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第五章
対抗戦、パドック 2
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そうこうしている間にも、隣に並ぶ騎手の名が読み上げられ、次に颯真たちが呼ばれる番が来た。
「お? 俺たちの番だな。さて、本名じゃないなら、どんな名前を――」
『え~、ゼッケン12番~。仮面の白騎士さん~。無所属~』
なにやら面白い名前が呼ばれた。
(こいつ、正気か?)
戦慄する颯真を余所に、レリルは馬上で中腰になり、ご機嫌で観客に手を振っている。
仮面の白騎士。
仮面を被り、服装も上下白、白馬にまで跨がっているのだから、なるほど字面としては間違ってはいない。
致命的に間違っているのは、だからと恥ずかしげもなくそう名乗れる思考回路のほうだろう。
言葉を失っている颯真に、レリルはさも得意げに馬上でドヤっていた。
「どう?」
どうというか、どうしようもない。
これが競走相手の動揺を誘い、油断させる高度な心理戦なら脱帽だが、レリルだけにありえまい。
観客たちも、ギャグとして笑ったらいいものか、褒めればいいものか、どう対応していいのか真意を掴めずに戸惑いがちだ。
領主代行相手というだけあって当たり障りのないよう、どっちつかずの半笑いの表情で、控えめな拍手が起こるばかりだ。この微妙な空気たるや。
辱めに耐え忍ぶ試練の時間は終わり、颯真がなおも読み続けられる出場メンバーの紹介を聞き流していると、他の参加者の隙間を縫いながら、颯真たちに近づいてくる騎手がいた。
大型で重量級の騎馬の参加が多い中、その騎手が乗るのは小馬で、馬体に比例するように騎手もずいぶんと小柄だ。
というより、単に身体相応の子供だといったほうが早い。
素顔は隠されているが、このウェーブがかった高貴な金髪に、颯真は見覚えがあった。
(シェリーじゃん)
紛うことなき第三王女。で、こちらもまた仮面付き。
(仮面、流行ってんだろうか……)
「これは姫殿――」
即座に下馬しようとしたレリルを、シェリーがにっこりと微笑みで制した。
「……馬上から失礼いたします。え~、シェリー様?」
わざわざ仮面を被っているということは、正体を明かしたくないということだ。
それくらいは、いくらポンコツ令嬢でも察したらしい。
「いいのですよ、ミス・ラシュレー。ここでのわたくしは、単なる避暑に訪れている一貴族の令嬢なのですから」
という設定ね、と颯真は独りごちた。
ここにいるということは、シェリーもこの対抗戦に参加するのだろう。
お姫様の好奇心なのか気まぐれかは知らないが、どうやら似たような論法で参加要項を満たしての出馬らしい。
ちなみに、ちょっと気になったので、颯真はレリルにこっそりと訊いてみた。
「よく相手がシェリーだと、すぐに気づいたな?」
「馬鹿にしてる? 仮面で目元を隠したくらいじゃあ、いくらなんでもわかるわよ」
「そっか」
「それがなに?」
「いんや、なんでも」
ブーメランは戻ってきたが、あえなく脇を通り過ぎたらしい。
颯真とレリルがこそこそ話をしていると、シェリーが口元を押さえて笑みを漏らしていた。
今の颯真は馬だけに、馬と真顔で会話するレリルのことを、動物に語りかけて微笑ましいと見られたか、馬と話す残念な人と見られたか、どちらだろう。
シャリーは自然な体で馬を寄せると、一転して声音を潜めた。
「さすがですね、ミス・ラシュレー。領主家でもすでにあの情報を掴んでおられましたか」
周りに悟られたくないのだろう、シェリーの見た目は穏やかながら、仮面の下から覗く瞳だけが真剣味を帯びていた。
(……どの?)
疑問符を浮かべる颯真だが、レリルのほうは少しばかり違っていた。
馬上で身を正し、神妙そうに相槌を打っている。
「でしたら、ここは貴女とソーマに託したほうがよさそうですね」
「ええ、お任せください」
「健闘を祈ります。そろそろ開幕のようですね、わたくしもスタート位置に戻りましょう。では後ほど」
手短に話しを終えると、シェリーは颯真たちから離れていった。
レリルは姿勢を崩さず、その後姿を見送っていたが――
「……あ~、緊張した~。なんで姫殿下が参加してるのよ……いきなりは心臓に悪いわね」
シェリーの乗るポニーが他の選手に紛れて見えなくなった途端、レリルは脱力して颯真の馬の背に崩れ落ちた。
「で、あの情報ってなに?」
颯真が訊ねると、レリルは一度空を見上げてから――顎に指を添えて小首を傾げた。
「さあ?」
「さあ、っておま。だったらなに、あのいかにも意味ありげな感じは?」
「だってだって! 恐れ多くも姫殿下に、”それって、なんのことですか?”なんて訊き返せるわけないじゃない!」
「俺がキレられる意味がわからん。よく知んないけど、相手は王族だろ、嘘吐いたりして、不敬罪とかになんねーの?」
「人聞きが悪いわね、嘘なんて吐いてないでしょ!」
颯真は思い返してみる。
たしかに嘘は吐いていない。ただし、かなりグレーな気がするが。
「あ~、咄嗟にやっちゃったけど、やっぱりまずかったかなぁ? 社交界では、知らない話題でもにこにこして頷いたり、なんとなーくそれっぽくしてるだけで乗り切れるから、つい」
「ただの知ったか振りじゃねーか。適当だなぁ」
「でもでも、貴族の教養本にも作法として載ってるくらいなんだから!」
そんなんでいいのか、貴族社会。
貴族の見栄を保つのも大変だな。
「お? 俺たちの番だな。さて、本名じゃないなら、どんな名前を――」
『え~、ゼッケン12番~。仮面の白騎士さん~。無所属~』
なにやら面白い名前が呼ばれた。
(こいつ、正気か?)
戦慄する颯真を余所に、レリルは馬上で中腰になり、ご機嫌で観客に手を振っている。
仮面の白騎士。
仮面を被り、服装も上下白、白馬にまで跨がっているのだから、なるほど字面としては間違ってはいない。
致命的に間違っているのは、だからと恥ずかしげもなくそう名乗れる思考回路のほうだろう。
言葉を失っている颯真に、レリルはさも得意げに馬上でドヤっていた。
「どう?」
どうというか、どうしようもない。
これが競走相手の動揺を誘い、油断させる高度な心理戦なら脱帽だが、レリルだけにありえまい。
観客たちも、ギャグとして笑ったらいいものか、褒めればいいものか、どう対応していいのか真意を掴めずに戸惑いがちだ。
領主代行相手というだけあって当たり障りのないよう、どっちつかずの半笑いの表情で、控えめな拍手が起こるばかりだ。この微妙な空気たるや。
辱めに耐え忍ぶ試練の時間は終わり、颯真がなおも読み続けられる出場メンバーの紹介を聞き流していると、他の参加者の隙間を縫いながら、颯真たちに近づいてくる騎手がいた。
大型で重量級の騎馬の参加が多い中、その騎手が乗るのは小馬で、馬体に比例するように騎手もずいぶんと小柄だ。
というより、単に身体相応の子供だといったほうが早い。
素顔は隠されているが、このウェーブがかった高貴な金髪に、颯真は見覚えがあった。
(シェリーじゃん)
紛うことなき第三王女。で、こちらもまた仮面付き。
(仮面、流行ってんだろうか……)
「これは姫殿――」
即座に下馬しようとしたレリルを、シェリーがにっこりと微笑みで制した。
「……馬上から失礼いたします。え~、シェリー様?」
わざわざ仮面を被っているということは、正体を明かしたくないということだ。
それくらいは、いくらポンコツ令嬢でも察したらしい。
「いいのですよ、ミス・ラシュレー。ここでのわたくしは、単なる避暑に訪れている一貴族の令嬢なのですから」
という設定ね、と颯真は独りごちた。
ここにいるということは、シェリーもこの対抗戦に参加するのだろう。
お姫様の好奇心なのか気まぐれかは知らないが、どうやら似たような論法で参加要項を満たしての出馬らしい。
ちなみに、ちょっと気になったので、颯真はレリルにこっそりと訊いてみた。
「よく相手がシェリーだと、すぐに気づいたな?」
「馬鹿にしてる? 仮面で目元を隠したくらいじゃあ、いくらなんでもわかるわよ」
「そっか」
「それがなに?」
「いんや、なんでも」
ブーメランは戻ってきたが、あえなく脇を通り過ぎたらしい。
颯真とレリルがこそこそ話をしていると、シェリーが口元を押さえて笑みを漏らしていた。
今の颯真は馬だけに、馬と真顔で会話するレリルのことを、動物に語りかけて微笑ましいと見られたか、馬と話す残念な人と見られたか、どちらだろう。
シャリーは自然な体で馬を寄せると、一転して声音を潜めた。
「さすがですね、ミス・ラシュレー。領主家でもすでにあの情報を掴んでおられましたか」
周りに悟られたくないのだろう、シェリーの見た目は穏やかながら、仮面の下から覗く瞳だけが真剣味を帯びていた。
(……どの?)
疑問符を浮かべる颯真だが、レリルのほうは少しばかり違っていた。
馬上で身を正し、神妙そうに相槌を打っている。
「でしたら、ここは貴女とソーマに託したほうがよさそうですね」
「ええ、お任せください」
「健闘を祈ります。そろそろ開幕のようですね、わたくしもスタート位置に戻りましょう。では後ほど」
手短に話しを終えると、シェリーは颯真たちから離れていった。
レリルは姿勢を崩さず、その後姿を見送っていたが――
「……あ~、緊張した~。なんで姫殿下が参加してるのよ……いきなりは心臓に悪いわね」
シェリーの乗るポニーが他の選手に紛れて見えなくなった途端、レリルは脱力して颯真の馬の背に崩れ落ちた。
「で、あの情報ってなに?」
颯真が訊ねると、レリルは一度空を見上げてから――顎に指を添えて小首を傾げた。
「さあ?」
「さあ、っておま。だったらなに、あのいかにも意味ありげな感じは?」
「だってだって! 恐れ多くも姫殿下に、”それって、なんのことですか?”なんて訊き返せるわけないじゃない!」
「俺がキレられる意味がわからん。よく知んないけど、相手は王族だろ、嘘吐いたりして、不敬罪とかになんねーの?」
「人聞きが悪いわね、嘘なんて吐いてないでしょ!」
颯真は思い返してみる。
たしかに嘘は吐いていない。ただし、かなりグレーな気がするが。
「あ~、咄嗟にやっちゃったけど、やっぱりまずかったかなぁ? 社交界では、知らない話題でもにこにこして頷いたり、なんとなーくそれっぽくしてるだけで乗り切れるから、つい」
「ただの知ったか振りじゃねーか。適当だなぁ」
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