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第9章 訓練兵と神隠し

魔将戦 ①

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 試しに少し力を入れてみましたが、女王様は腕を放そうとする気配がありませんね。
 それどころか、なおいっそうの全霊をかけて締め付けてきています。

 無理やり振り解いたり、女王様ごと振り回したりができないわけではありません。
 しかしながら、女王様を無傷でとなりますと、一気に難易度が跳ね上がってしまいます。

 私のこの力、やはり加減が難しいのが難点ですね。
 以前に国家反逆罪で捕縛された折、拘束具を易々と引き千切ってしまったことが思い出されます。
 これだけ首筋で両手を組んでがっちりとホールドされていては、力任せで引き剥がすにしても、本気で女王様を害しかねないでしょう。
 普通でしたら防衛本能がありますから、無理に引っ張られるとある程度で放してしまうでしょうが、魔物堕ちで狂気に冒され、暗示もかけられた状態では、安易な期待もできません。
 現に本物の魔物に組み付かれたときには、魔物は自分の身体など千切れようが砕けようがお構いなしでしたから。

 ただでも魔法が封じられているこの現状、なるべく皆さんには傷つけることなく済ませたいものです。
 力づくではなく、自ずと手を放す状況に持っていきたいところですね。

(そうのんびりとしている余裕もなさそうですが……)

 前方からは、大挙として魔物堕ちした方々が迫ってきています。

 上体が抑えられている以上、自由になるのは足くらいですから、近寄らせないように順次蹴り飛ばすことにしました。
 私ひとりでしたら、なすがままに攻撃に晒されていても構わないのですが、それでは背後にいる女王様にまで危害が及んでしまいます。

 素手の相手はともかく、剣などの凶器で斬りかかってくるときには、むしろこちらが身を挺すしかありません。
 上段からの攻撃は首を振って頭で受けてガード、左右は自由の利く肘から先を振ってガードしているものですから、怪しい踊りを踊っているかのような風体です。

 いくら襲いかかってくるのが、元は女王様の親衛隊の騎士さんたちであっても、正気を失っているからには配慮などしてくれるわけがありません。むしろ、そこまで含めてのシロンさんの策かもしれませんが。

「ライカさん、フウカさんまで……」

 両目に紅い凶光を迸ながら向かってくるのは、面差しのよく似た双子の騎士さん。特にフウカさんは、一時期は旅路を共にした仲間です。
 顔見知りが敵意を剥き出しにしてくるのは、正直なところ心が痛みます。
 已む無くとはいえ、そんな相手を攻撃するのにも。

「すみません……!」

 ふたりとも鎧を着ていますが、下手に蹴り抜いては致命傷となってしまいます。
 足の裏で押し出すように、なるたけ速度ではなく力重視、相撲でいうと張り手ではなく押し出しの要領ですね。

 なかでも特に、一般人の魔物堕ちした方々が厄介です。防具がない分、蹴り放すにもより細心の注意が必要ですから。
 無辜の方への過失死傷など、冗談ではありませんよ。

 絶え間なく襲ってくる方々を蹴り飛ばす行為に、心が病んでくるかのようです。
 これ、まるで苦行ですね。
 もしや肉体的な外的ダメージではなく、内面へのダメージを狙ってのことでしょうか。
 それでしたら、悔しいですが狙いは的を射ていると思います。

 生物として規格外になってしまったこの身体ですが、体力の限界はなくても、心のほうはそうではありません。
 おかげさまで、私の精神がごりごりと削られていっているのがわかります。

 ライカさんやフウカさん以外にも、多くの見知った顔が見受けられました。
 王城でも見かけた騎士さん、この城砦で勤めていた役人さんや、訓練でご一緒した訓練兵、宿舎の食堂の給仕さん……などなど。

 レナンくんのこともあります。これはむしろ、私が相手することを想定しての人選なのかもしれませんね。
 本来なら、ここにすでに魔物堕ちから解放したランドルさんやアーシアさんもいたのでしょう。

「巻き込んでしまって、申し訳ありません……」

 飛びかかってきた魔物堕ちしたエステラード教官を、掬い上げるように弾き飛ばしました。
 教官はまだ救護室で静養中だったはずですから、身体中に巻かれた包帯が痛々しいです。

 不慮の事故とやらで怪我を負っていた恩師に対してまで、シロンさんは容赦ないですね。
 やはりシロンさんも、あの訓練兵として寝食を共にした日々は偽りで、人類に敵対する冷酷な魔族だったということでしょうか。
 悲しくなってしまいますね。

 今もまた、ふたり組が襲いかかってこようとしています。
 暗闇がかった景色に浮かぶのは、小太りとひょろっとした身なりの中年男性たちです。
 この人たちにも見覚えがありますね。あれは――

「って、メタボな元王様とノッポさんではないですか」

 古都レニンバルの事件以降、どこに逃げたのかと思いきや、こんなところにいたのですね。
 おおかた、レニンバルから手近のアンカーレン城砦に逃亡して、潜伏しているところを”神隠し”被害に遭った、そんなところでしょうか。
 もしかして、女王様の城砦慰問に関する情報も、漏洩元は内情に詳しいこの人たちだったりしませんかね。ツテでもあるのか、地位を失った今でもなにかと情報網は健在のようですし。

「ていっ」

 この人たちでしたら、そう心も痛みません。
 心持ち強めに、かなたの空目がけて蹴り飛ばします。ふたりは空の星となりました。合掌。

「……スキル『浸透勁』」

「くはっ!?」

(い、今のは……?)

 襲撃者たちの陰から伸びた手が私の脇腹に触れた瞬間、内臓を揺さぶるような衝撃を伴う激痛が駆け抜けました。
 胃の中がひっくり返るような嘔吐感に、膝が崩れそうになります。

 辛うじて視界に捉えた真っ黒に染まった腕からして、攻撃してきたのはシロンさん自らでしょう。
 久しぶりの身を裂くような痛み――この感じは、かつての井芹くんの必殺スキルを受けたとき以来です。
 防御力無効、そういった類のものでしたね、たしか。

 魔法を封じたスキルといい、魔物であるシロンさんがスキルを使えるとは。スキルとは、人間固有のものだと聞いていましたから、予想外でした。
 魔物堕ちしかけたレナンくんやガルフォルンさんがスキルを使っていたことからも、魔物堕ちした魔物と普通の魔物では、根本的に違うのでしょうか。
 ということは、シロンさんも元は人間であり、魔物堕ちしたということになりますが……

 ともかく、私は見誤っていたことになりますね。
 シロンさんには、最初から私を倒す算段があったということです。
 いくら無限に近い体力があるとはいっても、私にだって限界はあります。しかもこのような精神的にきつい状況下では。

 今のスキル――わざわざ私に密着してから使用してきたことからも、井芹くんのスキルとは違い、対象に触れていないと効果をなさないタイプのようですね。
 お互いに手の届く近距離戦には相手にも危険が伴います。だからこその魔堕ちした方々が、そのための目くらましや壁役だったのでしょう。

 魔堕ちした方々の排除もままならない中、これだけの大勢に紛れてのシロンさんのみの迎撃は困難といいますか、はっきりいって無理です。
 周到に用意されたこの場にまんまと誘き出されたときから、私は策に嵌っていたということですね。

 秘策がありながら、シロンさんが最初に勧告を持ちかけてきたのも、案外、本当に私のことを慮ってのことだったのかもしれません。そうなりますと、真意はいまいち謎ですが。

 魔法は封じられて、肉弾戦はジリ貧となれば、ここは久しぶりに私もスキルに頼るしかありませんね。
 幸い……と言ってはなんですが、城砦内はいまだ混乱冷めやらず、この訓練場はシロンさんのスキルによる闇に覆われています。
 多少の騒動では、人目に晒されることもないでしょう。


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