47 / 69
第四章
温泉トラブル
しおりを挟む
颯真はフクロウ形態で手拭いの入った桶を足にぶら下げて、軽快に空を飛んでいた。
眼下には大自然に覆われた山肌と、所々に立ち昇っている湯気が見える。
(やっぱり探索は上空からが一番だよね~)
地道に山道を進んでも、土地勘もなく慣れない場所では目当ての温泉を見つけるのはかなりの手間。だったら飛んで探そうと思い立ったのが功を奏した。
上空からなら、場所も規模もより取り見取りだ。
(お? あそこなんかいいんでない?)
人の通った跡と思しき道からは、かなり外れた場所。ちょっとした崖の淵にあり、下から見上げてもなかなか見つかりそうにない穴場っぽい。
規模も結構でかい上、崖の上からなら景色も期待できる。
(湯気の量からも、なかなか熱そうだ。ぬるい温泉は興ざめだからな。よし、きみに決めた!)
颯真は直ちに滑降し、温泉の傍に着地する。
立ち昇る湯煙で、視界が悪い。それがまた、期待に拍車をかける。
硫黄の匂いが嗅げると、もっと気分が出るのだが、今のスライムの身にとって、そこまで期待するのは贅沢というものだろう。
颯真は全裸の人間形態に擬態して、腰にタオルを巻き、手桶を小脇に抱える。
伝統的な温泉スタイルだ。何事にもわびさびと様式美というものがある。温泉好きの颯真としては、ここらへんは絶対に外せない。
湯気を掻き分け、先に進むと、すぐに温泉が見えてきた。
湯は白濁。手をつけると、泉質はとろっとしていて肌を滑る。温度は45℃程度とかなり熱め。
(だがそれがいい!)
颯真が独りはしゃいでいると、突風で湯気がさらわれ、温泉の全貌が明らかになった。
先客がいた。それも10以上。
猿っぽい生き物が、ずらりと並んで輪になってお湯に浸かっていた。
せっかくの至福の時間を邪魔した闖入者である颯真に、猿たちは歯を剥き出しにして威嚇している。
テレビで見た、雪降り注ぐ天然温泉で猿と一緒に温泉三昧、なんて状況に憧れたこともあったが、相手がこれほど攻撃的では、大人しく湯に浸かることもできなさそうだ。
猿たちは場所を譲る気は微塵もないようで、むしろ颯真が入ってこないように湯に広がり、バリケードまで作っていた。
「…………」
颯真は無言で、手桶を地面に置き、その中に手拭いをきれいに畳んで収めた。
真っ裸で猿たちのいる温泉前に仁王立ちし、相手の意思を確認する。
睨み合い、両者共に動かない。
(ふっ……欲しいものは奪ってでも、か……世知辛いが、それが自然の掟とあらば従うまでよ)
人間→スライム→放電針鼠の連続擬態、そして問答無用で電撃を叩き込む。
(雷――!)
温泉から瞬間、湯気とは異なる煙が上がる。
さすがに含有物豊富な天然温泉は、電気の伝導率も素晴らしかった。
温泉内にくまなく高電流が広がり、10頭もの猿が一瞬で白目を剥いた。
失神した猿たちを温泉の淵に退けてから、颯真は人間形態に戻り、今度こそゆっくりと湯に浸かった。
「お! いい湯だね、こりゃ~」
当たりだった。一発目でなんとも引きがいい。
秘湯中の秘湯の上、温泉後の猿の群れ付きだ。異世界の温泉はサービス抜群だった。
「お~、絶景かな絶景かな」
思った通りの景色のよさ。
まあ、空を飛んでいたときのほうが景色がいいとは思うのだが、それを指摘するのは野暮だろう。
颯真は肩まで湯に浸かり、頭に載せていた手拭いで顔をごしごしと拭いた。
(異世界に来てまで温泉に入れるとは思わなかったなぁ)
と感激する。
颯真は広い上に独占している利を活かし、大の字になって湯に身体を浮かべた。
以前の完全人間とは感じ方が多少違う気がしたが、別の身体になったとはいえ、やはり温泉はいいものだ。
じんわりと染み入る熱さがなんともいえず心地いい。
なんという一体感。温泉の中で蕩けるようだ。お湯と同化して溶けて蕩けて――
「って本当に溶けてる!?」
颯真が慌ててがばっと上体を起こしたときには、下半身はすでにスライムに戻り――戻っただけではなく、勝手に液状化して、お湯の中に広がっていた。
まさか、スライムにこんな生態があろうとは!
颯真は愕然とする。アルコールのときと似たような状況だ。
あっという間に全身が湯に混じり、温泉すべてが自分自身のような錯覚がしてくる。
(いや、でも……これはこれでアリかも……)
お湯で薄まり過ぎて、温かさに包まれながら緩やかに自我が消えていくような感覚が心地よく、病み付きになりそうな気がする。
(あ~~~、なんか幸せだ~~~)
天から光が差し込む幻覚まで見え始めるほどに温泉を堪能していた颯真だったが、慌しい物音に、にわかに現実に引き戻された。
体長3mをゆうに越す、黒い毛並みの狼のような魔獣の群れが、温泉に乱暴に押し入ってきていた。
連中の目的は食料で、次々と咥えては逃げていく。
双頭の首を持つ狼型の魔獣、双頭魔狼だ。
(待て! このにゃろー! 俺んだぞ!?)
食欲がお湯の誘いを凌駕し、颯真の蕩けきっていた自我を瞬時に取り戻させた。
ただそれでも、温泉中に拡散した身体を一ヶ所に寄せ集めるのは一苦労で、温泉の淵にスライム形態で辿り着いたときには、魔狼も猿もいなくなっていた。
食料は奪われ、温泉は泥まみれにされ、あまつさえ湯には魔狼のウ○コまで浮かんでいた。
(よし、狩ろう)
朗らかな声に殺意を漲らせ、颯真は魔狼の去っていた山の方角を睨みつけていた。
眼下には大自然に覆われた山肌と、所々に立ち昇っている湯気が見える。
(やっぱり探索は上空からが一番だよね~)
地道に山道を進んでも、土地勘もなく慣れない場所では目当ての温泉を見つけるのはかなりの手間。だったら飛んで探そうと思い立ったのが功を奏した。
上空からなら、場所も規模もより取り見取りだ。
(お? あそこなんかいいんでない?)
人の通った跡と思しき道からは、かなり外れた場所。ちょっとした崖の淵にあり、下から見上げてもなかなか見つかりそうにない穴場っぽい。
規模も結構でかい上、崖の上からなら景色も期待できる。
(湯気の量からも、なかなか熱そうだ。ぬるい温泉は興ざめだからな。よし、きみに決めた!)
颯真は直ちに滑降し、温泉の傍に着地する。
立ち昇る湯煙で、視界が悪い。それがまた、期待に拍車をかける。
硫黄の匂いが嗅げると、もっと気分が出るのだが、今のスライムの身にとって、そこまで期待するのは贅沢というものだろう。
颯真は全裸の人間形態に擬態して、腰にタオルを巻き、手桶を小脇に抱える。
伝統的な温泉スタイルだ。何事にもわびさびと様式美というものがある。温泉好きの颯真としては、ここらへんは絶対に外せない。
湯気を掻き分け、先に進むと、すぐに温泉が見えてきた。
湯は白濁。手をつけると、泉質はとろっとしていて肌を滑る。温度は45℃程度とかなり熱め。
(だがそれがいい!)
颯真が独りはしゃいでいると、突風で湯気がさらわれ、温泉の全貌が明らかになった。
先客がいた。それも10以上。
猿っぽい生き物が、ずらりと並んで輪になってお湯に浸かっていた。
せっかくの至福の時間を邪魔した闖入者である颯真に、猿たちは歯を剥き出しにして威嚇している。
テレビで見た、雪降り注ぐ天然温泉で猿と一緒に温泉三昧、なんて状況に憧れたこともあったが、相手がこれほど攻撃的では、大人しく湯に浸かることもできなさそうだ。
猿たちは場所を譲る気は微塵もないようで、むしろ颯真が入ってこないように湯に広がり、バリケードまで作っていた。
「…………」
颯真は無言で、手桶を地面に置き、その中に手拭いをきれいに畳んで収めた。
真っ裸で猿たちのいる温泉前に仁王立ちし、相手の意思を確認する。
睨み合い、両者共に動かない。
(ふっ……欲しいものは奪ってでも、か……世知辛いが、それが自然の掟とあらば従うまでよ)
人間→スライム→放電針鼠の連続擬態、そして問答無用で電撃を叩き込む。
(雷――!)
温泉から瞬間、湯気とは異なる煙が上がる。
さすがに含有物豊富な天然温泉は、電気の伝導率も素晴らしかった。
温泉内にくまなく高電流が広がり、10頭もの猿が一瞬で白目を剥いた。
失神した猿たちを温泉の淵に退けてから、颯真は人間形態に戻り、今度こそゆっくりと湯に浸かった。
「お! いい湯だね、こりゃ~」
当たりだった。一発目でなんとも引きがいい。
秘湯中の秘湯の上、温泉後の猿の群れ付きだ。異世界の温泉はサービス抜群だった。
「お~、絶景かな絶景かな」
思った通りの景色のよさ。
まあ、空を飛んでいたときのほうが景色がいいとは思うのだが、それを指摘するのは野暮だろう。
颯真は肩まで湯に浸かり、頭に載せていた手拭いで顔をごしごしと拭いた。
(異世界に来てまで温泉に入れるとは思わなかったなぁ)
と感激する。
颯真は広い上に独占している利を活かし、大の字になって湯に身体を浮かべた。
以前の完全人間とは感じ方が多少違う気がしたが、別の身体になったとはいえ、やはり温泉はいいものだ。
じんわりと染み入る熱さがなんともいえず心地いい。
なんという一体感。温泉の中で蕩けるようだ。お湯と同化して溶けて蕩けて――
「って本当に溶けてる!?」
颯真が慌ててがばっと上体を起こしたときには、下半身はすでにスライムに戻り――戻っただけではなく、勝手に液状化して、お湯の中に広がっていた。
まさか、スライムにこんな生態があろうとは!
颯真は愕然とする。アルコールのときと似たような状況だ。
あっという間に全身が湯に混じり、温泉すべてが自分自身のような錯覚がしてくる。
(いや、でも……これはこれでアリかも……)
お湯で薄まり過ぎて、温かさに包まれながら緩やかに自我が消えていくような感覚が心地よく、病み付きになりそうな気がする。
(あ~~~、なんか幸せだ~~~)
天から光が差し込む幻覚まで見え始めるほどに温泉を堪能していた颯真だったが、慌しい物音に、にわかに現実に引き戻された。
体長3mをゆうに越す、黒い毛並みの狼のような魔獣の群れが、温泉に乱暴に押し入ってきていた。
連中の目的は食料で、次々と咥えては逃げていく。
双頭の首を持つ狼型の魔獣、双頭魔狼だ。
(待て! このにゃろー! 俺んだぞ!?)
食欲がお湯の誘いを凌駕し、颯真の蕩けきっていた自我を瞬時に取り戻させた。
ただそれでも、温泉中に拡散した身体を一ヶ所に寄せ集めるのは一苦労で、温泉の淵にスライム形態で辿り着いたときには、魔狼も猿もいなくなっていた。
食料は奪われ、温泉は泥まみれにされ、あまつさえ湯には魔狼のウ○コまで浮かんでいた。
(よし、狩ろう)
朗らかな声に殺意を漲らせ、颯真は魔狼の去っていた山の方角を睨みつけていた。
1
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説
「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~
平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。
三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。
そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。
アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。
襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。
果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。
全校転移!異能で異世界を巡る!?
小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。
目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。
周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。
取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。
「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」
取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。
そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜
西園寺若葉
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。
どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。
- カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました!
- アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました!
- この話はフィクションです。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる