯に広がっていた。驚いたザックの体は、大きく跳ねる。
どうやらルビーは炎龍の体で、ザックはその懐に身を預けていたのである。
炎龍の声は静かで穏やかだったが、それでも体は恐怖に震え、ザックはまともに息が吸えなくなる。
炎龍がため息のような息をこぼすと、ふわりとザックの体を温かい空気が包みこんだ。
『スマナカッタ。幼かったオマエに、罪などあるはずがないのに、こんなコトになってしまって』
優しい声色と温かい空気に、ザックの体の強ばりがほどけていく。
恐る恐る、ザックは炎龍に問いかけた。
「一体、おれが赤ん坊の時に、何があったんだ……? ひ、氷龍は――」
しばらく口を閉ざしていた炎龍は、ゆっくりと頭を振った。
龍の表情は、人間のザックにはよく分からない。ただ、酷く悲しそうに見えた。
そして、炎龍は語った。
かつて、ザックの両親が誤って、氷龍の巣に迷いこんでしまったこと。赤ん坊だったザックが、氷龍の持つ炎龍の鱗をいつの間にかつかんで、持って帰ってしまったこと。
それで氷龍は、鱗を取り返そうとザックたちを追いかけたのだと言うこと。
『ソコで、威嚇のために氷龍の放った攻撃が、不運なことに鱗を破壊してしまったのだと聞いてイル。ツガイの証を失った氷龍は悲しみと怒りで錯乱し、オマエを呪ってしまった。オマエを含む周り全てを凍りつかセ、死に至らしめる。そんな呪いだ。我が気づいて駆けつけた時には、オマエ以外はもう……』
炎龍は、前足の爪をそっと持ち上げ、ザックの左胸を指差した。傷口は塞がっていたが、氷龍が切り裂いた箇所の皮膚が赤く変色している。
炎龍の力で傷は塞いでくれたそうだが、跡は残るだろうと炎龍は言った。
『オマエのソコには、皮のすぐ下に我の魔核を埋め込んである。魔核で呪いの力は抑え込まれているから、オマエも周囲も凍りつくことはナイ。臓器を傷つけないように、深く埋め込むことはできなかった。たった、薄皮一枚だ。魔核は決して奪われてはならナイ。オマエの体から魔核が取り除かれれば、呪いは再び牙を剥くダロウ』
「……氷龍は、今どうしてるんだ?」
数秒黙り込んで、炎龍はゆっくりと首を横に振った。
『先ほどの、我の行動と発言が酷く気に入らなかったラシイ。ツガイは解消すると言われて、ココではないどこかへ隠れてしまった。元々、我の人間贔屓ヲ、良く思ってなかったカラな。目印もないし、再び見つけられるカどうかは、我にもワカラナイ』
炎龍の弱々しい声が、ザックの胸を締め付ける。
「もしかして、おれのせいなのか!? おれの、せいで、炎龍と氷龍はもう会えないのか!?」
『違ウ。あれは事故で、どちらかと言えば氷龍の逆怨みというものだ。――そもそも、根本的に性質の異なる我々が、ツガイとなったことがオカシカッタのだ。遅かれ早かレ、こうなっていた。オマエが気に病むことはナイ』
炎龍はそう言って、翼をザックの頭にそっと被せる。まるで人間が、頭を撫でてくれるような動作だった。
『とにかく、オマエは我の魔核を手放さないことダケ、気に止めておけば良いのダ。では、な』
その言葉を残して、炎龍は真っ白な空へと飛び去っていった。
「結局、約束破っちゃったなぁー」
ザックはわざと大きな声を出し、自嘲した。冷たい森に自分の声が吸い込まれて消えていく。
炎龍はああ言ってくれていたが、両親や村のみんなの命を奪ったのは自分の行動が原因だ。死んでいったみんなも、自分を恨んでいるかもしれない。
だからいつかは、償わなければならなったのだ。それが、こういった形だっただけ。
ザックは息を吐いて、くしゃりと自分の髪を撫でる。
いつ声が出せなくなるのだろう。いつ、呼吸が止まって、心臓が動かなくなるのだろう。
けれど、炎龍の魔核の名残があったおかげか、すぐに呪いの影響がでなくて良かった。
おかげで、ライサにお別れを言う時間ができた。
旅立つ前に、とうとう「好き」とは言ってもらえなかったけど。シャトゥカナルもスノダールも、大切なライサも救うことができたんだ。
「これで、良かったんだよ」
「何が、良かったの……!?」
ザックは目を見開いた。この声は、まさか。
否定するように、首を何度か横に振る。
「やっと、見つけた」
「――ライサ?」
ゆっくりと振り返るとそこには、もう会えないと思っていた愛しい彼女の姿があった。
人に寄りかかることを忘れてしまったような瞳が、とても綺麗で、でも悲しくて。
彼は思わず、目を奪われてしまったのである。
膝まで積もった雪道を、ひたすらに足を動かし分け入ってく。彼が通った痕跡は、降り続く雪によってかき消されていく。あまり寒さを感じないのは、自分の体も同じくらい冷たくなってしまっているからだろうか。ザックはふと立ち止まり、何かを懐かしむように目を細めた。
雪でできた彫刻のような、氷霜の森。周囲は冷えた空気で満たされ、吸い込むと肺すらも傷ついてしまいそうである。しかし、静寂に包まれた世界は清浄で、聖域のようだった。
ここは十数年前、ザックが自分の罪を知ってしまった場所だった。
ザックが、狩人としてようやく簡単な仕事ができるようになった頃、彼は深い山の奥の森で、迷子になってしまった。
偶然珍しい魔物を見かけ、夢中になって追いかけている内に、知らない場所へと迷い込んでしまったのである。
迷いこんだ森は、全てが純白の世界だった。木の枝も幹も真っ白な雪や霜に覆われ、本来の色を隠されている。地面には深く雪が積もり、何の足跡もついていない。高級な絨毯のようにも見えた。
生き物の気配も、風の音すら聞こえない。
雪が全ての音を吸い込んでしまったような、美しく現実離れした世界だった。
『魔物は、見失ったかぁ。それにしても、すごい場所だな……』
体格だけは成人男性に引けをとらないが、中身はまだ十代の少年だ。ザックは好奇心で瞳を輝かせながら、周囲をぐるりと見回した。
幸い、自分の足跡はまだ雪の上に残っている。これを辿っていけば、なんとか元の場所に戻ることができるだろう。
のんきにそう考えながら、ザックは美しい森をゆっくり観察していた。
『誰ダ』
その声が聞こえた瞬間、ザックは心臓を握りつぶされたような、例えようのない恐怖心に襲われた。
『ココが私の森と知って、入ってキタのか?』
声と共に、冷たい息吹がザックの全身に吹きかけられる。恐怖からなのか、その冷気で凍りついてしまったのか、ザックは指先一つも動かすことができなかった。
この声は、明らかに人間のものではない。
何者だ。
ザックは喉をならしながら、ゆっくりと顔を上げた。
淡く青色に輝く鱗、コウモリにも似た巨大な両翼、蜥蜴にも似た相貌、ユニコーンのような長い一角、そして、サファイアのような両目が冷ややかにザックを見下ろしていた。
『もしかして、氷龍、なのか……?』
遥か昔から、この地を統べていたという女王、氷龍。まさか、おとぎ話の存在が、目の前にいるのか。
ザックの背筋を悪寒にも似た感覚がはしった。なんて気高く美しい姿なのだろうか。まさか、こんなところで会えるなんて。
氷龍はザックの眼差しに嫌悪感を滲ませ、再び声を震わせた。
『ここは、人の子が立ち入ってよい場所ではない。早くここから――』
ザックを見つめていた氷龍が、不意に言葉を切った。瞳の嫌悪が憎悪に変わり、周囲の温度が一気に下がる。
『オマエはまさか、我のツガイの鱗を奪ったあの時の赤子か!?』
え、とザックは聞き返すような声を発した、つもりだった。実際には声にならず、頭の中を氷龍の言葉がぐるぐると回る。
氷龍は翼を大きく広げ、ザックに深い深い悲しみと憎しみをぶつけるように吼えた。
『オマエが鱗を奪ったから、我は、愛しい我のツガイと会うことができなくなった! よりによって元凶であるオマエが、生き残ってシマッタのカ!? なんと、なんと憎らしい。よくも、おめおめと』
おれが、氷龍のツガイの鱗を奪った。そして、おれだけが、生き残った。
何を言っているんだと思う中で、ザックの脳内にある記憶が浮かぶ。
ぼんやりとした視界の中、「良いもの」だと思って小さな手のひらで思わず掴んでしまったもの。ルビーのように紅く輝く、平べったい石のようなものの記憶だ。
育ての親のニーナたちに、自分は赤ん坊の頃、雪山で拾われたのだと聞かされていた。
まさか、まさか、赤ん坊の自分が一人でいた訳は――。
そして、その元凶は――。
氷龍の話とよみがえったばかりの記憶が、繋がってしまった。
自分の根底が、薄氷のようにひび割れて崩れていく。何も考えられず、呆然と氷龍を見上げていると、氷龍はザックの左胸の辺りを見て息を呑んだ。
『この力……オマエ、あろうことか、我が愛しのツガイの魔核を使い、呪いから生き延びたと言うのカ!?』
全身をバラバラにされたような痛みに、ザックは悲鳴を上げた。
痛い、痛いとそれだけで頭の中が満たされ、心臓がガンガンと耳元で鳴り響く。
思わず胸元に手を当てると、ドロリと生暖かい液体が手のひらに付着する。氷龍が、その鋭い爪でザックの胸元を切り裂いたのだ。
ザックは自分の傷口を見て、ひきつったような声を上げる。凄惨な傷に恐怖したわけではない。
切り裂かれた皮膚の下から、赤橙色に輝く宝石のようなものが顔を覗かせていたからである。
「お、おれのからだ、どうなって……これ、なに……?」
おれの体の中に、一体何が。
氷龍は再び前足を振りかぶって大きく吼える。
ザックはきつく両目をつぶった。
ふわりと温かい風が頬を撫でている。違和感を覚えたザックが恐る恐る目を開けると、炎のような赤色が氷龍と自分の間に割って入っていた。
蝙蝠のような雄大な両翼と、長い尾。氷龍と同じ姿形をしているその生物は、鱗の色だけが異なっていた。氷龍が震える声で、その名を呼ぶ。
『炎龍……!?』
炎龍、この存在が。
氷龍と炎龍は、何やら自分に分からない言葉で言い争いをしているようだった。ふわふわとザックの周りを取り囲んでいるのは、温かい風だ。
炎龍は自分を助けてくれたのか。どうして、おれなんかを。
決して穏やかではない両龍の叫び声を聞きながら、ザックは左胸の痛みに意識を飛ばした。
『気ガついたか、ヒトの子』
目覚めると、紅いルビーが視界一杯に広がっていた。驚いたザックの体は、大きく跳ねる。
どうやらルビーは炎龍の体で、ザックはその懐に身を預けていたのである。
炎龍の声は静かで穏やかだったが、それでも体は恐怖に震え、ザックはまともに息が吸えなくなる。
炎龍がため息のような息をこぼすと、ふわりとザックの体を温かい空気が包みこんだ。
『スマナカッタ。幼かったオマエに、罪などあるはずがないのに、こんなコトになってしまって』
優しい声色と温かい空気に、ザックの体の強ばりがほどけていく。
恐る恐る、ザックは炎龍に問いかけた。
「一体、おれが赤ん坊の時に、何があったんだ……? ひ、氷龍は――」
しばらく口を閉ざしていた炎龍は、ゆっくりと頭を振った。
龍の表情は、人間のザックにはよく分からない。ただ、酷く悲しそうに見えた。
そして、炎龍は語った。
かつて、ザックの両親が誤って、氷龍の巣に迷いこんでしまったこと。赤ん坊だったザックが、氷龍の持つ炎龍の鱗をいつの間にかつかんで、持って帰ってしまったこと。
それで氷龍は、鱗を取り返そうとザックたちを追いかけたのだと言うこと。
『ソコで、威嚇のために氷龍の放った攻撃が、不運なことに鱗を破壊してしまったのだと聞いてイル。ツガイの証を失った氷龍は悲しみと怒りで錯乱し、オマエを呪ってしまった。オマエを含む周り全てを凍りつかセ、死に至らしめる。そんな呪いだ。我が気づいて駆けつけた時には、オマエ以外はもう……』
炎龍は、前足の爪をそっと持ち上げ、ザックの左胸を指差した。傷口は塞がっていたが、氷龍が切り裂いた箇所の皮膚が赤く変色している。
炎龍の力で傷は塞いでくれたそうだが、跡は残るだろうと炎龍は言った。
『オマエのソコには、皮のすぐ下に我の魔核を埋め込んである。魔核で呪いの力は抑え込まれているから、オマエも周囲も凍りつくことはナイ。臓器を傷つけないように、深く埋め込むことはできなかった。たった、薄皮一枚だ。魔核は決して奪われてはならナイ。オマエの体から魔核が取り除かれれば、呪いは再び牙を剥くダロウ』
「……氷龍は、今どうしてるんだ?」
数秒黙り込んで、炎龍はゆっくりと首を横に振った。
『先ほどの、我の行動と発言が酷く気に入らなかったラシイ。ツガイは解消すると言われて、ココではないどこかへ隠れてしまった。元々、我の人間贔屓ヲ、良く思ってなかったカラな。目印もないし、再び見つけられるカどうかは、我にもワカラナイ』
炎龍の弱々しい声が、ザックの胸を締め付ける。
「もしかして、おれのせいなのか!? おれの、せいで、炎龍と氷龍はもう会えないのか!?」
『違ウ。あれは事故で、どちらかと言えば氷龍の逆怨みというものだ。――そもそも、根本的に性質の異なる我々が、ツガイとなったことがオカシカッタのだ。遅かれ早かレ、こうなっていた。オマエが気に病むことはナイ』
炎龍はそう言って、翼をザックの頭にそっと被せる。まるで人間が、頭を撫でてくれるような動作だった。
『とにかく、オマエは我の魔核を手放さないことダケ、気に止めておけば良いのダ。では、な』
その言葉を残して、炎龍は真っ白な空へと飛び去っていった。
「結局、約束破っちゃったなぁー」
ザックはわざと大きな声を出し、自嘲した。冷たい森に自分の声が吸い込まれて消えていく。
炎龍はああ言ってくれていたが、両親や村のみんなの命を奪ったのは自分の行動が原因だ。死んでいったみんなも、自分を恨んでいるかもしれない。
だからいつかは、償わなければならなったのだ。それが、こういった形だっただけ。
ザックは息を吐いて、くしゃりと自分の髪を撫でる。
いつ声が出せなくなるのだろう。いつ、呼吸が止まって、心臓が動かなくなるのだろう。
けれど、炎龍の魔核の名残があったおかげか、すぐに呪いの影響がでなくて良かった。
おかげで、ライサにお別れを言う時間ができた。
旅立つ前に、とうとう「好き」とは言ってもらえなかったけど。シャトゥカナルもスノダールも、大切なライサも救うことができたんだ。
「これで、良かったんだよ」
「何が、良かったの……!?」
ザックは目を見開いた。この声は、まさか。
否定するように、首を何度か横に振る。
「やっと、見つけた」
「――ライサ?」
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