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第三章
現われしモノ 1
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巨大スライムは攻城級魔術の一撃の前に沈黙した。
(これがジュエル・エバンソンの創った魔導生命……? あっけなさすぎる)
攻城級魔術は確かに強力だ。
しかし、かの狂人――ジュエル・エバンソンは、いまだカミランとて到達していない、魔導の頂点まで登り詰めた男。あらゆる名声を欲しいままにした大英傑だ。
そんな男が生涯を賭したものが、こんな程度ではないという想いが、同じ魔導を志す者として、カミランにもある。
(……魔の森の瘴気にあてられ、肥大化したただの魔物だったかもしれんな)
周囲の熱狂とは裏腹に、カミランの胸中にはそんな冷めた感情があった。
「脅威は去った。各人、持ち場に戻れ。そのスライムの死体の解析も忘れるな」
上官からの命令に、浮かれていた者たちにも規律が戻った。
(スライムと彼の者の研究との関与がどうあれ――我らのやることは変わらん、か)
残された痕跡から研究を解析し、解明する。与えられた任はそれだけだ。
他の者たちが持ち場に戻るのを確認してから――カミランはなんとなしに見つめていたスライムから目を背け、踵を返した。
――どくんっ。
そのとき、なにかが脈動した。
「なっ!?」
異変を察して即座に振り向いたカミランが見たものは、大半が失われたスライムの巨体が、鳴動する様だった。
水面が波打つように、巨大スライムの表面に赤い波紋が広がっている。
ぶるぶる震えていたスライムの死体は、突如、動きを止めたかと思うと――にわかに膨張を始めた。
次いで、スライムの赤い身体から、真っ黒な靄が流れ出し、視界を黒い霧となって覆っていく。
(これは魔力か――!?)
尋常ではない魔力の奔流が、スライムを中心に巻き起こっている。
塔に戻りかけていた連中も、すぐさま何事かと引き返してきていた。
少しでも魔術の心得がある者ならば、当然、無視できない状況だ。
魔力が飽和状態になり、黒く具現化する現象など、聞いたことがない。
黒い霧の中、丸く膨れたスライムの身体が割れた。あたかも、卵が割れるかのように。
その中から姿を見せたのは、4つ足に長い首をもたげた、漆黒の獣の影だった。
黒霧で細部まで確認できないが、その大きさは先ほどのスライムすら明らかに上回っている。
闇に浮かぶそれは、まるで不吉な”死”の象徴のようにも見えた。
考えるよりも先に、カミランの熟練の魔術士としての本能が動き出していた。
霧を照らし出すように、両手は魔力の光の軌道を描き、複雑な魔術式を完成させる。
「術式発現! 火岩の流星――!!」
再び生じた破壊の魔術が、霧の中で胎動を始めた影に直撃した。
そう、直撃したはずなのに――影は揺るぎもしなかった。
攻城級魔術によってわずかに晴れた霧が、影の人工的なフォルムの一部と、鱗に覆われた表皮を露わにし――すぐにまた深い黒霧に包まれた。
カミランの身体は震えていた。
頭で理解しているのではなく、本能が理解していた。これは敵対してはならないモノだと――
それでも、理性は抵抗しろという。
宮廷魔術師のすべての人員が、思い思いの最大戦力を影に向かって放っていた。
これはもう、戦術などではない。恐怖から逃れたいだけの、ただの苦し紛れの自棄糞だ。
(なんだ? 我らはなにと戦っているのだ……?)
9人からなる宮廷魔術師の全力攻撃だ。その攻撃力は1軍隊を軽く凌駕する。
しかし、影には効いている様子がない。なおも膨れ上がる夥しい魔力から生成されている霧を晴らすにさえ至っていない。
(これでは、まるで伝説に謳われし真竜のようではないか――)
真竜、または古代竜とも称される、伝説の竜だ。
その身は鋼よりも強靭で、その鱗はいっさいの術を受け付けず。2対の翼は千里を駆け、吐息は大地を灰燼に帰すという。
(これがジュエル・エバンソンの創った魔導生命……? あっけなさすぎる)
攻城級魔術は確かに強力だ。
しかし、かの狂人――ジュエル・エバンソンは、いまだカミランとて到達していない、魔導の頂点まで登り詰めた男。あらゆる名声を欲しいままにした大英傑だ。
そんな男が生涯を賭したものが、こんな程度ではないという想いが、同じ魔導を志す者として、カミランにもある。
(……魔の森の瘴気にあてられ、肥大化したただの魔物だったかもしれんな)
周囲の熱狂とは裏腹に、カミランの胸中にはそんな冷めた感情があった。
「脅威は去った。各人、持ち場に戻れ。そのスライムの死体の解析も忘れるな」
上官からの命令に、浮かれていた者たちにも規律が戻った。
(スライムと彼の者の研究との関与がどうあれ――我らのやることは変わらん、か)
残された痕跡から研究を解析し、解明する。与えられた任はそれだけだ。
他の者たちが持ち場に戻るのを確認してから――カミランはなんとなしに見つめていたスライムから目を背け、踵を返した。
――どくんっ。
そのとき、なにかが脈動した。
「なっ!?」
異変を察して即座に振り向いたカミランが見たものは、大半が失われたスライムの巨体が、鳴動する様だった。
水面が波打つように、巨大スライムの表面に赤い波紋が広がっている。
ぶるぶる震えていたスライムの死体は、突如、動きを止めたかと思うと――にわかに膨張を始めた。
次いで、スライムの赤い身体から、真っ黒な靄が流れ出し、視界を黒い霧となって覆っていく。
(これは魔力か――!?)
尋常ではない魔力の奔流が、スライムを中心に巻き起こっている。
塔に戻りかけていた連中も、すぐさま何事かと引き返してきていた。
少しでも魔術の心得がある者ならば、当然、無視できない状況だ。
魔力が飽和状態になり、黒く具現化する現象など、聞いたことがない。
黒い霧の中、丸く膨れたスライムの身体が割れた。あたかも、卵が割れるかのように。
その中から姿を見せたのは、4つ足に長い首をもたげた、漆黒の獣の影だった。
黒霧で細部まで確認できないが、その大きさは先ほどのスライムすら明らかに上回っている。
闇に浮かぶそれは、まるで不吉な”死”の象徴のようにも見えた。
考えるよりも先に、カミランの熟練の魔術士としての本能が動き出していた。
霧を照らし出すように、両手は魔力の光の軌道を描き、複雑な魔術式を完成させる。
「術式発現! 火岩の流星――!!」
再び生じた破壊の魔術が、霧の中で胎動を始めた影に直撃した。
そう、直撃したはずなのに――影は揺るぎもしなかった。
攻城級魔術によってわずかに晴れた霧が、影の人工的なフォルムの一部と、鱗に覆われた表皮を露わにし――すぐにまた深い黒霧に包まれた。
カミランの身体は震えていた。
頭で理解しているのではなく、本能が理解していた。これは敵対してはならないモノだと――
それでも、理性は抵抗しろという。
宮廷魔術師のすべての人員が、思い思いの最大戦力を影に向かって放っていた。
これはもう、戦術などではない。恐怖から逃れたいだけの、ただの苦し紛れの自棄糞だ。
(なんだ? 我らはなにと戦っているのだ……?)
9人からなる宮廷魔術師の全力攻撃だ。その攻撃力は1軍隊を軽く凌駕する。
しかし、影には効いている様子がない。なおも膨れ上がる夥しい魔力から生成されている霧を晴らすにさえ至っていない。
(これでは、まるで伝説に謳われし真竜のようではないか――)
真竜、または古代竜とも称される、伝説の竜だ。
その身は鋼よりも強靭で、その鱗はいっさいの術を受け付けず。2対の翼は千里を駆け、吐息は大地を灰燼に帰すという。
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