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3巻
3-1
しおりを挟む第一章 神の門出は獄中から
こんにちは。
私の名前は斉木拓未と申します。
高齢期一歩手前の、老年といっても差し支えない六十歳の男です。
この度、ついに私も定年退職を迎えまして、第二の人生を日本にて平和に暮らしていたのですが……人生、なにが起こるかわからないものですね。どういう因果か、現在では若返り、なんと異世界の人となってしまいました。
馴染みのないこの異世界、日本と比べてかなり物騒でして。
いきなり魔物十万の大軍と戦うことになったのもさることながら、魔物の巣窟での一波乱、海峡での大イカ退治、エルフの森での騒乱と――これまでの人生で経験したこともない、実に珍妙な出来事が目白押しでした。
ここファルティマの都では、大宗教組織のお家騒動に巻き込まれ、散々な目に遭いました。
それもどうにか一段落し、次はペナント村の魔物退治で知り合った冒険者パーティ『青狼のたてがみ』のみなさんとの約束を果たすべく、彼らの待つラレントの町へ向かおうと、定期馬車の停留所へと歩いていたのですが……
とある路地の手前で、声をかけられました。
外套で全身をすっぽり覆っていますが、はだけたフードから覗く素顔は十五歳くらいの少年です。こちらでは十四で成人だそうですから、少年というのは失礼かもしれませんが。
「先日は、茶を馳走になった」
馳走? 年齢の割に古風な話し方をする子ですね。
ただ、ご馳走したといわれても身に覚えがありません。人違いかなにかでしょうか。
……いえ、身に覚えはありませんが、見た覚えがありますね。先日、喫茶店で『青狼のたてがみ』のみなさんと同席したときにいた子じゃないですか。
結局、この子のお茶代まで払いましたが、あれは世間一般ではご馳走したのではなく、たかられたというのでは?
まあ、お茶の一杯程度で目くじらを立てるのも大人気ないですからね。
「それはどうも。私になにかご用ですか?」
ふと気づいたのですが、外套の裾から細長い棒のようなものの先端が飛び出しています。これは――もしかして、刀の鞘でしょうか。
「ふむ、そうさな。用があるので声をかけた。ここは人目がある。内密に話がしたい。場所を移そう――ついてくるがいい、今世の神よ」
◇◇◇
案内されて向かったのは、入り組んだ路地を抜けた先にある空き地でした。
ここは、ファルティマの都を取り囲む外壁のすぐ内側に位置しているようで、目の前には高い壁がそびえています。
「どうだ? なかなかの穴場だろう? この辺りを散策しているときに見つけてな。まあ、座れ」
資材置き場も兼ねているのでしょうかね。ところどころに丸太や角材が積まれており、少年がそのひとつに腰かけます。
「これはどうも」
私も少年に倣い、すぐ近くの丸太に座りました。
たしかに、人が溢れている都の喧騒とはかけ離れた静かな場所ですね。
建物群が少し離れているのは、外壁のそばは年中日影になるという日照上の問題があるからでしょうか。あるいは、有事の際の通行路の確保なのかもしれませんね。
とにかく、ここら一帯は都での完全な空白地帯となっているようです。
「出発の時間もありますから、手短にしていただけるとありがたいのですが」
正直に言いますと、あまり悠長にしている時間はありません。
定期馬車の出発時間まで、あと一時間半ほど。移動に三十分として、残りは一時間くらいしかありません。手続きも済ませないといけませんから、実質三十分の余裕があるかどうか。
こちらでの馬車の出発時間は、日本での飛行機並みにシビアで、遅れても待ってはくれません。しかもその割に、前触れなく発車時刻が変わることもありますから、要注意です。
本来は、こうして見ず知らずの子の相手をしている時間はないのですが……
ただこの少年、なんだか気になるのですよね。
言葉遣いはともかくとして、声はまだ年相応に幼さを感じます。変声期を終えたばかりといったところでしょう。
しかしながら、先ほどの意味不明な〝神〟発言もそうですが、滲み出る雰囲気というか貫禄というか、明らかに年齢にそぐわない重みがあります。
「そういうな。三十分もかからんよ」
(三十分もかかったらアウトなのですが……)
思いはしても、話が先に進みませんので黙っておきます。
「まずは名乗っておこう。儂は冒険者で、『剣聖』イセリュート」
イセリュートくんですか。
剣聖――かの戦国時代の剣豪、上泉信綱や塚原卜伝のようです。
先ほど外套の下から覗いていたのは、やはり刀だったみたいですね。剣聖というからには、この歳でとてつもない剣の達人なのでしょうか。
「――と、いいたいところだが……実はお主と同郷でな。本名は井芹悠斗。お主も日本人だろう?」
「…………は?」
一瞬、告げられた言葉の意味がわからずに、目の前でにやつく少年を見ます。
黒髪に黒目。見慣れた面差し。ふむ、いわれてみますと、典型的な日本人っぽいですね。
「って、ええーー!!」
まさか、こんなところで同じ日本人に出会うとは。てっきりこの異世界にいる日本人は、この間召喚された私たち四人だけだと思っていました。
「いやはや、そこまで驚いてもらえると、正体を晒した甲斐があったというものだ」
少年――井芹くんでしたか。片膝を叩きながら、からからと大口を開けて笑っています。
「そうでしたか……私は斉木拓未です。もしや、きみも召喚されて……?」
「ああ。お主とは別口だがな。儂がこの世界へとかどわかされてきたのは、もう五十年も昔のことになる」
「――ええっ!? 五十年ですか!?」
驚きに次ぐ驚きで、顎と喉がおかしくなりそうですね。
「はあ……いえ、騒ぎ立てて失礼しました。でしたら、あなたは今おいくつなので?」
「すでに六十を数える身だ」
となりますと、この異世界に来たときは十歳ですか。今の見た目年齢よりも若い頃とは。
……ん? 井芹悠斗くん? どこかで聞いた覚えがあるような……
「あ! 思い出しましたよ! 悠斗くん神隠し事件――当時、小学四年生の男の子が失踪したということで、新聞やテレビでも大々的に報道されていました! 近隣に住んでいて、同い年の子供だった私もよく覚えています!」
「ほう、同郷どころか同級とは奇遇だな。それにしても、儂のことでそんな大事になってしまっていたとはな」
「同い年というだけで、なんだか嬉しくなってしまいますね。当時は大変な騒動でしたよ。連日、テレビでご両親が懸命に訴えかけられていて――……申し訳ありません。今のはさすがに無神経でしたね……」
いけませんね。私にとっては、過ぎ去った遥か昔の出来事ですが、こうしてここにいる井芹くんにとっては、今なお続いている現在のことです。失言でした。
「いやいい、気にするな。もう半世紀も昔のことだ。儂の親は高齢だったからな、もう存命はしていまい。このようなことになり、両親には不義理をしてしまった……」
不用意な私の発言で、ちょっとしんみりしてしまいました。こうしていますと、余計に当時の記憶を思い起こさせてしまいそうですね。
「あの、井芹くん、でいいですか?」
「構わんよ。日本名で呼ばれるのも懐かしくてよいものだ。儂も斉木と呼ばせてもらおう」
「それはもう、なにせ同級生ですから。それで井芹くんですが、六十歳にしてはずいぶんと若々しく見えますね」
「いっそ幼いと断じてもらって構わんぞ? それに見た目については、お主も大して変わるまいに」
「……もしかして、井芹くんも若返って?」
「そういうことだ。もともと童顔なのを気にしていたのだが……それでも三十路になる頃には、髭面のいい感じになったのだがな。その後に『剣聖』の職を得てから〈状態無効〉スキルが発動してこのざまだ。老化も異常状態として無効化されてしまうらしい。斉木も同じだろう?」
なんと、この異世界に来てからの私の若返りも、そういう原理だったのですか。うろ覚えではありますが、以前に『闇夜の梟』のリンサールさんがそれらしき単語を呟いていたような記憶がありますね。
私、そういうスキルも持っていたのですね……新事実の発覚です。
「老化が無効化されると、肉体は最盛期に戻るらしい。儂の場合が十八程度で、斉木の場合が二十歳ほどなのだろう。こちらの世界では、日本人はそれ以上に若く見られがちだ。成人前の小僧扱いされることもあって、困ったものだ」
日本人を見慣れている私でも、十八歳どころか中学生くらいにしか見えません。こちらでの成人の十四歳未満に勘違いされてしまうのも頷けますね。
気にされているようなので、口にはしませんが。
「おっと。ずいぶんと話が逸れてしまったな。同郷の者と話すのは久方ぶりで、興が乗りすぎてしまったか」
そういえばそうですね。
私もすっかり定期馬車のことを忘れていました。猶予はあと二十分程度でしょうか。
「では、さっそくたしかめさせてもらおうか」
井芹くんが腰を上げた途端、気配が変わりました。
今までの温和な雰囲気がまるで幻だったかのように、空気が肌を刺すようにぴりぴりして痛いほどです。これは――殺気というやつではないのでしょうか。
「あの、井芹くん。なにをするつもりなのです……?」
「いやなに、長年染みついた剣士の性分でな。知りたいことは剣で語り合うことにしている」
いえ、そんな、それはちょっと無茶苦茶な理屈ではありませんか?
しかしながら、井芹くんの表情には冗談の欠片も窺えません。
翻した外套の下には、身体に見合わぬ長刀を差しており、右手はその柄に添えられています。両足をやや広めに開いて立ち、上体を斜めに傾けて、中腰で腰だめに構えた姿勢は、いわゆる居合抜きではないでしょうか。
「――斉木、死ぬなよ?」
「そんな殺生な!?」
時代劇でのお手本のような、神速の抜刀術でした。
刀を抜いたと思った次の瞬間には、刀身が鞘に収まっています。抜いた刀を一度振り抜いたのは、なんとなく理解できました。
無我夢中でしたので、自分が躱したのか、向こうが逸らしてくれたのかはわかりませんが、なんとか五体満足で生きているようです。
「し、心臓に悪いですね……」
「ふむ」
狼狽えるこちらを無視して、井芹くんはなにやら納得したようです。
なんだというのでしょうね、いったい。
「自分で気づいているか? 斉木は今、儂の刀の軌道を目視してから、身を躱したのだぞ?」
「そ、そうなんですか? よくわかりませんでしたが……」
「本当に理解していないという面だな。冒険者の最高峰――『剣聖』の最速の剣技を、完全に見切っていたのだ。つまりは、それほどこの儂との身体能力に差がある証左にもなる」
「は、はあ……?」
「……はあぁぁぁぁ……」
ええええ……
一方的に斬りかかられた上、これ以上ないくらい呆れたように、肩を竦めて物凄い溜め息を吐かれたのですが。
「儂は、相手の能力を見透す〈真理眼〉のスキルを有している。その馬鹿げた身体能力値の真偽を見極めようとしたのだが……本人が自覚すらしていないとはな。呆れを超えて笑えてくる」
「そういわれましても……なにがなにやら」
もう困惑するしかありません。
「まあいい。知らぬ者に知れと強要するのも酷か。して、斉木。ステータスを見せてみろ。それすらも知らないとなるとお手上げだが」
「はい、大丈夫です。それなら知っていますよ」
「そうか。ではまずはこれを見ろ。儂のステータスだ。ステータスオープン」
井芹くんが、私の肩に身軽に飛び乗ります。
他人のステータスは、お互いが触れ合っていないと覗けないのは知っていますが、なぜ肩車なのでしょうね。別にいいですけど。
レベル298
HP 84600
MP 680
ATK 5830
DEF 5360
INT 1048
AGL 6103
職業 剣聖
おおっ、他人のステータスにお目にかかるのは、実に久しぶりですね。このところは、自分のさえまったく確認していませんでしたから。
「すごいですね……圧巻のレベル298ですか」
以前、一般兵の平均レベルは20と『勇者』のエイキに教えてもらった覚えがあります。そのエイキですら、当時のレベルは40ちょっとだったはずです。
300に迫るとか、どれだけなんでしょう。さすがは荒事専門の冒険者の中でも最高峰なだけのことはありますね。
「ほう、レベルの概念はあるのか」
「ええ。以前に教えてもらいまして。レベルの数値が高いほどいいと聞き及んでいますよ」
「この数値を念頭に置いて、次は斉木のステータスを見せてみろ」
「わかりました。ステータスオープン」
レベル2
HP 9999999
MP 9999999
ATK 999999
DEF 999999
INT 999999
AGL 999999
職業 神
なんともはや、変わり映えしない表示です。
「いや~、たったのレベル2ですね。井芹くんのレベルを見た後ですと、お恥ずかしい限りですね」
「…………」
ぱかんっと、井芹くんから小気味よく後頭部を殴られました。
いくら目の前のちょうどいい位置にあるからといって、木魚よろしくお手軽に小突かないでほしいものです。痛くはないですけど。
「レベルはさておき、他の数値を確認してみろ」
「この意味不明の9の羅列のことですか?」
「阿呆か」
問いかけた途端に、また叩かれました。今度は刀の鞘でです。
痛――くはないですけど、私、なにか悪いことしました?
「レベルはあくまで基準だ。職によっては、レベルが低くても能力値が上回ることはある。斉木はその典型だな。厳密には、能力の高さはレベルの数値に比例しない。重要なのは、各々の数値のほうだ」
……この999999とかですか?
これを見た目通りの数値として扱うと、とんでもないことになりそうなのですが。
「冗談ですよね? それじゃあ、井芹くんより数倍どころか数百倍もすごいことになってしまいますよ? 井芹くんは最高峰の冒険者なのでしょう? それはあんまりというものですよ、ははっ」
「その認識で合っている」
「いえいえ、いくらなんでも。私を担ごうとしてますね?」
「たわけ」
またもや頭を叩かれます。って、今度は刀の抜き身じゃないですか!
殺す気ですか!? 痛くはないですけど!
「刀で斬られたぐらいで傷つくほど、柔でもなかろう」
「いやいや! 刃物なんですから、普通は斬れますよ!? 血が出ちゃいますよ? しかも頭なんて、当たりどころが悪いと死んじゃうじゃないですか!」
「現にどうにもなっていないだろう?」
……いわれてみますと、たしかに平気ですね。
「偶然、でしょうか? それとも峰打ちとか?」
「まだ抜かすか」
さらに殴られるかと思いましたが――代わりに降ってきたのは、大きな大きな嘆息でした。
「さすがに疲れてきた。だから、刃物で斬られると怪我をするなどという常識すら通用せぬほど、斉木の身体能力は圧倒的だと申しておるのだ、さっきから何度もな。こちら側に来てから、わずかなりとも傷を負ったことがあるか? 苦痛を感じたことは? おそらくないはずだ。自分が常識からかけ離れていることを少しは自覚しろ。ここまで来ると、ただの偏屈爺ぃだな」
んん? 井芹くんは至極真面目な様子で……おふざけで言っているわけではなさそうです。
傷や痛み……そう指摘されますと、記憶にありませんね。
もしや、本気……なのですか? 真実を述べていると。本当に?
「ですが、全項目で9の羅列など、とても正常な数値とは思えませんよ?」
「ふむ。あまりに馬鹿げた数値ゆえに、一見するとたしかにな。だからこそ儂も、自らたしかめようと思い立ったのだ。察するに、上限を超えてしまい、正しい数値が表示しきれてないのかもしれんな。所詮、このステータス魔法は、簡易魔法。もとは職業適性判断用として一般で普及していたものを、その利便性から冒険者が流用したのが始まりだからな。表示項目に手を加えられてはいるが、〝職業〟という多少意味合いが異なる項目名も、その名残だ。数値の上限までは考慮していなかったのかもしれん」
そうだったのですか……レベルの数値の大小は、厳密には強さと関係なかったのですね。周囲の反応から、てっきりこの魔法の不具合かと思い込んでいました。特に気にしていなかったのもありますが。
……んんん? では、この意味不明の代名詞、〝職業『神』〟とはなんなのでしょう。これも間違いではないと?
おそるおそる訊ねてみますと、井芹くんから呆れたように、頭頂部をぺしんっと平手で叩かれました。
「ふう。お主というやつは……だから最初に告げただろう。今世の神よ、とな。そこに記載されている以上、斉木がこの世界の神で相違ない。儂の〈真理眼〉にも、そのように示されておる」
「……へえ、そうなのですか」
「うむ」
「そう、私が……神様と」
「そうだな」
なるほど。
「…………」
「…………」
「えええええええええ――!!」
本日一番の大絶叫です。
「どうしてそんな、ありえないでしょう!? 納得できるわけないではありませんか! 訳もわからず、ぽっとやってきた者が神様などと!」
「ええい、うるさい。真下で叫ぶでない」
「誰が決めたのですか、そんなこと!? 私は一度も相談すらされてませんよ!?」
「儂が知るか。頭を振り回すな、落ちるだろう」
「第一、いきなり神様っていわれましても、私にどうしろというのですかー!?」
「さてな。まずはその叫ぶのをやめろ。やかましいことこの上ない」
ぜはー、ぜはー、と四つん這いになり、大きく息を吐きます。
肩から飛び降りた井芹くんは、隣で仁王立ちです。
「……落ち着いたか?」
「なんとか。すみません、取り乱しました……」
無理やり理解はしましたが、納得は全然できていません。
なんという驚愕の事実でしょう。いかに楽観的な私でも、おったまげました。
神様……私が。私などが。とても信じられることではありませんね。
こちらに召喚されたときに、私を神様に任命した方は、いったいなにを考えていたのでしょうね。行きずりの者を神様になどと……言葉が悪いですが、馬鹿じゃないですか? 正気を疑いますね。
「諦めろ。陳腐だが、それが斉木の運命なのだろう」
今にして思い返しますと、思い当たる節がないわけでもありません。運よく傷を負わなかったり、魔法が効かなかったりしたのも、実はそのせいだったのでしょうか。
それに、つい最近もいろいろあったような気がしないでも……ないですが。
そうか……そうだったのですね。とても信じがたいことですけれど。
「運命だとしても、斉木は運がいいぞ? 儂なぞ、こちらに召喚された際は、いきなり死にかけた」
「死に……ですか?」
「儂を召喚したのは、とある裏組織だった。あの召喚の儀では複数人が召喚されるが……主となる一名以外は、いわば巻き添えだ。与えられる職業も、その者以下となる。儂のときは、粗雑な魔法陣で手順も適当だったのだろう。主となる者ですら職業が『剣豪』と、『剣士』に毛が生えた程度でな。儂含めた残り五人の初期職は散々だった。召喚されて早々に、いきなり役立たずの烙印を押されたものだ」
私のときは、他の三人はすごい職業で、いきなり大喝采の英雄扱いでしたね。
唯一のハズレだと思われていた私まで当たりだったとなりますと、実は全員大当たりだったわけですね。
「他の五人はどうされたのですか?」
「まず、ひとりは見せしめのために即刻殺された。他の者は異界に連れてこられた心労から、心身を病んだ者、自ら命を絶った者、あとは――」
わずかに視線を落とし、井芹くんは続けました。
「全員死んだものと思っていい。最年少の儂だけは幸いというか、子供ながらの適応力があったのだろうな、意地汚く生き延び、今もこうして生き永らえておる」
「……大変だったのですね」
「昔のことだ。それでも最初の一ヶ月ほどは、陰で泣きながら過ごしたがね。斉木のときはどうだった?」
「私のときですか? 私たちは……」
王族が主導したからか、優遇されていましたね。その後の、あの魔王軍とのことは別として。
ただそれを抜きにしても、井芹くんたちのときとはずいぶんと違っていました。
「私は歳もいっていましたので、どうにか。他の若いお三方は――初っ端から、なんだか乗り気でしたね。いきなりこちらにさらわれてきた割には、満更でもなかったような」
「なんだそれは? 精神に異常でもきたしていたのか?」
「いえ、そんなふうではありませんでしたね。むしろ若者感覚としては、そんなに珍しい事態でもなかったようでして」
「……異世界召喚がか?」
「ええまあ、はい」
自分で話していて首を捻りたくなりますが。
反応としては、井芹くんたちのほうが正しいように思えます。なにせ、いきなり別世界にさらわれるなど、不幸以外の何物でもないはずですから。
絶望して嘆き悲しみ、恨みつらみで心折れ、いろいろ患ってしまっても無理はないでしょう。
私とて、これまで培った人生経験と、最年長者としての見栄で保っていたようなものですから、ひとりきりではどうなっていたか想像もつきません。
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