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第二章 職人修行と令嬢襲来!?
第10話 魔法具完成
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ライサは慎重な手つきで、金線をピンセットで摘まむ。曲げたり伸ばしたりしながら、見本通りの形を作っていった。
机の上に置かれたスケッチは、ローズマリーに見せてもらったルースダリンに咲く花である。幾重にも重なった大きな花弁が特徴で、華やかなタチアナの印象にもぴったりだ。
ライサは金線を曲げて作った無数の花弁を、一枚一枚組み合わせていく。この行程で今まで幾度となく失敗してしまい、これはいったい何度目の挑戦だろうか。
息を詰め最後の一枚をくっつけた彼女は、ピンセットを置いて深く息を吐いた。机の上には、小指ほどの大きさの金色の光を帯びた花が咲いている。
ライサは、後ろで別の作業をしていたニーナを呼んだ。
「どうでしょうか?」
「技術はやっと及第点ってところだけど、丁寧に作ったみたいだね。これなら合格をあげても良いよ。一ヶ月間、よく頑張った」
ニーナはライサの作った花を注意深く眺めた後、そう言って柔らかく微笑んだ。
「箱への接合はこっちでやってやるよ。せっかくここまで作った魔法具を、台無しにしちゃ勿体ないからね」
「ありがとうございます!」
タチアナへの贈り物の製作を始めてから一ヶ月。やはり魔核の力を付与しても、永久的に音を記録して流し続けることは不可能だった。
それでも豊穣祭の音楽の一節を録音し、一年ほどなら繰り返し流すことができるようになったのは、大きな成果だろう。なんとか期日までに納得のいくものができたのである。
ベッドや箪笥など、その他の嫁入り道具も完成したようで、明日はムロツィフスキー家の屋敷へと運び込む前に、タチアナたちが完成品を見に来るそうだ。
「ほら、できたよ。しばらくは動かさないようにね。これに、ザックが持ち出している反響蜥蜴の声帯をはめ込んで完成なんだろ? ところで、もう一つの方の準備は大丈夫かい?」
「ええ。ローズマリーさんに頼まれたものの材料は、今ある素材を用途に応じた形へと加工するだけでしたので」
あちらはむしろ中身の方が重要なのだ。ライサは家に保管してある、ローズマリーからの贈り物を思い浮かべる。中身は既にローズマリーが送ってきてくれているので、後はそれを詰めるだけだ。
さて、豊穣祭の音楽を録音しに行ったザックは大丈夫だろうか。
今日中に帰ると言っていたが。
「ライサ。今日は早めに休みな。ずっと集中して疲れているだろう? 良い作品を作るには休養も大切だよ」
ニーナにそう言われ、ライサは素直に頷いた。急に疲労感に襲われて、思わず両手を口に当てて欠伸をする。
ほらね、と言って、ニーナがおかしそうに笑った。
「ただいま!」
その時、家の扉が開き、溌剌とした声が作業場まで響き渡った。ザックが帰ってきたようだ。
「――あれ? ばあちゃん来てたのか?」
「ライサに頼まれてね。例の魔法具を入れる箱をチェックしていたんだよ」
あと、私は村長だよ、何度言っても分からないやつだね。
ニーナは作業場に顔を見せたザックに、呆れた声をかけた。
「おかえりなさい。それより、ちゃんと豊穣祭の音楽は録音できたの?」
思わず緩んでしまった口元を隠しながらライサが問うと、ザックは表情を輝かせて振り返る。
「あ、そうそう。実はすごいことが起こったんだよ!」
ザックからルースダリンで起こった出来事を聞く内に、ライサの表情も輝いていった。
ついに、嫁入り道具をお披露目する日がやってきた。
ニーナの家の倉に作った嫁入り道具を全て運び込み、主として製作に携わった職人たちとニーナ、そしてライサとザックがタチアナたちの到着を待っていた。
落ち着かないのか、ドミトリーは自分の作ったベッドや箪笥などを何度も触っている。
「はは。何年職人やってても、この瞬間は緊張するからねぇ」
「ニーナ村長さんでもそうなんですか?」
そりゃそうさ、とニーナはライサを見上げてからりと笑う。
「どんなに自信をもって作ったものでもね、依頼人に披露する時には、本当に満足していただけるかどうか気になるものさ。……ドミトリーの場合は、少し緊張しすぎな気もするけどね」
「いらっしゃったぞ」
扉をノックする音と、ロジオンのしゃがれた声が響く。ライサたちは背筋を伸ばして扉の方を向いた。
ロジオンが扉を開くと、まずタチアナがブーツの踵を鳴らして入ってくる。自信満々な笑みが、ライサを見るなり陰りを見せた。
その後ろから、影のようにローズマリーが付き従う。
「今日はご足労いただきありがとうございます。ご依頼いただいた嫁入り道具は、無事に完成いたしました」
「二ヶ月に渡るお仕事、お疲れ様でございます」
黙ったままのタチアナの代わりに、ローズマリーが声を発する。
慌てた様子でタチアナも感謝の言葉を述べた。
「既にどういったデザインかはお送りしていると思いますが、改めてご確認をお願いいたします。気になる点があれば、何なりとご質問を」
そう言って、ニーナはタチアナたちを嫁入り道具の前に促した。
ワインレッドの派手な天幕付きのベッドは、タチアナの希望通りにした結果、スイッチを切り替えると何故か目映く光るそうである。
鏡台の鏡の周りには、ここぞとばかりに光を反射する石が埋め込まれ、暗い場所に置いてもその輝きで身支度が楽にできるそうだ。
流石に婚礼の儀式に使うマントは派手にはできなかったと言うが、金糸で縁取りがしてあり、光沢のある濃紺の生地は滑らかで品がある。
タチアナは全ての品に目を輝かせており、嫁入り道具をとても気に入ってくれたことが分かった。
緊張していたドミトリーの表情も和らいでいく。ライサも安堵する一方で、自分の作った魔法具のことで頭がいっぱいだった。
自分の足元に目を遣ると、鶏くらいの大きさのトランクが目に入る。そこに、タチアナたちに渡す魔法具が入っているのだ。
「素晴らしいですわ! 本当に、こちらの職人さんにお願いして正解でしたわね!」
「ええ。この度は素晴らしい品を作っていただき、感謝いたします」
「いいえ。気に入っていただけて何よりです」
ニーナは頭を下げながら、唇を緩ませた。
「それで確認ですが、納品は婚礼の儀が終わった後でよろしいでしょうか?」
「ええ。婚礼の儀が終わった後、お嬢様のお荷物を屋敷へ運び込む予定ですので、その際に。引き取りは遣いの者を寄越しますので、その者たちに預けていただければと思います。儀式で使うマントなどは、本日私が引き取らせていただきます」
ニーナとローズマリーが婚礼の話をし始めた途端、タチアナの瞳に影が落ちた。ピンと伸びていた彼女の背筋が、僅かに丸まっていく。
話を遮っても良いのだろうかと思いつつ、ライサは一歩踏み出すと声を張った。
「あの……申し訳ありません! この後タチアナ様たちと少し、お話させていただいてもよろしいでしょうか? お渡ししたいものがあるんです」
「私たちにですって……? どういうことですの?」
タチアナは不信感を滲ませた表情で、ライサに視線を送る。友好的な眼差しとは言えないが、いくらか罪悪感のような色を滲ませていた。
もしかしたら、ライサに嫌いだと言ってしまったことを気にしているのだろうか。
隣のローズマリーも、合図を送るようにライサを一瞥する。指先で眼鏡のツルを弄る仕草は、彼女にしては酷く緊張しているように見えた。
机の上に置かれたスケッチは、ローズマリーに見せてもらったルースダリンに咲く花である。幾重にも重なった大きな花弁が特徴で、華やかなタチアナの印象にもぴったりだ。
ライサは金線を曲げて作った無数の花弁を、一枚一枚組み合わせていく。この行程で今まで幾度となく失敗してしまい、これはいったい何度目の挑戦だろうか。
息を詰め最後の一枚をくっつけた彼女は、ピンセットを置いて深く息を吐いた。机の上には、小指ほどの大きさの金色の光を帯びた花が咲いている。
ライサは、後ろで別の作業をしていたニーナを呼んだ。
「どうでしょうか?」
「技術はやっと及第点ってところだけど、丁寧に作ったみたいだね。これなら合格をあげても良いよ。一ヶ月間、よく頑張った」
ニーナはライサの作った花を注意深く眺めた後、そう言って柔らかく微笑んだ。
「箱への接合はこっちでやってやるよ。せっかくここまで作った魔法具を、台無しにしちゃ勿体ないからね」
「ありがとうございます!」
タチアナへの贈り物の製作を始めてから一ヶ月。やはり魔核の力を付与しても、永久的に音を記録して流し続けることは不可能だった。
それでも豊穣祭の音楽の一節を録音し、一年ほどなら繰り返し流すことができるようになったのは、大きな成果だろう。なんとか期日までに納得のいくものができたのである。
ベッドや箪笥など、その他の嫁入り道具も完成したようで、明日はムロツィフスキー家の屋敷へと運び込む前に、タチアナたちが完成品を見に来るそうだ。
「ほら、できたよ。しばらくは動かさないようにね。これに、ザックが持ち出している反響蜥蜴の声帯をはめ込んで完成なんだろ? ところで、もう一つの方の準備は大丈夫かい?」
「ええ。ローズマリーさんに頼まれたものの材料は、今ある素材を用途に応じた形へと加工するだけでしたので」
あちらはむしろ中身の方が重要なのだ。ライサは家に保管してある、ローズマリーからの贈り物を思い浮かべる。中身は既にローズマリーが送ってきてくれているので、後はそれを詰めるだけだ。
さて、豊穣祭の音楽を録音しに行ったザックは大丈夫だろうか。
今日中に帰ると言っていたが。
「ライサ。今日は早めに休みな。ずっと集中して疲れているだろう? 良い作品を作るには休養も大切だよ」
ニーナにそう言われ、ライサは素直に頷いた。急に疲労感に襲われて、思わず両手を口に当てて欠伸をする。
ほらね、と言って、ニーナがおかしそうに笑った。
「ただいま!」
その時、家の扉が開き、溌剌とした声が作業場まで響き渡った。ザックが帰ってきたようだ。
「――あれ? ばあちゃん来てたのか?」
「ライサに頼まれてね。例の魔法具を入れる箱をチェックしていたんだよ」
あと、私は村長だよ、何度言っても分からないやつだね。
ニーナは作業場に顔を見せたザックに、呆れた声をかけた。
「おかえりなさい。それより、ちゃんと豊穣祭の音楽は録音できたの?」
思わず緩んでしまった口元を隠しながらライサが問うと、ザックは表情を輝かせて振り返る。
「あ、そうそう。実はすごいことが起こったんだよ!」
ザックからルースダリンで起こった出来事を聞く内に、ライサの表情も輝いていった。
ついに、嫁入り道具をお披露目する日がやってきた。
ニーナの家の倉に作った嫁入り道具を全て運び込み、主として製作に携わった職人たちとニーナ、そしてライサとザックがタチアナたちの到着を待っていた。
落ち着かないのか、ドミトリーは自分の作ったベッドや箪笥などを何度も触っている。
「はは。何年職人やってても、この瞬間は緊張するからねぇ」
「ニーナ村長さんでもそうなんですか?」
そりゃそうさ、とニーナはライサを見上げてからりと笑う。
「どんなに自信をもって作ったものでもね、依頼人に披露する時には、本当に満足していただけるかどうか気になるものさ。……ドミトリーの場合は、少し緊張しすぎな気もするけどね」
「いらっしゃったぞ」
扉をノックする音と、ロジオンのしゃがれた声が響く。ライサたちは背筋を伸ばして扉の方を向いた。
ロジオンが扉を開くと、まずタチアナがブーツの踵を鳴らして入ってくる。自信満々な笑みが、ライサを見るなり陰りを見せた。
その後ろから、影のようにローズマリーが付き従う。
「今日はご足労いただきありがとうございます。ご依頼いただいた嫁入り道具は、無事に完成いたしました」
「二ヶ月に渡るお仕事、お疲れ様でございます」
黙ったままのタチアナの代わりに、ローズマリーが声を発する。
慌てた様子でタチアナも感謝の言葉を述べた。
「既にどういったデザインかはお送りしていると思いますが、改めてご確認をお願いいたします。気になる点があれば、何なりとご質問を」
そう言って、ニーナはタチアナたちを嫁入り道具の前に促した。
ワインレッドの派手な天幕付きのベッドは、タチアナの希望通りにした結果、スイッチを切り替えると何故か目映く光るそうである。
鏡台の鏡の周りには、ここぞとばかりに光を反射する石が埋め込まれ、暗い場所に置いてもその輝きで身支度が楽にできるそうだ。
流石に婚礼の儀式に使うマントは派手にはできなかったと言うが、金糸で縁取りがしてあり、光沢のある濃紺の生地は滑らかで品がある。
タチアナは全ての品に目を輝かせており、嫁入り道具をとても気に入ってくれたことが分かった。
緊張していたドミトリーの表情も和らいでいく。ライサも安堵する一方で、自分の作った魔法具のことで頭がいっぱいだった。
自分の足元に目を遣ると、鶏くらいの大きさのトランクが目に入る。そこに、タチアナたちに渡す魔法具が入っているのだ。
「素晴らしいですわ! 本当に、こちらの職人さんにお願いして正解でしたわね!」
「ええ。この度は素晴らしい品を作っていただき、感謝いたします」
「いいえ。気に入っていただけて何よりです」
ニーナは頭を下げながら、唇を緩ませた。
「それで確認ですが、納品は婚礼の儀が終わった後でよろしいでしょうか?」
「ええ。婚礼の儀が終わった後、お嬢様のお荷物を屋敷へ運び込む予定ですので、その際に。引き取りは遣いの者を寄越しますので、その者たちに預けていただければと思います。儀式で使うマントなどは、本日私が引き取らせていただきます」
ニーナとローズマリーが婚礼の話をし始めた途端、タチアナの瞳に影が落ちた。ピンと伸びていた彼女の背筋が、僅かに丸まっていく。
話を遮っても良いのだろうかと思いつつ、ライサは一歩踏み出すと声を張った。
「あの……申し訳ありません! この後タチアナ様たちと少し、お話させていただいてもよろしいでしょうか? お渡ししたいものがあるんです」
「私たちにですって……? どういうことですの?」
タチアナは不信感を滲ませた表情で、ライサに視線を送る。友好的な眼差しとは言えないが、いくらか罪悪感のような色を滲ませていた。
もしかしたら、ライサに嫌いだと言ってしまったことを気にしているのだろうか。
隣のローズマリーも、合図を送るようにライサを一瞥する。指先で眼鏡のツルを弄る仕草は、彼女にしては酷く緊張しているように見えた。
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