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5巻
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当初は女王様直々の指示のもと、捜索部隊が編成されようとしたのですが――ここでいくつかの問題が浮上しました。
ひとつは、王都がまだ完全復興に至っていないこと。
王都の復興には、安全保障の確立までが含まれます。いつまた魔王軍が侵攻し、王都の住民の平和が脅かされるかわかりません。瓦解してしまった防衛体制の再構築は国の急務です。そのための軍編成が半ばの現状で、捜索のために国軍から有能な人員を割くことは難しいそうです。
もうひとつは、今回の『勇者』失踪の件に、緘口令が敷かれている点が挙げられます。
昨今の魔物被害の急増、さらには王都が陥落しかけた事実は民衆の不安を煽り、精神的にも多大な恐怖を与えています。魔王討伐に旅立った『勇者』に、一縷の希望を見い出している国民も少なくはないでしょう。下手に国軍を動員させれば、情報が漏洩し、せっかく復興の気風にある城下を混乱させかねません。
そして、最後のひとつ。
こちらのほうが現実的により厄介な問題らしいのですが――『勇者』一行が向かったと思しき場所が、トランデュートの樹海という特殊な地域だそうでして。
「よりによって、あの樹海ですか……」
黙って女王様の話に耳を傾けていたカレッツさんでしたが、思わずといったふうに呟いていました。
「カレッツさんも、ご存じなので?」
「ええ、冒険者内では有名な難所ですよ。トランデュートの樹海――西の大森林と並び、神話の時代に創られたと伝承に残る場所です。山脈や丘陵をも内包し、その面積は実に国土の三分の一を占めているといわれています」
「さ、三分の一ですか……それはまた、なんとも壮大な……」
この広い国土の三割強――どんだけですか。もはや全体像が想像もつきません。富士の樹海よりも、確実に広そうですね。
「しかも、魔物や魔窟までもがてんこ盛り。ギルド推奨の冒険者ランクは外周部でもD以上。内部になると中堅未満はお断り。今のあたいらで、どうにかこうにかって感じかな」
レーネさんも女王様の前で猫を被るのを忘れて、真顔になっていますね。
「ですが、エイキ――『勇者』は、どうしてそのような場所へ、危険を冒してまで向かったのでしょうか?」
「先の、最初の魔王軍による王都侵攻では、トランデュートの樹海へと続く北の城砦が破られております。魔物の大軍は樹海を経由して侵攻していたことからも、樹海内になんらかの魔王軍の拠点があるものと推測されます。その点から、当時より魔王軍の本拠地――魔王の座する魔王城が樹海に隠されているとの噂が、まことしやかに囁かれておりました。おそらくは、その噂を頼りに樹海へ向かったのではないかと……」
女王様が申し訳なさそうに説明してくれました。
「そうでしたか……」
申し訳ないのはこちらのほうです。思わず溜息が出ちゃいますね。
わずかな人数ながらも一直線に敵の本拠地を目指すあたり、十万もの大軍との戦闘を前にしても嬉々として目を輝かせていたエイキらしいといえばそうですが。
相変わらずの勇猛果敢といいますか……危険度外視の無謀っぷりです。若気に任せた無茶ぶりも、時には後の人生の糧ともなりますが、このときばかりは改めていてもらえると嬉しかったのですけれどね。
「場所と理由はわかりました。ただ……カレッツさん。そのように広大な樹海で、私たちだけで人ひとりの捜索なんて、通常できるものなのですか?」
私には、そこら辺がどうにも疑問です。
ただでさえ土地勘のない場所での行動は、大変な労力を要するものです。さらに場所が樹海ともなれば、市中での迷子捜しとは規模からして根本的に異なるでしょう。
フィクションの探偵ドラマみたいに、行き当たりばったりで捜し人がそうそう都合よく見つかるものとも思えません。警察による捜索のように、ローラー作戦でも敢行できるのでしたら、また違うのでしょうが。
「ん~……逆にいうと、『だからこそ』って面もありますね。あれだけ広いと十人で捜索しようと千人で捜索しようと効率はたいして変わらないんですよ。会えるかどうかは運任せってところが大きいですね。それに、あそこは大軍による行軍には向いていません。集団戦を得意とする国軍だと、基本行動が分隊単位となる樹海では、個別に襲われて全滅しかねませんよ。ああいう特殊な状況下での行動は、どちらかというと冒険者の領分ですね」
「でしたら最善手は、私たち以外の冒険者さんにも協力を仰ぎ、複数で事に当たることですか?」
「それもどうでしょうね。冒険者がいくらいても、行動そのものは各パーティごとです。仮に樹海にそれぞれが散開したとしても、そもそもお互いの連絡手段がありませんからね。そんな状況で連携して捜索なんて、とても望めませんよ。特に場所が場所ですから、相手がどこにいるのか期間もいつまでかかるかわからない捜索依頼なんて、普通の感覚を持つ冒険者なら見向きもしないでしょうね」
「ってか、それ以前に『勇者』の顔をまともに知ってんのって、タクミんだけじゃん」
レーネさんの切れ味の鋭いツッコミが飛んできます。
それもそうでした。戦勝パレードとかで、遠目に見かけたくらいの人はいるかもしれませんが、数ヶ月も前のことですし期待はできませんね。
それに、『勇者』の現状を伏しておきたいがための指名依頼でした。大々的に募集をかけては意味がありませんね。
顔見知りという点では、手の空いているケンジャンという手もあるでしょうが……今の彼にそれを願うのは酷でしょう。出歩くだけで、ぜはーぜはー息を切らしていましたし、とても長旅に耐え得るだけの体力があるようには思えません。先に尽きるのは体力か食料か、どちらにせよカロリー不足で動けなくなるのは目に見えていますね。
「ご納得いただけたようで、なによりです、タクミ様」
女王様が微笑んでいます。
「これは王家よりギルドを介した正式な依頼ですので、支度金――冒険者ふうには前金と申すのでしたね。前金として金貨五百枚。成功報酬として、追加で金貨三千枚を支払う用意をいたしております。万一、発見にいたらなかったとしても、金貨千枚を支払うことをお約束いたしましょう」
日本円換算で総額三千五百万円ですか……こちらも樹海と同じくスケールが大きいですね。破格すぎて、あまりピンときません。
「わ~お、さっすがお国のトップ、太っ腹だねえ♪」
レーネさんが陰で口笛を吹いています。
カレッツさんは……額の大きさに唖然としているようですね。さもありなん。
「ただし、万一とは申しましたが、タクミ様が必ず『勇者』様を見つけてくださるものと、確信を抱いております」
言葉通り、女王様の確信には微塵の揺らぎもありません。
私だって、エイキを捜し出したいのは山々です。捜索に当たり、同じ日本人特典とか異世界人特典とかのなにか便利スキルはないものでしょうかね。ま、ないでしょうが。
女王様の発言を最後に、しばし無言の時が流れました。
これで女王様からの指名依頼に関する情報は出揃いましたので、後はこちらの返答待ちでしょう。
どう返事をしたものか、ここはリーダーであるカレッツさんの助言がほしいところですが……隣から肘で脇腹を突いても、反応がありません。
うう~ん。驚きのあまり、物言わぬ屍と化しているようですね。
カレッツさんがこんなですから、レーネさんにちらりと視線を投げかけますと、口の動きだけで「ま・か・せ・た」と返ってきました。丸投げする気満々のようです。
私はパーティメンバーとして一番の新参者で、しかもサポートなのですが……仕方ありませんね。
「パーティには他の仲間もいますから、この場で私の独断で依頼を承諾するわけにもいきません。一度持ち帰らせてもらい、少しばかり考える時間の猶予が欲しいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんですとも、タクミ様。それはもう、ご随意に」
女王様はすでに承諾の返事を受け取ったとばかりに嬉しそうですね。
ただ、先ほどもレーネさんがいった通り、危険な場所での依頼です。私としては、知人の安否に関わることですから是非にも受けたいところですが、今回求められるのは集団行動だけに、なにかあったときに被害を被るのは私だけでは済みません。
冒険者パーティは運命共同体、これが単独行動だったこれまでとの相違点でしょう。私の身勝手な行動で迷惑をかけるわけにもいきませんし、ここはいったん私情は置き、パーティ内でじっくりと話し合って、吟味する必要があるでしょうね。
「タクミ様。気が早いとは心得ておりますが、トランデュートの樹海へ向かわれる際には、この双子のうちのひとりをお連れください」
女王様が示した先は、背後に控える護衛のおふたりでした。
「親衛隊所属が騎士、ライカと申します」
「同じく、騎士のフウカと申します」
鏡写しのような一糸乱れぬ挙動で、慇懃に敬礼されました。
面差しがよく似ていると思っていましたが、双子さんでしたか。見事なまでの阿吽の呼吸です。
ライカさんが男性騎士で、フウカさんが女性騎士ですね。歳はカレッツさんと同年代くらいでしょうか。まだお若いのに女王様の御側付きとあって、顔つきは凛々しくそこはかとなく風格すら感じられます。
ふたりとも背格好も似通っており、見かけでも同じような鎧を身につけていますから、正直、声と髪型くらいでしか見分けがつきません。
「この者らは年若いですが、妾が静養地にいた頃から付き従っていた近衛の一員であり、妾が信を置く者たちです。ふたりは双子ならではのスキルを生まれながらに有しています。スキル名は〈共感〉。お互いの距離に関係なく、感覚や記憶を同調できるスキルです。このスキルにより、一方をここ王城に残らせ、もう一方を皆様方に同行させることで、双方での情報の共有化が可能です」
つまり、前回のエイキのパーティのときの連絡係に代わる連絡要員ということですね。
「なるほど。二次遭難を防ぐという意味合いでも、ありがたそうですね」
〈共感〉スキルなるものは初めて聞きましたが、効果は〈伝心〉スキルと同じようなものなのでしょうか。無線や携帯電話のない異世界だけに、情報の即時伝達はありがたいですね。
王都奪還の際でも、その重要性は重々理解できました。あのときに『炎獄愚連隊』のガリュードさんの〈伝心〉スキルがなければ、あれほどスムーズに作戦が成功したかどうか。
「タクミ様には、無用の心配とは存じておりますが……何事にも予想外という事態はございます。万一の備えに対して、過分ということもないでしょう。さらには両者ともに名うての手練れ、戦力としてもご期待に添えるだけの力量を備えております」
なにせ、場所は富士の樹海以上に広大な難所です。富士の樹海――青木ヶ原は、「青木ヶ原樹海は一歩入ると出られない」との俗説もあるように、こちらの異世界の樹海も一筋縄ではいかないでしょう。
ミイラ取りがミイラに……ではありませんが、たしかにそれだけの規模の樹海ですから、捜索中に自分たちも遭難しないとは断言できませんね。
それに、行動の制限が想定される樹海の中で、カレッツさんに加えて前衛を任せられる人員が増えるのは、スキル以上にありがたい申し出かもしれません。
さて。これで一通りの依頼内容は確認できたようですね。こちらとしても、現状で話すべきことはこれくらいでしょうか。
カレッツさんがまだ放心状態から抜けていませんでしたが、レーネさんからは指でOKのサインが送られてきました。
「吉報をお待ちいたしております」
そうして、私たちはその言葉を背に受けて女王様に見送られながら、長くもあり短くもあった一時間ほどの面談を無事に終えて、王城を後にしました。
これからさっそく、同行しなかったパーティメンバーとも合流し、今回の依頼内容を過不足なく伝えて、全員の意見を仰がないといけませんね。エイキのことも心配ですから、早いに越したことはないでしょう。
ちなみに、カレッツさんが正気を取り戻したのは、退城してからたっぷり三十分近くも経過した後のことでした。
そのときのカレッツさんの一連の醜態は、レーネさんによって仲間の前で芝居交じりに暴露され、死ぬほどからかわれたのはいうまでもありません。合掌。
◇◇◇
協議というほどのこともなく、『勇者』捜索依頼はあっさり満場一致で受けることになりました。破格の報酬はもとより、王家からの指名依頼を断ることは冒険者として損でしかありませんから、当然といえば当然なのですが。
とんぼ返りになりますが、善は急げとばかりにカレッツさんが承諾の返事を伝えるために、王城へと戻っていってしまいました。汚名返上ということなのでしょう、すごい気合いの入りようでしたね。入りすぎていそうなのが若干気がかりでしたが、責任感の強い彼らしいです。
レーネさんは、またカレッツさんがなにかやらかすだろうと断定して、嬉しそうについていきました。再びからかう気満々のようですね。レーネさんの悪戯好きにも困ったものです。
今回は、ふたりの扱いに慣れているフェレリナさんもフォローのために同行しましたから、あまり酷いことにはならないでしょう。もっとも彼女は人間のお偉方が集まるお城は苦手らしく、やれやれといった感じではありましたが。パーティのお姉さん役も気苦労が絶えませんね。
どちらにせよ、生真面目なカレッツさんのトラウマにならないとよいのですが……そこは何事もないことを祈りましょう。
アイシャさんは王都の観光に出かけましたので、今回の留守番役は私と井芹くんです。
馬車の中で、皆さんの帰りを気長に待つことにします。
「なかなかに強かなものだな、件の女王は」
王城で女王様と面談した状況を話し終えて、返ってきた井芹くんの言葉がそれでした。
「なにがです?」
「……相変わらず、鈍いな斉木は。もう少し相手の言動の裏を読んだほうがいい。まず確認だ、女王は斉木の正体を知っているな?」
「正体、ですか。女王様は、私が〝神の使徒〟を名乗っていたことは知っていますね。指名手配の賞金首を解除してもらうためには、どうしても必要だったもので」
いきなり初対面の人間に「冤罪だから指名手配を取り下げてください」とお願いするのも無理がありましたからね。他言無用を条件に、女王様には正体を明かしました。
整理しますと、今現在で私の職業が『神』であることを知っているのは、井芹くんだけ。
〝神の使徒〟と称していたことを知る人物は、発案者の井芹くんと女王様。
〝英雄召喚の儀〟で呼ばれた異世界人ということでは、他には三英雄と『青狼のたてがみ』のメンバーくらいですね。あとは召喚の際に居合わせた当時のお城の人たちくらいでしょうか。最初から邪魔者扱いでしたので、覚えている人がいるのかわかりませんが。
「であればだ。〝神の使徒〟の武勇を知っていて、『勇者』と顔見知りでもある斉木に直接相談しないのはなぜだ? ギルドを通して指名依頼をすれば、わざわざ『勇者』の失踪の情報を冒険者ギルドに教えることにもなる。王家としては失態を隠すため、なるたけ情報漏洩は避けたいはずだ」
「はて。いわれてみますと……そうですよね」
それに、冒険者への依頼に報酬が発生するのは、この異世界では常識です。私個人へのお願いという形でしたら、きっと無償で引き受けていたでしょう。そうすれば、ただでさえ王都復興で資金の必要なこの時期に、金貨三千五百枚分もの巨額の散財は控えられたはずです。
「あ! 私ひとりでは心許ないので、SSランクパーティに依頼したかったとか、そういうことでしょうか?」
「……まったく、お主という馬鹿は……」
ん? 今、ニュアンス的に貶されませんでしたか?
「斉木で心許なければ、誰なら心強いのだ? そもそも現状で『青狼のたてがみ』のランクは極秘扱い、ギルド内でも公表すらされておらん。いかな女王とて知る術がなかろうが」
嘆息されちゃいました。そういえば、そうでしたね。
「では、どういう意図で?」
「冒険者であれば、指名依頼はよほどのことがないと断らない。相手が王家となればなおさらな。冒険者と依頼主の関係は、依頼に対する報酬という等価交換で成り立っている。つまり、女王が斉木個人に直接頼めば借りとなるが、冒険者への依頼では対価が伴う正当な取引だけに、貸し借りなしだ。己の支配の及ばぬ者に借りを作るのは、為政者としては避けたいところだろう。さらには仲間の冒険者たちの手前、依頼を断られる心配もなく、一石二鳥というわけだ」
手をぽんっと叩きます。
「おお、なるほど!」
「ではないわ、戯けが。それくらい自分で思い至れ」
即座に後頭部を叩かれました。
「しかも、冒険者と依頼主――本来は対等な関係となるところだが、存外の破格の条件を持ち出されて、逆に感謝までしているのではないか?」
「そういえば……」
思い当たる節はありますね。
ついでに私としましては、事がエイキについてですから、普通に喜んでいましたし。
「ゆえに、強かだといったのだ。『勇者』の捜索という目的遂行と並行し、依頼している立場でありながらも、借りどころか貸しと錯覚させて縁を深められる。さらに、お主に鈴をつけるのにも成功した」
「鈴、ですか?」
「ギルドが放った儂と同じ役目だな。連絡役を理由に、女王直属の騎士が同行するのだろう?」
あ~……そういうことでしたか。私もようやく理解できました。
これもまた一石二鳥の監視役でしたか。女王様といい、冒険者ギルドといい、私ってそんなに監視しないといけないほどの危険人物ですかね?
それはさておき、これらがすべて計算ずくであり……こうして並べ立てられては、たしかにあの女王様は強かと認めざるを得ないようですね。それぐらいでないと、為政者などやっていけないということでしょうか。女王様もまだお若いでしょうに、やり手ですね。
「得心したようだな。とはいえ、相互に実害はない関係だ。もしものときに手痛いしっぺ返しを食わぬよう、そういうものだと心に留めておくといい。だが……あの世間知らずで頼りなげだった小娘が、かくも賢しく成長したものだ」
「え? 井芹くんには女王様と面識が?」
「もう、二十年近く前になるがな。新女王の戴冠式のときに客人として招かれた。あのときは、まだ十三やそこらの小娘で、民の前に立つだけでおろおろと狼狽していたものだがな。歳月の経つのは早いものだ」
さすが生ける伝説。『剣聖』の雷名は二十年前から健在でしたか。
それにしても、あの威風堂々とした女傑のベアトリー女王の少女時代ですか……私にしてみますと、メタボな元王様にヤクザキックを連打しているイメージが強く、おどおどしている姿など想像がつきませんね。
十歳を迎えた娘さんもおられるそうですし、母は強しということでしょうか。それとも、駄目駄目な旦那を持ってしまったがゆえでしょうかね。
「あ、鈴といえば、井芹くんのほうの用事はどうだったのですか? 冒険者ギルドに顔を出したのでしょう?」
「ん? 儂か? 王都支部のギルマスに会ってきた。世間話と、ただの定期連絡だ。あそこは羽振りがよくてな、茶と茶菓子が高級志向で美味い。パーティの皆へと土産に茶菓子をわけてもらったが……さっきひとりで食ってしまった。実に美味であった」
……どうして今それ、わざわざいったんです? 自慢ですか? 自慢ですよね?
「あとは……今回の依頼についてだが、当然ながらギルマスも承知していた。内密に引き続き監視を、などといわれたな。どうも連中、まだ斉木の正体を魔王側かと疑っているらしい。ご苦労なことだ」
その話、お茶菓子よりも後回しなんですね。そちらのほうが重要そうに思えましたが。
つまり、冒険者ギルドの皆さんは、まだ私が第四の召喚者という事実すら、掴んでないのですよね。
私としては、ファルティマの都で『青狼のたてがみ』の皆さんに話した時点で、所属先の冒険者ギルドにも伝わっているかと思っていましたが、そうではなかったようです。井芹くんも教えていないようですし。
「前々から思ってはいたのですが、監視対象の私にそういうことを教えたり、私の正体をギルドに内緒にするのはまずくないのですか?」
「うむ、問題ない。冒険者ギルドと冒険者は、あくまで互助関係だからな。外部からは誤解されがちだが、決して冒険者がギルドの下についているわけではない。現にここの坊やたちとて、ギルド連中に斉木の情報を漏らしていないであろう? たとえ志を同じくするパーティのメンバーであっても、他者のプライベートには安易に踏み込まない――それもまた、価値観の異なる者同士が集い、背中を預ける上では重要なことだ。少なくともこのパーティ内で、斉木の許可なしに余計なことをベラベラ喋る輩はおるまいよ。ここは、どうにもお人好し揃いだからな」
井芹くんが、愉快そうに含み笑いしています。
「そうだったのですね」
納得しました。私もまた、そういった『青狼のたてがみ』の皆さんを気に入っていますしね。
会話が一息ついたそのとき、ちょうど皆さんが帰ってきました。
馬車の中にいましたので、そんなに時間が経っているとは思いませんでしたが、気づくとそれなりに日が陰ってきていますね。
先頭を歩くカレッツさんの肩が落ちているのは、レーネさんの期待通り、またなにかやらかしてしまったのでしょうか。その隣で慰めるフェレリナさんと、からかうレーネさんが対照的です。
途中で路地のほうから戻ってきたアイシャさんも合流し、『青狼のたてがみ』六名が勢揃いしました。
さて。明日はいよいよトランデュートの樹海へ向けて出発ですね。
ひとつは、王都がまだ完全復興に至っていないこと。
王都の復興には、安全保障の確立までが含まれます。いつまた魔王軍が侵攻し、王都の住民の平和が脅かされるかわかりません。瓦解してしまった防衛体制の再構築は国の急務です。そのための軍編成が半ばの現状で、捜索のために国軍から有能な人員を割くことは難しいそうです。
もうひとつは、今回の『勇者』失踪の件に、緘口令が敷かれている点が挙げられます。
昨今の魔物被害の急増、さらには王都が陥落しかけた事実は民衆の不安を煽り、精神的にも多大な恐怖を与えています。魔王討伐に旅立った『勇者』に、一縷の希望を見い出している国民も少なくはないでしょう。下手に国軍を動員させれば、情報が漏洩し、せっかく復興の気風にある城下を混乱させかねません。
そして、最後のひとつ。
こちらのほうが現実的により厄介な問題らしいのですが――『勇者』一行が向かったと思しき場所が、トランデュートの樹海という特殊な地域だそうでして。
「よりによって、あの樹海ですか……」
黙って女王様の話に耳を傾けていたカレッツさんでしたが、思わずといったふうに呟いていました。
「カレッツさんも、ご存じなので?」
「ええ、冒険者内では有名な難所ですよ。トランデュートの樹海――西の大森林と並び、神話の時代に創られたと伝承に残る場所です。山脈や丘陵をも内包し、その面積は実に国土の三分の一を占めているといわれています」
「さ、三分の一ですか……それはまた、なんとも壮大な……」
この広い国土の三割強――どんだけですか。もはや全体像が想像もつきません。富士の樹海よりも、確実に広そうですね。
「しかも、魔物や魔窟までもがてんこ盛り。ギルド推奨の冒険者ランクは外周部でもD以上。内部になると中堅未満はお断り。今のあたいらで、どうにかこうにかって感じかな」
レーネさんも女王様の前で猫を被るのを忘れて、真顔になっていますね。
「ですが、エイキ――『勇者』は、どうしてそのような場所へ、危険を冒してまで向かったのでしょうか?」
「先の、最初の魔王軍による王都侵攻では、トランデュートの樹海へと続く北の城砦が破られております。魔物の大軍は樹海を経由して侵攻していたことからも、樹海内になんらかの魔王軍の拠点があるものと推測されます。その点から、当時より魔王軍の本拠地――魔王の座する魔王城が樹海に隠されているとの噂が、まことしやかに囁かれておりました。おそらくは、その噂を頼りに樹海へ向かったのではないかと……」
女王様が申し訳なさそうに説明してくれました。
「そうでしたか……」
申し訳ないのはこちらのほうです。思わず溜息が出ちゃいますね。
わずかな人数ながらも一直線に敵の本拠地を目指すあたり、十万もの大軍との戦闘を前にしても嬉々として目を輝かせていたエイキらしいといえばそうですが。
相変わらずの勇猛果敢といいますか……危険度外視の無謀っぷりです。若気に任せた無茶ぶりも、時には後の人生の糧ともなりますが、このときばかりは改めていてもらえると嬉しかったのですけれどね。
「場所と理由はわかりました。ただ……カレッツさん。そのように広大な樹海で、私たちだけで人ひとりの捜索なんて、通常できるものなのですか?」
私には、そこら辺がどうにも疑問です。
ただでさえ土地勘のない場所での行動は、大変な労力を要するものです。さらに場所が樹海ともなれば、市中での迷子捜しとは規模からして根本的に異なるでしょう。
フィクションの探偵ドラマみたいに、行き当たりばったりで捜し人がそうそう都合よく見つかるものとも思えません。警察による捜索のように、ローラー作戦でも敢行できるのでしたら、また違うのでしょうが。
「ん~……逆にいうと、『だからこそ』って面もありますね。あれだけ広いと十人で捜索しようと千人で捜索しようと効率はたいして変わらないんですよ。会えるかどうかは運任せってところが大きいですね。それに、あそこは大軍による行軍には向いていません。集団戦を得意とする国軍だと、基本行動が分隊単位となる樹海では、個別に襲われて全滅しかねませんよ。ああいう特殊な状況下での行動は、どちらかというと冒険者の領分ですね」
「でしたら最善手は、私たち以外の冒険者さんにも協力を仰ぎ、複数で事に当たることですか?」
「それもどうでしょうね。冒険者がいくらいても、行動そのものは各パーティごとです。仮に樹海にそれぞれが散開したとしても、そもそもお互いの連絡手段がありませんからね。そんな状況で連携して捜索なんて、とても望めませんよ。特に場所が場所ですから、相手がどこにいるのか期間もいつまでかかるかわからない捜索依頼なんて、普通の感覚を持つ冒険者なら見向きもしないでしょうね」
「ってか、それ以前に『勇者』の顔をまともに知ってんのって、タクミんだけじゃん」
レーネさんの切れ味の鋭いツッコミが飛んできます。
それもそうでした。戦勝パレードとかで、遠目に見かけたくらいの人はいるかもしれませんが、数ヶ月も前のことですし期待はできませんね。
それに、『勇者』の現状を伏しておきたいがための指名依頼でした。大々的に募集をかけては意味がありませんね。
顔見知りという点では、手の空いているケンジャンという手もあるでしょうが……今の彼にそれを願うのは酷でしょう。出歩くだけで、ぜはーぜはー息を切らしていましたし、とても長旅に耐え得るだけの体力があるようには思えません。先に尽きるのは体力か食料か、どちらにせよカロリー不足で動けなくなるのは目に見えていますね。
「ご納得いただけたようで、なによりです、タクミ様」
女王様が微笑んでいます。
「これは王家よりギルドを介した正式な依頼ですので、支度金――冒険者ふうには前金と申すのでしたね。前金として金貨五百枚。成功報酬として、追加で金貨三千枚を支払う用意をいたしております。万一、発見にいたらなかったとしても、金貨千枚を支払うことをお約束いたしましょう」
日本円換算で総額三千五百万円ですか……こちらも樹海と同じくスケールが大きいですね。破格すぎて、あまりピンときません。
「わ~お、さっすがお国のトップ、太っ腹だねえ♪」
レーネさんが陰で口笛を吹いています。
カレッツさんは……額の大きさに唖然としているようですね。さもありなん。
「ただし、万一とは申しましたが、タクミ様が必ず『勇者』様を見つけてくださるものと、確信を抱いております」
言葉通り、女王様の確信には微塵の揺らぎもありません。
私だって、エイキを捜し出したいのは山々です。捜索に当たり、同じ日本人特典とか異世界人特典とかのなにか便利スキルはないものでしょうかね。ま、ないでしょうが。
女王様の発言を最後に、しばし無言の時が流れました。
これで女王様からの指名依頼に関する情報は出揃いましたので、後はこちらの返答待ちでしょう。
どう返事をしたものか、ここはリーダーであるカレッツさんの助言がほしいところですが……隣から肘で脇腹を突いても、反応がありません。
うう~ん。驚きのあまり、物言わぬ屍と化しているようですね。
カレッツさんがこんなですから、レーネさんにちらりと視線を投げかけますと、口の動きだけで「ま・か・せ・た」と返ってきました。丸投げする気満々のようです。
私はパーティメンバーとして一番の新参者で、しかもサポートなのですが……仕方ありませんね。
「パーティには他の仲間もいますから、この場で私の独断で依頼を承諾するわけにもいきません。一度持ち帰らせてもらい、少しばかり考える時間の猶予が欲しいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんですとも、タクミ様。それはもう、ご随意に」
女王様はすでに承諾の返事を受け取ったとばかりに嬉しそうですね。
ただ、先ほどもレーネさんがいった通り、危険な場所での依頼です。私としては、知人の安否に関わることですから是非にも受けたいところですが、今回求められるのは集団行動だけに、なにかあったときに被害を被るのは私だけでは済みません。
冒険者パーティは運命共同体、これが単独行動だったこれまでとの相違点でしょう。私の身勝手な行動で迷惑をかけるわけにもいきませんし、ここはいったん私情は置き、パーティ内でじっくりと話し合って、吟味する必要があるでしょうね。
「タクミ様。気が早いとは心得ておりますが、トランデュートの樹海へ向かわれる際には、この双子のうちのひとりをお連れください」
女王様が示した先は、背後に控える護衛のおふたりでした。
「親衛隊所属が騎士、ライカと申します」
「同じく、騎士のフウカと申します」
鏡写しのような一糸乱れぬ挙動で、慇懃に敬礼されました。
面差しがよく似ていると思っていましたが、双子さんでしたか。見事なまでの阿吽の呼吸です。
ライカさんが男性騎士で、フウカさんが女性騎士ですね。歳はカレッツさんと同年代くらいでしょうか。まだお若いのに女王様の御側付きとあって、顔つきは凛々しくそこはかとなく風格すら感じられます。
ふたりとも背格好も似通っており、見かけでも同じような鎧を身につけていますから、正直、声と髪型くらいでしか見分けがつきません。
「この者らは年若いですが、妾が静養地にいた頃から付き従っていた近衛の一員であり、妾が信を置く者たちです。ふたりは双子ならではのスキルを生まれながらに有しています。スキル名は〈共感〉。お互いの距離に関係なく、感覚や記憶を同調できるスキルです。このスキルにより、一方をここ王城に残らせ、もう一方を皆様方に同行させることで、双方での情報の共有化が可能です」
つまり、前回のエイキのパーティのときの連絡係に代わる連絡要員ということですね。
「なるほど。二次遭難を防ぐという意味合いでも、ありがたそうですね」
〈共感〉スキルなるものは初めて聞きましたが、効果は〈伝心〉スキルと同じようなものなのでしょうか。無線や携帯電話のない異世界だけに、情報の即時伝達はありがたいですね。
王都奪還の際でも、その重要性は重々理解できました。あのときに『炎獄愚連隊』のガリュードさんの〈伝心〉スキルがなければ、あれほどスムーズに作戦が成功したかどうか。
「タクミ様には、無用の心配とは存じておりますが……何事にも予想外という事態はございます。万一の備えに対して、過分ということもないでしょう。さらには両者ともに名うての手練れ、戦力としてもご期待に添えるだけの力量を備えております」
なにせ、場所は富士の樹海以上に広大な難所です。富士の樹海――青木ヶ原は、「青木ヶ原樹海は一歩入ると出られない」との俗説もあるように、こちらの異世界の樹海も一筋縄ではいかないでしょう。
ミイラ取りがミイラに……ではありませんが、たしかにそれだけの規模の樹海ですから、捜索中に自分たちも遭難しないとは断言できませんね。
それに、行動の制限が想定される樹海の中で、カレッツさんに加えて前衛を任せられる人員が増えるのは、スキル以上にありがたい申し出かもしれません。
さて。これで一通りの依頼内容は確認できたようですね。こちらとしても、現状で話すべきことはこれくらいでしょうか。
カレッツさんがまだ放心状態から抜けていませんでしたが、レーネさんからは指でOKのサインが送られてきました。
「吉報をお待ちいたしております」
そうして、私たちはその言葉を背に受けて女王様に見送られながら、長くもあり短くもあった一時間ほどの面談を無事に終えて、王城を後にしました。
これからさっそく、同行しなかったパーティメンバーとも合流し、今回の依頼内容を過不足なく伝えて、全員の意見を仰がないといけませんね。エイキのことも心配ですから、早いに越したことはないでしょう。
ちなみに、カレッツさんが正気を取り戻したのは、退城してからたっぷり三十分近くも経過した後のことでした。
そのときのカレッツさんの一連の醜態は、レーネさんによって仲間の前で芝居交じりに暴露され、死ぬほどからかわれたのはいうまでもありません。合掌。
◇◇◇
協議というほどのこともなく、『勇者』捜索依頼はあっさり満場一致で受けることになりました。破格の報酬はもとより、王家からの指名依頼を断ることは冒険者として損でしかありませんから、当然といえば当然なのですが。
とんぼ返りになりますが、善は急げとばかりにカレッツさんが承諾の返事を伝えるために、王城へと戻っていってしまいました。汚名返上ということなのでしょう、すごい気合いの入りようでしたね。入りすぎていそうなのが若干気がかりでしたが、責任感の強い彼らしいです。
レーネさんは、またカレッツさんがなにかやらかすだろうと断定して、嬉しそうについていきました。再びからかう気満々のようですね。レーネさんの悪戯好きにも困ったものです。
今回は、ふたりの扱いに慣れているフェレリナさんもフォローのために同行しましたから、あまり酷いことにはならないでしょう。もっとも彼女は人間のお偉方が集まるお城は苦手らしく、やれやれといった感じではありましたが。パーティのお姉さん役も気苦労が絶えませんね。
どちらにせよ、生真面目なカレッツさんのトラウマにならないとよいのですが……そこは何事もないことを祈りましょう。
アイシャさんは王都の観光に出かけましたので、今回の留守番役は私と井芹くんです。
馬車の中で、皆さんの帰りを気長に待つことにします。
「なかなかに強かなものだな、件の女王は」
王城で女王様と面談した状況を話し終えて、返ってきた井芹くんの言葉がそれでした。
「なにがです?」
「……相変わらず、鈍いな斉木は。もう少し相手の言動の裏を読んだほうがいい。まず確認だ、女王は斉木の正体を知っているな?」
「正体、ですか。女王様は、私が〝神の使徒〟を名乗っていたことは知っていますね。指名手配の賞金首を解除してもらうためには、どうしても必要だったもので」
いきなり初対面の人間に「冤罪だから指名手配を取り下げてください」とお願いするのも無理がありましたからね。他言無用を条件に、女王様には正体を明かしました。
整理しますと、今現在で私の職業が『神』であることを知っているのは、井芹くんだけ。
〝神の使徒〟と称していたことを知る人物は、発案者の井芹くんと女王様。
〝英雄召喚の儀〟で呼ばれた異世界人ということでは、他には三英雄と『青狼のたてがみ』のメンバーくらいですね。あとは召喚の際に居合わせた当時のお城の人たちくらいでしょうか。最初から邪魔者扱いでしたので、覚えている人がいるのかわかりませんが。
「であればだ。〝神の使徒〟の武勇を知っていて、『勇者』と顔見知りでもある斉木に直接相談しないのはなぜだ? ギルドを通して指名依頼をすれば、わざわざ『勇者』の失踪の情報を冒険者ギルドに教えることにもなる。王家としては失態を隠すため、なるたけ情報漏洩は避けたいはずだ」
「はて。いわれてみますと……そうですよね」
それに、冒険者への依頼に報酬が発生するのは、この異世界では常識です。私個人へのお願いという形でしたら、きっと無償で引き受けていたでしょう。そうすれば、ただでさえ王都復興で資金の必要なこの時期に、金貨三千五百枚分もの巨額の散財は控えられたはずです。
「あ! 私ひとりでは心許ないので、SSランクパーティに依頼したかったとか、そういうことでしょうか?」
「……まったく、お主という馬鹿は……」
ん? 今、ニュアンス的に貶されませんでしたか?
「斉木で心許なければ、誰なら心強いのだ? そもそも現状で『青狼のたてがみ』のランクは極秘扱い、ギルド内でも公表すらされておらん。いかな女王とて知る術がなかろうが」
嘆息されちゃいました。そういえば、そうでしたね。
「では、どういう意図で?」
「冒険者であれば、指名依頼はよほどのことがないと断らない。相手が王家となればなおさらな。冒険者と依頼主の関係は、依頼に対する報酬という等価交換で成り立っている。つまり、女王が斉木個人に直接頼めば借りとなるが、冒険者への依頼では対価が伴う正当な取引だけに、貸し借りなしだ。己の支配の及ばぬ者に借りを作るのは、為政者としては避けたいところだろう。さらには仲間の冒険者たちの手前、依頼を断られる心配もなく、一石二鳥というわけだ」
手をぽんっと叩きます。
「おお、なるほど!」
「ではないわ、戯けが。それくらい自分で思い至れ」
即座に後頭部を叩かれました。
「しかも、冒険者と依頼主――本来は対等な関係となるところだが、存外の破格の条件を持ち出されて、逆に感謝までしているのではないか?」
「そういえば……」
思い当たる節はありますね。
ついでに私としましては、事がエイキについてですから、普通に喜んでいましたし。
「ゆえに、強かだといったのだ。『勇者』の捜索という目的遂行と並行し、依頼している立場でありながらも、借りどころか貸しと錯覚させて縁を深められる。さらに、お主に鈴をつけるのにも成功した」
「鈴、ですか?」
「ギルドが放った儂と同じ役目だな。連絡役を理由に、女王直属の騎士が同行するのだろう?」
あ~……そういうことでしたか。私もようやく理解できました。
これもまた一石二鳥の監視役でしたか。女王様といい、冒険者ギルドといい、私ってそんなに監視しないといけないほどの危険人物ですかね?
それはさておき、これらがすべて計算ずくであり……こうして並べ立てられては、たしかにあの女王様は強かと認めざるを得ないようですね。それぐらいでないと、為政者などやっていけないということでしょうか。女王様もまだお若いでしょうに、やり手ですね。
「得心したようだな。とはいえ、相互に実害はない関係だ。もしものときに手痛いしっぺ返しを食わぬよう、そういうものだと心に留めておくといい。だが……あの世間知らずで頼りなげだった小娘が、かくも賢しく成長したものだ」
「え? 井芹くんには女王様と面識が?」
「もう、二十年近く前になるがな。新女王の戴冠式のときに客人として招かれた。あのときは、まだ十三やそこらの小娘で、民の前に立つだけでおろおろと狼狽していたものだがな。歳月の経つのは早いものだ」
さすが生ける伝説。『剣聖』の雷名は二十年前から健在でしたか。
それにしても、あの威風堂々とした女傑のベアトリー女王の少女時代ですか……私にしてみますと、メタボな元王様にヤクザキックを連打しているイメージが強く、おどおどしている姿など想像がつきませんね。
十歳を迎えた娘さんもおられるそうですし、母は強しということでしょうか。それとも、駄目駄目な旦那を持ってしまったがゆえでしょうかね。
「あ、鈴といえば、井芹くんのほうの用事はどうだったのですか? 冒険者ギルドに顔を出したのでしょう?」
「ん? 儂か? 王都支部のギルマスに会ってきた。世間話と、ただの定期連絡だ。あそこは羽振りがよくてな、茶と茶菓子が高級志向で美味い。パーティの皆へと土産に茶菓子をわけてもらったが……さっきひとりで食ってしまった。実に美味であった」
……どうして今それ、わざわざいったんです? 自慢ですか? 自慢ですよね?
「あとは……今回の依頼についてだが、当然ながらギルマスも承知していた。内密に引き続き監視を、などといわれたな。どうも連中、まだ斉木の正体を魔王側かと疑っているらしい。ご苦労なことだ」
その話、お茶菓子よりも後回しなんですね。そちらのほうが重要そうに思えましたが。
つまり、冒険者ギルドの皆さんは、まだ私が第四の召喚者という事実すら、掴んでないのですよね。
私としては、ファルティマの都で『青狼のたてがみ』の皆さんに話した時点で、所属先の冒険者ギルドにも伝わっているかと思っていましたが、そうではなかったようです。井芹くんも教えていないようですし。
「前々から思ってはいたのですが、監視対象の私にそういうことを教えたり、私の正体をギルドに内緒にするのはまずくないのですか?」
「うむ、問題ない。冒険者ギルドと冒険者は、あくまで互助関係だからな。外部からは誤解されがちだが、決して冒険者がギルドの下についているわけではない。現にここの坊やたちとて、ギルド連中に斉木の情報を漏らしていないであろう? たとえ志を同じくするパーティのメンバーであっても、他者のプライベートには安易に踏み込まない――それもまた、価値観の異なる者同士が集い、背中を預ける上では重要なことだ。少なくともこのパーティ内で、斉木の許可なしに余計なことをベラベラ喋る輩はおるまいよ。ここは、どうにもお人好し揃いだからな」
井芹くんが、愉快そうに含み笑いしています。
「そうだったのですね」
納得しました。私もまた、そういった『青狼のたてがみ』の皆さんを気に入っていますしね。
会話が一息ついたそのとき、ちょうど皆さんが帰ってきました。
馬車の中にいましたので、そんなに時間が経っているとは思いませんでしたが、気づくとそれなりに日が陰ってきていますね。
先頭を歩くカレッツさんの肩が落ちているのは、レーネさんの期待通り、またなにかやらかしてしまったのでしょうか。その隣で慰めるフェレリナさんと、からかうレーネさんが対照的です。
途中で路地のほうから戻ってきたアイシャさんも合流し、『青狼のたてがみ』六名が勢揃いしました。
さて。明日はいよいよトランデュートの樹海へ向けて出発ですね。
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