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5巻
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◇◇◇
結局、皆さんと話し合った結果、指名依頼を受けることになりました。もとより、王族からのご指名とあれば、一介の冒険者に拒否するという選択肢はまずないそうです。
それ以前に、私が在籍しているせいで押しつけられたような依頼で恐縮だったのですが、意外にも他の皆さんはかなり乗り気でして。指名依頼とは冒険者パーティにおける一種のステータスであり、それが王家からともなれば、冒険者としてもかなりの箔がつくそうですね。皆さん、向上心に溢れていて、感心してしまいます。
書類上はSSランクではありますが、いまだ実績のない『青狼のたてがみ』としては、名に実が追いつける絶好の機会とあり、カレッツさんたちからはむしろ感謝されたほどでした。
そして、冒険者だけではなく冒険者ギルドのほうも、国家権力との縁を深められる――平たくいいますと、国に恩を売れる案件はギルドの指針で推奨されており、その冒険者が所属するギルド支所の格付けに関わる貢献度でも高く評価されているそうです。その点から、ラレント支所を盛り上げたいキャサリーさんからも、おおいに発破をかけられました。
私としては、顔見知りで同じ境遇のエイキのことを放っておくわけにもいきませんから、今回すんなりと依頼を受け入れてもらえたのは、渡りに船でありがたいばかりです。
エイキが魔王討伐のために旅立っていたことは噂で知っていましたが、まさか行方不明などという事態になっていようとは。
『勇者』という存在は、この異世界では並ぶ者なしとされる強者の代名詞だそうです。そもそも、召喚された当時の魔王軍との戦みたいな個人対軍団戦という状況が異常なだけであり、通常戦闘で『勇者』が魔物などに後れを取ることはないと聞いていました。だから、安否についてすっかり安心しきっていました。
便りがないのは良い便りとはいいますが、まさに的を射ていたのがわかりますね。便りがあった途端にこれですよ。寝耳に水もいいところです、まったく。
即日のうちに準備を済ませ、私たち『青狼のたてがみ』の一行は、昼過ぎには一路王都を目指すことになりました。
まずは、依頼主――つまりは女王様に、依頼の詳細を訊きにいかないといけません。
ここラレントの町を訪れてから、わずか一ヶ月もしないうちに再び王都に舞い戻ることになろうとは、思いも寄りませんでしたね。
今度もまた長い馬車旅ですが、今回はパーティの仲間と一緒ということもありまして、ずいぶんと雰囲気も違います。
パーティ自前の専用馬車ですから、すし詰めの乗合馬車と違って車内も広々ゆったりと使えます。六人なら、全員が全身を伸ばして横になれますね。
それに、乗車人数が少ないということは、馬足も速いということです。なにより乗合馬車にありがちな、いくつもの停留所を転々とする道中ではありませんので、距離的にもぐっと短縮できて、前回よりもかなり早い行程になるでしょう。
エイキのことは気がかりですが、なにもできない移動中に焦っても仕方がありません。ここは彼を信じ、今は我慢のときですね。気を落ち着けていきましょう。
だからというわけではないのですが、今、私の手には五枚のカードが握られています。
なんでも冒険者の心得として、オンオフのスイッチの切り替えが大事だそうで。冒険者たる者は休めるときには休む、遊べるときには思いっきり遊ぶもの! とレーネさんに熱く諭され、御者役のカレッツさんを除いた五人で車内で輪になり、先ほどからカードゲームに興じています。
こうして遊んでいることに、エイキに対して申し訳ない気持ちがないわけではありませんが、レーネさんの言に一理あるのもたしかですし、郷に入りては郷に従えということですね、はい。
「だああ~! まった負けた~!」
賭けていた銅貨を放り投げて、レーネさんがごろんと床に転がりました。
私たちが行なっているのは、トランプのポーカーに似たゲームです。
カードの組み合わせで強弱があり、配られたカードの役に自信のある者は、まずはチップを一枚賭けます。この時点で自信のない者は降りられるので、ここで降りた場合は損得なしです。さらに自信のある者はチップを上乗せし、勝負を受ける場合はチップを追加。ただしここで降りてしまうと、最初に賭けたチップは場に残り、手元に返ってきません。後はそれを繰り返し、最終的に降りずに残った者同士でカードを公開し、役が最も強かった者だけが場にあるチップの総取りとなります。
こんな簡単なカードゲームでも、個性って出るものですね。
レーネさんは他人の心の機微を読むことには長けているのですが、それ以上に顔や態度に出やすいです。それでいて、ブラフを多用して無謀にも最後までチップを吊り上げるものですから、一番負けが込んでいます。
フェレリナさんは逆に堅実派ですね。ブラフはまったく用いずに、少しでも分が悪いと感じたら、多少いい役でもあっさりと降りてしまう傾向にあるようです。大勝ちも大負けもせずに、チップの変動がほとんどありませんね。
アイシャさんは……言い表しにくいのですが、勝敗にはこだわらず、あえて自分の勝ち負けを制限し、場を調整している感があります。私と井芹くんを除いた皆さんの中では年長者ですから、仲間内で角が立たないようにされているのでしょうか。なんとも大人な対応です。
井芹くんは、役が悪いときはあっさりと降りるのですが、いけると感じたらぐいぐい押してくるタイプですね。一度前に出たら、引くことがありません。それでいて、最終勝負で負けたときはすごく悔しがる、極端な負けず嫌いです。それはいいのですが、負けたときに子供の芝居を忘れて素で舌打ちするのには、どうしようかと思いましたよ。
結果、勝敗は上から、井芹くん、アイシャさん、フェレリナさん、私、レーネさんの順となりました。
ドベのレーネさんがチップの銅貨を使い果たして不貞寝をはじめましたので、カードゲームは自然にお開きになりました。
その後は皆さん馬車の中で、思い思いに過ごされています。
井芹くんは壁にもたれかかり読書、アイシャさんは装備の点検をしています。フェレリナさんは瞑想しているようですね。
私は特にやることがありませんので、とりあえず馬車の窓から外の景色を眺めています。
「……それにしても、こんなにのんびりしていていいのでしょうかね?」
普段の馬車旅でしたら、道中さまざまなアクシデントも起こるものですが、精霊使いのフェレリナさんが認識阻害とやらの精霊魔法を馬車に施しているそうで、今この馬車は外から非常に認識しづらい状態にあるそうです。おかげで、馬車は無人の荒野を突き進むがごとく。精霊魔法とは便利なものですね。
「まあ、たしかにこうして移動している間が一番暇だよね~。常に外敵を警戒していた、馬車買う前には考えられなかった贅沢な悩みなのかもしんないけど」
「おや。起きていたのですか」
気づけば、レーネさんがごろんと横になったまま、首だけこちらに向けていました。
「さすがに本当に寝ちゃったら、気ぃ抜きすぎだからね。なにがあるかわかんないし」
「そのだらけまくった格好だけでも、充分に気を抜きすぎよ」
レーネさんは片目を開けた瞑想中のフェレリナさんから、額をぺしんと叩かれていました。
「あ痛。だああってさ~……暇なものは暇なんだから、仕方ないじゃんかよぉ~」
しぶしぶレーネさんは起き上がり、床に胡坐をかいた姿勢から、お尻を支点に身体ごと私の真正面に方向転換しました。
「そうそう、そーいやタクミんは、『勇者』にもちろん会ったことあるんだよね? どんな感じの人? 背、高い? やっぱ凛々しい感じの大人でカッコよさげな人?」
いきなり『勇者』の話題が出ましたので、思わず私はちらりとアイシャさんの様子を窺ってしまいました。
先日の私による出自の暴露で、アイシャさんを除け者にして気分を害させてしまった負い目があります。本人は、気にしてない、教えてもらえて嬉しかった、といってくれましたが、冒険者ギルドから走り去ったあのときの状態からして、そう安直に言葉通りに捉えていいものでもないでしょう。
私の視線を感じたようでして、アイシャさんはナイフを磨いていた手を止め、こちらに笑顔を向けました。
「前にもいいましたけど、余計な気遣いは無用ですよ。そもそもアタシ自身、気にしてなかったんですから、本来は謝罪の必要もなかったことです。それより、アタシもあの英雄様のことなら聞いてみたいですね」
アイシャさんもまだ若い方ですのに、大人の心配りですね。
誰かに似ている気がします。そう、気配り上手のイリシャさん。そういえば、名前の語感も似てますね。
「ねえ、タクミんってば。聞いてる?」
「ええ、はいはい。『勇者』――エイキのことでしたね」
エイキとは半年近く前に王城で少し話しただけでしたが、あの日のことは印象深かったですから、よく覚えています。軽口好きなヤンチャで愉快そうな子でしたね。
高校生だったはずですから、レーネさんとは同年代くらいじゃないでしょうか。
「十六歳の活発そうな男の子ですよ。身長は私とフェレリナさんの中間くらいじゃないでしょうか。ノリもよかったですから、レーネさんとは気が合うかもしれませんね」
「ええ~? なんだ、だったらガキじゃん。期待して損した」
それはすなわち、自分もそうだといっていることになると思うのですが……
「やっぱ、頼りがいのある大人の男じゃないとね~。身長百八十センチ以上でガタイもよくて渋くて。屈強な戦士! って感じじゃないと」
レーネさんは女性にしても身長が低く、百四十センチ台半ばくらいしかありませんよね。そんなレーネさんが、その理想の人物と仲良さげに腕を組んでいる図を想像しますと……ユーカリの木にぶら下がっているコアラを彷彿させないでもないですね。もしくは、誘拐犯に連れ去られそうになっている少女とか。犯罪性を感じなくも?
「ねね、だったらさ、『賢者』はどうなの? 前回の王都防衛の立役者。今も王城に住んでいるんでしょ?」
「ケンジャンですか……」
脳裏に、あの独特なシルエットが思い浮かびます。
あれも一種ガタイがいいと表現できなくもありませんし、レーネさんの理想にだいぶ沿っていると思わなくも? ふむ。
「年齢はアイシャさんと同じくらいでしょうか。身長は高いですね。おおよそですが、百八十センチちょっとはあるのではないでしょうか」
「おお~!」
「恰幅もいいですし」
横に。
「理知的で」
眼鏡が。
「う~ん。理想は渋めのムキムキ戦士だけど、賢そうな細マッチョお兄さんも捨てがたいかな……」
レーネさんが頭を悩ませています。
私の頭の中の実像とだいぶイメージに隔たりがあるようですが、ここはケンジャンの名誉のためにも否定しないほうがいいですよね。
◇◇◇
三日ばかりの行程を経て、『青狼のたてがみ』の一行を乗せた馬車は、あっさりと王都カレドサニアに着くことができました。王都を離れてわずかひと月ばかりで感慨を抱くほどでもありませんが、それでも懐かしく感じるものはありますね。
王都に入ってから、私たちはいったん別れて別行動を取ることになりました。
パーティのリーダーであるカレッツさんと当事者の私、そして頑として同行を主張したレーネさんを含めた三人が、王城の女王様のもとへ出向くことになり、フェレリナさんとアイシャさんは馬車に残って荷物番です。
井芹くんは食材調達の名目のもと、単独で王都をぶらつくそうです。まあそれは建前で、冒険者ギルドのカレドサニア支部のほうに顔を出すということでした。今回の件についても、ギルドにいろいろと確認しておきたいことがあるそうです。
賑わう城下町を抜けて、私たち三人は、カレドサニアの王城へとやってきました。
事前に話は通っていたようで、身分証代わりの『青狼のたてがみ』のパーティカードを提示しますと、私たちはすぐさま城内へと通されました。そういえば、正式な手順を踏んで入城するのも、何気に初めてでしたね。
出迎えてくれた衛兵さんの先導のもと、厳粛な王城の通路を並んで歩いていますと、城内が物珍しいのか、レーネさんが後頭部で後ろ手を組んだまま、しきりに周囲をきょろきょろと見回していました。
「こら、レーネ。みっともないだろ!」
小声で窘めるカレッツさんにも、お気楽なレーネさんはどこ吹く風です。
「いいじゃんリーダー、固いこといいっこなしで。こんな王城に入れる機会なんて、そうそうないんだし」
「そりゃあそうだろうけど……」
対照的に、カレッツさんはがちがちに緊張しているようですね。なにか、手足の動きがぎくしゃくしています。ともすれば、同じ側の手足が同時に出そうになるのを堪えているような。
これから一国の最高権力者に面会しようというのですから、当然なのかもしれませんが。
「さすがに、タクミさんは余裕そうですね……?」
「……ふぅむ。そうですね」
いわれてみますと、私ってこの異世界に来てから結構、偉い人ばかりにお会いしてませんかね。
王様然り、女王様然り、大神官様然り、エルフの女王のセプさん然り――騒動に巻き込まれるのに慣れてしまい、そこら辺の感覚も麻痺してしまったのかもしれませんね。
「お? タクミじゃないか!」
「え?」
つい俯いてしまっていた顔を上げますと、通路の向こう側から歩いてくるケンジャンの姿がありました。
さらに増量を重ねたようでして、全体のシルエットがミカンを載せた鏡餅っぽくなっていますね。最後に会ったときから三割増しといったところでしょう。
また城下への買い出しの帰りでしょうか。両手いっぱいの袋と、口には串カツを三本ほど咥えています。
「ついこの前、王都を離れる挨拶に来たんじゃなかったっけ。もう戻ってきたのか? 串カツ食う?」
「いえ、結構です」
ちなみに、いくらなんでもその口に咥えた食べかけの串じゃありませんよね?
「これからちょっと女王様との用事がありまして。それが終わりましたら、またすぐに出ないといけません」
「そっか。おまえもたいへんだな。じゃあ今度暇ができたら、僕のところにも顔を出せよ?」
「はい、是非にも。それでは、また」
すれ違い際の声かけ程度で、ケンジャンはそのまま去っていきました。離宮の自室のほうに戻ったのでしょうね。
「なに、今の人。タクミんの知り合い?」
背中に隠れていたレーネさんが顔を覗かせました。
「ええ、まあ。友達ですね」
そして『賢者』です。
「これでもか! ってくらい、すんごい太ってたねえ。黒っぽい服着てたから、一瞬、オークかなにかの魔物かと思って斬りかかっちゃうとこだったよ。にしし」
「……レーネ。いくらなんでも、タクミさんの友人に失礼だろ」
「そっか、ごめんごめん。でも、これだけ広そうな王城で友達と会っちゃうくらいだから、案外『賢者』様ともばったりなんてこともあるかもね! そのときはちゃんと紹介してよね、タクミん?」
「……ええ。ははは」
すみません、ケンジャン。今の状況で真実を語る勇気のない私を許してください。理想は理想のままでそっとしておきましょう。
そうこうしている内に、目的の場所に着いたようでした。
てっきり、いつもの謁見の間に連れていかれるのかと思いましたが、案内されたのは別の一室でした。雰囲気からして、貴賓室なのかもしれません。
出入口前で待機していた別の衛兵さんに武器の類を渡してから、無人の室内に導かれました。
「こちらにて、しばしお待ちくださいませ。私めはこれで失礼いたします」
案内役だった衛兵さんが一礼し、きびきびとした動作で退室していきます。
部屋の中央に豪奢な応接セットが用意してありましたので、とりあえずそのソファーに、三人並んで座って待つことにしました。
ソファーは高級そうな見た目通りふかふかな上で、しかもゆっくり三人で座っても充分に余裕があるくらいに大型の品ですね。
「うっわ、なにこれなにこれ!? すっごい沈むんだけど、あはは! ほらほら、見て見て~!」
興奮したレーネさんが、ソファーに正座した格好で上下に跳ねています。
「だから、はしゃぐなって! こんなところを見られでもしたら――死罪になるかもしれないんだぞ!?」
カレッツさんが真っ青になりながら、動揺して中腰のままワタワタしていました。
いくらなんでもそれは飛躍しすぎかと。レーネさんは無邪気すぎですが、カレッツさんは緊張しすぎですね。
メタボな元王様と違って、ベアトリー女王は割と気さくなお方です。良識もあり、他人の話に耳を傾ける寛容さもあります。王族に不敬と断じられるほどの無体を働いたのでしたらともかく、この程度のお茶目に目くじらを立てるほど、狭量な方でもありませんしね。
以前の私の日本帰還騒動で、誤って謁見の間に乱入してしまった際にも、笑って許してくれました。それどころか、そのまま一緒にお昼をともにしたほどです。
女王様は長年病床にあったせいか好奇心が旺盛な方でして、そのときも私が持ち込むことになった異世界の食事に、たいへん興味を持たれていました。気品あふれる荘厳な衣装を纏った一国の女王様が、タイムセールで半額になったお寿司や惣菜を箸で突いているさまは、かなりシュールではありましたが。
ただ世間一般には、快気と同時に、十年近くも執政を任せていた王配を追放して王座に返り咲いた女王様ですから、真相を知らない方々からしますと、無慈悲な統治者に思えても仕方がないのかもしれませんね。
「皆様方、お待たせいたしました」
部屋の奥にある別の扉から、その女王様の颯爽としたご登場です。
精力的に執務をこなされていると風の噂で聞いていましたが、相変わらずお元気そうですね。
声に弾かれるように、カレッツさんがソファーを蹴って立ち上がっていました。
「も――申し遅れましたが! 『青狼のたてがみ』のリーダーを務めさせていただいております、カレッツと申しばふゅ! こにょたびはごそんぎゃんびたば、たわま、まびして……」
残念。申し遅れたどころか、唐突感のある挨拶だった上、後半は噛みまくりでグダグダです。
カレッツさんが顔色を失くしたまま、硬直して微動だにしていません。また、〝死罪〟とかが頭を過っていそうですね。
(やれやれ。仕方ありませんね……)
レーネさんと目配せしてから揃って起立し、紹介のバトンを引き継ぐことにしました。
「こちらは、冒険者パーティ『青狼のたてがみ』のリーダーのカレッツさんです。そして、こちらが同じくメンバーのレーネさんです」
「……カレッツです……」
「レーネと申します。この度は、女王陛下に拝謁する栄誉を賜りましたこと、誠に光栄の至りと存じます」
レーネさんが落ち着いた口調とともに、手を胸と腰の後ろに添え、片膝を落として畏まりました。余裕さえ感じられる堂々とした所作で、実に堂に入っています。
はて、先ほどまでソファーで飛び跳ねて遊んでいた方はどこに行ったのでしょうね。見事な猫の重ね被りっぷりです。
そういえば、レーネさんはもともと商家の娘さんと聞きました。もしや、ラミルドさんの営むアバントス商会のような大きい商家さん出身で、幼き頃に身につけた礼節とかでしょうか。どちらにせよ、普段をよく知っているだけに驚きですね。
ですが、女王様からは見えない後ろ手でVサインをしたり、意気消沈するカレッツさんをからかって頭を伏せながら密かにどや顔を見せつけているのは、いつものレーネさんですね。なぜか、安心しました。
「妾はカレドサニア王国が女王ベアトリー・オブ・カレドサニア。此度はご足労をおかけしました。そう気負わず、構いませんので、どうぞ楽にされてください」
「これはどうも。では、お言葉に甘えまして。ささ、ふたりとも」
あらためてソファーを勧められたので、皆で倣うように腰を下ろしました。
私たちが座るのを見届けてから、女王様が応接テーブルを挟んだ対面ソファーの中央に優雅に腰かけます。
専属の護衛の方でしょうか、略式鎧姿の面差しの似た若い男女ふたりが、女王様の背後に直立不動で待機しました。
「女王様。それでは、さっそく今回の依頼について話しましょう。『勇者』のエイキが行方不明になったとか」
準備は整ったようですので、まずは私が代表して口火を切ることにしました。
「大筋ではその通りです。ひとつ補足させていただきますと、行方不明になったのではなく、行方不明であった、というのが正解です」
過去形?
「でしたら、最近そうなったのではなく、以前から行方不明だったということですか?」
「そうなります。事が身内に関することゆえ、恥ずべき限りなのですが……」
そう前置きしてから、女王様は時系列に沿って説明してくれました。
エイキが魔王を倒すと意気込みながら仲間を従えてこの王都を旅立ったのが、今より五ヶ月ほど前――そして、その一ヶ月後には、すでに連絡が絶たれて行方知れずになっていたということなのです。
出発時の勇者パーティの構成は、国軍から選りすぐられた高騎士が五名に、宮廷魔術師が四名、高名な冒険者が三名、教会からの出向の高神官が三名の、計十五名。それにサポートメンバーの十名を加えた計二十五名が、魔王討伐に向かう精鋭部隊の面々でした。
旅の詳細は定期的に、サポートメンバーとして同行していた連絡係により、書面で王都に届けられていたそうです。
報告書によりますと、こちらの世界の常識に欠けており、また規格外の能力を有するエイキは、独断専行や猪突猛進といった他者を顧みない場面が多かったとのことで。ついていけずに負傷して帰還を余儀なくされた者、仲間内での不和による離脱者、そういったパーティからの脱落者が相次いだことにより、ついには旅が継続できない状態にまで陥ってしまったとのことでした。
旅を断行すべきか否か。エイキを筆頭とした賛成派と、即時撤退を主張する反対派、一時中断して意思統一を図る中立派とで意見がわかれ、膠着状態となってしまいました。
エイキの立場としては、大勢の国民の前で魔王討伐を大々的に宣言し、大手を振って旅立った以上、おめおめ引き返すなど、プライドが許さなかったのでしょう。
ある夜のこと。エイキは賛同するわずか数人だけの手勢を引き連れて、他の者たちを置き去りにして、密かに出発してしまいました。その取り残された中に、王都との連絡役だったメンバーがおり、それ以降のエイキの足取りがまったくつかめなくなってしまったそうです。
当然ながら、報告はすぐさま王都まで伝えられましたが、動揺する周囲を余所に、当時のメタボな王様の選択は〝放置〟でした。
そもそも魔王討伐の期待などしていなかったのか、事実を公表して国民からの支持が下がるのを恐れたのか、とりあえず現状が平穏ならばそれでよかったのか――本人がいない今となっては真意のほどは定かではありませんが、あの無頓着で考えなしの元王様のやりそうなことです。
そして、それが発覚したのがつい先日。女王様の新体制に変わり、慌ただしい日々が一応とはいえようやく落ち着きはじめたかと思われた矢先の出来事だったそうです。怪我のために故郷で療養していた元同行者の騎士が原隊に復帰し、勇者パーティを去った後の顛末を同僚に問うたことをきっかけに、事態が判明することになります。
もともと、『勇者』が行方知れずとなった情報は秘匿され、元王様とその側近たちで故意に隠されていました。しかも、彼らのほぼ全員が、今回のベアトリー女王の復位劇で追放もしくは更迭されていたため、真実が伝達されないままになっていたのです。
王都の誰もが、勇者一行は危なげなく魔王討伐に向けた旅を遂行中だと信じていたのが、実は所在の管理すらされておらず、完全に音信不通だったわけです。
事実を知った現高官たちは、慌てふためきました。報告は、即日ベアトリー女王にもたらされ――
とまあ、ここまでが、私たちが冒険者ギルドラレント支所で指名依頼を受け取る前日までの経緯らしいです。
結局、皆さんと話し合った結果、指名依頼を受けることになりました。もとより、王族からのご指名とあれば、一介の冒険者に拒否するという選択肢はまずないそうです。
それ以前に、私が在籍しているせいで押しつけられたような依頼で恐縮だったのですが、意外にも他の皆さんはかなり乗り気でして。指名依頼とは冒険者パーティにおける一種のステータスであり、それが王家からともなれば、冒険者としてもかなりの箔がつくそうですね。皆さん、向上心に溢れていて、感心してしまいます。
書類上はSSランクではありますが、いまだ実績のない『青狼のたてがみ』としては、名に実が追いつける絶好の機会とあり、カレッツさんたちからはむしろ感謝されたほどでした。
そして、冒険者だけではなく冒険者ギルドのほうも、国家権力との縁を深められる――平たくいいますと、国に恩を売れる案件はギルドの指針で推奨されており、その冒険者が所属するギルド支所の格付けに関わる貢献度でも高く評価されているそうです。その点から、ラレント支所を盛り上げたいキャサリーさんからも、おおいに発破をかけられました。
私としては、顔見知りで同じ境遇のエイキのことを放っておくわけにもいきませんから、今回すんなりと依頼を受け入れてもらえたのは、渡りに船でありがたいばかりです。
エイキが魔王討伐のために旅立っていたことは噂で知っていましたが、まさか行方不明などという事態になっていようとは。
『勇者』という存在は、この異世界では並ぶ者なしとされる強者の代名詞だそうです。そもそも、召喚された当時の魔王軍との戦みたいな個人対軍団戦という状況が異常なだけであり、通常戦闘で『勇者』が魔物などに後れを取ることはないと聞いていました。だから、安否についてすっかり安心しきっていました。
便りがないのは良い便りとはいいますが、まさに的を射ていたのがわかりますね。便りがあった途端にこれですよ。寝耳に水もいいところです、まったく。
即日のうちに準備を済ませ、私たち『青狼のたてがみ』の一行は、昼過ぎには一路王都を目指すことになりました。
まずは、依頼主――つまりは女王様に、依頼の詳細を訊きにいかないといけません。
ここラレントの町を訪れてから、わずか一ヶ月もしないうちに再び王都に舞い戻ることになろうとは、思いも寄りませんでしたね。
今度もまた長い馬車旅ですが、今回はパーティの仲間と一緒ということもありまして、ずいぶんと雰囲気も違います。
パーティ自前の専用馬車ですから、すし詰めの乗合馬車と違って車内も広々ゆったりと使えます。六人なら、全員が全身を伸ばして横になれますね。
それに、乗車人数が少ないということは、馬足も速いということです。なにより乗合馬車にありがちな、いくつもの停留所を転々とする道中ではありませんので、距離的にもぐっと短縮できて、前回よりもかなり早い行程になるでしょう。
エイキのことは気がかりですが、なにもできない移動中に焦っても仕方がありません。ここは彼を信じ、今は我慢のときですね。気を落ち着けていきましょう。
だからというわけではないのですが、今、私の手には五枚のカードが握られています。
なんでも冒険者の心得として、オンオフのスイッチの切り替えが大事だそうで。冒険者たる者は休めるときには休む、遊べるときには思いっきり遊ぶもの! とレーネさんに熱く諭され、御者役のカレッツさんを除いた五人で車内で輪になり、先ほどからカードゲームに興じています。
こうして遊んでいることに、エイキに対して申し訳ない気持ちがないわけではありませんが、レーネさんの言に一理あるのもたしかですし、郷に入りては郷に従えということですね、はい。
「だああ~! まった負けた~!」
賭けていた銅貨を放り投げて、レーネさんがごろんと床に転がりました。
私たちが行なっているのは、トランプのポーカーに似たゲームです。
カードの組み合わせで強弱があり、配られたカードの役に自信のある者は、まずはチップを一枚賭けます。この時点で自信のない者は降りられるので、ここで降りた場合は損得なしです。さらに自信のある者はチップを上乗せし、勝負を受ける場合はチップを追加。ただしここで降りてしまうと、最初に賭けたチップは場に残り、手元に返ってきません。後はそれを繰り返し、最終的に降りずに残った者同士でカードを公開し、役が最も強かった者だけが場にあるチップの総取りとなります。
こんな簡単なカードゲームでも、個性って出るものですね。
レーネさんは他人の心の機微を読むことには長けているのですが、それ以上に顔や態度に出やすいです。それでいて、ブラフを多用して無謀にも最後までチップを吊り上げるものですから、一番負けが込んでいます。
フェレリナさんは逆に堅実派ですね。ブラフはまったく用いずに、少しでも分が悪いと感じたら、多少いい役でもあっさりと降りてしまう傾向にあるようです。大勝ちも大負けもせずに、チップの変動がほとんどありませんね。
アイシャさんは……言い表しにくいのですが、勝敗にはこだわらず、あえて自分の勝ち負けを制限し、場を調整している感があります。私と井芹くんを除いた皆さんの中では年長者ですから、仲間内で角が立たないようにされているのでしょうか。なんとも大人な対応です。
井芹くんは、役が悪いときはあっさりと降りるのですが、いけると感じたらぐいぐい押してくるタイプですね。一度前に出たら、引くことがありません。それでいて、最終勝負で負けたときはすごく悔しがる、極端な負けず嫌いです。それはいいのですが、負けたときに子供の芝居を忘れて素で舌打ちするのには、どうしようかと思いましたよ。
結果、勝敗は上から、井芹くん、アイシャさん、フェレリナさん、私、レーネさんの順となりました。
ドベのレーネさんがチップの銅貨を使い果たして不貞寝をはじめましたので、カードゲームは自然にお開きになりました。
その後は皆さん馬車の中で、思い思いに過ごされています。
井芹くんは壁にもたれかかり読書、アイシャさんは装備の点検をしています。フェレリナさんは瞑想しているようですね。
私は特にやることがありませんので、とりあえず馬車の窓から外の景色を眺めています。
「……それにしても、こんなにのんびりしていていいのでしょうかね?」
普段の馬車旅でしたら、道中さまざまなアクシデントも起こるものですが、精霊使いのフェレリナさんが認識阻害とやらの精霊魔法を馬車に施しているそうで、今この馬車は外から非常に認識しづらい状態にあるそうです。おかげで、馬車は無人の荒野を突き進むがごとく。精霊魔法とは便利なものですね。
「まあ、たしかにこうして移動している間が一番暇だよね~。常に外敵を警戒していた、馬車買う前には考えられなかった贅沢な悩みなのかもしんないけど」
「おや。起きていたのですか」
気づけば、レーネさんがごろんと横になったまま、首だけこちらに向けていました。
「さすがに本当に寝ちゃったら、気ぃ抜きすぎだからね。なにがあるかわかんないし」
「そのだらけまくった格好だけでも、充分に気を抜きすぎよ」
レーネさんは片目を開けた瞑想中のフェレリナさんから、額をぺしんと叩かれていました。
「あ痛。だああってさ~……暇なものは暇なんだから、仕方ないじゃんかよぉ~」
しぶしぶレーネさんは起き上がり、床に胡坐をかいた姿勢から、お尻を支点に身体ごと私の真正面に方向転換しました。
「そうそう、そーいやタクミんは、『勇者』にもちろん会ったことあるんだよね? どんな感じの人? 背、高い? やっぱ凛々しい感じの大人でカッコよさげな人?」
いきなり『勇者』の話題が出ましたので、思わず私はちらりとアイシャさんの様子を窺ってしまいました。
先日の私による出自の暴露で、アイシャさんを除け者にして気分を害させてしまった負い目があります。本人は、気にしてない、教えてもらえて嬉しかった、といってくれましたが、冒険者ギルドから走り去ったあのときの状態からして、そう安直に言葉通りに捉えていいものでもないでしょう。
私の視線を感じたようでして、アイシャさんはナイフを磨いていた手を止め、こちらに笑顔を向けました。
「前にもいいましたけど、余計な気遣いは無用ですよ。そもそもアタシ自身、気にしてなかったんですから、本来は謝罪の必要もなかったことです。それより、アタシもあの英雄様のことなら聞いてみたいですね」
アイシャさんもまだ若い方ですのに、大人の心配りですね。
誰かに似ている気がします。そう、気配り上手のイリシャさん。そういえば、名前の語感も似てますね。
「ねえ、タクミんってば。聞いてる?」
「ええ、はいはい。『勇者』――エイキのことでしたね」
エイキとは半年近く前に王城で少し話しただけでしたが、あの日のことは印象深かったですから、よく覚えています。軽口好きなヤンチャで愉快そうな子でしたね。
高校生だったはずですから、レーネさんとは同年代くらいじゃないでしょうか。
「十六歳の活発そうな男の子ですよ。身長は私とフェレリナさんの中間くらいじゃないでしょうか。ノリもよかったですから、レーネさんとは気が合うかもしれませんね」
「ええ~? なんだ、だったらガキじゃん。期待して損した」
それはすなわち、自分もそうだといっていることになると思うのですが……
「やっぱ、頼りがいのある大人の男じゃないとね~。身長百八十センチ以上でガタイもよくて渋くて。屈強な戦士! って感じじゃないと」
レーネさんは女性にしても身長が低く、百四十センチ台半ばくらいしかありませんよね。そんなレーネさんが、その理想の人物と仲良さげに腕を組んでいる図を想像しますと……ユーカリの木にぶら下がっているコアラを彷彿させないでもないですね。もしくは、誘拐犯に連れ去られそうになっている少女とか。犯罪性を感じなくも?
「ねね、だったらさ、『賢者』はどうなの? 前回の王都防衛の立役者。今も王城に住んでいるんでしょ?」
「ケンジャンですか……」
脳裏に、あの独特なシルエットが思い浮かびます。
あれも一種ガタイがいいと表現できなくもありませんし、レーネさんの理想にだいぶ沿っていると思わなくも? ふむ。
「年齢はアイシャさんと同じくらいでしょうか。身長は高いですね。おおよそですが、百八十センチちょっとはあるのではないでしょうか」
「おお~!」
「恰幅もいいですし」
横に。
「理知的で」
眼鏡が。
「う~ん。理想は渋めのムキムキ戦士だけど、賢そうな細マッチョお兄さんも捨てがたいかな……」
レーネさんが頭を悩ませています。
私の頭の中の実像とだいぶイメージに隔たりがあるようですが、ここはケンジャンの名誉のためにも否定しないほうがいいですよね。
◇◇◇
三日ばかりの行程を経て、『青狼のたてがみ』の一行を乗せた馬車は、あっさりと王都カレドサニアに着くことができました。王都を離れてわずかひと月ばかりで感慨を抱くほどでもありませんが、それでも懐かしく感じるものはありますね。
王都に入ってから、私たちはいったん別れて別行動を取ることになりました。
パーティのリーダーであるカレッツさんと当事者の私、そして頑として同行を主張したレーネさんを含めた三人が、王城の女王様のもとへ出向くことになり、フェレリナさんとアイシャさんは馬車に残って荷物番です。
井芹くんは食材調達の名目のもと、単独で王都をぶらつくそうです。まあそれは建前で、冒険者ギルドのカレドサニア支部のほうに顔を出すということでした。今回の件についても、ギルドにいろいろと確認しておきたいことがあるそうです。
賑わう城下町を抜けて、私たち三人は、カレドサニアの王城へとやってきました。
事前に話は通っていたようで、身分証代わりの『青狼のたてがみ』のパーティカードを提示しますと、私たちはすぐさま城内へと通されました。そういえば、正式な手順を踏んで入城するのも、何気に初めてでしたね。
出迎えてくれた衛兵さんの先導のもと、厳粛な王城の通路を並んで歩いていますと、城内が物珍しいのか、レーネさんが後頭部で後ろ手を組んだまま、しきりに周囲をきょろきょろと見回していました。
「こら、レーネ。みっともないだろ!」
小声で窘めるカレッツさんにも、お気楽なレーネさんはどこ吹く風です。
「いいじゃんリーダー、固いこといいっこなしで。こんな王城に入れる機会なんて、そうそうないんだし」
「そりゃあそうだろうけど……」
対照的に、カレッツさんはがちがちに緊張しているようですね。なにか、手足の動きがぎくしゃくしています。ともすれば、同じ側の手足が同時に出そうになるのを堪えているような。
これから一国の最高権力者に面会しようというのですから、当然なのかもしれませんが。
「さすがに、タクミさんは余裕そうですね……?」
「……ふぅむ。そうですね」
いわれてみますと、私ってこの異世界に来てから結構、偉い人ばかりにお会いしてませんかね。
王様然り、女王様然り、大神官様然り、エルフの女王のセプさん然り――騒動に巻き込まれるのに慣れてしまい、そこら辺の感覚も麻痺してしまったのかもしれませんね。
「お? タクミじゃないか!」
「え?」
つい俯いてしまっていた顔を上げますと、通路の向こう側から歩いてくるケンジャンの姿がありました。
さらに増量を重ねたようでして、全体のシルエットがミカンを載せた鏡餅っぽくなっていますね。最後に会ったときから三割増しといったところでしょう。
また城下への買い出しの帰りでしょうか。両手いっぱいの袋と、口には串カツを三本ほど咥えています。
「ついこの前、王都を離れる挨拶に来たんじゃなかったっけ。もう戻ってきたのか? 串カツ食う?」
「いえ、結構です」
ちなみに、いくらなんでもその口に咥えた食べかけの串じゃありませんよね?
「これからちょっと女王様との用事がありまして。それが終わりましたら、またすぐに出ないといけません」
「そっか。おまえもたいへんだな。じゃあ今度暇ができたら、僕のところにも顔を出せよ?」
「はい、是非にも。それでは、また」
すれ違い際の声かけ程度で、ケンジャンはそのまま去っていきました。離宮の自室のほうに戻ったのでしょうね。
「なに、今の人。タクミんの知り合い?」
背中に隠れていたレーネさんが顔を覗かせました。
「ええ、まあ。友達ですね」
そして『賢者』です。
「これでもか! ってくらい、すんごい太ってたねえ。黒っぽい服着てたから、一瞬、オークかなにかの魔物かと思って斬りかかっちゃうとこだったよ。にしし」
「……レーネ。いくらなんでも、タクミさんの友人に失礼だろ」
「そっか、ごめんごめん。でも、これだけ広そうな王城で友達と会っちゃうくらいだから、案外『賢者』様ともばったりなんてこともあるかもね! そのときはちゃんと紹介してよね、タクミん?」
「……ええ。ははは」
すみません、ケンジャン。今の状況で真実を語る勇気のない私を許してください。理想は理想のままでそっとしておきましょう。
そうこうしている内に、目的の場所に着いたようでした。
てっきり、いつもの謁見の間に連れていかれるのかと思いましたが、案内されたのは別の一室でした。雰囲気からして、貴賓室なのかもしれません。
出入口前で待機していた別の衛兵さんに武器の類を渡してから、無人の室内に導かれました。
「こちらにて、しばしお待ちくださいませ。私めはこれで失礼いたします」
案内役だった衛兵さんが一礼し、きびきびとした動作で退室していきます。
部屋の中央に豪奢な応接セットが用意してありましたので、とりあえずそのソファーに、三人並んで座って待つことにしました。
ソファーは高級そうな見た目通りふかふかな上で、しかもゆっくり三人で座っても充分に余裕があるくらいに大型の品ですね。
「うっわ、なにこれなにこれ!? すっごい沈むんだけど、あはは! ほらほら、見て見て~!」
興奮したレーネさんが、ソファーに正座した格好で上下に跳ねています。
「だから、はしゃぐなって! こんなところを見られでもしたら――死罪になるかもしれないんだぞ!?」
カレッツさんが真っ青になりながら、動揺して中腰のままワタワタしていました。
いくらなんでもそれは飛躍しすぎかと。レーネさんは無邪気すぎですが、カレッツさんは緊張しすぎですね。
メタボな元王様と違って、ベアトリー女王は割と気さくなお方です。良識もあり、他人の話に耳を傾ける寛容さもあります。王族に不敬と断じられるほどの無体を働いたのでしたらともかく、この程度のお茶目に目くじらを立てるほど、狭量な方でもありませんしね。
以前の私の日本帰還騒動で、誤って謁見の間に乱入してしまった際にも、笑って許してくれました。それどころか、そのまま一緒にお昼をともにしたほどです。
女王様は長年病床にあったせいか好奇心が旺盛な方でして、そのときも私が持ち込むことになった異世界の食事に、たいへん興味を持たれていました。気品あふれる荘厳な衣装を纏った一国の女王様が、タイムセールで半額になったお寿司や惣菜を箸で突いているさまは、かなりシュールではありましたが。
ただ世間一般には、快気と同時に、十年近くも執政を任せていた王配を追放して王座に返り咲いた女王様ですから、真相を知らない方々からしますと、無慈悲な統治者に思えても仕方がないのかもしれませんね。
「皆様方、お待たせいたしました」
部屋の奥にある別の扉から、その女王様の颯爽としたご登場です。
精力的に執務をこなされていると風の噂で聞いていましたが、相変わらずお元気そうですね。
声に弾かれるように、カレッツさんがソファーを蹴って立ち上がっていました。
「も――申し遅れましたが! 『青狼のたてがみ』のリーダーを務めさせていただいております、カレッツと申しばふゅ! こにょたびはごそんぎゃんびたば、たわま、まびして……」
残念。申し遅れたどころか、唐突感のある挨拶だった上、後半は噛みまくりでグダグダです。
カレッツさんが顔色を失くしたまま、硬直して微動だにしていません。また、〝死罪〟とかが頭を過っていそうですね。
(やれやれ。仕方ありませんね……)
レーネさんと目配せしてから揃って起立し、紹介のバトンを引き継ぐことにしました。
「こちらは、冒険者パーティ『青狼のたてがみ』のリーダーのカレッツさんです。そして、こちらが同じくメンバーのレーネさんです」
「……カレッツです……」
「レーネと申します。この度は、女王陛下に拝謁する栄誉を賜りましたこと、誠に光栄の至りと存じます」
レーネさんが落ち着いた口調とともに、手を胸と腰の後ろに添え、片膝を落として畏まりました。余裕さえ感じられる堂々とした所作で、実に堂に入っています。
はて、先ほどまでソファーで飛び跳ねて遊んでいた方はどこに行ったのでしょうね。見事な猫の重ね被りっぷりです。
そういえば、レーネさんはもともと商家の娘さんと聞きました。もしや、ラミルドさんの営むアバントス商会のような大きい商家さん出身で、幼き頃に身につけた礼節とかでしょうか。どちらにせよ、普段をよく知っているだけに驚きですね。
ですが、女王様からは見えない後ろ手でVサインをしたり、意気消沈するカレッツさんをからかって頭を伏せながら密かにどや顔を見せつけているのは、いつものレーネさんですね。なぜか、安心しました。
「妾はカレドサニア王国が女王ベアトリー・オブ・カレドサニア。此度はご足労をおかけしました。そう気負わず、構いませんので、どうぞ楽にされてください」
「これはどうも。では、お言葉に甘えまして。ささ、ふたりとも」
あらためてソファーを勧められたので、皆で倣うように腰を下ろしました。
私たちが座るのを見届けてから、女王様が応接テーブルを挟んだ対面ソファーの中央に優雅に腰かけます。
専属の護衛の方でしょうか、略式鎧姿の面差しの似た若い男女ふたりが、女王様の背後に直立不動で待機しました。
「女王様。それでは、さっそく今回の依頼について話しましょう。『勇者』のエイキが行方不明になったとか」
準備は整ったようですので、まずは私が代表して口火を切ることにしました。
「大筋ではその通りです。ひとつ補足させていただきますと、行方不明になったのではなく、行方不明であった、というのが正解です」
過去形?
「でしたら、最近そうなったのではなく、以前から行方不明だったということですか?」
「そうなります。事が身内に関することゆえ、恥ずべき限りなのですが……」
そう前置きしてから、女王様は時系列に沿って説明してくれました。
エイキが魔王を倒すと意気込みながら仲間を従えてこの王都を旅立ったのが、今より五ヶ月ほど前――そして、その一ヶ月後には、すでに連絡が絶たれて行方知れずになっていたということなのです。
出発時の勇者パーティの構成は、国軍から選りすぐられた高騎士が五名に、宮廷魔術師が四名、高名な冒険者が三名、教会からの出向の高神官が三名の、計十五名。それにサポートメンバーの十名を加えた計二十五名が、魔王討伐に向かう精鋭部隊の面々でした。
旅の詳細は定期的に、サポートメンバーとして同行していた連絡係により、書面で王都に届けられていたそうです。
報告書によりますと、こちらの世界の常識に欠けており、また規格外の能力を有するエイキは、独断専行や猪突猛進といった他者を顧みない場面が多かったとのことで。ついていけずに負傷して帰還を余儀なくされた者、仲間内での不和による離脱者、そういったパーティからの脱落者が相次いだことにより、ついには旅が継続できない状態にまで陥ってしまったとのことでした。
旅を断行すべきか否か。エイキを筆頭とした賛成派と、即時撤退を主張する反対派、一時中断して意思統一を図る中立派とで意見がわかれ、膠着状態となってしまいました。
エイキの立場としては、大勢の国民の前で魔王討伐を大々的に宣言し、大手を振って旅立った以上、おめおめ引き返すなど、プライドが許さなかったのでしょう。
ある夜のこと。エイキは賛同するわずか数人だけの手勢を引き連れて、他の者たちを置き去りにして、密かに出発してしまいました。その取り残された中に、王都との連絡役だったメンバーがおり、それ以降のエイキの足取りがまったくつかめなくなってしまったそうです。
当然ながら、報告はすぐさま王都まで伝えられましたが、動揺する周囲を余所に、当時のメタボな王様の選択は〝放置〟でした。
そもそも魔王討伐の期待などしていなかったのか、事実を公表して国民からの支持が下がるのを恐れたのか、とりあえず現状が平穏ならばそれでよかったのか――本人がいない今となっては真意のほどは定かではありませんが、あの無頓着で考えなしの元王様のやりそうなことです。
そして、それが発覚したのがつい先日。女王様の新体制に変わり、慌ただしい日々が一応とはいえようやく落ち着きはじめたかと思われた矢先の出来事だったそうです。怪我のために故郷で療養していた元同行者の騎士が原隊に復帰し、勇者パーティを去った後の顛末を同僚に問うたことをきっかけに、事態が判明することになります。
もともと、『勇者』が行方知れずとなった情報は秘匿され、元王様とその側近たちで故意に隠されていました。しかも、彼らのほぼ全員が、今回のベアトリー女王の復位劇で追放もしくは更迭されていたため、真実が伝達されないままになっていたのです。
王都の誰もが、勇者一行は危なげなく魔王討伐に向けた旅を遂行中だと信じていたのが、実は所在の管理すらされておらず、完全に音信不通だったわけです。
事実を知った現高官たちは、慌てふためきました。報告は、即日ベアトリー女王にもたらされ――
とまあ、ここまでが、私たちが冒険者ギルドラレント支所で指名依頼を受け取る前日までの経緯らしいです。
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