巻き込まれ召喚!? そして私は『神』でした??

まはぷる

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第9章 訓練兵と神隠し

黒幕 ②

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「これはどうもご丁寧に。斉木拓未です。こちらではタクミと呼ばれています」

 とりあえず自己紹介されたのですから、礼には礼を用いないといけませんね。
 こちらもお辞儀で返しました。

「……知ってる」

「そうですよね」

 微妙な間が空きます。
 顔見知りだけに、なんともやりづらい空気ですね。

 シロンさん――元シロンさんでしたか。
 ファルティマの都で会っていたそうですから、私がタクミという正体も知っていたのでしょうね。

(ん……? ですが、それはおかしくないですか……?)

 元シロンさんは、かつて本当にあの場にいたのでしょうか。
 以前に知らされていたシロンさんの生い立ちでしたらともかく、目の前のラーカンドルフさん――って言いにくいですね――は魔王軍でも高位と目される魔将とやらです。
 そんな人物が自ら、仮にも敵対する教会のお膝元で、あのような劣悪な環境下で暮らしているものでしょうか。
 なにか目的があって潜入していたと仮定しても、腑に落ちませんね。

 あのときは紛うことなき人間で、あのあと魔物堕ちして数ヶ月でいきなり魔王軍の幹部に――というのも、現実味に欠けています。
 となりますと、それ自体が偽りで、ファルティマの都における私のことを第三者から聞いたというのが正解でしょうか。

 しかしそれでは、今度は誰からその情報を得たかとなりますよね。
 あまり顔の広くない私があの都で会った人物といいますと、聖女のネネさんや『青狼のたてがみ』の皆さんくらいのものでしょうが……
 人類の敵対者である魔王軍に与する者となりますと、どうにもピンときません。

 まあ、その辺りも、まずは取り押さえてからの話ですね。
 腰を据えて訊き出すしかないでしょう。

「……あなたにはなんの恨みもない。魔王様も、手出し無用と……言っていたけれど……邪魔するなら、見過ごせない……」

 つまり、すでに臨戦態勢と――

「……だから、あなたには……黙って立ち去ってもらいたい。ダメ……?」

 いうわけでもなかったようです。

「いえ、そういうわけにも……申し出はありがたいのですが」

 すごいやりにくいですね。
 シロンさんは城砦の方々にこれだけ非道なことをやってのけた割には、なぜか私には優遇が過ぎる気がします。
 なんでしょう、老人愛護の精神とかですかね。

「ともかく! ここには私の知人も大勢います。皆さんを害するというのであれば、私のほうこそ見過ごせませんよ、シロンさん! ……あ、シロンさんとお呼びしても? 失礼ながら、ラーカンなんとかさんは呼びにくいもので」

「……どちらでも」

「ありがとうございます」

「……いい」

 いまいち場の緊張感が盛り上がりません。そうも言ってはいられませんが。

「申し訳ありませんが、シロンさんを取り押さえさせてもらいます!」

「そう。まだ実験途中、だから……それは困る。残念だけど……あなたを排除する」

 棒立ちのままだったシロンさんから、黒い煙のようなものが噴出しました。

 黒煙は周囲を包み込み、視界を覆い隠します。かなりの規模で、このグランド全体を覆う勢いですね。
 見えないほどではありませんし、煙くもありませんが、ぴりぴりとした嫌な気配が肌を刺します。
 あまり気持ちのいいものではありませんね。

 暗い視界の中、もぞもぞとシロンさんの背後に蠢くものがありました。
 ふらりとよろめきながら立ち上がったその方々は、先程までグラウンドに横たわっていた親衛隊の騎士さんたちでした。
 全員が魔堕ちの症状を見せており、紅い眼の光が薄闇の中でゆらゆら揺れています。 

 しかも、相手はそれだけではなく、どこに潜んでいたのかさらに続々と大人数が集まってきていました。

 これはもしかしなくても、罠に誘い込まれたということでしょうか。

「でしたら、その罠――食い破ってみせましょう!」

 敵が一同に会してくれるというのでしたら、むしろ手間が省けるというものです。
 ここは浄化魔法で一網打尽――一気に皆さん全員を正気に戻す好機ですね。

 あわよくば、シロンさん自身も解放できるかもしれません。そんな望みもなきにしも。

「ホーリーライト!」

 両手を差し出したまま、しばしの時が流れます。

「…………おや?」

 ゴーグルで対閃光防御までしたのですが、肝心の光が出てきませんでした。
 両掌を眺めてからペチペチと叩き、もう一度唱えてみましたが、結果は変わらず。

 どうしたというのでしょう、グローランプでも切れましたかね?
 ちょっとかっこよさげな台詞を言ってしまったのが、今さらながらに恥ずかしいのですが。慣れないことをするものではありませんね。

「……スキル『封陣』。この結界の中では……いっさいの魔法を、使えない……」

「え? 魔法が使えない、ということは――おおおおお!?」

 シロンさんが手を掲げる合図と同時に、いっせいに魔物堕ちした方々が襲いかかってきました。

 ホーリーライトが使えない――つまり、私は魔物堕ちに対する決定打を封じられたということです。
 これは、ひじょうにまずい状況ではないのでしょうか。

 私ひとりに向かって押し寄せてきたせいで、私の前方で人の渋滞が起きています。
 そのせいで、魔物堕ちした人たち同士で小競り合いが発生しているようです。

 前が詰まっていようがお構いなしに突進してくるものですから、勝手にお互いで傷付けあってしまっています。
 特に親衛隊の騎士さんたちが滅茶苦茶に振り回している武器が厄介ですね。
 これでは、大怪我してしまう可能性は否めません。

 魔法が使えないのでしたら、当然、治癒魔法であるヒーリングもダメでしょう。
 私にはなんのダメージも与えられないでしょうから構わないのですが、魔堕ちしているとはいえ生身の皆さんは別です。
 仮に重傷を負ってしまっては、落命の危険性すらあります。それはなんとしても避けないと!

「ここは戦略的撤退ですね!」

 情けないですが、レナンくんのときの再現です。
 ひとりふたりの相手で苦労したのに、今は先の10倍以上の人数です。
 誰も傷つくことなく難を逃れられるビジョンが思い浮かびません。

 結界ということは、範囲限定なのでしょう。
 回避には自信があります。まずは結界から脱して、浄化魔法を使用する隙を見出すしか――

 と思ったところで、不意に背後から羽交い締めにされました。
 転倒した馬車を背にしていましたから、完全に油断していました。
 もし誰かいるとすれば、馬車の中。そこにいる人物ということは。

「女王様、あなたもでしたか……」

 脇の下にがっちりと腕を食い込ませているのは、紅い眼光を煌めかせるベアトリー女王でした。
 あの高潔で聡明そうな女性が、闇に呑まれた顔面に狂気を携え、見る影もありません。

 思えば、シロンさんが登場してから、女王様の存在を失念していました。
 わざわざシロンさんが、私が馬車の間近まで来てから声をかけてきたのも、この意図あってのものかもしれませんね。

 ぎりぎりと音が聞こえるほどに女王様は締め上げてきます。
 娘さんのシシリア王女が『拳王』でしたから、女王様もなにか特殊な職を持たれているのかもしれませんが、生憎と私を抑えておけるほどではないようですね。

「……いいの? 無理に振り解こうとすると……手が千切れちゃうかもよ……?」

 思わず力みかけた腕が緩みます。

「絶対に……死んでも放すなって、厳命してるから……」

 その言葉に呼応したのか、女王様がにやりと口元を歪めます。

 やってくれますね、シロンさん。
 本当にやりづらい相手です。

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