上 下
142 / 164
第9章 訓練兵と神隠し

賢者の失踪

しおりを挟む
 その後、井芹くんとは食堂を出てから別れました。

 例の核なみの爆弾発言でしたが、井芹くんもそれ以上のことは詳しくは知らないそうです。
 なんでも情報源はシロンさんらしく、この50年の間にもたまに会う機会はあったそうで、その際に口を滑らしたとかなんとか。

 井芹くんは秘密主義的なことがありますからね。
 言い分を鵜呑みにするわけでもありませんが、彼には彼なりの考えもあるのでしょうし、なにより頑固ですからね。無理に訊き出すのは不可能でしょう。

 それにしても、井芹くんとシロンさんの会合……
 方や生ける伝説のSSランク冒険者の『剣聖』と、方や知られざる魔王の側近脅威度Sランクと恐れられる『魔将』が一堂に会するという、文字面としては物々しい限りなのですが、見かけちびっこふたり組がお茶しているほのぼの光景に思えなくもありません。
 あのふたりで、会話って弾むのですかね。想像も付きません。

 井芹くんはお墓参りもかねて、毎年この時期にはミラドナル地方を訪れているそうです。
 この食堂以外にも、馴染みの場所がいくつかあるらしく、これから一週間ほどかけて回ってみるのだとか。

 女王様からの依頼で、井芹くんはエイキの躾役――もとい、お目付け役をしていたはずです。
 王都からミラドナル地方までの片道に、およそ10日ほど。滞在期間に往復の日数を加算しますと、一ヶ月弱は王都を離れる計算になります。

 そんなに王都を留守にしていいのか訊ねますと、

「馬鹿弟子を御するのに適任者を見つけてな。そやつに手綱は預けてきた。なに、一月程度なら問題なかろう」

 などと、意味深な台詞を返されました。

 良く言うと自由奔放、悪く言うと放蕩無頼のエイキを御するなど、どのような方なのでしょうかね。
 エイキには井芹くんでさえ手を焼くほどですから、並大抵の人物ではなさそうです。

「それに、儂が女王とともにアンカーレン訪問で留守にしていた間に、タンジ殿が失踪していてな。城内も慌ただしく煩わしかったのでな、ちょうどよかったということもある」

 そう言い残していました。

 私がアンジーくんのことで王都を飛び出してから、すでに2ヶ月あまり。
 あのときは、王都に着くなり取って返したわけですから、実質的にはそれ以上になるでしょうか。

 王都奪還後、王都の皆さんとともに復興作業に勤しんだのも、今となってはいい思い出ですね。
 なにやら、ずいぶんと懐かしい気がします。
 あれから、より復興は進んだのでしょうか。そのうちにまた、顔を出したいところです。

 タンジさん……どこのどなたか存じませんが、失踪とは穏やかではありませんね。
 城内が慌ただしいほどとは、国の重鎮さんでしょうか。物騒なことです。

 なんにせよ、私は顔が広くありませんし、王城内に限定では知人も数えるほどしかいません。
 国の主立った方となりますと、ベアトリー女王に、娘さんのシシリア王女、その幼馴染のクリスくん。重鎮ではありませんが、親衛隊の騎士のフウカさんにライカさん。
 あとは、三英雄に名を連ねる『勇者』のエイキに『賢者』のケンジャンくらいですか。

 皆さん、お元気にされてますかね。

 不本意な再会ながら、女王様とフウカさんライカさんにはアンカーレン事変で出会いましたが、その後の後遺症もなく、よりいっそうの政務や任務に励んでいると風の噂で聞き及んでいます。

 王女様とクリスくんは、先月に古都レニンバルで別れたのが最後でしたね。
 別れ際まであれだけお元気そうでしたので、若く情熱的なふたりに心配など無用でしょう。

 エイキは相変わらずでいつも通りのエイキでしたし……そう考えますと、ケンジャンが一番ご無沙汰ですね。
 いつものように王城の一室で、食欲の赴くままに太っているのでしょうか。ふふ。

「どうせ、行く宛もない根無し草ですから、一度王都に戻ってみるのもいいかもしれませんね」

 『神』だの『魔王』だのは、しばらく脇に置いておきましょう。
 驚愕の真実が発覚したからいって、内容が内容、しかもおいそれと誰に相談できるわけもない身の上ですし。

 いえ、ただひとりいるとすれば。
 相談相手として、ケンジャンは適任かもしれませんね。

 彼はもともと私と同じ日本の出。気心も知れていますし、なぜか尊大ふうに振る舞いたがるものの、王都防衛でもわかるように根は善人です。私が騙った『神の使徒』の件についても、特に興味以上のものはなさそうでした。
 良くも悪くもゲームの延長上としてこの異世界を捉えている節がありますから、意外に客観的な第三者としてのアドバイスをもらえるかもしれませんね。

 そんなことを考えながら、私は王都へ足を向けることにしました。
 急ぐ旅でもありませんから、今回もまた、のんびり徒歩旅で構わないでしょう。


 ――失踪したタンジさんとやらが、ケンジャンであることを思い出し、サイドマシーンもかくやの猛ダッシュで王都に駈け戻ることになったのは、その後すぐのことでした。


しおりを挟む
感想 3,313

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

魔物をお手入れしたら懐かれました -もふプニ大好き異世界スローライフ-

うっちー(羽智 遊紀)
ファンタジー
3巻で完結となっております!  息子から「お父さん。散髪する主人公を書いて」との提案(無茶ぶり)から始まった本作品が書籍化されて嬉しい限りです! あらすじ: 宝生和也(ほうしょうかずや)はペットショップに居た犬を助けて死んでしまう。そして、創造神であるエイネに特殊能力を与えられ、異世界へと旅立った。 彼に与えられたのは生き物に合わせて性能を変える「万能グルーミング」だった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。