スライムとして異世界召喚された訳ですが

まはぷる

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第二章

豪華フルコース

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 夕暮れ間際、颯真・レリル・ネーアの3人は予定通りにラシューレ邸前で落ち合ったのだが、聞き込みの結果は芳しくはなかった。

 唯一の有効な目撃証言では、ネーアがそれらしき人物を見かけた娘がいると聞いて会ってみたのだが、まだ年端も行かぬ幼子で、信憑性は疑わしいものだった。

 遅い時間での聞き込みは非効率のため、今日の捜索は打ち切りとし、颯真の約束の豪華フルコースの件もあり、3人は邸宅の食堂で早めの夕食を取ることにした。

 子爵家の本領発揮とばかりに、多人数掛けの広いテーブルに所狭しと雅やかな料理が並べられ、盛大に振る舞われた。

「わたしまでお呼ばれしてしまって……ごめんね、レリルちゃん」

「いいのいいの。2人の再会を祝しての意味合いもあるんだから」

 2人の少女は和やかに歓談している。

 食事の際でも、普段通りにレリルの口はよく回っているものの、そこは貴族だけあってテーブルマナーは完璧だった。
 ネーアも元は準貴族の良家のお嬢さまで、現在では特権階級の宮廷魔導師の一員、実に優雅な食事風景だった。

 対して、颯真はというと、これまでチェーンじゃないファミレスが人生最大の高級ディナーであっただけに、テーブルマナーとは無縁の存在だ。
 複数のナイフとフォークを使い分けるのは即行諦め、フォークどころか調理用の鉄串を2本借り受け、即席の箸にして料理にかぶりついていた。

「よくもまあ、そんな扱いづらそうな物で食べれるものね。感心しちゃう」

「うるへ。どんな食べ方でも自由だろ。味は変わらん」

 実際のところ、スライムである颯真には味すらも感じられないわけだが。そこは気分だ。
 ひたすら口に料理を詰め込む。

「だとしても、もう少し感謝して味わって食べたら? そんなに次から次に頬張ったら、味も何もないでしょう? うちの料理長シェフが泣くわよ」

「おー。でも、もう終わった。ごっそさん」

「……早いわよ」

 大食漢の颯真に配慮して、レリルとネーアはコース料理、颯真はバイキング形式となっている。
 レリルとネーアが前菜を食し、スープに移ったところで、颯真の食事は終了していた。

「でも、颯真にしては、思ったよりは小食だったわね。もっと食べるかと思って、予備も用意させていたんだけど」

 レリルの指摘するように、テーブルの颯真用の大皿の数々には、まだ料理が残っている。

「いやー。実は途中で貰い食いしちまって。正直、もう入らん」

(身体に)

 魔獣を2体も吸収してしまったので、颯真にはすでに充分な満腹感があった。
 さりとて、せっかくの豪華フルコースは逃し難い。

 そこで颯真は、食べた料理を吸収せずにそのまま体内に保管していた。これなら、好きなときに吸収し、いつでも食べられる。いわゆるお弁当のようなものだ。
 スライム形態であったなら、半透明の身体の中に、料理が浮いているような状況だったろう。
 そのため、これ以上の物を体内に詰め込むと、人間の擬態が維持できない恐れがあった。 

「呆れた。あれほど楽しみにしていたのに、買い食いなんてどういうこと? ……ま、いいわ。それで、食後酒はどうする? いる?」

「食後酒、アルコールか……せっかくだし貰おうかな」

 物は試しと、颯真は配膳係の侍女からグラスを受け取った。
 人間時代は学生だったこともあり、なにかの折に舐める程度で、まともに酒盛りなどもやったことがない。
 自分がアルコールに強いのか弱いのかさえわからない。しかもスライムになってからはどうなのか、二重の意味で興味がある。

 グラスに赤い液体が満たされた。

「ふむ。いただきます」

 颯真は一息にグラスを傾け、流し込んだ。

「ちょっと颯真! 乱暴な飲み方しないでよ。年代物の繊細なワインがかわいそうじゃない!」

 そんなレリルの小言は聞き流し、颯真は体内に取り込んだ酒の具合を確かめた。
 味はしない。感触も水を取り込んだときとほとんど変わりない。ただ、独特の熱っぽい感覚がある。違いはそれくらい。

 もう一杯お代わりをもらい、流し込んでみるが、やはり特筆すべきことはない。

「だ・か・ら! あんたは少しは人の話を聞きなさいって!」

 癇癪を起こすレリルを横目に、ネーアが楽しそうに笑っていた。

「ふふっ。ああ、可笑しい。颯真さんは、お酒がお強いみたいですね?」

「うーん、どうだろ? 酒を飲むのはほとんど初めてと言っていいし」

「そうなのですか?」

「はあ? あんたその歳になるまで、お酒を飲んだこともないの? エールも?」

 颯真の今の見た目は、とうに20歳を過ぎた青年だ。
 ただ、中身が18歳の未成年だったから云々の話は通りそうにもない。
 16歳のレリルとネーアでさえ、軽い食前酒を普通に飲んでいたのだから、異世界こちら側にはそういった規制自体がないのだろう。

「まあまあ、レリルちゃん。他国には禁酒令のある国もあるくらいだから。先ほどのお食事の方法も独特でしたし、もしや颯真さんは他国の出身では? ご出自はどちらなのですか?」

 ネーアが食事の手を止め、口元を上品にナプキンで拭いながら、にこやかに問いかけてくる。

「他国、ではないなぁ……」

 強いて言うと他だし。

 そんなことを考えながら、颯真が言葉を続けようとしたら――その手に持っていた空のグラスが、絨毯の上に滑り落ちた。

「……なにやってんの、颯真? あらら~? もしかしてワイン2杯くらいで酔っちゃった?」

 ここぞとばかりに颯真を揶揄するレリルだったが、当の颯真はそれどころではなかった。

 テーブルの下――グラスを握っていた右手が
 いや、正確には、意図せず勝手にスライム状に戻りかけていた。

 右手首までが赤く半透明に軟体化して崩れそうになるのを、咄嗟に左手で掬い上げる。

「げ!? 漏れる!」

 さらには勝手に液状化をはじめ、指の隙間から零れ落ちそうになる。

「ちょっ――あんたねぇ……わたしたちはまだ食事中なのよ? トイレはここを出て右の通路の突き当たりだから」

「! そ、そうか、悪いな!」

 颯真はレリルの勘違いに乗っかり、右手をさり気なく死角に隠しながら即座に席を立ち、食堂のドアから飛び出した。

「あ、悪いついでに、今日のところはこれでお暇するわ! 謝礼はまだ後日、受け取りに来るから忘れんなよ?」

 ドアの隙間から顔だけ戻して、颯真がレリルに念を押す。

「あ、だったら、見送りを――」

「いらんいらん! じゃなー!」

 言うが早いか、颯真の顔が引っ込み、ドアが閉じられた。

「まったく、きちゃないなー。慌しいったら。ねえ、ネーア?」

 苦笑して同意を求めるレリルに、

「……そうだね」

 ネーアは颯真が去ったドアのほうをじっと見つめてた。
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