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最終章 二頭の龍と春

第7話 炎龍の魔核

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「炎龍の魔核が、手に入ったって言うのかい?」
 ニーナの問いに、ザックは真剣な表情で頷く。集まった村人たちは、一斉に目を丸くした。
「正確に言うと、『譲ってもらえることになった』かな? ほら、あんなに力が強い魔核、気軽には持って帰れないだろ? 準備が整ってから改めてってことで、今はまだ手元にないんだけどな」

「え、待って……⁉ 炎龍と会って、魔核を譲ってもらう約束をしたってこと? 炎龍と会ったの!? それに、そんなことできるの? 魔核って、心臓なんでしょう」
 ライサが問うと、ザックの視線がこちらへ向いた。少し不思議そうな表情をしていた彼は、やがてああ、と納得したように頷く。

「そうか。ライサにはまだ説明してなかったな。魔核が『心臓』っていうのは例えで、心臓はあくまで別にある。それに上位種の魔物は、魔核を複数持っているやつがほとんどなんだ。炎龍も……いくつかは分からないけど、体内に何個かの魔核を持っているはずだぞ」

「今のシャトゥカナルに使われている魔核も、初代の国王様が炎龍に直接交渉して譲ってもらったものだって言われてるしね」
 ニーナが補足するように呟く。しかし、彼女の表情は硬い。驚いているというよりは、いぶかしんでいるようだ。

「それにしたって、魔核はそう簡単に譲ってもらえるもんじゃないだろう? 力の源を譲渡するってことは、その分力が弱まるってことだからね。そもそも、炎龍の存在自体が奇跡だ。ザック、アンタ一体どうやって……」

「実はおれ、ずっと前に一度、炎龍に会ったことがあったんだ。悪い奴らに炎龍の存在が知られても困るし、ずっと秘密にしてたんだけどさ」
 ザックがあっけらかんと告げた言葉に、ライサたちは絶句した。

「シャトゥカナルのことがあってから、昔の記憶を頼りに炎龍の行方を探してたんだ。それで今朝、運よく再会できたんだよ! で、シャトゥカナルの危機だって話をしたら、魔核を快く譲ってくれることになったんだ! 炎龍ってやっぱ良いやつだよな」
 そう言って、ザックはカラリと笑う。信じられないことだが、ザックがこんな嘘をつくはずがない。
 呆気にとられていた村人たちだったが、次第に表情に喜びと興奮をにじませていく。

「なんだよオイ! 水臭いな、それならさっさと教えてくれりゃあ良かったのによ⁉」
「炎龍はどんなだ? やっぱりデカいのか⁉ おとぎ話にも出てくる伝説の魔物なんて、浪漫があるよなぁ!」
 群がる村人たちに、ザックはくすぐったそうに笑顔を見せている。晴れやかで明るい表情だ。
 シャトゥカナルは助かるのだと、ライサの胸にもじわと喜びが込み上げてくる。目頭が熱くなり、ライサは少しだけ目を伏せた。

「みんな、興奮するのも分かるけど、話の続きをさせてくれよ。ばぁちゃ……ニーナ村長。今シャトゥカナルにある炎龍の魔核は、専用のケースに入れられて台座の上に収められているはずだろ? その箱を王様に借りてくるか、新しく作るかしてほしいんだ。炎龍の魔核の力は強力だ。そうじゃないと、危なくてせっかくの魔核を持って帰れないからさ」

「あ……ああ」
 ニーナは我に返ったように返事をすると、隣のロジオンと顔を見合わせる。軽く頷いた後で、ニーナはザックに向き直った。

「そうだね。見てみないと分からないけど、改修する必要はあるかもしれないね。全く新しい魔核を入れるわけだし、そうしたら今後、数百年は持たせないといけないだろう? 早速、陛下に文を飛ばして許可を得て、箱と、合わせて台座の確認をしてくるよ」
「ああ、よろしく。そしたらおれが、炎龍から魔核をもらってくるよ」

 ザックの発言に、村人たちは沸き立った。
「おー、すげぇ! 魔核を収める箱と台座かぁ! 見られるのが楽しみだぜ」
「魔核の効力を国家全体に発揮させつつも、近づいた人や建物が溶けたり燃えたりしないように、適度に力を抑制してるんだったかしら。文献でしか見たことがないけれど、一体どんなものなのかしらねー」
 こんな機会でもなければお目にかかれない古の魔法具なのだそうで、皆、興奮した様子で語り合っている。

 そんな村人たちを、ザックはニコニコと笑いながら眺めていた。
「みんな楽しそうだな。あ、シャトゥカナルの問題が解決したら、ライサの嫁入り道具づくりの方もよろしく頼むな!」
「はっ! ザックに言われるまでもねぇよ!」
「ふふ、ライサちゃんの嫁入り道具は、私の最高傑作にするわー」
 ザックの言葉で、場が和やかな雰囲気に包まれた。自分の新作魔法具のことなど、別の話題で盛り上がっている村人もいる。
 そんな中、不意にニーナがザックとの距離を詰めた。

「ザック。お前――何か隠し事をしているんじゃないだろうね?」
 ライサは驚き、ニーナとザックの顔を交互に見つめる。周囲の村人たちは各自で盛り上がっていて、ニーナの行動には気づいていないようだった。

「本当に、炎龍に会ったんだね? ちゃんと魔核を譲ってもらえるんだね?」
「本当だってば。そんな怖い顔しないでくれよ」
 眉を下げた情けない表情で、ザックはへらりと笑う。ニーナは眉間に皺を寄せ、黙ってザックを見上げていた。二人の雰囲気に、ライサの胸にも不安が募っていく。
 やがてニーナは、深くため息を吐いた。

「なら、いい。――皆! 陛下から許可を得られたら、私とロジオンはすぐにシャトゥカナルへ向かう。これからのことは、箱と台座を確認してみてからだね。皆は好きに過ごしていておくれ」
 ニーナが声を張り上げると、村人たちは彼女に応えて威勢の良い声を上げた。
 心配事がなくなったからか、皆のんびりとした足取りで扉から出ていく。

「ライサ」
 声をかけられ、ライサはようやく硬直から脱した。顔を上げると、ザックがどこか悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「今朝、薄鱗蒼紅樹はくりんそうくじゅの花が咲いてたんだんだけど、気づいてたか?」
「え、そうなの? 全然気づかなかったわ」

 ライサは目を丸くする。寝起きで聞いたザックの言葉が衝撃的すぎて、花を気にかける余裕がなかったのだ。そう言えば、今朝はザックが水やり当番だったので、彼の自室に鉢を置いていた。
 教えてくれれば良かったのに、とライサは少し不満に思う。それほど、炎龍の魔核のことを優先させたかったのだとは思うが。

「早速だけど、ばあちゃんたちを待つ間に祭具を作り始めよう。すっごく綺麗な花だったぞー。早く帰ろうぜ!」
 ザックはそう言って、ライサを促す。
 美しいと称される花を想像し、ライサは不安な気持ちを切り替えて微笑んだ。
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