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第1章 嫁入りは突然に。そして新生活。
第2話 婚姻の命令
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突然のことに、ライサたちは何も言うことができなかった。
目を大きく見開いた叔父が足をガクガクと震わせ、バランスを崩して転びそうになる。ライサは慌てて叔父に駆け寄り、その細木のような体を支えた。
「こ、この子が、スノダールの……? 樹氷の森と言うことは、都市の外へ……⁉︎」
叔母が片手で震える口元を押さえ、もう片方の腕でナターリアの肩を抱いた。渡さないというように、強く腕に力を込めている。
対してナターリアは、驚いた表情をしているものの、唇を引き結び宰相たちを静かに見つめていた。
「そうだ。シャトゥカナルを囲む深き森の奥、魔物を狩りその体から魔法具を作る職人たちの村、スノダールがある。そこが嫁を探していると言うので若い娘を探していた所、貴女が適任だと判断したのだ」
魔法具とは、不可思議な力を持つ魔物の毛皮や骨、牙や鱗などの体の一部、そして『心臓』とも呼ばれる力の源『魔核』。それらを加工して、魔物の力を生活に役立てるよう作られた道具である。
ライサたちが目にする機会は滅多にないが、恐らく宰相たちの衣服は魔法具の一種なのだろう。その証拠に、雪道を歩いてきたはずの衣服やブーツは美麗さを保っている。
その狩人たちの村に何故、ナターリアが。
「何故、何故この子なのですか? 年頃の娘なんて、他にも」
最下層でも二層目でも三層目でも、それこそ最上部の七層目にだってたくさんいるはずだ。
困ったように髭を撫でながら、宰相は深くため息を吐く。
「特別見目麗しい女性ということで、貴女が適任だと判断したのだ。最下層の世話役も貴女の容姿と奥ゆかしさを褒めていたぞ。上層でもナターリア殿ほど可憐な女性は、なかなかいないだろう」
嘘、そんなこと思ってもないくせに。反射的にライサは思う。
職人たちの作る魔法具に生活を支えられていながら、上層に住む人々は魔物相手に武器を振るう彼らを野蛮な民と軽んじている。
大方、大事な娘をそんな場所にはやれないと、巡り巡って最下層まで話がやってきたのだろう。そして、最下層の世話役がナターリアを指名したという訳か。
あの陰湿男、息子がナターリアにフラれたのを根に持っているのだ。
ライサはクマの目立つ陰鬱とした男の顔を思い浮かべ、唇を噛み締める。
「そんな、無理ですわ! この子は身体が弱いのです。都市の外に出るなんてとても」
「誰かが行かねば、シャトゥカナルが滅びるとしてもか?」
ライサたちが絶句していると、宰相は忌々しげに吐き捨てた。
「あの野蛮人どもめ……『年頃の娘を嫁として差し出さねば、今後一切魔法具を作らぬ』と我々を脅してきたのだ。報酬は存分に与えているはずであろうに、一体、何が不満なのだ」
なるほど、そう言うことか。
しかし、文句を言いながらも要求に従うことにしたのは、それだけ魔法具が大切だからだろう。あるいは、適当な娘を宛がっておけばそれで済む話だと思ったのか。
「しかし、貴女たちにとっても、これは悪い話ではないと思うぞ」
宰相は気を取り直すように咳払いをし、ぬらりと歯を見せて笑う。
「この婚姻が成立した暁には、陛下の温情により貴女の家族を二層目……いや、三層目に住むことが許可される。国庫より一生暮らすに値する祝い金も出す。どうだ? そこの娘が細々と雑用をこなさずとも、今よりずっと楽に過ごせるぞ」
「三層目に……⁉︎」
叔父と叔母は思わず目を丸くし、気まずそうに目を伏せた。金も社会的地位もコネもなしに、上層に上がるなどあり得ない。三層目まで上がれば、家の中で寒さに凍えることはなくなるだろう。
足の不自由な叔父、身体の弱いナターリア、まだ幼いブラトと、家族の世話で手一杯の叔母。ライサの給金だけで細々と暮らさなくとも良くなるのだ。
しかし、それでも。
「それでも、この子を行かせるわけにはいきませんわ! だってこの子が、この子を犠牲に楽になったって……」
「母君は黙っていてもらおう。ナターリア、貴女が嫁ぐだけで家族は助かり、この国シャトゥカナルも救われるのだ。野蛮な職人たちも大切な花嫁となれば、案外待遇は悪くないかもしれんぞ?」
ズルい言い方をする。それでは優しいナターリアが、頷いてしまう。
ブルートパーズの瞳に決意の色が浮かんだのを見て、ライサは慌てて口を開いた。
「わたし――」
「それなら、私が行きます」
ナターリアの言葉を遮って、ライサは大きく数歩前へ出た。一同の視線が一斉に彼女の下へ集まる。
「貴女が?」
怪訝そうに眉間に皺を寄せ、宰相が上から下へライサを眺めた。
男性に並び立てそうな長身、痩せた体につり上がった細い目。せっかくのプラチナブロンドも、手入れをしたことがないため艶をなくしている。おまけに笑顔を作ることが苦手で愛想もない。
あまり褒められた容姿でないことは、ライサ自身が一番よく分かっている。
けれど。
「樹氷の職人たちは、『美人を嫁に』なんて条件を出したわけじゃないんでしょう? だったら、私でも構わないのではないですか?」
「しかし……」
宰相の口は重い。顎髭を撫でる手を止めることなく、左右の兵士と視線を合わせた。
「狩人の嫁候補を探しているんですよね? ご存知の通り、私は薪割りや雪かき、洗濯など様々な仕事をしてます。もしかしたら、働き手としての『嫁』を探しているのかもしれない。確かにあまり容姿が良い方ではないけれど、気に入られるように頑張りますから。だから私をナターリアの代わりにスノダールへ行かせてください」
お願いします、深々と頭を下げ、ライサは祈るような気持ちで目を閉じた。
「ライサ姉さん! そんなことしなくても、私が」
「ナターリア!」
叔父と叔母がほぼ同時にナターリアを制した。
そう、これで良い。叔父たちもようやく、厄介払いができるのだから。
たっぷりと考える時間をとって、宰相はため息と共に首肯した。
「分かった。ライサ、貴女に任せよう」
ライサは安堵の息を吐く。
良かった。これでみんなが楽に過ごせる。特にナターリアとブラトは、突然『家族』の中に入り込んできた他人を、本当の姉として受け入れ慕ってくれた大切な従姉妹たちなのだ。幸せになってもらわなくては。
「その代わり、必ずスノダールの奴らに気に入られてくることだ。破談になれば、今度こそナターリア殿に行ってもらう。その場合、三層目に住む条件も祝い金もなしと思え。また、くれぐれも奴らを怒らせないように。万が一、二度と魔法具を作らないなどと言い出した場合……どんなことをしても、責任を取ってもらうぞ」
宰相は厳しい目でライサを見上げる。やけに必死だ。ライサの胸に、重い暗雲のような不安が立ち込める。
負けるものかと、彼女は拳に力を込めた。
「ええ、分かりました。けれど、無事に婚姻が成立したら、先程おっしゃっていたように皆のことよろしくお願いします」
「ああ、分かっている。約束しよう」
宰相はその場でシャトゥカナルの紋章入りの証文を二組作り、片方をライサへ手渡した。ナターリアに差し出した羊皮紙も、ライサへと手渡す。婚姻に関する命令書のようだ。
「確かに」
もし婚姻が成立した後も、ナターリアたちが最下層に住み続けていたら、こちらも旦那様に頼んで、それ相応の対応をとらせていただこう。
ライサは自分を鼓舞するように、強気な考えを抱いた。
「では、くれぐれも頼む。スノダールへ向かうのは、三日後だ。それまでに準備を整えておくように」
宰相は軽く頭を下げ、兵士たちを引き連れて家を出ていく。
唸り声と共に寒風が入り込み、扉が閉まった後も家に冷たい余韻が残っていた。
「ライサ姉さん……!」
勢いよく抱きついてきたナターリアの頭を撫で、ライサは極力柔らかく微笑む。
顔を上げると、状況が飲み込めていないブラトが周囲をキョロキョロと見回し、叔父と叔母が気まずげに目を逸らすのが見えた。
目を大きく見開いた叔父が足をガクガクと震わせ、バランスを崩して転びそうになる。ライサは慌てて叔父に駆け寄り、その細木のような体を支えた。
「こ、この子が、スノダールの……? 樹氷の森と言うことは、都市の外へ……⁉︎」
叔母が片手で震える口元を押さえ、もう片方の腕でナターリアの肩を抱いた。渡さないというように、強く腕に力を込めている。
対してナターリアは、驚いた表情をしているものの、唇を引き結び宰相たちを静かに見つめていた。
「そうだ。シャトゥカナルを囲む深き森の奥、魔物を狩りその体から魔法具を作る職人たちの村、スノダールがある。そこが嫁を探していると言うので若い娘を探していた所、貴女が適任だと判断したのだ」
魔法具とは、不可思議な力を持つ魔物の毛皮や骨、牙や鱗などの体の一部、そして『心臓』とも呼ばれる力の源『魔核』。それらを加工して、魔物の力を生活に役立てるよう作られた道具である。
ライサたちが目にする機会は滅多にないが、恐らく宰相たちの衣服は魔法具の一種なのだろう。その証拠に、雪道を歩いてきたはずの衣服やブーツは美麗さを保っている。
その狩人たちの村に何故、ナターリアが。
「何故、何故この子なのですか? 年頃の娘なんて、他にも」
最下層でも二層目でも三層目でも、それこそ最上部の七層目にだってたくさんいるはずだ。
困ったように髭を撫でながら、宰相は深くため息を吐く。
「特別見目麗しい女性ということで、貴女が適任だと判断したのだ。最下層の世話役も貴女の容姿と奥ゆかしさを褒めていたぞ。上層でもナターリア殿ほど可憐な女性は、なかなかいないだろう」
嘘、そんなこと思ってもないくせに。反射的にライサは思う。
職人たちの作る魔法具に生活を支えられていながら、上層に住む人々は魔物相手に武器を振るう彼らを野蛮な民と軽んじている。
大方、大事な娘をそんな場所にはやれないと、巡り巡って最下層まで話がやってきたのだろう。そして、最下層の世話役がナターリアを指名したという訳か。
あの陰湿男、息子がナターリアにフラれたのを根に持っているのだ。
ライサはクマの目立つ陰鬱とした男の顔を思い浮かべ、唇を噛み締める。
「そんな、無理ですわ! この子は身体が弱いのです。都市の外に出るなんてとても」
「誰かが行かねば、シャトゥカナルが滅びるとしてもか?」
ライサたちが絶句していると、宰相は忌々しげに吐き捨てた。
「あの野蛮人どもめ……『年頃の娘を嫁として差し出さねば、今後一切魔法具を作らぬ』と我々を脅してきたのだ。報酬は存分に与えているはずであろうに、一体、何が不満なのだ」
なるほど、そう言うことか。
しかし、文句を言いながらも要求に従うことにしたのは、それだけ魔法具が大切だからだろう。あるいは、適当な娘を宛がっておけばそれで済む話だと思ったのか。
「しかし、貴女たちにとっても、これは悪い話ではないと思うぞ」
宰相は気を取り直すように咳払いをし、ぬらりと歯を見せて笑う。
「この婚姻が成立した暁には、陛下の温情により貴女の家族を二層目……いや、三層目に住むことが許可される。国庫より一生暮らすに値する祝い金も出す。どうだ? そこの娘が細々と雑用をこなさずとも、今よりずっと楽に過ごせるぞ」
「三層目に……⁉︎」
叔父と叔母は思わず目を丸くし、気まずそうに目を伏せた。金も社会的地位もコネもなしに、上層に上がるなどあり得ない。三層目まで上がれば、家の中で寒さに凍えることはなくなるだろう。
足の不自由な叔父、身体の弱いナターリア、まだ幼いブラトと、家族の世話で手一杯の叔母。ライサの給金だけで細々と暮らさなくとも良くなるのだ。
しかし、それでも。
「それでも、この子を行かせるわけにはいきませんわ! だってこの子が、この子を犠牲に楽になったって……」
「母君は黙っていてもらおう。ナターリア、貴女が嫁ぐだけで家族は助かり、この国シャトゥカナルも救われるのだ。野蛮な職人たちも大切な花嫁となれば、案外待遇は悪くないかもしれんぞ?」
ズルい言い方をする。それでは優しいナターリアが、頷いてしまう。
ブルートパーズの瞳に決意の色が浮かんだのを見て、ライサは慌てて口を開いた。
「わたし――」
「それなら、私が行きます」
ナターリアの言葉を遮って、ライサは大きく数歩前へ出た。一同の視線が一斉に彼女の下へ集まる。
「貴女が?」
怪訝そうに眉間に皺を寄せ、宰相が上から下へライサを眺めた。
男性に並び立てそうな長身、痩せた体につり上がった細い目。せっかくのプラチナブロンドも、手入れをしたことがないため艶をなくしている。おまけに笑顔を作ることが苦手で愛想もない。
あまり褒められた容姿でないことは、ライサ自身が一番よく分かっている。
けれど。
「樹氷の職人たちは、『美人を嫁に』なんて条件を出したわけじゃないんでしょう? だったら、私でも構わないのではないですか?」
「しかし……」
宰相の口は重い。顎髭を撫でる手を止めることなく、左右の兵士と視線を合わせた。
「狩人の嫁候補を探しているんですよね? ご存知の通り、私は薪割りや雪かき、洗濯など様々な仕事をしてます。もしかしたら、働き手としての『嫁』を探しているのかもしれない。確かにあまり容姿が良い方ではないけれど、気に入られるように頑張りますから。だから私をナターリアの代わりにスノダールへ行かせてください」
お願いします、深々と頭を下げ、ライサは祈るような気持ちで目を閉じた。
「ライサ姉さん! そんなことしなくても、私が」
「ナターリア!」
叔父と叔母がほぼ同時にナターリアを制した。
そう、これで良い。叔父たちもようやく、厄介払いができるのだから。
たっぷりと考える時間をとって、宰相はため息と共に首肯した。
「分かった。ライサ、貴女に任せよう」
ライサは安堵の息を吐く。
良かった。これでみんなが楽に過ごせる。特にナターリアとブラトは、突然『家族』の中に入り込んできた他人を、本当の姉として受け入れ慕ってくれた大切な従姉妹たちなのだ。幸せになってもらわなくては。
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宰相は厳しい目でライサを見上げる。やけに必死だ。ライサの胸に、重い暗雲のような不安が立ち込める。
負けるものかと、彼女は拳に力を込めた。
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「ああ、分かっている。約束しよう」
宰相はその場でシャトゥカナルの紋章入りの証文を二組作り、片方をライサへ手渡した。ナターリアに差し出した羊皮紙も、ライサへと手渡す。婚姻に関する命令書のようだ。
「確かに」
もし婚姻が成立した後も、ナターリアたちが最下層に住み続けていたら、こちらも旦那様に頼んで、それ相応の対応をとらせていただこう。
ライサは自分を鼓舞するように、強気な考えを抱いた。
「では、くれぐれも頼む。スノダールへ向かうのは、三日後だ。それまでに準備を整えておくように」
宰相は軽く頭を下げ、兵士たちを引き連れて家を出ていく。
唸り声と共に寒風が入り込み、扉が閉まった後も家に冷たい余韻が残っていた。
「ライサ姉さん……!」
勢いよく抱きついてきたナターリアの頭を撫で、ライサは極力柔らかく微笑む。
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