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第9章 訓練兵と神隠し
黒幕 ①
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訓練場に着いた私を出迎えたのは、地面に累々と横たわる人影と、グラウンドの隅に放置された馬車でした。
倒れている方々の独特な鎧の形式には見覚えがあります。
これは、女王様の親衛隊の騎士さんのものでしょう。
周囲には明らかに交戦したような形跡があり、その戦闘の激しさを物語っているようでした。
いずれの方々もわずかに蠢いていますから、まだ存命しているようです。
「エリアヒール!」
真っ先に、回復魔法をかけておきます。
これで、当座は大丈夫でしょう。
(これはいったい……? 井芹くんはどうしたというのですか?)
一見して、倒れている人たちの中に井芹くんはいないようですね。
親衛隊の任務は女王様の護衛、この有様は女王様を護ろうとして交戦し、力尽き敗れたということなのでしょう。
ならば同じ依頼を受けていた井芹くんが、この場にいないというのも妙な話です。
井芹くんは『剣聖』。そうそう不覚を取ることもないはずです。
もしや、襲撃者を迎撃して、戦闘の場を移したとか、そういうことでしょうか……?
用心深く辺りを窺いましたが、襲撃者の存在は見受けられませんね。
まずは、半壊している馬車を確認してみることにしました。
横合いから強烈な攻撃を受けたのでしょう。大きな馬車の御者席から左前面にかけてごっそりと削り取られ、内部が剥き出しになっています。
馬車が壊れた際に馬車馬は逃げ出してしまったのか、どこにもいません。
微かな呻き声がした気がして、歪んで開かなくなった馬車のドアを引っぺがしますと、ソファーにぐったりと蹲るドレス姿がありました。
「! 女王様!」
声に反応していますから意識はあるようですが、上体をうつ伏せに投げ出しているため、顔色や容体は知れません。
しかし、先ほどの回復魔法で外傷は完治しているはずです。
「……やっぱり……来ちゃったんだ……」
馬車に乗り込もうとしていたところを、背後からの声に呼び止められました。
ゆっくりと振り返りますと、つい今しがたまで誰もいなかったはずですが、そこには外套の裾を風になびかせるひとりの人物が立っていました。
馬車に踏み込みかけていた足を下ろし、私はその人物と真正面から対峙しました。
黒い外套に小柄な体躯。
まさに、先日から私たちが追い求めていた人物です。
いつも目深に被られていたというフードは肌蹴て、素顔を晒していました。
「……あなたでしたか。シロンさん」
そこに佇んでいたのはシロンさんでした。
ここに至り、偶然にも立ち寄った……などということはないでしょう。
「一連の”神隠し”事件の黒幕が……あなただったとはびっくりしましたよ」
「ボクも……びっくりした……だって、堕としたはずのオリンが……普通に訓練に参加してたから……」
なるほど、どうりでオリンさんがいつまで経っても帰ってこなかったわけですね。
おそらく、あの森で別れたあと、オリンさんはすぐにシロンさんの手に落ちていたのでしょう。
シロンさんも同じ訓練生。あの場での実地訓練に参加していたとしても不思議ではありません。
ということは、入れ替わっていた私の正体は、最初からバレバレだったわけですね。
むしろそのせいで、他の”神隠し”被害者と同じように、オリンさんを戻せなかったということでしょうか。
「ちなみに、シロンさん自身も魔物堕ちさせられていて、真の黒幕に操られている……なんてことはありませんよね?」
シロンさんには魔物堕ちの特徴である黒い靄も紅い眼も認められません。
しかしそれだけに、自意識で行動しているという表われでもあるのでしょうが。
正直なところ、シロンさんには訓練兵の仲間としても親しみを抱いていたので、かなりショックではあります。
「……あらためて……自己紹介しておく」
シロンさんが呟くように漏らした瞬間、ぴりっと頭痛が走りました。
黒い光がシロンさんの華奢な身体から噴き出したかと思うと――変貌は一瞬で完了していました。
愛くるしかった顔をはじめ、外套から覗く肌のすべてが闇の色に染まり、陽炎のように全身に黒い靄を纏っています。いつもどこか眠そうだった眼には、爛々と紅い光が瞬いていました。
魔物堕ちのような半端な状態ではありません。
そこにいるのは、まさに人型をした魔物そのものです。
「……魔王様が配下。魔将……ラーカンドルフ、です……よろしく」
律儀にぺこりと頭を下げられました。
……よろしくされてもひじょうに困るのですが。
倒れている方々の独特な鎧の形式には見覚えがあります。
これは、女王様の親衛隊の騎士さんのものでしょう。
周囲には明らかに交戦したような形跡があり、その戦闘の激しさを物語っているようでした。
いずれの方々もわずかに蠢いていますから、まだ存命しているようです。
「エリアヒール!」
真っ先に、回復魔法をかけておきます。
これで、当座は大丈夫でしょう。
(これはいったい……? 井芹くんはどうしたというのですか?)
一見して、倒れている人たちの中に井芹くんはいないようですね。
親衛隊の任務は女王様の護衛、この有様は女王様を護ろうとして交戦し、力尽き敗れたということなのでしょう。
ならば同じ依頼を受けていた井芹くんが、この場にいないというのも妙な話です。
井芹くんは『剣聖』。そうそう不覚を取ることもないはずです。
もしや、襲撃者を迎撃して、戦闘の場を移したとか、そういうことでしょうか……?
用心深く辺りを窺いましたが、襲撃者の存在は見受けられませんね。
まずは、半壊している馬車を確認してみることにしました。
横合いから強烈な攻撃を受けたのでしょう。大きな馬車の御者席から左前面にかけてごっそりと削り取られ、内部が剥き出しになっています。
馬車が壊れた際に馬車馬は逃げ出してしまったのか、どこにもいません。
微かな呻き声がした気がして、歪んで開かなくなった馬車のドアを引っぺがしますと、ソファーにぐったりと蹲るドレス姿がありました。
「! 女王様!」
声に反応していますから意識はあるようですが、上体をうつ伏せに投げ出しているため、顔色や容体は知れません。
しかし、先ほどの回復魔法で外傷は完治しているはずです。
「……やっぱり……来ちゃったんだ……」
馬車に乗り込もうとしていたところを、背後からの声に呼び止められました。
ゆっくりと振り返りますと、つい今しがたまで誰もいなかったはずですが、そこには外套の裾を風になびかせるひとりの人物が立っていました。
馬車に踏み込みかけていた足を下ろし、私はその人物と真正面から対峙しました。
黒い外套に小柄な体躯。
まさに、先日から私たちが追い求めていた人物です。
いつも目深に被られていたというフードは肌蹴て、素顔を晒していました。
「……あなたでしたか。シロンさん」
そこに佇んでいたのはシロンさんでした。
ここに至り、偶然にも立ち寄った……などということはないでしょう。
「一連の”神隠し”事件の黒幕が……あなただったとはびっくりしましたよ」
「ボクも……びっくりした……だって、堕としたはずのオリンが……普通に訓練に参加してたから……」
なるほど、どうりでオリンさんがいつまで経っても帰ってこなかったわけですね。
おそらく、あの森で別れたあと、オリンさんはすぐにシロンさんの手に落ちていたのでしょう。
シロンさんも同じ訓練生。あの場での実地訓練に参加していたとしても不思議ではありません。
ということは、入れ替わっていた私の正体は、最初からバレバレだったわけですね。
むしろそのせいで、他の”神隠し”被害者と同じように、オリンさんを戻せなかったということでしょうか。
「ちなみに、シロンさん自身も魔物堕ちさせられていて、真の黒幕に操られている……なんてことはありませんよね?」
シロンさんには魔物堕ちの特徴である黒い靄も紅い眼も認められません。
しかしそれだけに、自意識で行動しているという表われでもあるのでしょうが。
正直なところ、シロンさんには訓練兵の仲間としても親しみを抱いていたので、かなりショックではあります。
「……あらためて……自己紹介しておく」
シロンさんが呟くように漏らした瞬間、ぴりっと頭痛が走りました。
黒い光がシロンさんの華奢な身体から噴き出したかと思うと――変貌は一瞬で完了していました。
愛くるしかった顔をはじめ、外套から覗く肌のすべてが闇の色に染まり、陽炎のように全身に黒い靄を纏っています。いつもどこか眠そうだった眼には、爛々と紅い光が瞬いていました。
魔物堕ちのような半端な状態ではありません。
そこにいるのは、まさに人型をした魔物そのものです。
「……魔王様が配下。魔将……ラーカンドルフ、です……よろしく」
律儀にぺこりと頭を下げられました。
……よろしくされてもひじょうに困るのですが。
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