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第二章 職人修行と令嬢襲来!?

第7話 タチアナの事情

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「どうぞ。こちらで少しでも、お心が安らぐと良いのですが」
「いただきます」
 ローズマリーが再び入れ直してくれた紅茶に、ライサはそっと口をつける。今回はミルクが入っているようで、まろやかな味が口の中に広がった。傷ついた心に染み入るようで、ほっと息を吐く。

「ありがとうございます。少し、落ち着いてきました」
「何よりでございます」
 ライサの言葉に少しだけ安堵した様子を見せたローズマリーは、表情を引き締めて口を開いた。

「本当は、お嬢様の家庭教師とは言え、あくまで使用人の立場であるわたくしが話すことではありません。ですが、このままではライサ様にとってもお嬢様にとっても、よくない状況でしょう。どうか喧伝はされませんように」
 紅茶のカップをソーサーに置くと、ライサも背筋を正して頷いた。

「まずは、お嬢様のご家族のことをお話しなければならないでしょう。タチアナお嬢様には三人のお姉様がいらっしゃいます。しかし、そのお姉様とタチアナお嬢様とはお母上が違うのです」
 突然の告白に、ライサは唇を震わせる。
 聞けば、三人のお姉様はスカロヴィナ侯爵の亡くなった前の奥様のお子様で、タチアナの母親は所謂後妻なのだそうだ。

「後妻となられました奥様はかなりお若く、一番上のお姉様とは三つしか違いません。それが、他のお嬢様方は気にくわなかったのでしょう。ご主人様の目を盗んで、どうも奥様とタチアナお嬢様を追い出そうと何かをされていたようで。心労がたたってか、奥様はご実家に帰られてしまいました。タチアナお嬢様は、今回のようなことがあった時にと、本家に残されたのです」
「今回の、ようなこと?」
 失礼を承知で申し上げます。
 ライサの問いに、ローズマリーは声を潜めて答えた。

「小さくて雪と氷に閉ざされた都市国家。しかし、作られる魔法具は優秀で金払いも悪くない、交易の相手として手放すには惜しい。そんな都市国家との繋がりを作るため、などです」
 そうだったのか。ライサは強く唇を噛み締める。
 おかしいとは思っていたが、やはりタチアナの結婚はだったのだ。それも、タチアナの心を無視した形での。

「タチアナ様は、愛してほしかった方に愛されなかった御方です。お姉様からは疎まれて、ご主人様はお仕事に熱心で子どものことは無関心。実の母からも置いていかれ、挙句の果てには、家同士の繋がりのための手段として扱われる。嫁入り道具も、始めはルースダリンで用意するはずだったのですが、お嬢様が嫌がられたのです。『わたくしを物のように扱う人たちから、そんなものを贈られたくない』と。そんな方ですから、ライサ様が少し、羨ましく見えてしまったのかもしれませんね」
「羨ましい? 私が……?」
 戸惑うライサに、ローズマリーはふっと目元を緩めて告げた。

「見ていれば分かります。ライサ様は、皆様にとても愛されていらっしゃいますから」
 目を見開いて、ライサは息を止めた。次第にじわじわと顔に熱が集まってくる。
 ローズマリーは、再び淡々とした口調で話を続けた。

「ニーナ様や村の職人の方々。あの赤い髪の男性は……顕著ですね。ライサ様に向ける言葉や視線一つとっても、ライサ様をとても大切に思っていることが伝わってまいります。それをお嬢様も感じ取ったのでしょう。ああ見えて、人のそう言った機微には聡いお方です。だからこそ、ライサ様と今のご自身の境遇を比べてしまったのでしょうね」

 そうだったのか。ライサの心臓はズキズキと痛みを覚えた。
 タチアナの事情、そして自分が、自分の思っていた以上に愛されていたこと。
 タチアナの言葉を思い出し、ライサの心が暗く沈んでいく。

「ですから、これはお嬢様が一方的にライサ様を羨んでしまった結果です。繰り返しますが、ライサ様が気に病む必要はないのです。まったく、こんな調子では、シャトゥカナルでの生活が思いやられます。――わたくしがお傍にいられますのも、あと僅かだと言うのに」
 ひとりごとのような呟きを聞きつけ、ライサは顔を上げた。まさか、と、恐る恐るローズマリーに問いかける。

「もしかして、タチアナ様がご結婚されたら、ローズマリーさんはルースダリンに帰ってしまうんですか?」
 ライサの問いかけに、ローズマリーは身動ぎ一つしなかった。しかし、眼鏡の奥のグレーの瞳には、暗い影が落ちている。
わたくしはスカロヴィナ侯爵様に雇われた身。お嬢様がムロツィフスキー家の一員となられれば、私がタチアナ様のお傍にいることはできません。私の役目は終わりです」

「そんな……どうにもならないんですか?」
 ライサは食い下がるように、ソファーから身を乗り出していた。
「タチアナ様は、ローズマリーさんをとても慕っていらっしゃるように見えました。いいえ、ローズマリーさんだって、その」
 おっしゃりたいことは分かります。ローズマリーは、あくまで柔らかい口調で、ライサの言葉を遮った。

「時期を延ばした所で同じことです。わたくしでは、お嬢様が本当に必要とされているものをお渡しすることはできません。私にできることは、願うことだけなのです」
 有無を言わせぬ口調に、ライサは口を閉じる。間を置かず、ローズマリーが声を発した。

「あまりお引き留めしてはいけませんね。今日中にスノダールへ戻られるのでしょう? 暗くなっては危険です。お嬢様のことはお気になさらず、どうかこのまま、嫁入り道具の製作を進めていただければと思います」
 やや早口でそう言って、彼女は深く頭を下げる。
 まるで、口を挟む隙を与えまいとするようだった。
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