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第9章 訓練兵と神隠し
決別?
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だったのですが。
「女将、本日のお好み定食を2人前頼む」
「あいよー、お好み2丁ー!」
ふくよかな年配女性の景気のいい返事が店内に響きます。
ミラドナル地方の廃墟から程近い小さな町の食堂で、私と井芹くんは席を共にしていました。
「ここは昔からの馴染みでな、毎年ここを訪れる際には欠かさず寄らせてもらっておる。夫婦で営む小ぢんまりとした定食屋ながら、主人の仕事が細かく素材の吟味に懇切丁寧な味つけが通好みでな。儂のお勧めだ」
「ほう、なるほど~。それはそれは」
心なしか、井芹くんがうきうきしています。
こんな井芹くんを目にするのも珍しいですね。
そういえば、井芹くんは料理が趣味で、調理機材一式を持ち歩いているくらいでした。
料理系スキルの最上級、<食の鉄人>とやらも会得しているからには、自分で作る以外にも食べる料理に拘りがあるのでしょう。
実益を兼ねた趣味っていいですね。私にもそういうもの、なにかありませんかね。
趣味は人生を豊かにするといいますし、羨ましいですねぇ。
――ではなく。
つい先ほどまで、それなりにシリアスな雰囲気だったように思うのですが、今となってはその空気もどこへやら。
どうしてこうなったのでしょうね。
まあ、別れ際、不意にお腹を押さえた井芹くんが、
「む。もういい時間だな。近場にいい定食屋があるから飯にしよう。斉木もどうだ?」
と普通に誘われ、なかば強制的に連れてこられまして、こうして一緒に遅めの昼食を摂っているわけですが。
どういう趣向なのか、井芹くんの真意が掴めませんね。
私はなにか試されているのでしょうか……
「はいよ、お好み定食お待ち!」
私たちの席のテーブルに、湯気の立つ料理の数々が所狭しと並べられました。
ふたり分にしては、かなりの量です。
このボリュームも売りなのでしょうかね。
あ、ご飯がセットになっているのは嬉しいですね。
この異世界にもお米もあるにはあるのですが、主食ではないだけに、置いてないところも多いのですよね~。
日本人といえば、白米。
さすがは井芹くん、押さえていますね。
井芹くんはさっそく収納系スキルの<収納箱>から、マイ箸を取り出しています。
『お箸、クリエイトします』
私も負けじとマイ箸を創生して、準備を済ませました。
「「いただきます」」
手を合わせたのち、料理に箸をつけます。
「むむっ! これは!?」
小鉢の根菜の煮物の、なんと味わい深いことか。
見かけが里芋ふうの小ぶりな芋は、餅のような弾力で、ねっとりとしてほくほくした面白食感です。
インゲン豆は色鮮やかで、わずかにシャキシャキ感を残しながらも、しっかりと味が芯まで染みています。
メインの魚の煮付けも、一般的な川魚っぽい見た目ながら、臭みなどはいっさいなく。
骨も丁寧に取り除かれて、箸を入れただけでほろりと身が崩れます。
舌触りは極上で、まるでトロのように噛まなくても舌の上で溶けるようです。
煮物にしろ煮付けにしろ、これは単に時間をかけて煮込んだだけではありませんね。
料理素人な私ではありますが、ひと手間もふた手間もかけた繊細な仕事であることくらいはわかります。
全体的に薄味の出汁も、塩分を気にする身としましては、心憎いばかりです。
お椀によそわれたご飯は、艶があって米粒が立っています。噛めば噛むほどに優しい味が滲み出てくるようで、思わずほっこりしてきます。
これは炭火でじっくりと炊き上げていますね。
個人的には、やや固めの炊き具合がナイスです。ライスだけに。
そして、おかずとご飯が口内で出会い奏でるハーモニー!
なんといいますか、お口の中が幸せです。幸せすぎます。
その美味たるや、日本で私の推し、エツコさんのお食事処に匹敵しますね。
庶民的な定食屋でありながら、高級料亭なみの存在感を醸し出しています。
「ふふん。どうだ、斉木?」
付け合わせの山菜漬けを味わっていた井芹くんが、これ以上ないくらいのドヤっぷりです。
ですが、それもわかります。
これはもう……文句なしに降参ですね。
「おみそれしました」
「で、あろう?」
得意満面な井芹くん。
ここはもう、素直にこの定食屋を紹介してくれたことに感謝しましょう!
――ではなくって!
「いやいやいやいや。私たち、どうしてこんなふうに和んでいるのですか? ついさっき、今生の決別ふうな感じで別れませんでしたっけ?」
「? なんのことだ?」
なんのことだと申されますか。
はっ!? もしや、井芹くんももう還暦、見かけにそぐわず痴呆を患ってしまったとか――
ぺしんっ!
どこからともなく取り出されたお玉で頭を叩かれました。
「今、不埒なことを考えた気配がした」
「……鋭いですね」
いつもでしたら刀ですが、食事の場だけに調理用具のお玉にしたのでしょうか。
さすがは井芹くん、その気遣いからして、どこかズレている気がしないでもありません。
「して、決別とは?」
「だって、井芹くんは魔物側に味方するのでしょう?」
昼の時間はすぎていましたが、店内はまだまだ食事客で混雑していますので、若干声を抑えます。
「だから、何故だ?」
「……シロンさんからの頼みに嫌とは言えないと」
「そうだな、言ったな。だが、儂が協力するのはあくまであやつ自身にであり、魔物どもにではない。そもそも、儂のこの身は人だぞ? 人とあれば見境なしに襲ってくる知性の欠片もない魔物との共闘など、できるはずなかろう?」
……たしかに。
シロンさんや他の魔将たちには知性がありましたが、普通の魔物はそんなものでしたね。
「でしたら、私の敵ですかとの問いには?」
不審感もあらわに、井芹くんが箸の先を咥えた姿勢のまま固まります。
「……どうした、斉木、頭は大丈夫か? 儂は違うと答えたであろう?」
答えましたっけ。
そういえば井芹くんは、”はい”とも”いいえ”とも明確には言っていませんでしたね。
……おや? ”気に入っている”とか、”対立してくれるなよ”とか、あれって私の敵ではないとの意思表示だったのですか?
言葉通りの好意的な意味合いで、深い意味などはいっさいなく?
「うああ……紛らわしい、紛らわしいですよ、井芹くん! そういった大事なことは、しっかりはっきりきっぱりと伝えてもらえないと!」
いつも言葉足らずの井芹くんだけに、これは早とちりした私が悪かったということなんでしょうか。
「食事中に椅子で身悶えるな、斉木。行儀がなっていないぞ」
どうりで、何事もなかったように昼食に誘われたわけですね。
私、ひとり勝手にシリアスになっていたみたいで、恥ずかしいではないですか。
「女将、本日のお好み定食を2人前頼む」
「あいよー、お好み2丁ー!」
ふくよかな年配女性の景気のいい返事が店内に響きます。
ミラドナル地方の廃墟から程近い小さな町の食堂で、私と井芹くんは席を共にしていました。
「ここは昔からの馴染みでな、毎年ここを訪れる際には欠かさず寄らせてもらっておる。夫婦で営む小ぢんまりとした定食屋ながら、主人の仕事が細かく素材の吟味に懇切丁寧な味つけが通好みでな。儂のお勧めだ」
「ほう、なるほど~。それはそれは」
心なしか、井芹くんがうきうきしています。
こんな井芹くんを目にするのも珍しいですね。
そういえば、井芹くんは料理が趣味で、調理機材一式を持ち歩いているくらいでした。
料理系スキルの最上級、<食の鉄人>とやらも会得しているからには、自分で作る以外にも食べる料理に拘りがあるのでしょう。
実益を兼ねた趣味っていいですね。私にもそういうもの、なにかありませんかね。
趣味は人生を豊かにするといいますし、羨ましいですねぇ。
――ではなく。
つい先ほどまで、それなりにシリアスな雰囲気だったように思うのですが、今となってはその空気もどこへやら。
どうしてこうなったのでしょうね。
まあ、別れ際、不意にお腹を押さえた井芹くんが、
「む。もういい時間だな。近場にいい定食屋があるから飯にしよう。斉木もどうだ?」
と普通に誘われ、なかば強制的に連れてこられまして、こうして一緒に遅めの昼食を摂っているわけですが。
どういう趣向なのか、井芹くんの真意が掴めませんね。
私はなにか試されているのでしょうか……
「はいよ、お好み定食お待ち!」
私たちの席のテーブルに、湯気の立つ料理の数々が所狭しと並べられました。
ふたり分にしては、かなりの量です。
このボリュームも売りなのでしょうかね。
あ、ご飯がセットになっているのは嬉しいですね。
この異世界にもお米もあるにはあるのですが、主食ではないだけに、置いてないところも多いのですよね~。
日本人といえば、白米。
さすがは井芹くん、押さえていますね。
井芹くんはさっそく収納系スキルの<収納箱>から、マイ箸を取り出しています。
『お箸、クリエイトします』
私も負けじとマイ箸を創生して、準備を済ませました。
「「いただきます」」
手を合わせたのち、料理に箸をつけます。
「むむっ! これは!?」
小鉢の根菜の煮物の、なんと味わい深いことか。
見かけが里芋ふうの小ぶりな芋は、餅のような弾力で、ねっとりとしてほくほくした面白食感です。
インゲン豆は色鮮やかで、わずかにシャキシャキ感を残しながらも、しっかりと味が芯まで染みています。
メインの魚の煮付けも、一般的な川魚っぽい見た目ながら、臭みなどはいっさいなく。
骨も丁寧に取り除かれて、箸を入れただけでほろりと身が崩れます。
舌触りは極上で、まるでトロのように噛まなくても舌の上で溶けるようです。
煮物にしろ煮付けにしろ、これは単に時間をかけて煮込んだだけではありませんね。
料理素人な私ではありますが、ひと手間もふた手間もかけた繊細な仕事であることくらいはわかります。
全体的に薄味の出汁も、塩分を気にする身としましては、心憎いばかりです。
お椀によそわれたご飯は、艶があって米粒が立っています。噛めば噛むほどに優しい味が滲み出てくるようで、思わずほっこりしてきます。
これは炭火でじっくりと炊き上げていますね。
個人的には、やや固めの炊き具合がナイスです。ライスだけに。
そして、おかずとご飯が口内で出会い奏でるハーモニー!
なんといいますか、お口の中が幸せです。幸せすぎます。
その美味たるや、日本で私の推し、エツコさんのお食事処に匹敵しますね。
庶民的な定食屋でありながら、高級料亭なみの存在感を醸し出しています。
「ふふん。どうだ、斉木?」
付け合わせの山菜漬けを味わっていた井芹くんが、これ以上ないくらいのドヤっぷりです。
ですが、それもわかります。
これはもう……文句なしに降参ですね。
「おみそれしました」
「で、あろう?」
得意満面な井芹くん。
ここはもう、素直にこの定食屋を紹介してくれたことに感謝しましょう!
――ではなくって!
「いやいやいやいや。私たち、どうしてこんなふうに和んでいるのですか? ついさっき、今生の決別ふうな感じで別れませんでしたっけ?」
「? なんのことだ?」
なんのことだと申されますか。
はっ!? もしや、井芹くんももう還暦、見かけにそぐわず痴呆を患ってしまったとか――
ぺしんっ!
どこからともなく取り出されたお玉で頭を叩かれました。
「今、不埒なことを考えた気配がした」
「……鋭いですね」
いつもでしたら刀ですが、食事の場だけに調理用具のお玉にしたのでしょうか。
さすがは井芹くん、その気遣いからして、どこかズレている気がしないでもありません。
「して、決別とは?」
「だって、井芹くんは魔物側に味方するのでしょう?」
昼の時間はすぎていましたが、店内はまだまだ食事客で混雑していますので、若干声を抑えます。
「だから、何故だ?」
「……シロンさんからの頼みに嫌とは言えないと」
「そうだな、言ったな。だが、儂が協力するのはあくまであやつ自身にであり、魔物どもにではない。そもそも、儂のこの身は人だぞ? 人とあれば見境なしに襲ってくる知性の欠片もない魔物との共闘など、できるはずなかろう?」
……たしかに。
シロンさんや他の魔将たちには知性がありましたが、普通の魔物はそんなものでしたね。
「でしたら、私の敵ですかとの問いには?」
不審感もあらわに、井芹くんが箸の先を咥えた姿勢のまま固まります。
「……どうした、斉木、頭は大丈夫か? 儂は違うと答えたであろう?」
答えましたっけ。
そういえば井芹くんは、”はい”とも”いいえ”とも明確には言っていませんでしたね。
……おや? ”気に入っている”とか、”対立してくれるなよ”とか、あれって私の敵ではないとの意思表示だったのですか?
言葉通りの好意的な意味合いで、深い意味などはいっさいなく?
「うああ……紛らわしい、紛らわしいですよ、井芹くん! そういった大事なことは、しっかりはっきりきっぱりと伝えてもらえないと!」
いつも言葉足らずの井芹くんだけに、これは早とちりした私が悪かったということなんでしょうか。
「食事中に椅子で身悶えるな、斉木。行儀がなっていないぞ」
どうりで、何事もなかったように昼食に誘われたわけですね。
私、ひとり勝手にシリアスになっていたみたいで、恥ずかしいではないですか。
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