上 下
153 / 164
第10章 消えた賢者

北の都再び ①

しおりを挟む
 北の都カランドーレ。
 以前にこちらを訪問した際には、『青狼のたてがみ』の皆さんや井芹くん、王国騎士のフウカさんら六人とご一緒した賑やかなものでしたが、今回は私ひとりでの寂しい再訪問となりました。

 あのときは『勇者』のエイキ、今度は『賢者』のケンジャンを捜してこの都を訪れたことになりますから、なんとも不思議な縁となったものですね。
 ここは”水の都”とも呼ばれる運河の都市。本来でしたら、のんびりと観光なりを楽しみたいところではありますが、今回も前回に引き続き、そんな余裕はなさそうです。

 王都カレドサニアで諸々の準備を終えてから、出発したのがつい一昨日。
 女王様からこの北の都の情報を得た翌日のことでした。

 女王様は独自に捜索隊を派遣されるのですが、編成その他にまだ期間がかかるということで、今回、私は別行動を取らせてもらうことにしました。
 私単独のほうが機敏に動けて即応性がありますし、なにより他の同行者がいてはその方がお気の毒なことになりかねません。
 なにしろ今回は今回で、通常の馬車旅で十日以上かかる旅程を一昼夜に満たない時間で走破したわけですから、その強行軍たるや他人には決してお勧めできないというものです。

 ただ、それでもケンジャンがカランドーレにいたのは二週間ほども前。
 すでにそれだけの日数を出遅れている状態です。

 冒険者ギルドの情報網を持ってしても、ケンジャンの目撃証言は、”北へ向かったらしい”という情報を最後に、この北の都で途絶えています。
 ケンジャンがトランデュートの樹海に向かったのであれば、とっくに到着している頃合いでしょう。あまりのんびりしている暇はありません。

 しかし、急がば回れといいますが、気ばかり急いても、目指す先が見えていないのであれば意味がありません。
 なにせ、これから向かうトランデュートの樹海はあまりに広大です。今のままでは、目的地の手がかりはあってないようなものですから、無計画に樹海に突入し、闇雲に捜し回ればよいというものでもないでしょう。

「だからこそ、これに頼らせてもらうわけですが」

 王都の出発前に、女王様から託された封書を手にします。

 この封書には今後の指針となるべき内容が認められているそうで、カランドーレの役所に届けるようにと言い含められました。
 ケンジャンの消息についてのみならず、一国の国主直々にここまでしてもらえるとは申し訳なさが先に立たないでもありませんが、ここは素直に感謝しておきましょう。

 以前の訪問時、カランドーレ役所の役人さんのご厄介になったのですが、あのとき連行されたのは出張所のような小さな建物でした。
 入れられた牢も、留置所のような小規模なものでしたから、これだけの大都市だけに、もっと立派で大規模な牢を有した役所本部ともいえる施設があるのでしょうね。
 牢の大きさで役所を語るものなんですが。

 なにぶん、慣れない土地ですから、すんなりと見つかってくれるといいのですが……



 そんな心配も杞憂に終わり、都に入って一番最初に通り過ぎた、正門入口横に隣接する建物がお目当てのカランドーレ役所でした。
 どうりで住人に道を訊ねる度に、来た道来た道を戻る羽目になっていたわけです。
 素人感覚でとりあえず先に進んでみようなどとはせずに、真っ先に訊いてみるべきでしたね。時間の無駄になってしまいました。

 そうして辿り着いた役所ですが、想像していたほどには大きくもなく、むしろ都市の規模に対しては小さいものでした。
 これでは、私のみならず、気づかずに見過ごしてしまうのも無理ないというものです。

 建物自体も年季が入っており、どことなく歴史を感じさせました。
 都市の建設当初から、増設や建て替えもしていないのかもしれませんね。

 都市が拡大するにつれ、あの出張所のような出先を増やして分散することで、各地の諸問題に対応しているとかでしょうか。
 ここは運河の都市だけに、網の目のように広がる水路が土地を細分化していますから、そちらのほうが効率的かもしれませんし。

「ごめんください~」

 正面口の扉を押し開けて入ってみますと、外観からの閑散とした見た目によらず、意外に中は人で混み合っていました。
 なにやら、バタバタしていると言い換えてもいいかもしれません。

 一見して一般人らしき方は見当たらず、慌ただしくしているのは全員ここに務める役人さんたちのようですね。

 数あるデスク上には物や書類の山が形成され、床にまで散乱していました。
 そういうふうに置いているのか、書類が崩れてそうなったのか、判断に難しいくらいです。
 さながら災害時の緊急対策室の様相ですね。

 受付カウンターを探してみましたが、内部の造りとしても、どうもここには受付自体がなさそうです。
 仕方がないので、折を見て近場の役人さんに声をかけてみることにしました。

「あの~」

「ちょっと邪魔しないで!」

「その~」

「ほらほら、どいたどいた!」

 ……にべもありません。
 どなたもずいぶんと忙しそうで、ちょっと殺気立っているのはなぜでしょうね。

 室内を見回しているうちに、待合席らしき場所の椅子に腰を下ろしている役人さんを発見しました。
 五十過ぎの年配の方で、頭を掻きながら手にした書類に目を落としています。

 あの方でしたら、少しくらいなら話を聞いてもらえる余裕がありそうですね。

「お忙しいところ、すみません。ちょっとよろしいでしょうか?」

「あ~?」

 視線は上げずに、上の空な返事だけが返ってきました。

「……あの」

「ん~……わっかんねえかな? 見ての通りお忙しいんだよ。よろしくねえんだよ。暮らしのご相談、迷子、落とし物はお近くの分所まで。クレーム、近隣トラブル、防犯関連はお近くの分所まで。詐欺、捜査依頼、犯罪の目撃はお近くの分所まで、だ」

 一方的に告げられて、会話が強制終了させられてしまいました。

「……それ以外では?」

「お近くの分所まで、もしくは担当の者が来るまでこのままお待ちください、だ! ――おい、こら! ここ間違ってるって言ってんだろーが!? 突っ込まれたらどうする気だ、やり直せ!」

 後半の台詞で別の役人さんを怒鳴りつけながら、席を立って行ってしまいました。

 さて、困りましたね。
 お仕事の邪魔はしなくないですし、場違いっぽくって私も長居したくないのですが、これを済まさないと先に進めませんし。

 ここでお待ちくださいと言われたからには、とりあえず待ってみるしかなさそうですね。

 室内では、書類の束や箱を抱えた制服姿の役人さんが、目まぐるしく走り回っています。
 そんな様子を眺めながら、空いている椅子に座ってとにかく待つことにしました。

 三十分が経ち、一時間が経過し、二時間めでうつらうつらしはじめた頃、ついに声をかけられました。

「おい、あんた。部外者がここでなにしてんだ?」

 先ほどの年配の役人さんでした。
 手にした飲み物のカップを豪快にあおりながら、こちらを訝しげに見下ろしています。

 周囲を見渡してみますと、さっきまでの鬼気迫る空気も幾分和らいでおり、思い思いに休憩している方、机に突っ伏して力尽きている方と、修羅場を一山乗り越えたような安堵感が広がっていました。
 なにか〆切でもあったのですかね。

 この役人さんも汗だくの制服を着崩して、首にタオルなど引っ掛けており、今はリラックスしているようです。

「いえ、さっきここで待っていろと言われましたよね?」

「…………?」

 明らかに記憶にないというような表情ですね。
 おとなしくここで待ち続けていた私の立場とはいったい。

「この施設では一般業務は受け付けてなくてな。そういったのは各分所で対応することになってるんだよ。とはいえ、なんか待たせちまったみてーだから、一応用件だけは聞いとこうか。で?」

 椅子にどかっと腰を下ろし、タオルで胸元の汗を拭っています。
 かなりおざなりな感じではありますが、対応してくれるだけマシというものでしょう。

「これをここに届けるようにいわれまして」

 預かっていた封書を手渡しました。

「へ~……誰から?」

「女王様です」

 役人さんが飲みかけのカップの中身を盛大に噴き出しました。

しおりを挟む
感想 3,313

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

魔物をお手入れしたら懐かれました -もふプニ大好き異世界スローライフ-

うっちー(羽智 遊紀)
ファンタジー
3巻で完結となっております!  息子から「お父さん。散髪する主人公を書いて」との提案(無茶ぶり)から始まった本作品が書籍化されて嬉しい限りです! あらすじ: 宝生和也(ほうしょうかずや)はペットショップに居た犬を助けて死んでしまう。そして、創造神であるエイネに特殊能力を与えられ、異世界へと旅立った。 彼に与えられたのは生き物に合わせて性能を変える「万能グルーミング」だった。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。