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第10章 消えた賢者

賢者の行方 ①

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 王女様の案内のもと、通されたのは貴賓室の一室でした。
 どこか見覚えがあると思っていましたら、ここは以前に『青狼のたてがみ』への指名依頼で、カレッツさんとレーネさんとで女王様へ謁見した部屋ですね。

 案内役の王女様は同席しないようで、入口前で別れました。
 すでに室内には国主のベアトリー女王を筆頭に、護衛のライカさんとフウカさんの親衛隊騎士ふたりが控えていました。

 ソファーの中央に女王様、その両脇の定位置に直立不動でライカさんとフウカさんが陣取っています。
 なぜかフウカさんが安っぽい箱を小脇に抱えている他は、前回とまったく同じ様相ですね。

 お三方ともお変わりなさそうです。
 こうして向かい合っていますと、アンカーレン事変でのことが思い起こされます。

(あのときは已む無くとはいえ、手荒なことをしてしまい、申し訳ありませんでした)

 魔物堕ちの後遺症で皆さんに当時の記憶がないだけに、口にするわけにもいきませんので、心の中でのみ謝罪しておきます。

 覚えていないことは、むしろ幸いかもしれません。
 一国の女王と誉れ高い騎士が揃って魔王軍の魔将に操られていたなど、不名誉どころか耐え難い屈辱でしかないでしょうし。

「娘のシシリアより事の次第は聞き及んでおります。タクミ様の此度の訪問の目的は、タンジ殿の件についてですね?」

「へぇ。なんだ、アンちゃん。ケンジャンに用があってきたんだ?」

 私が答えるよりも早く、隣のソファーに仰け反るエイキが口を挟んできました。

「……どうしてエイキまで同席を?」

「強いて言ったら暇だから? クリスちゃんも帰っちゃったしさ。なに、俺がいちゃ悪いっての?」

 悪くはありませんが、ケンジャンが失踪したと聞き、大急ぎでここまでやって来た身としましては、暇つぶし感覚で対応されるのもあんまりといいますか。

「エイキもケンジャンの失踪について、知っているのですよね?」

「え? 知らね。そーなん?」

 あっけらかんと言ってのけます。

「いや~。ここんとこ、勇者活動に忙しかったからね、俺。そーいや、最近見ないなーって思ってたら、んなことになってたんだ? いっつも食べ歩きしてたから、城下で迷子にでもなってんじゃねーの? もしかして、デブいから側溝にでも嵌って動けなくなったとか! いいトシして迷子とか、ウケねー?」

 迷子ではなく、失踪ですけれどね。
 かく言うエイキも行方不明になって迷惑かけていたので、人のことは言えませんよね。

 まだ本題にすら触れてもいないというのに、いちいちエイキが横槍を入れてきますので、話が先に進みそうにありません。
 ここは、秘密兵器の投入ですね。

「……そうそう。以前にクリスくんは寡黙でニヒルな方が好みだと、言っていたような言ってなかったような……」

 ぼそりとこれみよがしに囁いてみました。

 エイキが途端にはっとして目を見開きます。

「! ……寡黙って?」

 そこからですか。

「多くを語らず、口数少ないことですよ」

 説明しますと、エイキは急に押し黙り、得意げに顎に手を当てました。

 う~ん、マ○ダム。昔流行りましたね、懐かしい。
 それがエイキなりのニヒルのイメージなのかもしれませんが……いくつですか、あなた。

 ともかく、恋心と男の見栄はいつの年代でも共通のようですね。
 エイキを鎮めることには成功しましたので、ようやく落ち着いて本題に入れそうです。

「タンジ殿が消息を絶ったのは、すでに二十日ほども前のこと。妾が所用で王都を留守にしている間のことでした。城下で目撃されたのを最後に、姿を消したとの報告を受けております」

 エイキの妨害もなんのその、女王様が何事もなかったように厳かに語りはじめました。
 この落ち着きよう、人の上に立つ者として、さすがといわざるをえません。

 というよりも、そもそもエイキのことは、最初から完全にスルーしているのでしょうね。
 ライカさんやフウカさんはより顕著で、徹頭徹尾、直立不動で正面を向いたまま一瞥すらしていません。
 悲しきかな、エイキの性格だけにこれまでも色々やらかしているでしょうから、すでに城内の人間には慣れっこなのかもしれませんね。

 それはさておき、二十日前といいますと、ちょうど女王様がアンカーレン城砦を慰問で訪問されていた時期と一致するではないですか。
 あの場に私がいたことは内緒ですが、あの大変だったアンカーレン事変と時を同じくして、王都ではこのような事件が発生していたとは……嫌な奇遇もあったものです。

「目撃情報では、なんと?」

「城下のとある露天でのことなのですが、鶏唐というのですか? その食料品を購入後、ふらふらと誘われるように人混みの中に消えていったとの、露天の主人よりの証言です。その歩みは覚束なく、なにかの跡を追うようであったとも」

「う~ん。それをケンジャンの自発的な行動と考えていいものでしょうかね?」

 まさかとは思いますが、他で出店している食べ物の匂いにつられただけじゃありませんよね。

「少なくとも、幻惑の類ではないでしょう。王都は常に人で溢れており、よからぬ企てを起こすには。人の目が多すぎます。仮に何者かがなんらかの方法で凶行に至ったとしても、すぐに周囲に知れましょう。そして、相手はあの『賢者』殿。数多の防御スキルを有する御仁なれば、容易く他者の術中に落ちるとは考えられませぬ」

 ということは、幻覚を見せられたり、操られたわけではないということですよね。
 この異世界には、摩訶不思議な魔法やスキルがありますので、絶対ではないかもしれませんが、人の行き交う往来の真ん中でこっそりというのも無理がありそうです。

「事の発覚後、すぐに探索スキルを有する者による調査が命じられましたが、王都内でのタンジ殿の所在は確認できなかったとのことです。その時点で、すでに城外に連れ去られていた可能性も考えられるかと」

 可能性ですか……裏を返しますと、他の可能性があるということですね。
 存在が確認できないのに連れ去られてもいない――考えたくありませんが、言外にケンジャンが亡き者にされているのでは、ということですよね。

 事態は思ったよりも深刻なようです。

「それで、なにか手がかりは……?」

「これに。フウカ」

「おおっ、あるんですね!?」

 光明が差した気分です。

 私と女王様を隔てるテーブルの上に恭しく置かれたのは、先ほどからフウカさんが抱えていた箱でした。
 なるほど、貴賓室にも騎士にも似つかわしくない物とは思いましたが、このためでしたか。

「こ、これは……!?」

 箱の中身を覗きまして、思わず叫んでしまいました。

 箱の内側は、染み込んだ油で黄色く滲み、中には明らかに食べかけと思わしき鶏の手羽先が、いくつも放置されています。

 なんということでしょう――まったく意味不明なのですが!

「……私の見立てでは、鶏手羽の食べ残したバーレルパックにしか見えないのですが」

「ご慧眼お見事です、タクミ様。これが唯一の物証となります」

 女王様から至極真剣に告げられましたが、正直、ますます訳がわかりません。


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