巻き込まれ召喚!? そして私は『神』でした??

まはぷる

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4巻

4-3

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  ◇◇◇


 三英雄のひとり『聖女』ネネさん――前大神官様が去った今、実質上の教会の代表となった彼女の参加とありまして、会議室でのみにくい言い争いもいったんは収まりました。
 お供の神官らしき方々を従えて入室してくるそのたたずまいたるや、実に堂々としたものです。ファルティマの都でお別れしてからまだほんの半月足らずですが、また成長されたみたいですね。
 挨拶あいさつを交わしたいところですが、私は変装して姿を偽っている身の上です。ここで正体を明かしてしまっては、元も子もありません。心苦しいですが、ネネさんにも他人のふりをするしかないでしょうね。
 そう思い、無関心を装って教会関係者ご一行を眺めていたのですが――不意にネネさんと目が合いました。
 軽く視線同士が触れたというより、どういうわけか凝視ぎょうしされています。

「……?」

 ネネさんの声にならないほどの小さなつぶやきに、私は戸惑ってしまいました。そのくちびるの動きから読み取れたのは、今こうして私がふんしているヒーローの名前です。
 なにせくだんの作品は、私が学生時代に放送されていた古いものです。ネネさんどころか、彼女の親御さんでも生まれていたかどうか。そのように昔のテレビマンガを、若者のネネさんが知っているはずはないと思うのですが。
 もしや正体を看破されるのでは――と心配しましたが、杞憂きゆうに終わったようです。ネネさんはすぐに興味をなくしたように視線をらし、他の神官さんたちと一緒に円卓の空いた席に着きました。
 よくわかりませんが、大丈夫だったようですね。まずは一安心です。
 教会という第三勢力が間に入ることで、ここからは理知的な大人の話し合いが行われるかと安堵あんどしたのも束の間――

「だから、国軍統率のもと――」
「冒険者は独自の判断で――」
「教会が神以外のめいに従うなど――」

 さらに教会側まで参戦してヒートアップ、まさに大混戦です。もはや手のつけようがありません。
 協力・協調といったとうとい言葉はどこに行ってしまったのでしょうか。少なくともこの円卓の場にはなさそうです。
 教会側として熱弁を振るうのはお付きの神官さんたちで、ネネさんはちょこんと席に座ったまま、無言でにこにこと笑顔を崩していないのが、まだ救いですね。
 いくらたくましくなったとはいえ、ネネさんまで大声を張り上げるさまなど、個人的には見たくありませんし。
 私としては、みなさんが一致団結して方向性をまとめたところで、私の意見――といいますか作戦を提示し、事を円滑に進めていきたかったのですが、その最初の一歩目でこのざまです。
 今日中に結論が出るのか不安になっていたところで、ついに井芹くんが切れました。

「やかましい」

 短い台詞せりふをいい終えるよりも早く、大きな円卓がきれいにカットされたホールケーキのように八等分に斬り落とされました。
 井芹くんらしいといえばそれまでですが、各勢力の代表の前で取った行動としては乱暴すぎます。みなさん口論していたことも忘れて唖然あぜんとしていましたが、すぐに方々から非難の声が上がりました。

「やかましいといった」

 詰め寄ろうとした教会の神官さんの眼前に、刀を突きつけています。
 これはもう、やりすぎの範疇はんちゅうを超越して、テロではありませんか? 大丈夫なんでしょうね?

「者ども、聞くがよい。儂は『剣聖』イセリュート。大人しく様子をうかがっておれば、大の大人がこうも寄り集まっておきながら、口にするのが見栄と自尊ばかりとはなんたる醜態しゅうたいだ。お主らで決められぬというならば、儂が代案を出してやろう」

 ここでも『剣聖』の勇名に、みなさんがひるみます。
 これはあれですね。水戸のご老公様の印籠いんろうのようなものでしょうか。ここは井芹くんにお任せするのが正解のようですね。

「こちらにおわすお方をどなたと心得る。おそれ多くも、神の使徒なるぞ」

 油断しきっていたところに背中をたたかれ、円卓のあった中央に押し出されました。
 当然ながら、みなさんは円卓を囲んで座っていましたから、私が一身にその視線を受けることになります。

「……い、井芹くん?」

 井芹くんを振り返るも、ぐっと立てた親指でこたえられました。

(おや? お任せするつもりが、お任せされちゃいました?)

 なんということでしょう。事前の打ち合わせもいっさいなく、完璧に丸投げです。無茶ぶりもいいところなのですが。
 ご老公役は私のほうだったということでしょうか。たしかに井芹くんが印籠いんろうを見せつける役どころでしたら、ご老公様は必然的に別の人の役――なんて、現実逃避気味に納得している場合でもありませんね。
 これだけ豪快に押し出されてしまったからには、今さらすごすごと引っ込むわけにもいきません。ここは井芹くんの脚本通り、私も覚悟を決めるしかないということでしょうか。

「あ、あの~、ご紹介にあずかりました……神の使徒、です。お見知りおきを」
「ふ――ふざけるな!」

 予想していたことではありましたが、次いで巻き起こったのは、国軍と教会からの非難の嵐です。

「ギルドの! 貴様、いったいなにを考えて、このような茶番を! そうまでして主導権を握りたいかっ!? 恥を知れ!」

 ですよねー。ギルドの一員として来たからには、そう思われちゃいますよね。

「よりにもよって、我らの前で神の名を用いるとは――なんたる侮辱ぶじょく! 公然と神と教会を愚弄ぐろうした罪、ゆるされがたし! この罪深き者には、神罰がくだろうぞ!?」

 ですよねー。特に神官さんたちは怒り心頭ですよね。気持ちはわかります。同意はしたくないですが。

「まあ、待つがよい」

 両者をなだめつつ、悠然と前に出たのは、事の発端たる井芹くんでした。
 よかった。なにか考えあってのことだったのですね。信じてましたよ。
 井芹くんは腕組みしながら、口の端に笑みを浮かべています。

「よし、見せてやるがいい」
(なにをですっ!?)

 考えなしじゃないですか! なぜ、そう自信ありげなのですか!?
 どうしたものかと困り果てていますと、それまで静観していたネネさんが、にわかに椅子から立ち上がりました。
 そして私の数歩手前まで歩み寄り、なんと床に片膝をついて深々とこうべを垂れたではありませんか。

「せ、聖女様っ!?」

 周囲の動揺する声にも姿勢は崩さず、ネネさんは落ち着いた声音こわねおごそかに告げました。

「このお方が神の御心とともにあられることを、このわたくしが『聖女』の名において宣言いたしましょう」

 突然の告白に、場が騒然となりかけます。
 しかし、『聖女』であるネネさんの言葉とあっては、付き添いの方々も従わないわけにはいかないようですね。
 激高していた神官さんたちでしたが、合図をしたように一斉に膝を突き、同様にかしこまってしまいました。

「あの、教会のみなさん……そのくらいで。困っちゃいますから、お立ちになってください」

 私自身、根が小市民ですから、偉ぶるのには慣れていません。ましてや、こうしてあがめられては恐縮してしまいますね。背筋がぞわぞわして、落ち着かなくなってしまいますよ。

「おお、なんとおそれ多い。純白の使徒様……我らにお導きを……」
神々こうごうしい御身にお目にかかれて光栄の至りです」
「なんと素晴らしき日なのだ……神聖な清白な使徒様に栄光あれ」

 ……なにやら、すごい拝まれているのですが。
 てのひら返しというと失礼かもしれませんが、私への胡散臭うさんくさそうなものを見る眼差まなざしもどこへやら、聖印を切って祈りを捧げたり、感涙している方もいますね。
 先ほどから一転して、この白いボディースーツも大好評になったようです。複雑な心境ではありますが。
 それにしても……この様子を見るに、これまで『神』であることを明かさなかったのは正解でしたね。使徒でこれですから、さらに上の神様となりますと、大パニックは必至だったでしょう。
 あ。もしかして、井芹くんの以前の台詞せりふ、〝ふたつの理由〟のひとつとは、これのことだったのでしょうか。この姿を神聖で神秘的などといっていたのも、最初からこうなることを見越して、神の使徒としての信憑性しんぴょうせいを持たせるためだったと。
 さすがは井芹くん、私などでは及びもしない素晴らしい先見の明です。あのときは『偏屈へんくつじじいなのは井芹くんのほうでは?』なんてちょっぴり思ってしまい、申し訳ないことをしましたね。
 ですが、贅沢ぜいたくをいいますと、もうちょっとだけ事前説明をしてもらいたかったです。以心伝心の域に到達するのは、まだまだ先のようですね。

「待て待て待て! わしらはそう容易たやすだまされんぞ!?」

 異議を申し立てたのは、いわずと知れたケランツウェル将軍とその部下さんたちです。
 教会と違い神様とも無縁でしょうから、いくら『聖女』ネネさんの判断でも〝はいそうですか〟と納得するわけにはいかないのでしょう。

「なにを!? 聖女様のお言葉を疑うつもりか!?」
「使徒様に逆らうとは、この不敬者が!」
れ者は即刻、神に祝福されしこの場から去るがよい!!」

 即座に教会側からの猛反発です。
 国教である教会の信仰を盾にされては、国軍側もが悪いようですね。みなさんたじたじになっています。
 しかしながら、王城の救出作戦を成功させるためには、国軍と教会の協力は不可欠です。ここで仲違いしている場合ではありません。
 井芹くんのシナリオですと、私が神の使徒としてみなさんを先導し、魔王軍に対抗する目論見もくろみなのでしょう。すでにさいは投げられてしまっています。私も自分の役どころを自覚して、突き進むしかありませんね。

「落ち着いてください、みなさん。でしたら、ケランツウェル将軍。どのようにしたら信用していただけますか?」

 私のほうから問いかけますと、将軍は若干じゃっかんひるんだように後退あとずさりました。
 反発はしていても、救国の三英雄のひとりでもある『聖女』の言葉には、それなりの重みを感じているようですね。今では私のことを、『聖女』も認める得体の知れないなにか、とでも認識しているのでしょうか。

「そなたが神の使徒を称するのならば、目に見えるあかしを提示せよ! 我らは武人だ、宗教家や思想家ではない! 己の目で見たもの以外は信じぬぞ!」

 一理ありますね。
 百聞は一見にかずとはいいますが、虚実の移ろいやすい世の中で己が肉体のみを頼りに生き抜いてきた彼らにとっては、それこそが唯一無二の真実なのでしょう。
 ですが、証拠……う~ん、どうしましょうかね。

「手っ取り早く、ステータスを見せてやれ」

 なんと、初めて井芹くんによる具体的なアドバイスです。
 この異世界では、その手がありましたね。あまり使い慣れていませんから、思いつきませんでした。
 ただ……ステータスですと、職業『神』まで知られてしまいますよね。せっかく伏せている意味がなくなってしまいそうです。

「パラメータのみを表わしたいときには、そう宣誓すればよい。なにかと役立つから覚えておけ」

 おお、今度はこちらの意図をんでくれるとは。
 できれば、前回、前々回と、そういうふうにしてもらえるとありがたかったのですが。

「そういうことですので、みなさん。お手を拝借できますか?」

 ケランツウェル将軍だけでもよかったかもしれませんが、ここぞとばかりにみなさんが私に触れてきました。
 国軍の方々は、おっかなびっくりというふうに指先を添えるに留まっています。
 教会の方々は触れるまではおそれ多いという感じでしたが、いったん触ってしまうと結構がっつり両手で握りめてきます。興奮しすぎて血走った目つきが怖いです。
 ネネさんは横からそっと手を握ってきて、やけにいい笑顔です。
 頭ひとつ抜けて長身のサルリーシェさんは、私の首から下が他の方々でまってしまっているため、頭頂部に手を置いています。鷲掴わしづかみはご遠慮ください。
 逆に低身長の井芹くんは、潜り込んだ下から私の臀部でんぶあたりを触っています。いえ、あなたが見る必要はないですよね? 難しい顔をしながら、微妙なタッチでお尻をでるのはやめていただきたい。私のお尻になにか問題でも?
 そういった感じで、私を中心に総勢十五名が団子になっています。
 傍目はためにはすごい異様な絵面えづらになっている気がするのですが……ま、気にしないことにしましょう。

「パラメータのみでステータス・オープンお願いします」

 HP 9999999
 MP 9999999
 ATK 999999
 DEF 999999
 INT 999999
 AGL 999999


 狙い通りに職業やスキルを隠して表示してくれました。
 いつも通りの代わり映えしない9のオンパレードですね。今ではこれがすごいという認識はあるのですが、少しばかり起伏に富んでいたほうが面白みはありますよね。
 上手いことレベルも隠されています。実はレベルがたったの2で、少し気恥ずかしく思っていたのですよね。ステータス・オープンさん、いい仕事してますね。よかったです。
 などと考えていますと、周りの方々がいつの間にかひざまずいていました。
 教会の神官さんたちは土下座に近い形でひれ伏し、また拝まれてしまっています。中には、至福の表情で卒倒している方もいますね。
 ネネさんだけは驚きつつも、しきりにうんうんとうなずいています。なんでしょう?
 国軍の方々は、単に腰を抜かしているようですね。目を見開き、金魚のように口をパクパクさせています。
 ケランツウェル将軍は床に尻餅しりもちをつき、その隣のサルリーシェさんも同じポーズです。それぞれこちらに向けた指先が、ぷるぷると震えています。

「「なんなのだ! その馬鹿げた能力値は!?」」

 異口同音にふたりが口にします。仲がいいですね。

「おい、ギルドの! 連れてきた貴様までが驚いているのはどういうわけだ!?」
「……いやあ、実はわたしも今日が初対面でして。あの『剣聖』があまりに自信を持ってすもので、半信半疑ながら納得してはいましたが、まさか真実だったとは……」
「相も変わらずいい加減だな、冒険者連中は!? そういうところも気に食わんといっておるのだ!」

 サルリーシェさんとのいい争いで、ケランツウェル将軍は幾分か活力を取り戻したようで、弾けるように起き上がりました。

「これはなにかのペテンか、まやかしだ! でなければ幻術かなにかだ! ええい、ともかくこのようなもので、わしは懐柔かいじゅうされんぞ!?」

 証拠を見せたら信用するのではありませんでしたっけ。なかなか頑固がんこなお方ですね。

「ふん。そう来るだろうとは思っていた。ならば納得ゆくように試してみるがいい」

 井芹くんが、ケランツウェル将軍に棒状のものを放りました。

「おおっ? これは……ミスリル製のハルバードか」

 槍の先に斧が合体したような長柄ながえ武器ですね。ハルバードというのですか。当たるととても痛そうな凶悪なフォルムではあります。
 井芹くんは、これだけ大きな長物ながものをどこから取り出したのでしょうね。なにやらなにもない空間から、突然にゅっと出てきた感がありましたが、これもスキルなのでしょうか。

「ハルバードはお主の得意武器だったな? これはミスリル製の逸品いっぴんでな。儂の武具コレクションの中でもかなりの業物わざものだ。特別に貸してやろう」

 ケランツウェル将軍にそういってから、井芹くんが私の肩口に拳を載せてきました。

「すまんが、相手をしてやってくれ。武人という生き物は馬鹿なのだよ。身をもって経験せずして納得できるほど器用ではない。この儂を含めてな。実際に手合せすれば、満足もしよう」

 ……そういうことですか。武人さんとは難儀なものですね。
 そういえば、井芹くんもファルティマの都で剣で語るとかいって斬りかかってきましたっけ。あれからそんなに日は経っていませんが、懐かしく感じます。
 でもまあ、私も老いたとはいえ男ですから、そのノリは決して嫌いではありませんよ。

「ふっくっく、面白い! 『剣聖』よ。その提案、乗ってやろうではないか! 神の使徒とやら、そなたもよいな!?」
「はい、そうですね。今後の作戦遂行には相互信頼が必須です。遺恨いこんを残さないためにもここは受けて立ちましょう。他のみなさんは危ないですから、下がっていてくださいね」
「そもそも最初の話し合いからして、まどろっこしかったのだ! 集団を率いる統率者を決めるのに、よけいな弁など不要! 力ある者に従う――シンプルなほうが、万人にわかりやすかろう!」

 みなさんが遠巻きに取り囲む中、即席の闘技場で将軍と対峙することになります。
 ハルバードを構えたケランツウェル将軍は猛将とたたえられるだけあって、さすがに堂に入っていますね。はだを刺すような気迫が、こちらにまで伝わってくるようです。

「無駄に勝負を長引かせる必要はない。一撃で決せよ。ケランツウェルは渾身こんしんの一撃を放つがよい。それで充分に理解できよう」
おうっ、『剣聖』、望むところよ! 若き頃より戦場でつちかわれし、この全身全霊を懸けた一撃、食らわせてくれようではないか!」
「そやつは〈物理無効〉のパッシブを有している。通常攻撃は通じぬぞ。スキルで行くといい」
「……完全無効スキルか。使徒とやらであろうとなかろうと、人外であることは変わらずか。よかろう、その忠告、ありがたく受け取っておく」

 軽くうなずき、最後まで近くにいた井芹くんがその場を離れます。そして、私にすれ違いざまに耳元で、なにかをぽつりとささやきました。

「……?」

 おっと、ほうけている場合ではありませんでしたね。
 ハルバードの穂先ほさきを突きつけたまま、ケランツウェル将軍がじりじりと半円を描くようにすり足で移動しています。入念に間合いを測っているのでしょう。
 張り詰めた緊張の中、私のわずかな挙動も見逃さないというふうに、まばたきひとつせずに穿うがつような視線を向けています。
 ……穂先ほさきで突いてくるのか、斧の部分でいでくるのか。避けるべきか、受け止めるべきか――慣れない緊迫感に、よけいな思考が生まれてしまいます。
 そんなときにふと思い浮かんだのは、井芹くんの先ほどの一言です。
『逆さダルマ』――上下どちらからでも顔に見えるダルマのことですよね。この場面でささやいた意味とは、いったいなんだったのでしょう。なにか謎めいた深い意味でも……
 なおもこちらのすきうかがっているケランツウェル将軍。見事にり上げた禿頭とくとうに、豊富なあごひげ――

(ん? 逆さまにして見てみますと……)

 ひげが頭髪で、られた頭があごに――

「ぶふぅ!」

 思わず噴き出してしまった瞬間、殺気が爆発しました。

すきあり――! 奥義〈五芒破山ごぼうはさん〉!!」

 ケランツウェル将軍が踏み込んだ直後、左右と上下と真正面から五つの斬撃が同時に飛んできます。


 比喩ひゆではなく、コンマ数秒のずれもないまったく同タイミングでの五方向同時攻撃です。物理現象をじ曲げている気がしますが、これもスキル効果なのでしょうか。
 直前に気を抜いたせいで避ける暇もなく、そのすべてが直撃してしまいました。
 ケランツウェル将軍が技を放ったままの姿勢で静止しています。そのまま数秒が経過した後――将軍は盛大にめ息をき、構えを解いて脱力していました。

「ちっ……やはり、通じぬか。山をも崩すといわれた技だが……山程度では、見果てぬ高みにはとても届かぬとみえる。わしの完敗だ……必殺の心持ちで臨んだものの、毛ほどの傷も与えるに至らぬとはな。もはや、ぐうのも出ん」

 棒立ちでくやしそうに漏らすケランツウェル将軍でしたが、その表情は意外に晴れ晴れしていました。彼が笑顔を見せたのは、これが初めてではなかったでしょうか。
 結果的には無傷なものの、恐ろしい技でした。対個人戦では、回避不可の必殺技といってもいいでしょう。五方向から逃げ道をふさがれ、いなすこともかわすこともできずに、一点に向かう集中攻撃――仮に全身を頑強がんきょうな鎧兜で覆っていても、絶大なダメージは避けられないでしょう。

「約束だ、神の使徒よ。将であるわしをはじめとした国軍一万、貴殿の指揮下に入ろう。また、これまでの非礼をびさせてくれ」

 求められた握手のなんと力強いことか。
 私などがこういうのもなんですが、武人の誇りといいますか、心意気を見せていただいた気分ですね。ちょっと感激してしまいましたよ。
 それはそうと……結末がそんな感動的な場面となっただけに、真剣勝負の瀬戸際せとぎわで笑ってしまったことがやまれますね。
 元凶である井芹くん、あなた……普段から何事にもなさそうにしていて、実はお茶目な悪戯いたずら好きだったりしませんか? 結果的に上手くいったからよかったものの、なんてことを仕出かすのでしょうね。

「久しく忘れていた武人の血がたぎる気分だ。使徒殿、また機会があれば手合わせを願いたい」

 ケランツウェル将軍が手首でくるりとハルバードを半回転させて、こちらにを差し出してきます。武器を預ける=共闘するとの意思表示でしょうか。格好いいですね。

「ええ。この騒動が無事に終わりましたら、是非ぜひ

 これぞ拳(?)を交わしてはぐくむ友情ですね。
 ともかくこれで、国軍からの協力も得られることになりました。どうなることかと心配しましたが……一段落のようですね。

「ふむ。上手くいったな。だが、これからが本番だ。この連中をどう采配さいはいするかはお主の手腕次第だ。心するがいい」

 いつの間にか隣に並び、したり顔の井芹くんです。
 ツッコミたいことはいくつかありましたが、暖簾のれんに腕押しな人だけに、いっても無駄でしょうね。

「武器を」

 ああ、ハルバードを預かったままでしたね。高価なミスリル素材の逸品いっぴんというだけあり、繊細せんさいな彫刻が施された、美術品のようなおもむきのある武器です。さぞ希少でお高いのでしょうね。
 先ほどのケランツウェル将軍の所作を私もやってみたくなりまして、井芹くんに武器を返却する際に試してみました。
 たしか手首だけを使い、縦回転させるのでしたよね。

(こんな感じでしょうか……あ)

 つかじりが円卓の残骸ざんがいに接触したせいで取り落としてしまい、ハルバードが床で大きくバウンドしました。
 あらぬ方向にねようとしたので、咄嗟とっさに飛びついて両手でキャッチ、事なきを得ます。

「ふう、危ない危ない。不器用なのに慣れないことをするものではありませんね。ははは」

 井芹くんにハルバードを手渡そうとしました。
 しかしながら、井芹くんは受け取ろうとせず、険しい視線をハルバードを握る私の手元に注いでいます。

「……うーん。曲がっちゃってますかね。これ」

 掴んだとき、反射的に力を入れすぎてしまったのでしょうか。半ばから変形してしまってますね。
 ともかく、折れなくてよかったです。曲がった棒を伸ばすのは護送馬車のおりで日頃から慣れていますので、鉄格子と同じ要領でこうして反対方向から力を――
 ぱきぃぃんっ!
 ガラスがくだけるような乾いた音を立てて、ミスリル製のハルバードは真っ二つに折れてしまいました。
 ……はて、鉄と違って弾力性に欠けるのでしょうかね。

「ふむ。いい度胸だな――斬る」

 井芹くんが真顔で刀を抜き、襲いかかってきました。ケランツウェル将軍に引き続き、第二戦目の開始のようです。
 なんといいますか……最後までまらないですね、とほほ。

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