巻き込まれ召喚!? そして私は『神』でした??

まはぷる

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第9章 訓練兵と神隠し

魔物堕ち ③

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「……どうして、そんなに人間を信用できるんですか?」

 レナンくんがぽつりと呟きます。
 ”他人”ではなく”人間”を、とは妙な言い回しですね。

「私も聖人ではありませんから、誰も彼もというわけではありませんよ。私が信じているのはレナンくんです。まだまだ短い付き合いではありますが、その人となりは知っているつもりですよ」

「ボクには……理解できないな」

 なんだか様子が変ですね。
 今の台詞は本当にレナンくんが発したものでしょうか。口を動かしているのはレナンくんでも、別人が喋っていたように思えました。

 レナンくんはそれきり無言になってしまいましたが、軍刀はいまだその喉元に添えられています。
 なにか私が話しかけようとするたびに、拒むように軍刀を持つ手に力が籠ります。どのような心境の変化があったのかは知り得ませんが、もはや対話する気はないと言わんばかりですね。

 このままでは無為に時間ばかりが過ぎてしまいます。
 城砦内のいたる場所から立ち昇る黒煙と響く騒乱が、国軍と魔物堕ち――双方のぶつかり合いが激化していることを伝えてきます。
 拮抗した戦況のバランスが崩れてしまう前になんとか手を打たないと、大変なことになってしまいます。

 焦る気持ちで視界を巡らせていますと――なぜか一区画だけ、戦乱を免れている箇所があるようでした。
 その周辺の地形や見覚えのある建物から、あれは私たちの宿舎近くみたいですね。

 あそこは特に裏手の通りが人でごった返していたはずです。
 人が多いということは、魔物落ちとなった方々が紛れ込んでいる確率も高く、よけいに被害も大きくなっていそうなものですが……

 つい先ほど、あの場で井芹くんやエイキがランドルさんとアーシアさんを相手取って揉めていたことが、ずいぶんと昔のように感じられますね。
 あの後も突然、大勢の人が昏倒する事件が起こり、救護やらで大騒動に――

 ……ちょっと待ってくださいよ。私は肝心なことが抜け落ちていました。
 魔物堕ちした方々は、いわゆる”神隠し”の被害者でした。ということは、もしかして。

(やってみる価値はありますが……それに賭けるチップがレナンくんの命とは……)

 伸るか反るかの賭け事は好みませんが、そうも言っていられません。
 なによりこのままでは、そのレナンくんの命とて、いつ失われてもおかしくない状況です。
 もはや、この手に賭けるしかありませんね。

「ホーリーライト!」

 意を決して私は叫びました。
 途端に、周囲が眩い白い光に包まれます。

 ここで私がこんな暴挙に出るとは、レナンくんも予想しなかったのでしょう。真正面から光を浴びて、自刃することも忘れて怯んでいます。
 それどころか膝を落とし、悶え苦しんですらいます。

(やはり――!)

 神聖魔法のホーリーライト。神様と契約を交わした神官が、最初に覚える初級の照明用の魔法――といわれています。
 以前からなんとなく不思議に思ってはいたのですが……なぜ最初に覚えるのが照明魔法なのでしょうね。
 だって関係なくはないですか、神聖魔法で照明ですよ? 

 この異世界に住む人には常識かもしれませんが、魔法がない世界の住人だった私からしてみますと、神様と契約を交わすなど、大それたどころの話ではない一大事です。
 それなのに、大層に神様まで持ち出して、いの一番に覚えることが、言ってしまうとなんでもない効果の照明魔法です。
 日夜修行に勤しんでいる神官見習いさんたちには悪いですが、私だったら頑張って修行して得られたのがそれでしたら、それはないでしょう?とか確実に思ってしまいますね。

 ですが、それこそ誤りで、最初に覚えるものこそ、真の意味での神聖魔法であったなら。

 あの通りの騒動で、私が目くらまし感覚で使ったホーリーライト、結果的に大勢いの人々が昏倒してしまいましたが、あのときの犠牲者にはかなりの割合で”神隠し”の被害者が含まれていました。

 私たちが実際に”神隠し”で訪ねて回った方々だけに、見間違いようもありません。副官のハゼルさんのお墨付きもあります。
 そして、今にして思いますと、一見”神隠し”とは関係ないと思われた他の方々も、実は表面化していなかった被害者なのではないでしょうか。おそらくは、同じく昏睡していたランドルさんやアーシアさんを含めて。

「おおおおぉぉぉ――!」

 この場にいる魔物堕ちはふたり、レナンくんとガルフォルンさんです。
 そのうちのガルフォルンさんが断末魔のような雄叫びを上げたのち、糸が切れたように地に伏して動かなくなりました。

 聖なる光ホーリーライトが示す通り、浄化されるようにガルフォルンさんの身体を覆っていた黒い靄が消えていきます。
 魔物堕ちは、文字通り”魔”に属するもの。ならば、聖なる光が魔を滅するのは道理かもしれません。

「やって……くれるじゃないですか……タクミ、さん……」

 光の中で、レナンくん――いえ、何者かが苦しげに声を上げています。

 もはや正気以前に、レナンくんが意識を乗っ取られていたのは明白ですね。
 黒い塊がレナンくんから分離しかけて、その姿を二重にだぶらせています。
 言動からしておかしいと思っていたのですよ、私はレナンくんがあんな不良ではないと信じていましたからね。

「今、助けますからね、レナンくん……!」

 感覚的なものですが、魔法に注ぎ込む力の度合いを上げました。
 ガルフォルンさんの靄はあっさりと抜けたのですが、粘りますね。レナンくんに憑いているモノは、根本的になにかが違うようです。
 視界すべての光景が、純白に塗り潰されています。もうかなりの出力になっていそうな気がするのですが、なんともしつこいですね。

「さっさと、レナンくんから――出ていきなさーい!」

 目に見えないものを押し出すように、両手を突き出して渾身の力を籠めました。
 さらに音なき白い光が爆発して――

「あ、あ……ああ――!」

 レナンくんの身体が雷にでも打たれたように硬直し――次いで弛緩して、足元から崩れ落ちました。

「レナンくん!?」

 地面に倒れる前に抱き止めて、すぐさま安否を確認します。
 私と争ったときの外傷はあるものの、呼吸も脈拍も正常で命に別条はなさそうです。
 安堵で腰砕けになるのを堪えて、まずはヒーリングで癒やします。

「? これは……?」

 レナンくんの額から、黒いものが抜け落ちました。
 全長1センチにも満たない硬質の黒い結晶です。なにかの破片っぽく見えなくもありませんが……いつから刺さっていたのでしょうね。

 レナンくんが操られていたことと関係がありそうでしたので、とりあえずポケットにしまいました。
 今はそんなことより、レナンくんです。

「レナンくん……レナンくん……」

 ぺちぺち頬っぺたを叩きますと、うっすらとレナンくんが目を開けました。

「……タクミさん? あれ、僕なんでこんな場所に……」

「おおおおおお……!」

 紛うことなき、いつものレナンくんです。
 あの嫌な感じも消え失せています。これで本当に危機は脱したようですね。

「どこか身体に異常は感じませんか!? 痛いところは!?」

 なでなでなでなで。

 触診代わりに身体中を撫で回します。ついでに頭も撫でまくります。

「ちょ、ちょっと……なんですか、いきなり? 痛いところは……ありませんけど」

 レナンくんに操られているときの記憶はないようで、状況がわからずに狼狽えています。
 寝起きのような半覚醒状態なのでしょう、しきりに頭を振ったり、眉間を揉んだりしていますね。

「よかった……よかったですよ。本当にもう、一時はどうなることかと! こんなに心配をかけるなんて、ひどい子ですね、レナンくんは。でもよかった……ほんっとうによかったですよ~」

 ぐりぐりぐりぐり。

 嬉しすぎて頬ずりします。思わず、泣いてしまいそうです。

「い、痛い! 痛いですって、タクミさん! たった今、痛いところができましたって!」

「おっと、これはすみません」

 つい、我を忘れてしまいました。
 痛いところはないかと訊きつつ、自分で痛くしては意味ありませんでしたね。

 兎にも角にも、レナンくんのほうはこれで一安心のようです。

 ですが、まだ終わったわけではありませんでした。
 いまだ城砦内は混迷の最中、今度はこちらをどうにかしないといけませんね。

 それに、レナンくんを操っていた黒幕も、この城砦内のどこかにいるはずです。
 たとえレナンくんが無事だったとはいえ、それで帳消しになるものではありません。

(よくもやってくれたものですね。さすがに私でもとさかにきましたよ? この借りは、熨斗付きで返さないといけませんね……待っていなさい!)

 罪なき人々を危険に巻き込んだことも重罪なら、レナンくんを操ったことも、命の危機に晒したことも重罪です。
 罪には罰が必要でしょう。重罪であるならば厳罰を。それが世の常です。
 どこの誰かは知りませんが、ここは文字通り、念入りに神罰を与えてあげないといけませんね。


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