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4巻
4-1
しおりを挟む第一章 神の使徒
こんにちは。
私は斉木拓未と申します。
社会人として働きながら、気づいたときにはあっという間に六十歳、定年を迎えていました。
そう無理なく無難な人生を歩んできたつもりでしたが、年齢には勝てずになにかとガタのきていたこの身体、余生はひとり穏やかに過ごそうなどと思っていたのですが……
どうしてこうなったのでしょうね? いつの間にやら若返り、なんの因果か異世界暮らしです。
まあ、私としましては、暮らす場が日本から異世界に変わっただけのこと、そう居直ろうかと思っていたのですが、周囲の環境がなかなか私に平穏を与えてくれません。
やはり、出だしから魔王軍なる十万もの魔物との戦争に遭遇するなんて、幸先が悪かったのでしょう。以降も特筆すべきことが目白押しでして。
王様暗殺未遂で指名手配、魔物が生まれる魔窟での騒動、海峡では巨大なイカと戦いましたし、エルフの住まう大森林ではさらなる魔窟問題に、世界樹なる存在の邂逅と、摩訶不思議な体験もしました。
知人に会いに国教教会の総本山に出向いてみますと、指導者交代劇にまで発展する事態にも巻き込まれ、すったもんだの大騒動ときたものです。
これまで生きてきた数十年はなんだったのかという怒涛の展開に、平穏なんて言葉もどこへやら。私の人生を一冊の本としますと、本文は百ページに満たないのに、あとがきに入った途端にいきなり数百ページに及ぶ大スペクタクル巨編が綴られはじめたようなものです。しかも、依然継続中。
さらに信じがたいことに――つい最近知ったのですが――なんと私は『神』でした。
人に生まれて六十年、それ以外のものになったつもりはなかったのですが……異世界に連れてこられたときに、なぜか『神』の役割を与えられたようなのです。
どこの誰の思惑かはわかりませんが、いっさいの説明もなしに押しつけるなど、訪問販売の押し売りと大差ないではありませんか。困ったものです。
そして、そんな私の新たなる門出で――罪人として投獄されちゃいました。
罪状は大量殺人を伴う国家反逆罪らしいです。もちろん、心当たりはありません。
私の身柄は王都へと護送されるそうなので、とりあえずはそこで冤罪を晴らすべく、大人しく連行されることにしました。
道中いろいろありつつも、サランドヒルの街での〝猪狩り〟騒動も終えて、もうすぐ王都にいたるというところで――またもや問題発生のようですね。やれやれ。
◇◇◇
王都を取り囲むように、東西南北の四ヶ所に存在する四つの城砦群。
その中で南に位置したザフストン砦は、南方の外敵から王都を守護する重要防衛拠点です。
ただし、他国との戦争も久しい現在、過去に膨大な敵兵の侵攻を押し留めた大門も、今ではその役目を終えて常時開放されております。以前は〝南の断崖〟と称されていましたが、いまや軍事訓練施設としてしか機能していないそうです。
「――という話ではありませんでしたか?」
「そのはずだったんですが……」
護送馬車で王都へと向かう道すがら、私たち――囚人の私と、護送を務める役人見習いのレナンくんは、そのザフストン砦の前で長らく足止めを食っていました。
〝南の断崖〟のふたつ名が表す通り、岸壁の谷間を塞ぐ形で存在する砦は、まさに長大な壁でした。間近から見上げますと、垂直に切り立つ崖のあまりの高さに、頭上の太陽が隠れてしまっています。見たところ砦は石造りですが、日本のお城の石垣のように緻密に組み上げられたものではなく、繊細さとは縁遠い無骨なものでした。
まさにこの砦は断崖絶壁――呼び名に偽りなしですね。数キロ先からその威容は窺えたのですが、今となっては全体を見渡すこともできません。
現状で困っているのは、砦の中央付近に据えられた巨大な観音開きの大門が閉じられてしまっていることです。
主要道路は砦の中を経由する造りになっていますので、門が閉じられていては王都へ向かうことができません。迂回しようにも、ここ以外に南側から王都へと続く道はなく、他の手段では山越えをするか、山脈を延々と回り込むしかないそうです。
しかも門の前には、大勢の完全武装した国軍の兵士さんたちがいます。
私たちと同様に足止めされている方々が、彼らに詰め寄る様子も見受けられますが、冷たく追い払われてしまっています。聞く耳を持たないという感じで、通行規制どころか通行止め、立入禁止とする心構えのようですね。
この物々しさだけに、なにかあったことは間違いないのでしょうが、説明は一切ありません。
本来、囚人護送馬車は国の直轄で、検問などでも足止めはあり得ないそうなのですが、現実問題としてレナンくんですら他の方と同じく門前払いです。
周囲には、規制解除待ちなのか数多の天幕が張られています。その状況からも、昨日今日に始まったことではないようですね。これまで王都からの返事が来なかったのも、これが原因なのでしょうか。
とりあえず、門前は人が多いですから護送馬車は目立ちます。対策を相談するために、門から少し離れた人気の少ない岩陰に馬車を移動させました。
「レナンくん、どうしますか?」
「どうしますといわれても、どうしたら……困りました。うーん」
御者席のレナンくんと鉄格子を挟んで背合わせになり、ふたりで考えあぐねます。
正面突破……はやめておいたほうがいいでしょうね、やっぱり。
なにせ、相手は軍隊さんです。国家反逆の冤罪を晴らすために王都へ向かっていながら、本当に反逆してしまってはまずいでしょう。単身で壁を乗り越えるのは容易ですが、護送馬車を置いて中身だけが王都入りしていい気もしません。
「……ふむ。妙なところで会うものだな」
不意に馬車の後方から声をかけられました。
そこにいたのは、外套についたフードを頭からすっぽりと被ったひとりの人物です。声からして男性でしょうが、ずいぶんと小柄で、背格好はレナンくんとそう変わりなさそうですね。
「……どなたです?」
レナンくんが尋ねます。
フードのせいで顔が見えませんから、私にも誰なのか――あ。
外套の裾から見えているのは刀の鞘ですよね。ということは。
「存外、早い再会だったな。斉木」
「やあ、井芹くんじゃありませんか!」
脱いだフードの下から現われたのは、紛うことなきSSランク冒険者『剣聖』、井芹くんの顔でした。非常にお若く見えますが、実は私と同い年で、しかも私たちよりも先にこの世界に召喚された方なのです。
ファルティマの都で別れてから、半月あまりといったところでしょうか。お久しぶりというには早すぎる気はしますが。
「レナンくん。こちらは私の同郷で同級生の井芹くんです。で、こちらがノラードの役人見習いのレナンくんですよ」
檻の中から紹介しますと、レナンくんが礼儀正しく御者席から降りて、挨拶していました。
こうしてふたりが並びますと、やはりどちらも小さいですね。やや井芹くんが背は高いものの、レナンくんで百四十五センチないくらい、井芹くんで百五十センチちょっと、といったところでしょうか。
「レナンです。タクミさんの……なんといいますか、護送人をしています。タクミさんと同い年にしては、お若く見えますね」
「遺憾ながら、よくいわれるな」
「あっ、すみません! つい、失礼なことを……」
「よいさ。童の言葉に目くじらを立てるほど子供じみてもおらん。お主こそ、その年で役所勤めとは感心だな」
「いやあ、そんなことありませんよ。ははっ」
なんだか見た目はちびっ子同士ですから、眺めていてほのぼのしますねえ。レナンくんはともかく、井芹くんには怒られてしまいそうですが。
「どんな道理で、こやつが賞金首になっとるのかは知らんが……レナンとやら、こやつの世話は疲れるだろう?」
「わかっていただけますか? タクミさんのお知り合いでしたら、わかりますよね? ほんっっっと、大変なんですよ!」
……んん?
「基本、性格が偏屈爺いだけにな。頭が固い上に人の話もよく聞かん。いったそばから、偏見交えて自分に都合のいいように解釈し出すからな」
「そうそう、そうなんですよー! 僕がどれだけいっても、聞いてはいても理解はしてくれないんですよー!」
おや? 風向きが悪くないですか? どうしてそこで、私の悪口合戦になっているのです?
「ふたりとも、ひどいですよ……」
拗ねちゃいますよ、私。
「ふっ、なに、ほんの冗談だ。冒険者になる約束が、賞金首なんぞになって捕まっているお主が悪い」
「そこを突かれては、ぐうの音も出ないわけですが」
「ちなみに、僕のほうは半分くらいは本音ですからね?」
「それはないですよ、レナンくん……」
「ははっ。これに懲りたら、ちょっとはいうこと聞いてくださいね、タクミさん」
「……これからは留意しますので、許してください」
「さすがのお主も形なしのようだな?」
少し笑い合ってから、井芹くんが襟を正しました。
「さて。戯れはこのくらいにしておこう。それで、此度の詳細は知っているか?」
問いかけてくる井芹くんの表情は、一転して真剣でした。
やはり、ここでこうして井芹くんと再会したのは、奇遇というだけではなかったようですね。
関連するとしたら、閉め切られている砦の大門のことでしょう。つまり、門を閉ざさないといけない事態が起こっているということです。門の向こう側――おそらくは王都で。
SSランク冒険者にして、冒険者の最高峰『剣聖』が動くほどのなにかが。
「いいえ。こちらのほうは私の護送途中に通りかかっただけで、内情はいっさい……その口ぶりでは、なにか起こっているんですね?」
「儂もまだ概要しか知らんがな。つい先日、ギルドから緊急招集がかけられた。至急、ザフストン砦に集合せよ、とな」
「え、え? どうしたんですか、いきなりおふたりとも……? 緊急の招集って、どういうことですか? イセリさんは、今回のことをなにかご存じなんですか? ギルドっていったい……」
ああ、レナンくんが置いてけぼりになってしまいましたね。いきなりこんな話を始めては、戸惑うのも無理ないでしょう。
「これはうっかりしていました。井芹くんは著名な冒険者なんですよ。ほら、以前にも話したではないですか。私は『剣聖』と知り合いですって」
「……は?」
「ふむ。これは儂も礼を欠いていたな。冒険者の『剣聖』イセリュートだ」
「は――はあああ!? え、本物!? ええっ、うわ、どうしよ、それって本気で本当の本当なんですか!?」
「うむ」
井芹くんが、懐から取り出した冒険者カードを、レナンくんに見せます。
手慣れた感じですから、きっとよくあることなのでしょうね。見た目が見た目なので。
「……うわあ。生きた伝説にこんなところで……はあ……」
あらためて、ふたりが握手しています。といいますか、レナンくんのほうは頬を赤らめたまま放心状態で、なすがままという感じでしたが。
「それで、概要とやらを教えてもらっても構いませんか?」
「……そうさな。野外では誰ぞが聞き耳を立てていないとも限らん。内容的にもここで口にするのは憚られる。どうせ砦内で詳しい説明もあるだろう。ついでだ、儂の同行者として、斉木――お主もついてこい」
いうが早いか、井芹くんは檻の鉄格子を抜刀術で斬ってしまいました。
唐突な展開にレナンくんは目を丸くして、またもやついてこられていません。
「……あ~あ、壊してしまって……駄目ですよ、井芹くん」
「なに、緊急事態だ。些末なことは捨て置け。来い」
いいのでしょうかね、それで。
仮にも国から支給されている備品なのですから、そんな乱暴なことをしてはまずいでしょうに。
護送馬車や馬を置き去りにしていくわけにもいきませんから、レナンくんはその場に残ることになりました。別れ際のレナンくんの、肩を落として壊れた檻を見上げる諦めたような横顔が印象的でした。
なんだかとても気の毒です。井芹くんが申し訳ないことをしましたね。私もきっと戻ってきますから、それまでお待ちを。
「斉木は顔写真付きの手配書が出回っていたな。突っ込まれてはなにかと面倒だ。どうにかならんか?」
当事者の井芹くんはケロリとしたものです。相変わらずマイペースな人ですね。
「あ、いい変装がありますよ。最近、よくやっているもので――」
『スカルマスク、クリエイトします』
髑髏仮面を創生して被った途端、マスクが縦に真っ二つに割れ、地面に落ちて消えてしまいました。
「阿呆か。そんな悪趣味で目立つ者を連れていけるわけなかろうが。儂の品位が疑われる」
「……だからといって、居合い斬りで叩き割ることはないと思うのですが。危ないじゃないですか」
見事にマスクだけを斬る技術はさすがですが、斬られるほうの身にもなっていただきたいものです。怪我はしないでしょうが、眼前を鋭い刃先が通りすぎる光景はそれなりに怖いものなのですよ?
「では、どうしましょうか? いいアイディアはありますか?」
「全身含めた変装で統一性があったほうがいいな。あれなぞどうだ? 昔テレビでやっていた、ど~こかの誰だから~みたいなのがあっただろう? なんとか仮面」
すごく適当な鼻歌ですね。まあ、なにを指しているのかはわかりますが。
「井芹くんもかなり古くて懐かしいところを突いてきますね。サングラスに白ターバン、白マントなんて格好、それこそ目立ちませんか?」
「……ふむ。だったら赤っぽい忍者の仮面ではどうだ? 新番組だったはずだ。あれなら新しいだろう?」
「いえ、それも充分に古いのですが……それに目元だけ隠しても、顔の大半が見えていますよ。しかもあの仮面、簡単に外れそうですし」
そういえば、井芹くんがこちらの世界に来たのは十歳の頃、もう五十年も前のことでしたね。その時代しか知らないのでは古いのも仕方ないですか……
「これならどうでしょう?」
『――――、クリエイトします』
創生したのは、学生当時に流行ったSFヒーローのコスチュームです。白地にオシャレポイントの黒いラインのボディースーツ。白いヘルメットには金の装飾。マスクで目元以外を覆いますと、変装としては完璧ですね。しかも、格好いいですし。
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「いえいえ、全然違うでしょう! 主に格好よさが!」
そこを一緒にされては困ります。
「……最初の金ピカよりはましか。それに……ふむ。純白と黄金の組み合わせは神聖を表わし、神秘的に……見えなくもないか」
「神聖で神秘的? どういう意味です?」
「気にするな」
こちらの質問はにべもなく投げ捨てですね。
井芹くんはザフストン砦の大門へ向けて、さっさと歩き出してしまいました。
◇◇◇
さすがに『剣聖』の高名は偉大ですね。井芹くんの幼い見た目と見慣れない私の格好に、すぐさま門を守護する兵士さんたちに止められたのですが、井芹くんが冒険者カードを提示した途端、あからさまに対応が変わりました。私のことも井芹くんの「身元は保証する」という一言で、あっさりフリーパスです。
わざわざ付き添いの兵士さんまで用意され、砦内の一室に丁重に案内されました。
ザフストン砦は外観通りの巨大な建築物のようでして、通路を二十分近くも行ったり来たり、階段も五階分は上がったような気がします。内装は軍事用の砦というだけありまして、飾り気のいっさいない簡素なものです。それどころか、いたるところで洞窟の岩肌のような壁面を晒しています。そもそもここは、平地に一から建築したというよりも、天然の岩山をくり抜いて利用しているのかもしれませんね。
案内された部屋は応接室らしく、中央には対のソファーにテーブルといった、応接セットが据えられていました。調度品の類はほとんどありませんが、剥き出しの岩肌の壁だけは布で覆って隠されています。
そして、応接室のソファーには、ひとりの女性が座っていました。テーブルの上には書類が散乱しており、ぶつぶつと唸りながらそれらと睨めっこをしています。
どうも、私たちの来訪には気がついていないようですね。
「……おい」
井芹くんが声をかけますが、届いていないようです。よほど熱中されているのでしょう。
しばらく無言で待ってみてから――井芹くんが取った行動はといいますと、無造作に刀の柄で女性の後頭部を叩くことでした。
すぱーん! と小気味のよい音がして、女性が堪らず書類を落としました。
「くうう~~~~!!」
知人なのでしょうが、容赦ないですね、井芹くん。
反射的に立ち上がり周囲を見回した女性と、井芹くんの目が合いました。
「お、おおう。『剣聖』、来ていたのか」
「うむ。要請に応じ、参上した」
まったく悪気のない様子で、井芹くんは告げていました。恐るべしですね。
中腰だった女性が直立しますと、予想外に高身長だったことがわかりました。目測では軽く百九十センチ以上はあるでしょう。身長が百七十四センチある私でも見上げんばかりの背丈ですから、井芹くんが隣に並べばまさに大人と子供です。
その女性はこちらの世界では珍しい、深いスリットの入った、いわゆるチャイナ服のような出で立ちをしています。長身に加えて筋肉質で引き締まった肢体で、まるでカンフー映画に出てくる女優さんのようですね。
黒いチャイナ服に、結わえられた長い真紅の髪が映えます。金色の双眸に、肌にはところどころ緑色の鱗っぽいものが生えていて、側頭部からは太い枝のような角が覗き――って、鱗と角ですか?
「どうした、斉木? そうか、亜人は初めてか?」
「亜人……ですか? ああ」
思い出しました。以前に聞いた亜人といいますと、フェレリナさんのようなエルフの方もそうだったはずですね。
「たしかに、このカレドサニア王国では人族が多いですから、わたしのような者は珍しいかもしれませぬな。わたしは龍人でしてね」
龍人……龍みたいな人? それとも人みたいな龍でしょうか?
エルフさんたちは尖った耳以外に違いはほとんどありませんでしたが、龍人さんは見た目からして顕著ですね。
龍といわれて真っ先に思い浮かぶのは、日本の昔話に出てきそうなにょろにょろしたアレですけれど。
「紹介しておこう。冒険者ギルドのカレドサニア支部ギルドマスター、サルリーシェ殿だ」
「ギルドマスター……ですか?」
「平たくいうと、カレドサニア王国内における冒険者ギルドの最高責任者だな」
会社組織でしたら、支部というからには支社長のようなものでしょうか。
「ほう。なるほど、お偉いさんなのですね」
「そんないいものではありませんよ。単に事件発生時の尻拭い要員というだけですな。サルリーシェです。よろしく」
握手を交わしましたが、触れた肌の質感は人間とほとんど変わりませんね。ただし、手の甲には固い鱗が生えており、また分厚く尖った五指の爪は刺さると痛そうです。
「珍しい格好をされていますが、どちらのご出身ですかな?」
「遠く離れた場所の出身でして、ご存じないかと。申し遅れましたが、私の名前は――うっぷ」
名乗ろうとしたところを、井芹くんに口を塞がれました。いきなりなんでしょう。
サルリーシェさんとふたりで怪訝そうに見ていますと、井芹くんは咳払いをひとつして厳かに告げました。
「実はこの者こそ……そう、神の遣いでな。此度の有事に際し、異界より降臨したのだ」
「「え。ええーーー!!」」
私とサルリーシェさんの声が、見事にハモった瞬間でした。
◇◇◇
「ちょっとちょっと井芹くん。なんですか、神の使徒って?」
お互いの自己紹介も済みまして、私たちはサルリーシェさんの先導により、またもや城砦内を移動中です。
忙しないですが、いきなり〝神の使徒〟などと紹介されてしまったので、あのまま応接室に留まらずに済み、正直助かりました。あの疑惑の視線を向けられながら同室で過ごすというのも、辛いものがありますからね。
同じ視線に晒されても、平然と「その通りだ」の一手で押し通した井芹くんの胆力には畏怖するばかりです。
「超越者という意味では〝神〟も〝使徒〟も変わるまい? 見かけはごく平凡な人間だけに、概念的な存在の〝神〟よりは、〝使徒〟のほうが幾分か説得力があるだろう?」
「それはそうかもしれませんが……でしたら、内緒にしておけばよかったではないですか。おかげで紹介されてから、サルリーシェさんがすごく変な人を見る眼差しでしたよ? せめて、事前に打ち合わせをしてくれても……」
サルリーシェさんの後についていきながら、ふたりして小声でこっそり密談中です。
「安心しろ。斉木が変人なのは紹介前から変わっていない」
安心する要素がありません。井芹くんがひどいのですよ。
「それに、儂がそう紹介したのは、他にもふたつほど理由があってのことだ」
おお、なるほど。そうだったのですね。
「……」
「……」
……あれ? 教えてはくれないのですか? 今の流れでしたら、当然、教えてくれそうなものでしたけれど。
「お二方、着きました」
そうこうしている間に、目的地に到着してしまったようですね。
狭い通路に設置されたドアをサルリーシェさんが押し開けますと、向こう側から突風が吹き込んできました。
吹き荒ぶ風が唸りを上げています。それの乾いた感じからして、どうやらかなり高所まで上ってきたのではないでしょうか。
風が収まるのを待って目を開けますと、周囲は見渡す限りの大自然でした。ここはザフストン砦の屋上らしく、標高と表わしたほうがよさそうな高さです。砦の左右にある崖を除いて、視界を遮るものがないほどです。絶景ですね。
「……あちらが王都の方角になります」
サルリーシェさんが示した先には、遥か彼方に建造物が望めました。あれがおそらく王都でしょう。
ここからでは豆粒よりも小さくしか見えませんが、王都はもともと高台にあり、その中で王城はさらに小高い丘の上に建築されていましたから、この距離でも周囲の景色と辛うじて見分けがつきます。
それにしても、王都周辺の大地が黒っぽく見えるのはどうしてでしょうかね。
見上げる空は見事な晴天で、この屋上では遮蔽物もないために眩しいほどです。ここから王都は離れているでしょうが、あちらの上空の空模様もさほど変わらないように映るのですが。
井芹くんも私の隣に並び、手をかざして彼方を眺めています。
「……ふむ。王都が魔王軍の軍勢により陥落したというのは、真だったか……」
「へえ、そうなのですか……は?」
今なんといいました?
王都が……陥落? 魔王軍に? ということは、王都周辺のあの黒いのって、魔物の群れだったりするのですか?
かつて王城から目にした、大地を埋め尽くして不気味に蠢く魔物群が脳裏に蘇ります。
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