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第9章 訓練兵と神隠し
魔将戦 ④
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「……ぬ?」
暗がりから現れた井芹くんは、不思議そうな顔でこちらを見下ろしてきました。
「斉木ではないか? どうした、そんなところでなにをしている?」
いえいえいえいえいえいえ、いくらなんでも、その言い草はないでしょう。
私はがばっと起き上がり、井芹くんに詰め寄りました。
「たった今。井芹くんに。唐突に。斬られたので。この有様なのですが?」
あえて一言一言区切りながら説明しますと、井芹くんは緩慢に刀を鞘に収めました。
「ふむ」
「…………」
「…………」
「…………え? 終わりですか?」
「そんなことより、これはいったいどんな状況だ?」
”そんなこと”扱いでさらっと流されてしまいました。
暖簾に腕押しどころか、その暖簾すらなかったかのような流しっぷりです。
井芹くんは、訝しげに闇に満ちた周囲の様子を窺っています。
まあ、当の井芹くんも現状を把握できていないようですので、まずはお互いの情報交換をするしかないでしょう。
……笑って流すには、かな~り痛かったので、ちょっと納得がいきませんが。むぅ。
「女王様たち一行が、シロンさん……城砦内に潜伏していた魔将に襲われました。現場に駆けつけた私は、たった今までその相手と戦っていたところです。どうにか捕らえることに成功しました」
「ベアトリー女王は?」
「無事です。無事だと思います。女王様まで魔物堕ちして操られてしまい、大変ではありましたけど」
実際には、まだ魔法無効化の『封陣』が効いていますから浄化できておらず、完全に危機を脱しているわけではありませんけどね。
そこまで説明しては、余計にややこしくなるというものです。
「井芹くんのほうはどうしていたのですか? 女王様の護衛を担当していたのでは?」
そもそも、護衛役の井芹くんがこの場にいなかったことのほうが問題でしょう。
井芹くんがいれば、このような事態に陥ることは避けられていたかもしれませんし。
よもや、『剣聖』ともあろう者が職務怠慢でしょうか。それはいけませんね。
「なに、偵察に放った馬鹿弟子が、待てど暮らせど帰ってこぬものでな。犬でも帰り道くらいはわかりそうなものだが、アレに犬の真似はまだ早すぎたようだ。例のスキルのこともある、仕方がないので儂自ら探しに出たのだ。その隙を突かれてしまうとは、迂闊であった」
おや? それってもしかしなくても、私がエイキを甘味で釣って用事を頼んだせいですかね?
「おそらく、そうして儂をこの場から引き離すことからして、曲者どもの術中の内だったのだろう」
いえ、きっと、そんなことはないと思います。
「ともかく、そうこうしている間に、こちらのほうから派手な戦闘音がし始めたものでな。急ぎ取って返したところ、この異様な暗中だ。とりあえず、怪しい動きをする者に、先手を掛けてみたというわけよ」
それで、私は問答無用で攻撃を受けたというわけですね。
”とりあえず”で相手を確認せずに斬りかかるのもなんですが、駆けつけたばかりの井芹くんの立場的には仕方ないのかもしれません。
それにしても、私ってそんなに怪しい動きをしてましたかね?
……勝手に滑って転んだり、手がすっぽ抜けて逃げられ、わたわたして追いかけたりと、あまり行動に自信があるわけでもないですけど。
「おかげで、斉木には面倒をかけてしまったようだな」
「いえいえ、お気になさらずに……いえ、本当に。ははは」
とどのつまり、もとを正すと女王様たちがこのような目に遭ってしまった責任の一端は、私にもあったということですよね。
わざわざ護衛を引き離すような真似をしてしまうとは。これはもう、井芹くんばかりを責めるわけにもいきませんね。
「…………? それで、捕らえたという魔将はどこに?」
「え? ええ、そこのバリアー……光の檻の中ですよ」
数十メートルほど先の暗がりに、ぼんやりと浮かぶ巨大なバリアーを指さします。
これだけ周囲が暗いと、離れていてもいい目印になりますが、いかんせん個人を囲うだけにしては大きすぎましたかね。
まあ、もとは対象物が施設だけに、どうしようもないですが。
「……なにも居らんようだが?」
「ええ!?」
バリアーの前に立つ井芹くんがバリアー越しに内部を見渡しながら、怪訝そうに言ってきました。
「そ、そんなはずは……」
バリアーの包囲は完璧のはずです。
たしかに内部はかなりの広さがありますが、遮蔽物のない中でこれだけ煌々としているのでは、隠れようもないはずです。
「ふんっ!」
ぱりんっ。
「ああっ、また手荒ですね」
私が駆けつけるより早く、井芹くんが刀を一閃させ、バリアーの一部を破壊して中に入っていってしまいました。
私が消すまで待ってられないのも井芹くんらしいですが、せっかちさんすぎますね。
「やはり、誰もいないようだな」
「本当ですね……」
ふたりして内部にくまなく視線を走らせますが、シロンさんらしい人影は発見できませんでした。
先ほどまで、確実に捕らえていたはずなのですが、なにがあったというのでしょう。
「なんらかのスキルを隠し持っていたのではないか?」
「……どうでしょうね」
そのような奥の手があるのでしたら、バリアーに閉じ込められた際に、すぐさま使っていそうなものですが。
シロンさんがあれだけ必死に脱出しようともがいていたのはなんだったのでしょうね。
それとも、井芹くんのコレクションの”姿なき亡霊”のように、完全認識阻害の古代遺物でも所持していたのでしょうか。
あれこそ、そうそう巷に転がっているようなものでもないような気もします。謎ですね。
シロンさんがすでにこの場から立ち去ったことを示すように、『封陣』による闇も晴れつつありました。
結局、その後も、シロンさんと思しき人物を発見するには至らず――
今回のアンカーレン城砦における一連の事件は、確たる情報を得られぬまま、首謀者不在というかたちで幕を閉じることになってしまったのでした。
暗がりから現れた井芹くんは、不思議そうな顔でこちらを見下ろしてきました。
「斉木ではないか? どうした、そんなところでなにをしている?」
いえいえいえいえいえいえ、いくらなんでも、その言い草はないでしょう。
私はがばっと起き上がり、井芹くんに詰め寄りました。
「たった今。井芹くんに。唐突に。斬られたので。この有様なのですが?」
あえて一言一言区切りながら説明しますと、井芹くんは緩慢に刀を鞘に収めました。
「ふむ」
「…………」
「…………」
「…………え? 終わりですか?」
「そんなことより、これはいったいどんな状況だ?」
”そんなこと”扱いでさらっと流されてしまいました。
暖簾に腕押しどころか、その暖簾すらなかったかのような流しっぷりです。
井芹くんは、訝しげに闇に満ちた周囲の様子を窺っています。
まあ、当の井芹くんも現状を把握できていないようですので、まずはお互いの情報交換をするしかないでしょう。
……笑って流すには、かな~り痛かったので、ちょっと納得がいきませんが。むぅ。
「女王様たち一行が、シロンさん……城砦内に潜伏していた魔将に襲われました。現場に駆けつけた私は、たった今までその相手と戦っていたところです。どうにか捕らえることに成功しました」
「ベアトリー女王は?」
「無事です。無事だと思います。女王様まで魔物堕ちして操られてしまい、大変ではありましたけど」
実際には、まだ魔法無効化の『封陣』が効いていますから浄化できておらず、完全に危機を脱しているわけではありませんけどね。
そこまで説明しては、余計にややこしくなるというものです。
「井芹くんのほうはどうしていたのですか? 女王様の護衛を担当していたのでは?」
そもそも、護衛役の井芹くんがこの場にいなかったことのほうが問題でしょう。
井芹くんがいれば、このような事態に陥ることは避けられていたかもしれませんし。
よもや、『剣聖』ともあろう者が職務怠慢でしょうか。それはいけませんね。
「なに、偵察に放った馬鹿弟子が、待てど暮らせど帰ってこぬものでな。犬でも帰り道くらいはわかりそうなものだが、アレに犬の真似はまだ早すぎたようだ。例のスキルのこともある、仕方がないので儂自ら探しに出たのだ。その隙を突かれてしまうとは、迂闊であった」
おや? それってもしかしなくても、私がエイキを甘味で釣って用事を頼んだせいですかね?
「おそらく、そうして儂をこの場から引き離すことからして、曲者どもの術中の内だったのだろう」
いえ、きっと、そんなことはないと思います。
「ともかく、そうこうしている間に、こちらのほうから派手な戦闘音がし始めたものでな。急ぎ取って返したところ、この異様な暗中だ。とりあえず、怪しい動きをする者に、先手を掛けてみたというわけよ」
それで、私は問答無用で攻撃を受けたというわけですね。
”とりあえず”で相手を確認せずに斬りかかるのもなんですが、駆けつけたばかりの井芹くんの立場的には仕方ないのかもしれません。
それにしても、私ってそんなに怪しい動きをしてましたかね?
……勝手に滑って転んだり、手がすっぽ抜けて逃げられ、わたわたして追いかけたりと、あまり行動に自信があるわけでもないですけど。
「おかげで、斉木には面倒をかけてしまったようだな」
「いえいえ、お気になさらずに……いえ、本当に。ははは」
とどのつまり、もとを正すと女王様たちがこのような目に遭ってしまった責任の一端は、私にもあったということですよね。
わざわざ護衛を引き離すような真似をしてしまうとは。これはもう、井芹くんばかりを責めるわけにもいきませんね。
「…………? それで、捕らえたという魔将はどこに?」
「え? ええ、そこのバリアー……光の檻の中ですよ」
数十メートルほど先の暗がりに、ぼんやりと浮かぶ巨大なバリアーを指さします。
これだけ周囲が暗いと、離れていてもいい目印になりますが、いかんせん個人を囲うだけにしては大きすぎましたかね。
まあ、もとは対象物が施設だけに、どうしようもないですが。
「……なにも居らんようだが?」
「ええ!?」
バリアーの前に立つ井芹くんがバリアー越しに内部を見渡しながら、怪訝そうに言ってきました。
「そ、そんなはずは……」
バリアーの包囲は完璧のはずです。
たしかに内部はかなりの広さがありますが、遮蔽物のない中でこれだけ煌々としているのでは、隠れようもないはずです。
「ふんっ!」
ぱりんっ。
「ああっ、また手荒ですね」
私が駆けつけるより早く、井芹くんが刀を一閃させ、バリアーの一部を破壊して中に入っていってしまいました。
私が消すまで待ってられないのも井芹くんらしいですが、せっかちさんすぎますね。
「やはり、誰もいないようだな」
「本当ですね……」
ふたりして内部にくまなく視線を走らせますが、シロンさんらしい人影は発見できませんでした。
先ほどまで、確実に捕らえていたはずなのですが、なにがあったというのでしょう。
「なんらかのスキルを隠し持っていたのではないか?」
「……どうでしょうね」
そのような奥の手があるのでしたら、バリアーに閉じ込められた際に、すぐさま使っていそうなものですが。
シロンさんがあれだけ必死に脱出しようともがいていたのはなんだったのでしょうね。
それとも、井芹くんのコレクションの”姿なき亡霊”のように、完全認識阻害の古代遺物でも所持していたのでしょうか。
あれこそ、そうそう巷に転がっているようなものでもないような気もします。謎ですね。
シロンさんがすでにこの場から立ち去ったことを示すように、『封陣』による闇も晴れつつありました。
結局、その後も、シロンさんと思しき人物を発見するには至らず――
今回のアンカーレン城砦における一連の事件は、確たる情報を得られぬまま、首謀者不在というかたちで幕を閉じることになってしまったのでした。
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