巻き込まれ召喚!? そして私は『神』でした??

まはぷる

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第10章 消えた賢者

賢者の行方 ③

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 隣がどたばた騒がしかったので、そちらを向いてみますと――エイキがソファーの上で両足をバタバタしながら、声を殺して大爆笑していました。
 いささか妙な表現ですが、実際にそうなのですから仕方ありません。

 なにやら口をパクパクしつつ、身振り手振りで大仰に振る舞っていますが、なんなのでしょうね。
 新しいパントマイムかなにかでしょうか。

 ……あ。ああ、なるほど。
 先ほどからずっと継続して、寡黙な男を演出中でしたか。どうりで、ずいぶん静かだったわけです。

 寡黙とは口数が少ないことと教えましたが、喋らなければいいというものでもないのですけれどね。
 それだけ忙しなく手足をばたつかせていては、思い浮かぶのはニヒルどころか池で遊ぶアヒルです。黙っていても騒々しい子ですね、まったく。

 エイキは、なおもジェスチャーで私に何事か伝えようとしていますが、どうにも要領を得ません。

「……クリスくん本人がいない場所でアピールしても意味がないのでは?」

 はたっとエイキが止まります。

「だね。早く言ってよ」

 あっさりと飲み込んでくれました。
 単純といいますか、素直といいますか。

「ほれ、貸してみ?」

 返事をする前に、エイキに紙とペンをぶん取られました。

「アンちゃんのそのヤバい才能が開花する前に、代わりに俺が描いてやんよ。俺ってアンちゃんと違って、手先器用でさー。イラストなんて、ちょっとしたプロ並みよ?」

 エイキはご機嫌そうに口笛を吹きながら、ソファーに深くもたれ掛かりました。

 足など組んで悠然とペンを構えるさまは、著名な画家っぽい風格を感じられなくもありませんが……なにせ、エイキはだいたい根拠のない自信に溢れていますからね。話半分で聞いておいて、ちょうどいいかもしれません。

「んで、さっきアンちゃんが見た子って、どんな感じの見ためだったわけ? てきとーでいいから」

「適当って」

 思わず苦笑いしてしまいます。

 その軽薄さがますます信憑性に欠けますが……言い出したからには本人もやらないことには納得しなさそうですし、とりあえず描いてもらうことにしました。

 適当でいいとはいわれましたが、できるだけ細部を思い出しながら説明しますと、エイキは「ほー」だの「ふーん」だのとやる気のない相槌を打ちながら、軽快に紙面にペン先を滑らせていました。
 あまりに淀みのない動きなので、傍目には殴り書き――はっきりいいますと、落書きしているようにしか映りませんね。

 この様子では、やはり期待は――

「ほいっと完成、こんなもん?」

「――おおおおおお!?」

 テーブルの上に無造作に放られた紙には、見事な人物画が描かれていました。

 荒く力強いタッチと細く柔らかなタッチ、相反する強弱の線が紙上で織りなすハーモニー。
 単色のペンしか用いていないにもかかわらず、繊細にして絶妙、ときに大胆なペン捌きで、むしろ彩り豊かに見えます。

 再現度も相当なものですね。
 地面まで届きそうなふたつ結いの長い髪、服装はミニスカートに袖なし服にネクタイと――私にはあまり馴染みのない独創的な風貌ですが、私が幻視で見た人物とは、まさにこんな感じでした。

 たったあれだけの拙い説明だけで、これほどのものを出してくるとは……私の記憶に残る実物よりも本物っぽく見えるほどです。

 おまけに、可愛いらしいポーズでウィンクしているサービス付き。プロの画家さんが描いた作品と紹介されても、疑われないでしょうね。素晴らしい出来栄えです。
 さらに絵の隅に、流暢な文字で堂に入ったサイン入りとは、恐れ入りました。

 エイキ――あなたは、いったい……

「ふふん、どーよ? だてにガキの頃から姉貴に鍛われてねーし?」

 そういえば、エイキにはお姉さんがいましたね。
 そのお姉さんが絵に携わる仕事をしている師匠でしょうか。エイキは幼少より英才教育を受けたサラブレッドということですかね?

「おみそれしました」

 私の完敗です。
 いえ、そもそも競っていたわけではありませんが、稀有な才能を前にして、素直に口をつきました。

 私のごとき怪画家が、「どうせ、エイキも私と大差ないでしょうねー」などと侮っていたとは、なんとも恐れ多い。
 芸術を冒涜していた私を許していただきたい。

「……泣くほど? ま、鍛われたっつっても、なんも知らないガキんとき、姉貴に無理やり作画手伝わされてた時期があってさ。そんときの名残りみてーなもん? 姉貴、腐ってたから。今じゃ、黒歴史だから内緒な」

 やはり、お姉さんは芸術家でしたか……腐っていたという意味はわかりませんが。

「ドヤっといてなんだけど、これってそんな大したものでもねーんだよね。アンちゃんの話を聞いてたら、昔見たことあるのにそっくりだったから、そのまんま描いてみただけだし」

「え? お知り合いの人なんですか?」

 幻視でのケンジャンの過剰な反応から、ケンジャンの知人とは思いましたが、エイキもそうだったとは驚きです。

 ですが、”昔”というのはいささか妙な表現ですね。
 私たちがこの異世界に招かれてから、まだ1年も経過していません。
 いくらエイキが若いからとはいえ、たった数ヶ月程度のことを、昔と言い表すのも変じゃないでしょうか。

 ということは、もしや、異世界に召喚される前――日本でのふたり共通の知り合いということに……?

「人っつーか、キャラなんだけど。かな~り昔から流行ってたみてーだし、俺よかアンちゃんのほうが年代でしょ? 見たことない?」

「いえ、とんと」

 キャラクターが流行っていた? 
 誰でしょう、独特の芸風で一世風靡した芸能人とかでしょうか……テレビは好きですが、そちらの方面には疎いのでなんとも。

「……ちょっと待ってくださいよ。でしたら、あのときにケンジャンが呟いた……あの”嫁”という言葉も、間違いではなかったということに?」 

 ケンジャンは名前らしき単語を発した後に、”俺の嫁”と囁いたように聞こえました。
 王都の喧騒の中、ただでも小声で聞き取りにくく、てっきり私の聞き違いかと思っていましたが……あの相手も日本出身となれば、話は変わります。

 ケンジャンはまだ独身と勝手に思い込んでいましたが、実は日本にいた頃すでに結婚しており、その引き離された結婚相手もまた、この異世界に――ということでしょうか。

 なんということでしょう、ケンジャンだけではなく、その奥さんまでもが同じく召喚されていた……?

 そうなれば、幻視の中でケンジャンが茫然自失となっていた理由もわかるというものです。
 夫婦ともども異世界に連れ去られていた事実を知るところとなり、この境遇を嘆き悲しむべきか、それとも再会できたことを喜ぶべきか、はたまたこの現実に憤るべきか――きっとあのわずかな時間に、ケンジャンの胸中を喜怒哀楽が怒涛のごとく駆け巡ったことでしょう。

 それはもう、大好物の手羽唐のことが頭から抜け落ちてしまっても、仕方ないというものです。

「…………くうっ」

 その複雑な胸の内を思い、心痛に言葉を失っていますと、隣のエイキはなぜか腹を抱えて大笑いしていました。

 いくら奔放なエイキでも、それはあんまりかと。

 物事には笑い話にしていいものと悪いものがあります。
 そもそも、まだ若く人生経験の浅いエイキには、そのあたりの他人を思いやる心の機微に疎いのでしょう。
 ここままではケンジャンの名誉のみならず、エイキの将来にも悪影響を及ぼしかねません。

 そのことを懇切丁寧に説明しますと、エイキはなぜかよりいっそう笑いを深めてしまいました。
 ソファーに身を横たえ、笑いすぎて息も絶え絶えです。どこにそんな笑いどころが。

「エイキ、いい加減にしてください。これは笑い話ではないのですよ?」

「いや、笑い話でしょ? つーか、笑うっきゃないっって! だってさ、それってネットのバーチャルアイドルなんだぜ? バーチャル、CGな! 2次元の嫁って――さっすがケンジャン、ハマりすぎていて怖い! もしかして、初恋の相手だったりもしちゃうわけ!? そりゃ、ここでそんな似たもん見かけたら、ふらふら付いてっちゃうよねー? はっはっはっはっ! は、腹痛てー! し、死ぬー、笑い死ぬ!」

「???????」

 バーチャルアイドル? 2次元? 初恋?
 CGとはコンピューターグラフィックスのことですよね? それがどうして恋愛や結婚につながるのです?

 困り果てて、対面に座る女王様に縋る目を向けますと、こちら以上の困り顔でした。
 まあ、日本出身の私ですら理解できていないのですから、異世界の方ではそうなりますよね。

 それでもさすがは女王様、咳払いひとつで困惑を引っ込めました。

「と、ともかく……タンジ殿はこの女人の跡を追ったと見て、間違いないようですね。さっそく国内に手配して、捜索に当たらせましょう。タクミ様、エイキ殿。有力な情報を感謝いたします」

「そ、そうですね。お手数をおかけしますが、お願いします。女王様」

「承りました。もとより、タンジ殿はこの国にとって大恩ある御仁。尽力は惜しみませぬ。国の総力を上げてでも、必ずや捜し当ててみせましょう」

「ええ、もちろん私も協力します。お互いに頑張りましょうね」

 女王様と固い握手を交わす横で……エイキはまだソファーの上を転がり回っていました。

 せっかく、無理やりシリアスに締めようとしたのが台無しではないですか。

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