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第10章 消えた賢者
賢者の行方 ②
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よくよく話を聞いてみますと、物証といっても遺留品でした。
ケンジャンは露店で山盛りの手羽唐を購入したのち、店頭で貪り食べていたのを最後に、姿をくらましたそうです。
そのときにその場に残されていた遺留品というのが、このバーレクパック(in手羽唐の食べ残し)だそうでして。
「残念ながら他に目ぼしい情報がない以上……このようなものでも、僅かなりとも手がかりにならないかと、魔法で状態保存しておりました」
申し訳なさそうに女王様は言いますが、これは安易に一笑に付すべきではないかもしれませんね。
あの食いしん坊なケンジャンが好物のお肉を食べ残していることからして、明らかな異常事態です。
まして、中身が残っていて置き去りにするなどありえません。
食べ物のことを失念してしまうほどの事態に遭遇したのか、はたまた意図してそうなるように仕向けられたのか……いずれにせよ、なんらかの外的要因があったということでしょう。
なにか、第三者による作為的なものを感じますね。
「これまでにも、あらゆる魔法やスキルをはじめ、ほうぼう手を尽くしたものの、結果は振るわず……タクミ様のお力で、なにかわかりませぬか……?」
私の力といいますと、この場合では<森羅万象>でしょうか。
いまだ不完全ながらも、全知と呼ばれる神のスキルだけに、試してみる価値はありそうですね。
「わかりました。及ばずながら、やってみましょう」
なにせ、使い勝手のいい<万物創生>と違いまして、<森羅万象>はとても扱いづらいスキルです。
対価のごとく、すぐに手厳しい頭痛となって返ってきますから、注意するに越したことはありませんね。
バーレルパックに手をかざします。
(手始めですから、まずはお手柔らかにお願いします。いいですか、あくまで軽めですよ? 頼みましたからね? <森羅万象>さん、私に教えてください……!)
脳裏に、凛とした声が響きました。
『食べ残し』
それは見てわかります。
……あまりに、用心が過ぎましたかね。
今度はもう少し詳しく、踏み込んで訊いてみましょう。
『鶏の羽先を油で揚げて調理した物の食べ残し』
……ご丁寧に、鶏の手羽唐の解説が付きました。
むう、なかなか思うようにはいきませんね。
では、もうちょっとだけ詳しく――
「――うっ!?」
「タクミ様! いかがなさいましたか!?」
反射的に頭を抱えた私に、女王様が即座にソファーから上体を起こしました。
「……いえ、大丈夫です。ご心配なく、ちょっとした知恵熱みたいなものですから……」
「は、はあ……?」
いけませんね、余計な心配をかけてしまいました。
とりあえず、女王様には腰を下ろして落ち着いてもらいます。
まさか、手羽唐の解説の次で、鶏の起源から唐揚げを構成する原子配列まで知識として頭に叩き込まれるとは思いませんでしたよ。
情報過多で、あわや脳みそがパンクするところだったじゃないですか。
<森羅万象>さんには、徐行とベタ踏みしかないのでしょうか……
半クラッチのように、もう少し節度といいますか、融通を利かせてほしいものなのですが。
……ああ、そういえば、以前にあの黒い結晶からは、シロンさんたちの過去の情景が映像として読み取れましたよね。
あれ、どうにか再現できませんかね?
(<森羅万象>さん……私にまた過去を見せてください……――おおっ!?)
突如、視界が切り替わりました。
目の前に広がるのは、お城の室内ではなく――大勢の人の行き交う街中の風景でした。
これは王都の城下町ですかね。ちらほらと私にも見覚えのある建物が見受けられます。
(どうやら、上手いこと成功したみたいですね……)
その視界の中には、捜し求めるケンジャンの姿がありました。
私と最後に会ってからさらにボリュームアップしたようで、横綱クラスから殿堂入りクラスにパワーアップしています。どこまで高みを目指しているのでしょうかね。
ケンジャンは手羽唐が山盛りに詰まったバーレルパックを魔法で宙に浮かせ、中身を両手で鷲掴みにし、交互に貪っている最中でした。
なんとも、無駄に間違った魔法の使い方のような気がしてなりませんね。
そんなケンジャンの視線が、不意に前方を行き交う人混みの一点で留まりました。
目を見開くケンジャン。唖然と口を開けたせいで、咥えていた5本の手羽唐が次々と地面に落ちました。
見つめる先には、人の流れから孤立するように、ひとりの若いお嬢さんが立ち尽くしています。少女といってもいいくらいの年齢の子です。
その子もまた、真っ直ぐにケンジャンを見つめ返していますね。お知り合いでしょうか……?
その子もまた、真っ直ぐにケンジャンを見つめ返していますね。
ふたりはお知り合いでしょうか……?
「そんな、まさか……どうしてこんなところに……」
ケンジャンは震える声で、誰かの名前らしきものを呟きました。
私には聞き覚えのない名前でした。
地面に落ちたバーレルパックが転がり、中身がぶちまけられましたが、ケンジャンには気にするだけの余裕もないようです。
「あ……待って……待ってくれ!」
女の子はくすりと笑ってから身を翻し、再び人混みの中に埋もれていきます。
ケンジャンもまたふらふらとした足取りで、追い縋るように手を伸ばし、人の波の中に消えていきました……
――場面はそこで途切れました。
肝心なその後も追いかけてほしいところでしたが、どうやら私の見ていた視点は、足元に落ちたバーレルパックだったようです。
バーレルパックの記憶だったのでしょうか……言っている私自身、よく意味がわかりませんが。
「ですがこれは、重要な情報ですね」
意識が現実に戻った私は、今しがた見たことを女王様に説明しました。
それなりの時間が過ぎた感覚だったのですが、傍目には一瞬だったようですね。
証明する手段もないですから、信じてもらえるか少々不安でしたが、女王様はすんなりと受け入れてくれました。
「その女性……少女でしたか。タクミ様の幻視に現われたその人物が、此度のタンジ殿の失踪のキーパーソンとみて間違いないようですね」
「私もそう思います。見慣れない変わった服装で、独特な髪型をしている子でした。ええっと、こう……なんといいますか……」
できるだけ具体的な特徴を伝えようとしましたが、口だけでは伝わりにくいものですね。
私の語彙力の無さが恨めしい。まさか、<万物創生>で実物を創生するわけにもいきませんし。
「そうだ、絵に描いてみましょう!」
我ながらいいアイディアと思いまして、さっそく紙とペンを創生し、意気揚々と似顔絵を描いてみたのですが……悲しいことに、語彙力以上に私の画力は壊滅的でした。
なにか、意図せずムンクの叫び調の絵になっています。あちらは絵画ですが、こちらは怪画といえなくもありません。
これで個人の特定ができたのなら、まずはできた人のほうを称賛したいほどです。
普段から絵を描くことなど皆無でしたからね。
人間、勢いだけではどうにもならないようです。がっくしですね。
「これは……うむむ、いささか前衛的と申しますか……」
女王様も渋い顔です。
脇に控えるライカさんとフウカさんも、視界に入れないようにさり気なく視線だけ天井付近を真顔で見上げつつも、肩が細かく震えていました。
それほどですか、そうですか。
ケンジャンは露店で山盛りの手羽唐を購入したのち、店頭で貪り食べていたのを最後に、姿をくらましたそうです。
そのときにその場に残されていた遺留品というのが、このバーレクパック(in手羽唐の食べ残し)だそうでして。
「残念ながら他に目ぼしい情報がない以上……このようなものでも、僅かなりとも手がかりにならないかと、魔法で状態保存しておりました」
申し訳なさそうに女王様は言いますが、これは安易に一笑に付すべきではないかもしれませんね。
あの食いしん坊なケンジャンが好物のお肉を食べ残していることからして、明らかな異常事態です。
まして、中身が残っていて置き去りにするなどありえません。
食べ物のことを失念してしまうほどの事態に遭遇したのか、はたまた意図してそうなるように仕向けられたのか……いずれにせよ、なんらかの外的要因があったということでしょう。
なにか、第三者による作為的なものを感じますね。
「これまでにも、あらゆる魔法やスキルをはじめ、ほうぼう手を尽くしたものの、結果は振るわず……タクミ様のお力で、なにかわかりませぬか……?」
私の力といいますと、この場合では<森羅万象>でしょうか。
いまだ不完全ながらも、全知と呼ばれる神のスキルだけに、試してみる価値はありそうですね。
「わかりました。及ばずながら、やってみましょう」
なにせ、使い勝手のいい<万物創生>と違いまして、<森羅万象>はとても扱いづらいスキルです。
対価のごとく、すぐに手厳しい頭痛となって返ってきますから、注意するに越したことはありませんね。
バーレルパックに手をかざします。
(手始めですから、まずはお手柔らかにお願いします。いいですか、あくまで軽めですよ? 頼みましたからね? <森羅万象>さん、私に教えてください……!)
脳裏に、凛とした声が響きました。
『食べ残し』
それは見てわかります。
……あまりに、用心が過ぎましたかね。
今度はもう少し詳しく、踏み込んで訊いてみましょう。
『鶏の羽先を油で揚げて調理した物の食べ残し』
……ご丁寧に、鶏の手羽唐の解説が付きました。
むう、なかなか思うようにはいきませんね。
では、もうちょっとだけ詳しく――
「――うっ!?」
「タクミ様! いかがなさいましたか!?」
反射的に頭を抱えた私に、女王様が即座にソファーから上体を起こしました。
「……いえ、大丈夫です。ご心配なく、ちょっとした知恵熱みたいなものですから……」
「は、はあ……?」
いけませんね、余計な心配をかけてしまいました。
とりあえず、女王様には腰を下ろして落ち着いてもらいます。
まさか、手羽唐の解説の次で、鶏の起源から唐揚げを構成する原子配列まで知識として頭に叩き込まれるとは思いませんでしたよ。
情報過多で、あわや脳みそがパンクするところだったじゃないですか。
<森羅万象>さんには、徐行とベタ踏みしかないのでしょうか……
半クラッチのように、もう少し節度といいますか、融通を利かせてほしいものなのですが。
……ああ、そういえば、以前にあの黒い結晶からは、シロンさんたちの過去の情景が映像として読み取れましたよね。
あれ、どうにか再現できませんかね?
(<森羅万象>さん……私にまた過去を見せてください……――おおっ!?)
突如、視界が切り替わりました。
目の前に広がるのは、お城の室内ではなく――大勢の人の行き交う街中の風景でした。
これは王都の城下町ですかね。ちらほらと私にも見覚えのある建物が見受けられます。
(どうやら、上手いこと成功したみたいですね……)
その視界の中には、捜し求めるケンジャンの姿がありました。
私と最後に会ってからさらにボリュームアップしたようで、横綱クラスから殿堂入りクラスにパワーアップしています。どこまで高みを目指しているのでしょうかね。
ケンジャンは手羽唐が山盛りに詰まったバーレルパックを魔法で宙に浮かせ、中身を両手で鷲掴みにし、交互に貪っている最中でした。
なんとも、無駄に間違った魔法の使い方のような気がしてなりませんね。
そんなケンジャンの視線が、不意に前方を行き交う人混みの一点で留まりました。
目を見開くケンジャン。唖然と口を開けたせいで、咥えていた5本の手羽唐が次々と地面に落ちました。
見つめる先には、人の流れから孤立するように、ひとりの若いお嬢さんが立ち尽くしています。少女といってもいいくらいの年齢の子です。
その子もまた、真っ直ぐにケンジャンを見つめ返していますね。お知り合いでしょうか……?
その子もまた、真っ直ぐにケンジャンを見つめ返していますね。
ふたりはお知り合いでしょうか……?
「そんな、まさか……どうしてこんなところに……」
ケンジャンは震える声で、誰かの名前らしきものを呟きました。
私には聞き覚えのない名前でした。
地面に落ちたバーレルパックが転がり、中身がぶちまけられましたが、ケンジャンには気にするだけの余裕もないようです。
「あ……待って……待ってくれ!」
女の子はくすりと笑ってから身を翻し、再び人混みの中に埋もれていきます。
ケンジャンもまたふらふらとした足取りで、追い縋るように手を伸ばし、人の波の中に消えていきました……
――場面はそこで途切れました。
肝心なその後も追いかけてほしいところでしたが、どうやら私の見ていた視点は、足元に落ちたバーレルパックだったようです。
バーレルパックの記憶だったのでしょうか……言っている私自身、よく意味がわかりませんが。
「ですがこれは、重要な情報ですね」
意識が現実に戻った私は、今しがた見たことを女王様に説明しました。
それなりの時間が過ぎた感覚だったのですが、傍目には一瞬だったようですね。
証明する手段もないですから、信じてもらえるか少々不安でしたが、女王様はすんなりと受け入れてくれました。
「その女性……少女でしたか。タクミ様の幻視に現われたその人物が、此度のタンジ殿の失踪のキーパーソンとみて間違いないようですね」
「私もそう思います。見慣れない変わった服装で、独特な髪型をしている子でした。ええっと、こう……なんといいますか……」
できるだけ具体的な特徴を伝えようとしましたが、口だけでは伝わりにくいものですね。
私の語彙力の無さが恨めしい。まさか、<万物創生>で実物を創生するわけにもいきませんし。
「そうだ、絵に描いてみましょう!」
我ながらいいアイディアと思いまして、さっそく紙とペンを創生し、意気揚々と似顔絵を描いてみたのですが……悲しいことに、語彙力以上に私の画力は壊滅的でした。
なにか、意図せずムンクの叫び調の絵になっています。あちらは絵画ですが、こちらは怪画といえなくもありません。
これで個人の特定ができたのなら、まずはできた人のほうを称賛したいほどです。
普段から絵を描くことなど皆無でしたからね。
人間、勢いだけではどうにもならないようです。がっくしですね。
「これは……うむむ、いささか前衛的と申しますか……」
女王様も渋い顔です。
脇に控えるライカさんとフウカさんも、視界に入れないようにさり気なく視線だけ天井付近を真顔で見上げつつも、肩が細かく震えていました。
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