巻き込まれ召喚!? そして私は『神』でした??

まはぷる

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第9章 訓練兵と神隠し

明かされる過去

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 広大な国土を有するカレドサニア王国は、300年ほど昔にひとつの国として統合される前は、いくつもの小国の割拠する地だったそうです。
 北東に位置するミラドナル地方もまたそのひとつで、かつてその地に根付いていた豪族の王を祖とする貴族が、領主として永らく治めていた土地でした。

「ここですか……本当になにもないんですねぇ……」

 50年前まで栄華を誇ったという大都市。
 その規模は、当時の王都カレドサニアにも匹敵するほどだったとか。

 巨大な城塞都市を中心に、その周囲に広がるのは肥沃な大平原――だったらしいですが、50年後の現在では見る影もありませんね。
 都市があったと思しき場所は風化し始めた数多の瓦礫で埋め尽くされ、大地は枯れてひび割れた荒れ地と化し、周囲一帯には草木の1本も見当たりません。

 死せる大地。そんな表現がぴったりくる光景です。

 東の城砦アンカーレンを旅立ってから、半月余りといったところでしょうか。
 私はこのミラドナル地方にやってきていました。

 アンカーレンからでは古都レニンバルを経由して、馬車で3日ほどの距離なのですが、ここはあえて徒歩でののんびり旅をすることにしました。
 それといいますのも、この日、この場所に来ることに意味があったからです。

 朽ちた石造りの建物の一画……そこには寄せ集めた石で小さな台が組まれ、その上には枯れた花束の名残りが見受けられました。

 日本でいうところの、菊の花によく似ています。
 仏花、つまりは献花であり、そして花が供えられている石台は、祭壇を模しているのでしょう。

 岩陰に寝転がり、しばし時が経つのを待ちます。

 中天の太陽が傾き、私もうつらうつらし始めた頃、祭壇のほうに人の気配がありました。

 黒っぽい外套を頭から着込み、腕に花束を抱えたひとりの人物が、祭壇の前に佇んでいます。
 その人物は花を祭壇に供えてから、手を合わせていました。

 こちらの異世界では、一般的に墓前などで祈るときには手を組むか、印を切ります。日本でよく行われる合掌する作法は、まず見かけません。
 私など、ついつい日頃の癖が出てしまい、奇異の視線を向けられたことがよくあります。

 それを行なうということは――この人物もまた、私と同じということです。

「お待ちしていましたよ」

 背後から声をかけましたが、相手は私の存在に気づいていたようで、特に反応はありませんでした。
 振り向くこともなく、ただ墓前に手を合わせ続けています。

 私も倣いまして、隣に並んで瞑目し、無言で手を合わせました。

 どのくらいそうしていたでしょうか……
 彼が祈り終えるのを待ってから、私も立ち上がりました。

「この日、ここに来たということは、やはりあなたでしたか……井芹くん」

  ちょうど50年前の今日という日に、かつてこの地にあった都市が失われました。
 住んでいた数万ともいわれる人命とともに――

「……ふっ」

 その笑いの意図するものがなんなのかはわかりかねましたが、フードを外して素顔を晒した井芹くんの表情は、いつもの勝ち気なものではなく……とても穏やかなものでした。




「アンカーレン事変でのこと……シロンさんの協力者とは井芹くんだったのですね」

「さてな。……などと、この期に及んで惚けることはしまい。正解だよ、斉木」

 正直なところ、否定してほしいところでしたが……私の願いはあえなく潰えたようです。

 シロンさんが、あのバリアーから逃げ出すには、協力者の手助けが必須でした。
 あの場にいたのは、私の他には井芹くんのみ。最初は疑いもしませんでしたが、真実を知った今となっては。

 井芹くんが私に襲いかかってきたのは、間違いを装った時間稼ぎだったのですね。
 私の気を逸らしている隙に、まずはシロンさんにバリアー内で隠れる猶予を与える。そんなところでしょう。

 バリアーを破壊したのも強引でした。
 バリアーがある限り、シロンさんは隠れることはできても逃げられない。ならば、逃げ道を作ってやればいいなんて、なんとも井芹くんらしくはあります。
 いつもの行動が行動だけに、すっかり騙されてしまいましたね。

 そうして、私に先立ち、いち早くバリアー内に入った井芹くんが、隠れているシロンさんに”姿なき亡霊インビジブル・コート”を渡せば、あとはやすやすと脱出完了というわけです。

 ただ、これらについては、私の想像の域を出ません。
 仮に協力者云々は関係なく、私にとって未知のスキルが用いられていたとしても、簡単に覆ってしまいますよね。

 しかし、他にも決定的な証拠があったのです。

 そもそも、シロンさんのことについては、今にしてみますと不可解な点がいろいろありました。

 その中でも、最たるもの。
 私の正体を知っていたシロンさんが、実在しない”シロン”の出自の信憑性を増すために話した、ファルティマの都での出来事――あれは、少なくともあの場にいないと入手できない情報でした。
 そのせいもあり、私はまんまと信用してしまい、シロンさんの狙い通りといいますか、すっかり気を許してしまったわけですが。

 実際、”シロン”なる人物は実在していなかったわけですから、あの都でのことは”誰か”に聞いたことになります。
 その”誰か”とは。ファルティマの都での滞在中、出会った人物というと――『聖女』のネネさん、『青狼のたてがみ』のお三方、他にはそう――井芹くんです。
 その中で、今回の件に関わっていたのは、井芹くんだけなのです。

「なにゆえ、儂があやつと既知だと思い至った? ……それこそ愚問か。ここで待ち構えていたこと自体、どうやら全知という神の力の一片――使いこなし始めているというところか」

「ええ。使いこなしているかは別としても、このミラドナルにあった都が消し飛ぶさまを見ました。シロンさんもまた……我々と同じく強制的に召喚された日本人だったのでしょう?」

 あのとき、<森羅万象>が見せた映像は、まだ人間であった頃のシロンさんと、幼少時代の井芹くんでした。

 井芹くんは初めて会ったときに聞かせてくれました。
 50年前、井芹くんと一緒に召喚された他の方々について、”全員、死んだものと思っていい”と。
 当時はあまり気にしませんでしたが、奇妙な言い回しですよね。あの台詞に秘められた意味とは、そういうことだったのですね。

「この地を治めていた領主は、過去の栄華に囚われていた。祖先の王の血を継ぐ者として、現カレドサニア王家に反旗を翻し、その地位を奪取せんと、強大な武力を欲していた。表面上は王家に恭順しつつ、裏では怪しい輩を雇い、いろいろやっていたようだな。”召喚の儀”もそのひとつだ。もっとも、連中の期待には添えんかったようだが」

 力を求めて喚ばれた者が、その力を有していなかった。
 どんな扱いを受けたのか、平和ボケした日本人である私でさえ、想像に難くありません。
 <森羅万象>で見たふたりの痛々しさが、如実に物語っていました。

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