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第10章 消えた賢者
賢者の手がかり ①
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女王様の迅速な措置により、即日に例の少女の手配書が流布され――
吉報がもたらされたのは、それからわずか三日後のことでした。
私のような部外者がお城に留まっているのも悪目立ちするからと、以前の王都復興作業で永らくお世話になっていた城下の宿屋にまた宿泊していたのですが……あまり意味はなかったようですね。
近所の定食屋で遅めの昼食を済ませて戻ってきますと――どういうわけか、宿屋の前には黒山の人だかりが。
それもそのはずで、入口には王家の紋章を掲げた馬車が停められていました。
宿屋は完全武装した騎士さんたちで取り囲まれており、普段は王都の片隅で喧騒ともかけ離れた静かな区画が、なんとも物々しい雰囲気です。
これ以上ない目立ちっぷりに、当初の申し出通りに素直にお城の部屋を借り受けていればと、思わなくもありません。
宿を出入りする騎士さんの中には、見知った顔――フウカさんとライカさんもいるようですね。
親衛隊でも女王様直接警護のおふたりまでここにいるということは、宿屋の中にいる人物も推して知るべしといったところでしょう。
「すみません、通りま~す」
野次馬を掻き分けて宿屋に入りますと、簡素な待合室の一角に、安宿にそぐわない気品を放つ女王様の姿がありました。
優雅に扇子で口元を隠し、ソファーに腰掛けて瞑目しています。
一応、黒いヴェールで目元を覆って正体を隠しているようなのですが、それ以外が色々と隠せていません。
そもそも騎士団同行で、王家の紋章入りの馬車で乗りつけては、隠す隠さない以前の問題でしょう。
その隣で直立不動で固まっているのは、宿屋のご主人さんです。
女王様が来訪されているのに、宿の主が奥に引っ込んでいては不敬にあたるとでも考えたのでしょうか。義務感で歓待はしたものの、そこが限界で思考停止したようですね。
萎縮しすぎて、気の毒なほどに顔色を失ってしまっています。
女王様の待ち人が私であることは聞いていたのか、私の姿を認めた途端に宿のご主人の金縛りが解け、すごい形相で足元に縋りつかれました。
任せましたとばかりに私を拝んでから、矢のような速さで宿の奥に消えていきます。
……ご心労をかけてしまったようですね。
後で菓子折りをもってお詫びしておきましょう。
「タクミ様、お待たせいたしました」
気配で察していたのでしょう。
私がソファーの対面に移動しますと、女王様はすっと双眸を開き、扇子を閉じました。
「お待たせしたのは、こちらでしたね。すみません、ちょっと食事に出ておりまして。呼んでくださったら、こちらからお城に出向いたのですが」
ケンジャンに関する情報が得られたときには、知らせがくる手はずになっていましたが、まさか女王様自ら足を運ぶとは思いも寄りませんでしたね。
「タクミ様をお呼びたてするなど、出来ようはずもありません。畏れ多いことです」
お気遣いはありがたいのですが……
宿の外からは、がやがやと野次馬が騒いでいるのが聞こえてきます。
あれだけ衆目に晒されては、図らずも有名人となってしまったことでしょう。今後、この宿屋はもう利用できそうにありませんね。
「ここでは落ち着いて話もできかねましょう。タクミ様、まずは場所を移しませぬか? どうぞ、こちらへ」
女王様に従って表の馬車に乗り移りますと、周辺を騎士団に囲まれつつ、馬車がゆっくりと動き出しました。
「この馬車は防音完備となっております。余人を交えず談話するには最適かと」
密談ならお城でいいはずですから、重要なのは”余人を交えず”の部分で、暗に邪魔者防止とも聞こえます。
誰が邪魔者扱いされているのか、追求しないのも優しさでしょう。
「タンジ殿の足取りが掴めました」
「そうですか!」
単刀直入に切り出され、思わず気色ばんでしまいました。
浮きかけた腰を据えて、いったん深呼吸して気を落ち着けます。
「ケンジャンは無事なのですね?」
ケンジャンになにかがあったのでしたら、女王様は言葉を濁すはずです。
それがないということだけでも、最悪の事態は避けられたという証でしょう。
「おそらくは。およそ二週間前までの足取りは追えました。少なくとも、その時点でのタンジ殿の無事は確認できております。最初は失踪当日の王都の壁門で。その二日後にはエキレバン城砦の関所で。そのさらに八日後――つまり、今から十三日ほど遡ることになるのですが、北の都カランドーレで件の女人の姿が認められております。いずれも女人はひとりの男性と行動を共にしていたとか。相手はタンジ殿と見て相違ないでしょう。冒険者ギルドの情報網を介した精度の高い情報です」
今回のケンジャンの捜索について、冒険者ギルドもかなり国に協力的らしいですからね。
これまで規律を尊ぶ国と、自由と尊ぶギルドとでは、なにかと対立する相関だったそうですが、なにせケンジャンは王都奪還の立役者のひとりです。
ケンジャンなくして、冒険者ギルドのカレドサニア支部やその職員たちの現在はありませんでした。
いわゆる恩返しといったところなのでしょう。借りのままにしておきたくないだけかもしれませんが。
結局はどちらも同じことですけれどね。
王家と冒険者ギルドの上層部――ケンジャンの失踪当時から、すでに両者は密かに協力体勢にあったようです。
それにしても、やはりあの……なんでしたっけ、バーチャルなお嫁さんが関係していたのですね。
あのあとエイキから詳しく説明を受けまして、近頃の若者の間では、実在するしないを問わず、理想の相手を恋人=嫁と称する的な風潮があることを学びました。
私の時代でも、宇宙や銀河シリーズのヒロインの熱烈なファンがいましたから、きっとあのようなノリなのでしょうね。
それで、そんな本来出会うことのないはずの相手が現実に現われてしまい、ケンジャンは我を忘れてしまったと。
寄せられた報告では拘束されている様子もないようですし、ケンジャンの意思で行動を共にしているのでしたら問題ないのですが……
ただし、ケンジャンが騙されている可能性は大いに考えられますね。
そんな理想の相手が、理想の姿のままに、都合よく目の前に現れること自体、眉唾ものです。
おそらく、相手にはなんらかの意図があってのことでしょう。
吉報がもたらされたのは、それからわずか三日後のことでした。
私のような部外者がお城に留まっているのも悪目立ちするからと、以前の王都復興作業で永らくお世話になっていた城下の宿屋にまた宿泊していたのですが……あまり意味はなかったようですね。
近所の定食屋で遅めの昼食を済ませて戻ってきますと――どういうわけか、宿屋の前には黒山の人だかりが。
それもそのはずで、入口には王家の紋章を掲げた馬車が停められていました。
宿屋は完全武装した騎士さんたちで取り囲まれており、普段は王都の片隅で喧騒ともかけ離れた静かな区画が、なんとも物々しい雰囲気です。
これ以上ない目立ちっぷりに、当初の申し出通りに素直にお城の部屋を借り受けていればと、思わなくもありません。
宿を出入りする騎士さんの中には、見知った顔――フウカさんとライカさんもいるようですね。
親衛隊でも女王様直接警護のおふたりまでここにいるということは、宿屋の中にいる人物も推して知るべしといったところでしょう。
「すみません、通りま~す」
野次馬を掻き分けて宿屋に入りますと、簡素な待合室の一角に、安宿にそぐわない気品を放つ女王様の姿がありました。
優雅に扇子で口元を隠し、ソファーに腰掛けて瞑目しています。
一応、黒いヴェールで目元を覆って正体を隠しているようなのですが、それ以外が色々と隠せていません。
そもそも騎士団同行で、王家の紋章入りの馬車で乗りつけては、隠す隠さない以前の問題でしょう。
その隣で直立不動で固まっているのは、宿屋のご主人さんです。
女王様が来訪されているのに、宿の主が奥に引っ込んでいては不敬にあたるとでも考えたのでしょうか。義務感で歓待はしたものの、そこが限界で思考停止したようですね。
萎縮しすぎて、気の毒なほどに顔色を失ってしまっています。
女王様の待ち人が私であることは聞いていたのか、私の姿を認めた途端に宿のご主人の金縛りが解け、すごい形相で足元に縋りつかれました。
任せましたとばかりに私を拝んでから、矢のような速さで宿の奥に消えていきます。
……ご心労をかけてしまったようですね。
後で菓子折りをもってお詫びしておきましょう。
「タクミ様、お待たせいたしました」
気配で察していたのでしょう。
私がソファーの対面に移動しますと、女王様はすっと双眸を開き、扇子を閉じました。
「お待たせしたのは、こちらでしたね。すみません、ちょっと食事に出ておりまして。呼んでくださったら、こちらからお城に出向いたのですが」
ケンジャンに関する情報が得られたときには、知らせがくる手はずになっていましたが、まさか女王様自ら足を運ぶとは思いも寄りませんでしたね。
「タクミ様をお呼びたてするなど、出来ようはずもありません。畏れ多いことです」
お気遣いはありがたいのですが……
宿の外からは、がやがやと野次馬が騒いでいるのが聞こえてきます。
あれだけ衆目に晒されては、図らずも有名人となってしまったことでしょう。今後、この宿屋はもう利用できそうにありませんね。
「ここでは落ち着いて話もできかねましょう。タクミ様、まずは場所を移しませぬか? どうぞ、こちらへ」
女王様に従って表の馬車に乗り移りますと、周辺を騎士団に囲まれつつ、馬車がゆっくりと動き出しました。
「この馬車は防音完備となっております。余人を交えず談話するには最適かと」
密談ならお城でいいはずですから、重要なのは”余人を交えず”の部分で、暗に邪魔者防止とも聞こえます。
誰が邪魔者扱いされているのか、追求しないのも優しさでしょう。
「タンジ殿の足取りが掴めました」
「そうですか!」
単刀直入に切り出され、思わず気色ばんでしまいました。
浮きかけた腰を据えて、いったん深呼吸して気を落ち着けます。
「ケンジャンは無事なのですね?」
ケンジャンになにかがあったのでしたら、女王様は言葉を濁すはずです。
それがないということだけでも、最悪の事態は避けられたという証でしょう。
「おそらくは。およそ二週間前までの足取りは追えました。少なくとも、その時点でのタンジ殿の無事は確認できております。最初は失踪当日の王都の壁門で。その二日後にはエキレバン城砦の関所で。そのさらに八日後――つまり、今から十三日ほど遡ることになるのですが、北の都カランドーレで件の女人の姿が認められております。いずれも女人はひとりの男性と行動を共にしていたとか。相手はタンジ殿と見て相違ないでしょう。冒険者ギルドの情報網を介した精度の高い情報です」
今回のケンジャンの捜索について、冒険者ギルドもかなり国に協力的らしいですからね。
これまで規律を尊ぶ国と、自由と尊ぶギルドとでは、なにかと対立する相関だったそうですが、なにせケンジャンは王都奪還の立役者のひとりです。
ケンジャンなくして、冒険者ギルドのカレドサニア支部やその職員たちの現在はありませんでした。
いわゆる恩返しといったところなのでしょう。借りのままにしておきたくないだけかもしれませんが。
結局はどちらも同じことですけれどね。
王家と冒険者ギルドの上層部――ケンジャンの失踪当時から、すでに両者は密かに協力体勢にあったようです。
それにしても、やはりあの……なんでしたっけ、バーチャルなお嫁さんが関係していたのですね。
あのあとエイキから詳しく説明を受けまして、近頃の若者の間では、実在するしないを問わず、理想の相手を恋人=嫁と称する的な風潮があることを学びました。
私の時代でも、宇宙や銀河シリーズのヒロインの熱烈なファンがいましたから、きっとあのようなノリなのでしょうね。
それで、そんな本来出会うことのないはずの相手が現実に現われてしまい、ケンジャンは我を忘れてしまったと。
寄せられた報告では拘束されている様子もないようですし、ケンジャンの意思で行動を共にしているのでしたら問題ないのですが……
ただし、ケンジャンが騙されている可能性は大いに考えられますね。
そんな理想の相手が、理想の姿のままに、都合よく目の前に現れること自体、眉唾ものです。
おそらく、相手にはなんらかの意図があってのことでしょう。
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