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第10章 消えた賢者

北の都再び ②

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「がはっ、げへ、ごほっ!」

「大丈夫ですか?」

 役人さんが盛大にむせてしまったので、背中を擦ってあげました。

 そうこうしている間に、休憩していた他の役人さんたちも、待合席に集まってきています。
 さほど広くもない待合席のスペースが、制服姿の役人さんたちですっかりと埋まってしまいましたね。

「……こいつぁ、どーも」

 役人さんは口元をタオルで拭いながら、何度も角度を変えては封筒をしげしげと観察していました。

「で、念のために確認しとくが……差出人は誰だって?」

「女王様ですが」

 にわかに、周囲がどよめきます。

 役人さんが右手を掲げますと、すぐに喧騒は収まりました。
 皆さん、食い入るように様子を窺っています。

「ふうむ、この封蝋……たしかに王家の紋章で間違いなさそうだ。ってことは、女王陛下が差出人ってのも本当らしい」

「まあ、女王様から直に受け取りましたからね」

 さすがに手渡しでは、間違えようもありませんよね。

「いやぁ~、そっかそっか。こりゃあ、まいったね。なあ、あんた? わっはっはっ」

「? そうなんですか、あっはっは?」

 笑いながら肩を叩かれましたので、とりあえず意味はわかりませんが笑い返します。

 取り囲む他の役人さんたちまで笑いは伝達し、待合席は和やかな笑いの渦に包まれました。
 輪になった皆さんは手拍子など打ちながら、とても楽しげな雰囲気です。

 あの本当、なんなのでしょうね、これ。

「5分くだせえ」

「はい?」

「おい、おめーら!」

 即座に輪から飛び出てきた若い男女の役人さんふたりに、それぞれ両脇を抱えられました。

「あの、これはいったい……?」

「まあまあまあ」

 問いかけてみましたが、すごい爽やかな笑顔しか返ってきませんでした。
 そのまま引きずられるように、玄関口のほうに連れて行かれます。

「いえ、あの……」

「まあまあまあまあ」

 笑顔に挟まれながら、あれよあれよという間に役所から押し出されてしまい――背後で扉が固く閉じられました。

「……おや?」

 気づけば、玄関前の石畳の上に座り込んでいました。

 理由は不明ですが、どうやら締め出されちゃったようですね。

(兎にも角にも、待てと言われたからには待つしかありませんかね。なにか、先ほどから待たされてばかりの気がしないでもありませんが)

 とりあえず、扉を背もたれにして体育座りで待つことにしました。

 表の通りは都の正門前ということもあり人通りも多く、目の前を大勢の人が行き交っています。
 通行人から見て見ぬふりといいますか、ちらちらとさりげない奇異の視線を感じなくもありません。

 通り過ぎる親子連れの幼い子と目が合いましたので、にこやかに手を振ったのですが、即座に親御さんにお子さんを隠されてしまいました。世知辛い。

 そんなのどかな光景とは裏腹に、背後からはぶ厚い扉越しに、なにやらどたんばたんと壮絶な物音が響いています。
 来訪時以上の騒々しさですね。
 時折、怒号や悲鳴などが聞こえるのですが……なにをやっているのでしょう。

 そして、待つこと5分きっかり。
 音もなく扉が内側から開き、小奇麗な役人の制服に身を包んだ女性の役人さんが出てきました。

「お待たせいたしました。ご案内いたします」

 物腰丁寧に招き入れられ、役所の建物に一歩足を踏み入れますと――

「「「「いらっしゃいませ!」」」」

 一糸乱れず整列した役人さんたちに、総出で出迎えられました。

 皆さん一様のぴしっとした制服姿で、お辞儀の角度も斜め45度で統一されていて見事なものです。
 整理整頓されたデスクが整然と配置された職場風景は、見ているこちらが気持ちいいくらいですね。

 実に素晴らしいものです。
 先ほどまでの惨状を見ていなければ。

「ようこそ、お越しくださいました。わたくしはこのカランドーレ役所の所長、サンドルと申します」

 歩み出たのは、身なりを整えた先ほどの年配の役人さんでした。
 腕まくりに足まくり、胸元をはだけて首にタオルを引っ掛けた銭湯帰りのおやっさんみたいな風体が、一流企業の重役のような空気を醸し出しています。

 あなたが所長さんでしたか。
 無精髭は剃られ、髪型もきっちり整えられて、よくもまあこの短時間でここまで変貌したものですね。もはや、変装に近いビフォーアフターです。
 先ほど面と向かって話していなければ、とても同一人物とは気づかなかったでしょうね。
 感心してしまいます。

「して、本日はどのようなご用向でしょう?」

「……女王様からの手紙、お渡ししましたよね?」

「おおっ、なるほど、拝見いたしましょう! ふむ、これはたしかに女王陛下からの封書にて間違いないようですな!」

 自分の懐から封筒を取り出しておきながら、わざわざたった今私から受け取ったような小芝居をするのはどうしてでしょうね?

「そこの君たち! お客人を応接室にご案内したまえ! くれぐれも丁重にな!」

 所長さんが優雅に指を鳴らしました。

「「「かしこまりました! 喜んで!」」」

 部下さんから打てば響くような反応があるあたり、日頃の指導が行き届いているのでしょうね。
 いい連携だと思います。

 よくやく、私にも理解できました。
 つまり、これはあれですね。先ほどまでのはなかったことにしてください――という。
 いずこからか、声なき懇願が聞こえてくるかのようですね。

 不意に所長さんと目が合い、所長さんが口の端を上げる程度にわずかに微笑みました。
 私にはそれに、首肯で応じます。

 そうして、私たちは通じ合ったのでした。
 ただ正直なところ、そんなことはものすごくどうでもいいことでしたが。

 応接室に案内されますと、所長さんがじきじきに応対されるようで、対面の椅子に腰を下ろしました。
 席に着くと同時に、若い女性役人さんが湯気立つティーカップを私の前に置き、退室していきました。

 返す返すも、邪険にされ無視され放置された先ほどとは、対応に雲泥の差がありますね。
 もう苦笑いしか出ません。

「しばし、お待ちください。指定の物は、ただ今別の者に用意させておりますので」

 初対面時の愛想の無さもどこへやら、所長さんは晴れやかな営業スマイルでにこにこしていました。

「用意、ですか……?」

 そういえば、渡せばわかるとのことでしたから、封書に認められたという指針について、肝心な中身までは聞いていませんでしたね。
 用意というからには、なにかを受け取ってくるようにとのことなのでしょうか。

 ただでも待ちぼうけで時間を浪費してしまいましたので、さっさとお暇したいところですが……もう少しばかり、待つしかなさそうですね。

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