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4巻
4-2
しおりを挟む「――えええっ!? なんです、それ! どういうことなのですか!?」
「そのままの意味だが」
「聞いてませんよ!? 初耳なのですが!」
「今、初めていったからな。まずは落ち着け」
「落ち着けませんよ!!」
頭の中が大パニックですよ!
そりゃあ、これまでの道中とザフストン砦の様子から、王都でなにか起こっているのでは、くらいの疑念はありましたが、陥落などとは想定外ですよ!?
王城にいるはずの『賢者』のケンジャンはどうしたというのです!? メタボな王様は――どうでもいいですけれど、アバントス商会のラミルドさんは!? 娘夫婦さんやお孫さんは、ご無事なんですか!?
「……正確にはまだ陥落はしておりません。『賢者』殿の力でもって、崖っぷちで踏みとどまっている状況です」
――ケンジャンの?
サルリーシェさんの厳しい視線の先を追いますと、王都のほうで微かに光るものがありました。
『望遠鏡、クリエイトします』
創生した望遠鏡で覗き込んだ先には――たしかに、おぞましい魔物がひしめいていました。
王都の城下を取り囲む外壁の外側には、夥しい数の魔物が詰めかけています。外壁の正門は無残に破られており、城下まで魔物の軍勢が侵入しているようですね。
望遠鏡の角度を変える度に映るのは、破壊された建物と破壊を行なう魔物ばかりで、人の姿がいっさい見当たりません。
これではもう……悲痛な想像しか浮かびません。
蹂躙されて荒れ果てた城下を行軍する魔物の流れを辿りますと――どういうわけか、王城の城壁の手前、とある地点で完全に堰き止められていました。
「あれは……虹色の膜、でしょうか?」
城壁をマーブル模様の七色の光が覆っています。ドームの形をした光の膜が、王城含めた城壁をすっぽり包んでしまっているのです。
魔物たちは圧倒的な物量で強行突破を試みているようですが、ドーム状の膜はその薄そうな見た目とは異なり、ビクともしていません。すべての攻撃をことごとく遮断しています。
「あれは『賢者』殿の固有スキル〈絶界〉――術者を中心とした指定範囲内を異空間化させる、絶対隔絶魔法です。時空を隔てていますから、どのような物理手段でも絶対に突破できません。ただし、外部への干渉もできなくなりますが……」
「それでは、あの中の方々は無事なのですか!?」
「少なくとも、わたしがあそこにいた三日前までは」
「詳細を話せ」
と、井芹くんがサルリーシェさんを促します。
「そうですね。なにから話せばよいものか。あれは――」
サルリーシェさんの話によりますと、異変は四日前に青天の霹靂のごとく、唐突に起こったそうです。
その日もまた、王都は普段と変わらない日常が送られていました。魔物発見の第一報は昼すぎで、ごく少数だったとか。はぐれ魔物の小規模な集団がやってくるのは珍しくなく、その場は王都の守備兵が無難に対処したそうです。
しかしながら、新たな魔物発見の報は次々ともたらされ、しかも王都を取り囲むかのごとく各地で起こり続けたため、やがて守備兵だけでは手が足りなくなりました。
冒険者ギルドのカレドサニア支部にも出動要請が出され――そのときになって初めて、最初の魔物たちが大規模な侵攻の前のささやかな尖兵隊であることに気づいたそうです。
時を追うごとに増加の一途を辿る魔物の数はやがて優に万を超え、対する王都内の兵士は集結させてもわずか千人を数えるばかり。籠城を選択するしか道はなく――ペナント村で聞いた、王都に徴兵された村の若者の帰参が思い起こされました。前回の魔王軍襲撃の脅威が去った後の、温情名目の経費削減がこんなところで影響したのでしょう。
結局のところ、それだけの人員では地力と数に勝る魔王軍相手に持ちこたえられるはずもなく、ろくな対策も取れぬままに、一昼夜を待たずして王都の外門は破られてしまったとのことです。
それでも、城下の住民を王城の城壁内に退避させることには成功し――後は知っての通り『賢者』であるケンジャンの魔法スキルによって現在にいたる、という経緯でした。
「そのような大事に、王様はどうしたのです? 話には王様のおの字も出てきませんでしたが?」
「さて? わたしがギルド代表として籠城前に登城したときには、すでに行方知れずとの話でしたからな。側近の宮廷魔術師長のアドニスタ卿と一緒に」
サルリーシェさんの呆れたような物言いに、私も察しがつきました。自分たちだけ逃げましたね。あの人たち。
「ですが、ひとまずはその魔法のおかげで、城内の方々の安全は確保されているということですよね?」
そこだけは一安心です。
やりますね、ケンジャン。彼が城にいなかったら、どうなっていたことでしょう。
ここには『剣聖』の井芹くんもいます。それに、ギルドマスターのサルリーシェさんから緊急招集されたのが、井芹くんのみとも思えません。他の冒険者さんたち、それに砦の兵士さんたちも加えますと、かなりの戦力になるはずです。
私も含めて、みんなで協力して事に当たることで、日数はかかるかもしれませんが、魔王軍を王都から撃退することも可能でしょう。
王都に住む方々が何万人いるのか詳しい数はわかりませんが、王城には食料の備蓄もあるでしょうし、まだ数日は持つはずです。今しばしの辛抱です。
「……その顔。気持ちはわからんでもないが、考えが甘いな。そのように絶大な『賢者』の魔法が、そう長く続くと思うのか? むしろ、三日も継続していることに儂など驚きを覚えるがな。誰しもお主のように無限の体力も魔力も有してはおらぬのだぞ?」
井芹くんの言葉を肯定するかのように、サルリーシェさんは渋い顔をしています。
「……そうなのですか?」
「残念ながら。あの〈絶界〉は、発動時こそ膨大な魔力を消費しますが、維持にはさほど魔力が必要ないそうです。問題は、一度発動したが最後――身動きすらできず、常に意識を集中しておかねば途端に効力が失われてしまうということです。『賢者』殿自身より、そう教わりました」
つまり……ケンジャンはすでにもう三日もの間、睡眠どころか飲まず食わずで耐え忍んでいるということでしょうか。
「……『賢者』殿はいっていました。『最高五完徹の廃ゲーマーを舐めんなよ』と。『レアモブ激レアドロップ狙いのポップ待ちと思えば七徹くらいいける』とも。そして、わたしは援軍を託されて送り出されました。龍人であるわたしは飛翔能力があるので、連中の頭上を抜け、こうしてなんとか王都からの脱出を果たした次第です」
「そうだったのですね……で、彼がいっていたという言葉の内容がまったく理解できなかったのですが……どういう意味なのでしょう?」
廃ゲーマーだの、レアモブレアドロップとは? なぜモップを待つのか……不可解です。暗号でしょうか?
「儂もわからん」
「わたしにもわかりません。ただニュアンスとして、七日くらいは持たせてみせると、そういう意気込み的なことではないかと。しかし、何日も不眠不休では、いかな英雄『賢者』殿とて……」
その通りですね。
私の見立てですと、ケンジャンの豊満な肉体に蓄えられた栄養的にはまだまだ余裕そうですが、休息もなしとなりますと、持ってあと一日といったところでしょうか。下手をしますと、明日の朝まで持たないかもしれませんね。早急にどうにかしませんと。
「ご安心くだされ、使徒殿。この期間に、こちらも手をこまねいていたわけではありません。着々と王都奪還作戦の準備中なのです。このザフストン砦に駐留する猛将ケランツウェル将軍旗下の国軍が一万、教会からは聖女殿率いる聖騎士二百に神官戦士と神官をあわせた二千がこちらに向かっております。本日の午後には到着する予定です」
おおっ、ネネさんが。
ご自身も元大神官様の後始末に組織編成にとお忙しい身でしょうに……
「我ら冒険者ギルドもです。すでに各支所には伝令を放っており、近隣から、この『剣聖』のように招集に応じた者が続々と集結しております。その数はまだ百名前後ですが、冒険者は各々が卓越した力を有する強者揃い――人数は少なくとも、戦力として決して他の勢力に引けを取るものではありませぬ!」
となりますと、カレッツさんたち『青狼のたてがみ』のメンバーもこちらに来ているのでしょうか。正体を隠している身でなかったら、捜して挨拶くらいはしたかったものですが。
「惜しむらくは……三十名もの腕利きを擁するBランクレギオンの『黒色の鉄十字』が、先日依頼中に負った怪我で身動きが取れないことですな。彼らがいてくれれば、一気に戦力増強となったのですが……」
……いましたね。そんな人たち。
それはさておき、総勢一万二千以上の軍勢ですか……頼もしい限りではあるのですが。
私はもう一度、望遠鏡を覗き込んでみました。
丸い視界の向こうには、王都を包囲する黒山の人だかり――もとい魔物だかり。その総数は数えきれないほどですが、前回の十万規模を超過しているようにも見えます。
「……申し訳ありませんが、サルリーシェさん。魔王軍の魔物は、ぱっと見でも二十万に迫る勢いで……一万強の手勢で対抗できるものなのですか?」
「え? そんなわけはないでしょう。四日前に王都を襲ってきた本隊でさえ、せいぜい三万程度ですよ? わたしが王都から脱出する際、上空から偵察したので間違いありません」
「でしたら、確認されますか? どうぞ。……あ、手を離すと消えてしまいますから、私が触れたままで。見にくいかもしれませんが」
身体をずらし、サルリーシェさんに場所を譲ります。
「これはどうも。さすがは使徒殿。素晴らしいスキルをお持ちですな。では、遠慮なく……どれ」
望遠鏡を覗いたサルリーシェさんの顔色がにわかに変わりました。
ただでさえ猫のように縦長の瞳孔が、さらに細まります。金の瞳の色が増したようでした。
「ば、馬鹿な……たしかに増えている……! なんという数だ……しかし、これはあまりにも……」
よろめきながら後退し、ともすると尻餅をつきそうになるサルリーシェさんを、井芹くんが背後から支えました。
「どうした? 想定外の事態か?」
「あ、ああ……すまない、『剣聖』。まるで悪夢だな、わずか数日で敵が数倍だ。想定なぞとっくに超えている……だが、なぜだ。王都を囲む四方の城砦は突破されていない。前回の大侵攻では北の城砦が破られたが、今回はどこからも被害報告が上がっていないはず。城砦を抜けずして、こんな大規模軍勢の侵入は不可能だ……連中は、どこから湧いて出たのだ?」
「……もしかして、魔窟から湧き出ているのではないですかね?」
引き続き、つぶさに周辺を望遠鏡で観察していたのですが――集団の中に紛れて、空間に黒い染みのような歪みがいくつも見受けられました。以前に世界樹の森で見た魔窟と同質のものですね。
「そういえば少し前になりますが、魔窟の発生している場所で喋る魔物と出会いまして」
「喋る……? ――まさか! 脅威度Sランクとされる魔王の側近!? 使徒殿、詳しく!」
「出会ったのは偶然でしたね。あのときは、魔窟が発生して困っていたエルフのみなさんに協力していまして……そのときに襲いかかられ、なりゆきで戦闘になりました」
「その魔物は!?」
「撃退した……のだと思います。なにぶん他のことに気を取られていましたので、あまり覚えていません」
「片手間に魔王軍幹部を撃退とは――さすがは使徒殿。それで?」
「はい。あのときは、気にも留めていなかったのですが……今にして思いますと、魔窟を排除した直後の登場でしたが、タイミングがよすぎます。魔窟の存在も承知していたような口ぶりでしたし……もしや、あの魔物が魔窟を管理していたのではないかと。それに現状、王都の周囲にも複数の魔窟らしきものがありますよ。ほら」
望遠鏡を覗き込みつつ、指を差します。って、わかりませんよね。
「なんですと!? ちょ、もう一度、確認させてください!」
返事をする前に、サルリーシェさんが望遠鏡をもぎ取るように接眼レンズに割り込んできました。
おかげでお互いの頬が触れ合い――サルリーシェさんの顔の鱗からざりざりと音がします。鮫肌ならぬ鱗肌ですね。
「なんということだ! 道理で外部から侵入した痕跡がないはずだ! これでは態勢を整えるつもりが、逆に敵に増強する時間を与えていただけではないか!」
サルリーシェさんが感情のままに振り下ろした拳が、望遠鏡を直撃して木っ端微塵です。壊れて私の手を離れた望遠鏡は、すぐに消えてしまいました。
龍人とは常人よりも力が強いのですね。サルリーシェさんも元冒険者なのでしょうか。
「くそっ! こんなときに『影』がいてくれたら……! あやつはいったい、どこでなにをしているのだ!?」
「『影』さんとは、どなたです?」
「あっ、ええ……すみません、取り乱しました。『影』とは、カレドサニアの誇るSランク冒険者で、潜入調査のスペシャリストです。とある人物のスカウトを依頼して以降、音信不通となっておりまして……あやつがいてくれたら、事の詳細も探れるというのに……」
口惜しそうですね、サルリーシェさん。
潜入のスペシャリストとは、コードナンバーを持った某国のエージェントみたいですね。インポッシブルなミッションを成功させたりするのでしょうか。
組織のトップにこれだけ信頼されているということは、さぞ有能な方なのでしょう。もし、こちらにおられたら、私も一度お会いしてみたかったですね。
「……ないものねだりをしても仕方ない、か。これは早急に話し合う必要があるな。『剣聖』に使徒殿、お二方も会議にご参加いただけますかな?」
「構わん。もとよりそのつもりだ」
「ええ。是非とも」
こうして、事態は急速に動き出すことになりました。
◇◇◇
私たち三人が会議室と記された別室に移動したとき、すでに室内には数名の方々が待機していました。
いずれも鎧姿の偉丈夫で、肩当てにはお揃いの紋章が刻印されています。あれは、護送馬車にも掲げられていた王国の紋章と同じもの――つまり、この方々は国軍の兵士さんたちなのでしょう。
部屋の中央には大きな円卓が据えられており、彼らはその一角に陣取っていました。
「緊急と呼び出しておきながら遅れてくるとは、いいご身分だな、ええ? 自由を尊ぶ冒険者の長だけに、時間にもずいぶん大らかと見える」
椅子にふんぞり返るツルッパゲの方が、サルリーシェさんを揶揄します。
不遜な物言いや他の兵士さんの態度からして、国軍でも偉い人物のようですね。寂しい頭部とは正反対に顎には立派な鬚を蓄えて、いかにも尊大そうな風体をしています。
「すみませぬな、各所への通達などの所用で遅れました。なにぶん忙しい身でして、ゆとりを持って行動できるそちらが羨ましい」
サルリーシェさんは謝罪するも、言動がどことなく挑戦的です。
仲が悪いのでしょうかね。先の説明では、冒険者ギルドと国軍は協力態勢にあるとのことでしたが、額面通りではないのかもしれません。
両者の間では見えない火花が散っているようです。こうもお互いにギスギスされては、こちらまで居たたまれない気持ちになってくるのですが。
「おいおい、なんだ。子供と妙ちくりんな格好をした奴までいるぞ? ふははっ、さすがは人材豊富といわれる冒険者だな!」
兵士さんたちから嘲笑が起こります。
子供は井芹くん、妙ちくりんとはもしや私のことでしょうか。井芹くんの見かけはともかくとしても、この格好いいボディスーツを捕まえて失礼な方々ですね。
しかし、先ほどのツルッパゲな方だけは、井芹くんを見てぎょっとしたように顔を背けていました。
反対に、井芹くんのほうは愉快そうに目を細めています。
「ほう、そこのお主はケランツウェルか? 三十年ぶりほどか、久しいな。Zランク魔物の討伐の折、腰を抜かして喚いていた新兵が将軍職とは出世したものだ」
「だ、黙れ『剣聖』! そんな昔、初陣のときの話を持ち出すでないわ!」
ああ、なるほど。この方がサルリーシェさんの話にあった猛将と呼ばれるケランツウェル将軍でしたか。将軍様とはいえ、冒険者歴五十年の井芹くんの前では形なしですね。
〝剣聖〟の単語に、嘲笑していた取り巻きたちもどよめきます。
さすがは井芹くん、有名人ですね。まさに生きた伝説の貫録です。
したり顔で席についたサルリーシェさんに倣い、私と井芹くんも着席しました。
「……」
いったん仕切り直しといったところでしょうか。
円卓を挟んで向かい合ったことで、お互いの表情から遊びが消えました。真剣味が増し、国軍のみなさんも軍人の顔つきとなっています。
緩んでいた空気が、ぴりりっと引き締まった気がしました。
「……それで、ギルドの。どうしたのだ、緊急事態とは? 穏やかではないな」
「情報の修正です。王都に巣食う魔王軍は、最大でも四万を超えないと推測していましたが――現状でその総数が二十万に達するとの情報を得ました」
一瞬の静寂後に、室内が騒然とします。内容が内容だけに、無理もないですね。
「ふざけるな――といいたいところだが、裏付けもなしに断言する貴様でもあるまい。その上であえて念を押すが、真実か?」
そんな中でも、ケランツウェル将軍は冷静でした。
「わたしも信じたくはありませんでしたが、この目で見たからには信じざるを得ません」
屋上で目撃した魔王軍や魔窟のことを、サルリーシェさんは客観と主観を交えてつぶさに説明していました。
いつの間にか喧噪も収まり、みなさん食い入るように話に聞き入っています。
「……確認を取る必要もなかろうな。王都は四方を城砦で守られているとはいえ、その内側の王都周辺には広大な森もあれば山もある。おそらくは前回の襲撃から潜伏し、魔窟を仕込んでおいて、各所で着々と戦力を蓄えていたのだろうな。糞が――っ!」
ケランツウェル将軍の野太い腕が、円卓を強かに打ちつけます。
最後の罵声は魔王軍のみならず、自らにも向けられていたように思えました。国家を守護する国軍として、国を蝕む脅威を察知できなかったということは、遺憾にして痛恨の出来事なのでしょう。
まあ、初戦の勝利に酔いしれて、安易に王都の軍を縮小したメタボな王様の責任が大部分を占めるような気がしないでもないですが。
「なれば、取り急ぎ予定を繰り上げ、本日中にでも戦端を開く必要があるか。ぼやぼやしていても敵の数は増すばかりだ。おまえたち、軍備は整っておるな?」
「はっ、いつでも出陣できるように、兵站その他の用意は整ってはおります。ですが――恐れながら、将軍! 予定の五倍もの敵陣営となりますと、いくらなんでも無謀すぎます!」
「怖気づくでないわっ! 無謀だろうがなんだろうが、我らは国軍――国と王家に忠誠を誓う身だ! いくら敵が強大であろうとも、陛下のおわす王都をむざむざ魔物などに明け渡す道はない!」
問答無用の強烈な一喝です。猛将の呼び名も将軍の役職も伊達ではないようですね。
「冒険者ギルドとしても賛成です。我らにとって王都のギルド支部はカレドサニア王国における要。すべての冒険者のためにも放棄する選択肢はありませぬ。こちらもいつでも出立できる準備はできております」
どうやら、無事に共同戦線を張るようですね。一刻も早く助けに向かいたい私としても、両者の共闘は非常に助かります。
単に魔物を全滅させるだけでしたら、前回同様に〈万物創生〉スキルでの強力無比な一撃で可能でしょう。
ですが、今回は救出作戦です。なにせ、王城内には戦う術もない一般人が詰めかけているのですから、わずか数体の魔物の侵入すら許されません。些細なミスでどれほどの人的被害が出るか、想像もつかないほどです。
創生兵器は良くも悪くも威力がありすぎます。いくら、ケンジャンの〈絶界〉スキルがあるとはいえ、無闇に王都へ直接攻撃などできるはずがありません。都合よく王都の魔物だけを除くのは実質不可能でしょう。
無限の時間があれば別ですが、ケンジャンの限界という制限があります。
私ひとりで一秒に一体の魔物を倒したとしても、二十万では丸々二日以上の日数を要します。ただでさえ魔窟により魔物が増えていく中、それではとても間に合いません。
万能の力といえども、個人では限界があります。やはり、物量には物量です。数に対抗するには数しかありません。
魔王軍の魔物の大部分は私が間引くとして、みなさんには打ち漏らしの魔物の討伐、並びに近隣に点在する魔窟の除去をお願いするのが適切でしょう。
問題は――
「もう一度いう! 冒険者たちは我が軍の指揮下に入ってもらう!」
「なにを馬鹿なことを仰られるか! 冒険者の特性を活かし、冒険者は別働隊として遊撃に当たるのが定石でしょう!!」
「国軍ばかりを矢面に立たせ、横からこそこそ攻撃させろと抜かすつもりか!? いくら姑息な冒険者とはいえ、状況を考えろ! 此度は国の一大事! 王国に住まう者ならば、国軍に従うことは当然の義務であろう!?」
「冒険者ギルドは国越の独立組織! そこに在籍する冒険者が王国に縛られる謂われはない! そちらこそ、冒険者に先陣を切らせて捨て駒にする腹積もりではないのか!?」
「笑止! 大軍相手の戦では緒戦で最大戦力をぶつけ、いかに敵数を削るかが肝要よ! 日頃から冒険者は少数精鋭だと豪語して、でかい顔をしていただろうが!? ならば、この機会に証明してみせよというのだ!」
「やはりそのような思惑か!! 語るに落ちたな、このパゲが! そんな古臭い兵法などで、大事なギルドの冒険者たちを危険に晒せるものか!」
「誰が禿だ!? この頭は剃っているだけだ! いい気になるなよ、兵法のへの字も知らん成り上がりどもが! しょせん冒険者なんぞ、そこいらのゴロツキと変わりはせん! 本来、このわしのような上級将校と口すら利けん立場だと自覚したらどうだ!?」
「なにが上級だ、権威を笠に着る老害が! 先の侵攻でも三英雄の活躍におんぶに抱っこだった分際で偉ぶるなよ!? それに、禿なんていっとらんわ。パゲっていったんだ、このパーゲ! ついに耳まで耄碌したか!?」
「黙らっしゃい! このトカゲもどきが!」
「残念でした~、トカゲじゃありませーん! 龍ですぅ!」
「うぬぬ……!」
なんといいますか……協力する気がゼロですね。お互いに主導権を握りたいと必死なのかもしれませんが。
しかも口論が罵り合いに、さらには悪口へと低俗化してきているのですが……どうしたものでしょうね。
「埒が明かんな……こやつら、斬るか」
隣で井芹くんがとんでもないことを呟いていますよ?
目が座っていて怖いです。これは本気ですね。
「駄目ですよ? ますます収拾がつかなくなりますから!」
「……なに、冗談だ」
いえいえ、刀の鯉口を切ってるじゃないですか。斬る気、満々ですよね?
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