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第9章 訓練兵と神隠し
黒い外套の人物 ②
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「レナンくん! お気を確かに!」
レナンくんは決してあんな顔ができる子ではありません。
これはもう、正気ではないと判断すべきでしょう。
ですが、どうしてこんなことに?
つい昨日会ったときには、いつものレナンくんだったはずです。昨日の夕方別れてから今日までの間に、いったいなにが?
「と、っとと!」
レナンくんの薙いだ軍刀が、私の上着を斬り裂いていきました。
斬られてもダメージを負うことはありませんが、レナンくんに本気の殺意を向けられているというだけで、精神的にかなりきついものがありますね。
「すごいですね、タクミさん。このタイミングで今のも避けちゃうんだ、さすがだなぁ。惚れ惚れしちゃいますよ」
口調だけは普段と変わりませんが、殺気じみた気配はまるで別人のようです。
フードの陰か片方だけ覗く瞳が、狂喜を携えて爛々と輝いています。
それになんでしょうね、この肌に纏わりつくような嫌な感じは。
耳鳴りがして頭の芯がちりちりします。
この感覚は以前にもどこかで……?
「あはははは!」
荒れ放題で物が散乱した空き地は狭く、満足に走り回れるほどの足場もありません。
そんな中、レナンくんは遮二無二に軍刀を振り回し、突撃を繰り返してきています。躓いて転ぼうと、壁に激突しようと、お構いなしです。
自らの身を顧みない無謀な特攻は、レナンくんの身体をじわじわと蝕んでいきます。
「全然、当たらないなぁ。これまでと逆になっちゃいましたね。さっきは逃げちゃって、すみませんでした。だから、タクミさんもそんなに逃げないでくださいよ。僕の成長が嬉しいって言ってくれたじゃないですか。もっとちゃんと付き合ってくださいよ。ね、タクミさん?」
「ええ、いつも通りのレナンくんでしたら、いくらでも。ですが、今のレナンくんは明らかにおかしいですよ。自覚はありますか?」
「そうですね。最高の気分です」
どうにも噛み合いません。
考えたくはないですが、やはり洗脳もしくは操られていると見るべきでしょうか。
猛然と斬りかかってくるのを横っ飛びで躱しますと、レナンくんは無造作に積まれた廃材の山に、勢い余って突っ込みました。
「痛たた……ひどいなぁ、タクミさん」
廃材の破片で引っ掛けたのでしょうか、レナンくんの額から一筋の血が流れていました。
外套からわずかに覗く肌も、擦り傷や打ち身で痛々しいさまを晒しています。
「……レナンくん」
これ以上、レナンくんが傷ついていくのを見ていられません。
強硬手段になりますが、ここは力づくでも取り押さえるべきでしょう。
危険はあります。レナンくんは刃物を持っていますから、揉み合う内に私はともかくレナンくん自身が怪我を負ってしまう可能性もないとはいえません。
結果的にいくらヒーリングで治せるとはいえ、レナンくんに大怪我させてしまうのは忍びなく、心情的にも避けたいところですが、そう悠長なことを言っていられないようです。
「ん? なにか仕掛けるつもりですよね? タクミさんのことだから、わかりますよ。って、ああもう、目に入った! うっとうしいなぁ、もー!」
額から滴る血を、手の甲でぐしぐしと拭っています。
レナンくんの気が逸れました。今がチャンス――
ふとした拍子に、レナンくんのフードがぱらりと肌蹴けました。
「――――!!」
私は前に出しかけた足を止め、左手の建物に進路を変えました。
そのまま壁を蹴って屋根まで飛び移り、即座に逃げの一手を選択します。
「あれぇ、どうしました? 僕を置いてどこに行くんですか? 待ってくださいよ、タクミさーん?」
「そんな……そんな……どうしてこんなことに!?」
先ほども同じことを思いましたが、意味合いは遥かに異なります。
レナンくんのフードの下に隠されていた顔の左半分が、黒い靄に覆われていました。その中央の左目が、不気味に紅く瞬いています。
魔物堕ち。かつて耳にしたそんな単語が脳裏に蘇えりました。
レナンくんは決してあんな顔ができる子ではありません。
これはもう、正気ではないと判断すべきでしょう。
ですが、どうしてこんなことに?
つい昨日会ったときには、いつものレナンくんだったはずです。昨日の夕方別れてから今日までの間に、いったいなにが?
「と、っとと!」
レナンくんの薙いだ軍刀が、私の上着を斬り裂いていきました。
斬られてもダメージを負うことはありませんが、レナンくんに本気の殺意を向けられているというだけで、精神的にかなりきついものがありますね。
「すごいですね、タクミさん。このタイミングで今のも避けちゃうんだ、さすがだなぁ。惚れ惚れしちゃいますよ」
口調だけは普段と変わりませんが、殺気じみた気配はまるで別人のようです。
フードの陰か片方だけ覗く瞳が、狂喜を携えて爛々と輝いています。
それになんでしょうね、この肌に纏わりつくような嫌な感じは。
耳鳴りがして頭の芯がちりちりします。
この感覚は以前にもどこかで……?
「あはははは!」
荒れ放題で物が散乱した空き地は狭く、満足に走り回れるほどの足場もありません。
そんな中、レナンくんは遮二無二に軍刀を振り回し、突撃を繰り返してきています。躓いて転ぼうと、壁に激突しようと、お構いなしです。
自らの身を顧みない無謀な特攻は、レナンくんの身体をじわじわと蝕んでいきます。
「全然、当たらないなぁ。これまでと逆になっちゃいましたね。さっきは逃げちゃって、すみませんでした。だから、タクミさんもそんなに逃げないでくださいよ。僕の成長が嬉しいって言ってくれたじゃないですか。もっとちゃんと付き合ってくださいよ。ね、タクミさん?」
「ええ、いつも通りのレナンくんでしたら、いくらでも。ですが、今のレナンくんは明らかにおかしいですよ。自覚はありますか?」
「そうですね。最高の気分です」
どうにも噛み合いません。
考えたくはないですが、やはり洗脳もしくは操られていると見るべきでしょうか。
猛然と斬りかかってくるのを横っ飛びで躱しますと、レナンくんは無造作に積まれた廃材の山に、勢い余って突っ込みました。
「痛たた……ひどいなぁ、タクミさん」
廃材の破片で引っ掛けたのでしょうか、レナンくんの額から一筋の血が流れていました。
外套からわずかに覗く肌も、擦り傷や打ち身で痛々しいさまを晒しています。
「……レナンくん」
これ以上、レナンくんが傷ついていくのを見ていられません。
強硬手段になりますが、ここは力づくでも取り押さえるべきでしょう。
危険はあります。レナンくんは刃物を持っていますから、揉み合う内に私はともかくレナンくん自身が怪我を負ってしまう可能性もないとはいえません。
結果的にいくらヒーリングで治せるとはいえ、レナンくんに大怪我させてしまうのは忍びなく、心情的にも避けたいところですが、そう悠長なことを言っていられないようです。
「ん? なにか仕掛けるつもりですよね? タクミさんのことだから、わかりますよ。って、ああもう、目に入った! うっとうしいなぁ、もー!」
額から滴る血を、手の甲でぐしぐしと拭っています。
レナンくんの気が逸れました。今がチャンス――
ふとした拍子に、レナンくんのフードがぱらりと肌蹴けました。
「――――!!」
私は前に出しかけた足を止め、左手の建物に進路を変えました。
そのまま壁を蹴って屋根まで飛び移り、即座に逃げの一手を選択します。
「あれぇ、どうしました? 僕を置いてどこに行くんですか? 待ってくださいよ、タクミさーん?」
「そんな……そんな……どうしてこんなことに!?」
先ほども同じことを思いましたが、意味合いは遥かに異なります。
レナンくんのフードの下に隠されていた顔の左半分が、黒い靄に覆われていました。その中央の左目が、不気味に紅く瞬いています。
魔物堕ち。かつて耳にしたそんな単語が脳裏に蘇えりました。
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